43.バネ足の正体
バネ足ジャックがウォーター・フォードと分かったのは良い。けど三百年前の人物……。
「じゃあ、ウォーターはとっくに死んでいるじゃない!?」
「死んだ後、怪人に生まれ変わったということでしょうか?」
流石にずっと生きているっていうのは考えづらいし、村長のいう通りに死後、本物の怪人になったのかもしれない。人間が妖怪になった、化け物になったなんて話は世界中に転がっているものだ。
このゲーム的に考えるとその可能性が高い、バネ足ジャックという都市伝説が実態を持って動いているというわけだ。けど
「……ウォーターが犯人だったら侯爵のブローチを身につけていたのはおかしいですよ。」
バネ足がわざわざ侯爵のブローチをつけて、犯行に出かける意味がわからない。
「侯爵様に罪をなすりつけるためじゃないかしら?」
「うーん……、でもこの地下室って、結構奥まった廊下にあったじゃないですか。ここからわざわざ侯爵の所へ行って、ブローチ盗んで、街にでるってなると流石に目につきません?」
この地下室の入り口があった廊下は人気がなかったが、そこに着くまでは使用人と沢山すれ違った。
侯爵の部屋が何処かは知らないが、ここから侯爵の部屋に行くまでに見つかる可能性は高いし、侯爵がつけていたブローチを気付かれずに奪うのは無理だと思う。
「あ、あの……。」
あ、夫人…、忘れてた。
侯爵夫人がおずおずと話しかけてきた。
そもそも、夫人はどうしてこの記録を持っていて、私達に見せてくれたんだろう?
「すいません、奥様。話し込んでしまって。でもどうして、この記録を?」
「それは……。」
夫人は暗い顔で口をもごもごとさせて、言いづらそうに口を開く。
「貴女方が、夫の出したクエストを受けた事を聞いて…、あのミサに聞いたんでしょう? 私が襲われた事を……。」
私は頷いて返事をする。
「私…襲われた事が怖くて、でも知られるのも恥ずかしくて、本当の事を言えなかったんです。」
服を切り裂かれたって事が、恥ずかしかったんだろう。
今まで格式ばった貴族のお嬢様生活をしていたなら、尚更知られたくないって思ったのかも知れない。
「でも、それだけじゃないんです……。襲われた時に、見てしまったんです。」
「な、何をですか?」
「黒子です。」
黒子? ってあのほくろ?
「あの人、旦那様と同じ、首筋にある黒子が…。」
「!!」
「初めは気のせいって思いました。首に黒子がある人なんて、他にもいるって……。でも、よく見たらマントの下にあのブローチが見えた気がして、顔も、恐ろしい形相をしていましたが、あの人が顔を歪めたらそんな顔になるかも……って。」
「一度考え出したら、アレはあの人だったって、思ってしまって! 怖くて仕方がなかった…。でも、このお屋敷で会うと優しいんです。訳がわからなくなってしまって、あの人はきっと何かに取り憑かれてしまったんだと思って、こっそり調べていたんです。」
あー、ああー! 取り憑かれてる。それかもしれない!
三百年前のバネ足ジャックが、子孫の侯爵に取り憑いて好き勝手しているのか! それなら体は侯爵だから、ブローチはつけているし、侯爵が屋敷を自由に出歩いていても、誰も不自然に思わない。自分の家だもの。
「あー…、王都が幽霊クエスト多いって話、忘れてた…。」
リュウが教えてくれてたんだった。
思わずボソリと呟くと、夫人は不思議そうな顔をした。
「あ、いえ、何でも…。」
「バネ足ジャックに取り憑かれているとして、どうしますか? 除霊方法は?」
村長の言葉に清姫を思い出す。
鐘をぶつけるまで、ギリギリで減らない体力を。でもこの地下室には特別な物はなさそうだ。
「んー、もう、侯爵に言いましょうか!」
「ええ! 大丈夫なの?」
「侯爵に言えば戦闘になりますよね? もし除霊アイテムが必要なら、清姫の時みたいに体力が削れなくなると思うんです。」
削れなかったら、除霊アイテムを探せばいいし。
「あの! あの人の所に行くなら、私もついて行かせてください!」
「え、でも、危ないですよ。」
「覚悟はしています。あの人が本当に取り憑かれているなら、心配なんです!」
夫人は生身のNPCだから、戦闘中は彼女を守らなくちゃいけなくなるけど、……何か意味があるのかもしれない。
「わかりました。ただし、戦闘になったら私達の指示に従ってくださいね。」
「わかりました。」
じゃあ、侯爵の所に行ってみようか。
◇◇◇
地下室と廊下からでて、人気のある場所に戻ってくると、メイドさんがこちらに向かってきた。
「あんぱん様! お探ししました、旦那様がお待ちです。……あら? 奥様!? お加減は……。」
「今日は具合がいいみたい。ごめんなさいね、お客様が来てるって聞いて、屋敷の案内と外のお話を聞かせてもらっていて……、旦那様のクエストのお話も、この後聞かせて貰う約束なの。このまま一緒に客間へ行くわね。」
「そうだったのですね。畏まりました、ご案内致しますね。」
侯爵に話をして、すぐに戦闘になるかもしれない。
私はマルスを瓶に入れ直して、〈召喚〉でマルスの分身を呼び出しておく。
客間の前までくるとメイドさんが、扉をノックして声をかけた。
「旦那様、あんぱん様がいらっしゃいました。」
扉が開かれると、夫人と一緒に部屋に入る。
「リズ!?」
侯爵が夫人を見て、驚きの声を上げる。
まあ、塞ぎ込んでる妻が客と一緒にいたら驚くよね。
「あなた、今日は具合がいいの。それに星の探検家さんが来ているって聞いて、無理を言ってお話を聞かせてもらっていたのよ。」
「そうだったのか。最近ずっと篭りっきりだったから、久々に元気な姿が見れて嬉しいよ。あんぱんさん、ありがとうございます。」
妻のために礼を言う侯爵は、穏やかで優しそうな人にしか見えなかった。
私もバネ足の顔をじっくり見たわけじゃないけど、あの時の恐ろしい顔とは結び付かなかった。
「でも、リズ。お話を聞きたいなら、着替えてくれば良かったのに。」
「あ! 急いでたから…、オホホホ……。」
そういえば、夫人はネグリジェにガウンを羽織っただけの姿だった。お客の前に出る格好じゃない、よっぽど慌ててたんだろう。
「私は気にしてませんよ。それよりクエストの話を、してもいいでしょうか?」
「ええ。イヤリングは見つかりましたか?」
「ええ、見つかりましたよ。」
私はイヤリングを掌に乗せて差し出した。
それを見た侯爵は嬉しそうにイヤリングを手に取る。
「おぉ! 間違いない! これです、ありがとうございます! リズ! 見つかったよ! 良かったな。」
本当に嬉しそうだ。この後の話を思うと可哀想な気がするが、もう一つ、侯爵に見せる。
「侯爵様、ついでにコレも、見つけました。」
「……え? な、なぜ?」
イヤリングとお揃いのブローチだ。
侯爵の胸元には何もつけられていない。