44.室内戦
侯爵に見せたのはブローチ。侯爵夫妻がお揃いのデザインで造らせたブローチだ。
普段からずっとつけていたのだろう。侯爵はバッ! と胸元に手を動かし、ブローチがないことを確認した。
「わ、私もいつの間にか、落としていたようですね…。拾ってくださり、ありがとうございます……。」
自分でもおかしいと思うのだろう。笑顔は引き攣っていた。
「侯爵様、今日は外に出かけましたか?」
「え? ……いいえ、今日は出ていませんが…。」
目の端で、壁際に立っていた執事がピクリと動くのが見えた。
「侯爵様、コレは外で、市街で見つけた物なんです。執事さん、侯爵様は今日出かけましたか?」
執事が顔を青褪めさせる。言っていいのか迷っているようだ。
執事の反応を見て、侯爵も顔を青くさせる。
「セ、セバスチャン……。」
「だ、旦那様は、本日、お出かけになられました……。少し散歩をしてくると…。」
「そんな、馬鹿な…」
自分の記憶にない行動に戸惑う、侯爵。可哀想だが、追い討ちを掛けさせて貰う。
てか、執事の名前セバスチャンだったのか…、ベタな名前だ。
「しかも、このブローチはただ拾ったんじゃないんです。市街で女性に襲いかかる怪人が落としていった物なんです!」
「か、怪人…?」
「ええ、その怪人は女性を狙って、服を切り裂き、物を奪っていくそうです。そして、奥様もこの怪人に襲われています。」
「なっ! 何だって!」
侯爵は顔を夫人の方に向けると、夫人は目を伏せながらコクリと頷いた。
「その時にイヤリングは怪人に奪われてしまったそうです。」
「……待ってくれ、それでは、その怪人は……。」
「ええ、その怪人の名はバネ足ジャック。貴方のご先祖様です。そして死後幽霊となった彼は、子孫である貴方に取り憑いているんです!」
ドーン! と効果音がつきそうな雰囲気で侯爵に指を指す。
侯爵はそんな、嘘だ。と呟きながら項垂れてしまった。
室内は侯爵の唸り声だけが響いていて、誰も言葉を発する事が出来ない感じだ
さて、侯爵はどうするんだろうか。
「う、ううう……、」
「あなた…大丈夫?」
侯爵は頭を抱えて、ずっと唸っている。夫人が見かねて声をかけるが、それには応えない。
様子が変な感じ、もしかして……。
「う、う、う、ひ、ひひ」
侯爵が髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜ、顔を少し上げる。
その時、指の隙間から赤い目が見えた。
「村長! 奥様を! アリエスは執事さんの前に!」
私の指示に二人は素早く動く。
「了解!」「メエ!」
村長が夫人を抱えて距離をとり、アリエスが執事の前に立ったのを横目で確認すると、私はテーブルに片足を乗せて踏み込み、向かいのソファに座る侯爵に向けて、ホーンを振り下ろした。
「ヒヒヒ!」
だが、ホーンが当たったのはソファだった。
侯爵はバネのついた足で床を斜めに蹴って、攻撃を避けたのだ。
侯爵はもうバネ足ジャックに変化していた。
黒いマントは羽織っていなかったが、膝から下の足はバネになっており、目は赤くカッと開かれ、髪はボサボサ、歯を剥き出して歪に笑うその姿は、侯爵と同一人物だとわからないくらいだ。
「あ、あ、あなた……!」
夫人が震える声で侯爵を呼ぶが、侯爵は夫人に視線も向けない。
「夫人! 下がっていてください! アレはもう、バネ足ジャックです!」
奴の頭の上に体力とバネ足ジャックの名前アイコンが出てきた。
市街で戦った時ダメージは与えたが、時間が経っているからか、流石に全回復している。
「アリエスは奥様と執事さんを守って! 他は攻撃! 行きますよ!」
ざっくりとした指示だが、戦闘における役割は大体決めてある。後は臨機応変に動くしかない。
室内戦のため、バネ足ジャックは簡単には逃げられないだろう。
「はぁ!」
初めに動いたのは村長。真っ直ぐにバネ足に向かい、ストレートパンチを繰り出す。
バネ足は跳躍して上へと避ける、バキィッ! とパンチを喰らった壁に穴があく。だが、コレはチャンスだ。
「ぴ!」「えい!」
跳躍中には避けられないだろうと、マルスとカラクルさんが熱線と瓶を投げるが
「ヒヒッ!」
バネ足は足のバネをぐーーんと、伸ばしてシャンデリアに足を巻きつけると、ぶら下がるように体勢を変え、その攻撃を避けた。
「嘘! 今の避ける!?」
「ギャヒヒ!!」
バネ足はシャンデリアに足を引っ掛けながら、ブラブラとぶら下がっている。
振り子の様にブラブラ揺れながら、ギャハギャハ笑うその姿は、優しそうな侯爵の面影はない。
その姿を見て思わず声をあげてしまったのだろう
「あ、あなた! やめて! 元に戻って!」
夫人がそう叫ぶと、
「ギッ!?」
バネ足の体が一瞬固まった。
「! 今よ! もう一度!」「ぴぴ!」
「ギャッ!」
マルスの熱線とカラクルさんの小瓶が、固まったバネ足に当たる。
だが、当たったとはいえ、マルスの熱線は攻撃力が低いし、瓶は攻撃じゃないので、体力は一割も削れてもいない。バネ足は少し怯んだが、そのままぐるっと回り、シャンデリアの上に着地した。
私も村長に投げてもらい、バネ足に近づき攻撃するが、またも素早い動きで、ぴょん、とシャンデリアから飛び降り、避けられてしまう。が
「ギ!?」
バネ足はまた空中で急に体を固まらせ、そのまま仰向け状態で落ちた。まるで死にかけの蝉のようだ。
今度は夫人は喋ってないのに? ……あ! カラクルさんの瓶か! あの時当てた瓶は、麻痺毒の瓶だったんだ!
「い、いまだーーー! 総攻撃!」
私は叫びながらシャンデリアから飛び降り、真下のバネ足にホーンを突き刺す。(鈍器だから本当に突き刺さりはしないが)重力ダメージもプラスされているのか、大ダメージだ。体力の三割が削れた。
「ギャアァ!」
「まだまだ! 私もいますよ!」
村長は倒れているバネ足の手前でジャンプし、そのまま拳を下に振り下ろした。
「ガ、ア、ア、ア、…、」
ヒェ、パンチの勢い凄すぎ……。拳がお腹を突き破るんじゃないかと思った…。
ヤベェパンチの威力は、本当にヤベェとしか言いようがなく、一気に四割は削りとっていった。村長強すぎんか?
体力は後三割。もう一度! と思ったところで、バネ足は膝を立てて、バネの力で頭から後ろに跳び、攻撃を避けられた。
「あ! 待て!」
「ヒキャキャキャキャ!」
攻撃をスカッた私を嘲笑うバネ足。
アレでまた部屋中を跳び回るつもりだ。そうなったらまた隙を作って、カラクルさんに異常状態をつけてもらって……。
「えい。」
パリン
「えい、えいえいえいえいえいえい!」
パリン、パリンパリンパリンパリンパリンパリン
「ヒギャ!? …ぐ、ギャ……。」
カラクルさんの状態異常の瓶が連続して、バネ足に直撃した。
バネ足が後ろに跳んだ方向は、カラクルさんがいる方向だったのだ。
自分に向かって跳んでくるバネ足に、状態異常の瓶を有りったけ、取り出して投げつけたのだ。
自分で当たりに来てくれるから助かったわ〜、とは後のカラクルさんの言葉である。
「メエエェェーー!!」
ドゴォ!
毒、麻痺、睡眠の状態異常を一気に浴びたバネ足は、跳ぶ元気もなくなり、フラフラと床に足をつけた途端、アリエスの全力タックルに轢かれて、ぶっ飛ばされた。
アリエスは部屋の隅で、夫人と執事を背に守っていたから戦闘の全体が見えていたようで、自分もいつ攻撃に加わってもいいように力を溜めていたそうだ。
そして、バネ足がふらついたチャンスを逃さず、バネ足を見事に吹っ飛ばした。
この攻撃が止めとなって、バネ足ジャックの体力は弾けた。
体力が弾けると、侯爵のバネになっていた足は元に戻り、黒いモヤも叫びを上げながら霧散した。
▽ おめでとうございます! バネ足ジャックを倒しました!
よし! でもそんなに強くなかったな。クエストが謎解きとかの要素も入っていたからかな?
戦闘が終わったことに安心して、ホーンを背中に背負い直すと
「あなた!」「旦那様!」
私を通り過ぎて、夫人と執事が倒れている侯爵に駆け寄る。
侯爵は倒れたまま動かない。
やっばい、侯爵死んでないよね?