41.バネ足探し
しかし、まさか真っ先に逃げるとは思わなかった、そんなに強くないからかな。
いや、でもあのバネ足は厄介だ。上に横にぴょんぴょん飛ばれたら面倒くさいと思う、村長の攻撃避けたことから見るに素早さも高そう。マルスの分身をつけられたのは運が良かった。
「マルス、後でお願いね。」
「ぴ!」
マルスの体の小ささがこんな風に使えるとは、突然の思いつきだが中々良いと思う。ただ面倒なのは、分身のマルスは本体のマルスと現在進行形で繋がっていないので、バネ足ジャックが根城に着いたであろう時を見計らって解除しなければいけない。
もしタイミングを間違えて、バネ足ジャックがまだ街中を彷徨っている時に解除したら、また奴を探すところから始めなくてはいけない。
「あ、あの、ありがとうございました……。」
襲われていた女性はバネ足ジャックがいなくなったおかげか、顔はまだ青いが落ち着いたようだ。
「いえ、怪我はしていませんか? 私達あの男を追っていまして、お話を聞いてもいいですか?」
「ええ、大丈夫です。私家がこの通りにあるんですけど、歩いていたら急に目の前にあの男が落ちて来たんです。それで叫んだら貴女達が来てくれて……、おかげで怪我も何もしませんでした。」
彼女はもう一度ありがとうございます、と頭を下げた。
話は他の被害者の話と変わらない。新しい手掛かりはなさそうだ。
「あの……それで、これ。あの男が落としたものだと思います。」
「え、あの男がですか?」
「目の前に現れた時に…本当に触れそうなくらい近よってきたので、思わず手で距離をとろうとして籠を振り回したんです。私の物じゃないし、多分その時に籠に引っかかってたんです。」
彼女の差し出したそれは見覚えのあるものだった。
ピンクゴールドの花びらを模したキラキラしたブローチ。侯爵夫人のイヤリングとお揃いデザインのフォード侯爵のブローチだ。
「ええー……。」
◇◇◇
「つまりあのバネ足ジャックとやらは、フォード侯爵だと?」
私達は襲われていた女性を家に送った後、メイン通りの適当なカフェに入って作戦会議をしていた。
村長もカラクルさんもアリエスも召喚したままだし、マルスも瓶から出してあげた。明らかに異様な集団の私達に通りを歩いている人も、カフェにいる人もチラチラと見てくる。
客観的に見たら凄い集団だと思う。
一人は人間で二人は羊男、一匹は羊でもう一匹はタコ型宇宙人。なんだこの集団……。
自分たちの異様さに目が遠くなりそうになるが、話を元に戻して、
「ええ、フォード侯爵がつけていたブローチなんです。夫人とお揃いだって見せてもらいましたし、オーダーメイド品のハズですから似たような物の可能性も低いですし、フォード侯爵がバネ足ジャックの可能性は高いと思いますよ。」
バネ足ジャックは人間の姿じゃなかったけど、化け物が人間に化けて、人の生活に溶け込んでいるとかありそう。
「でもバネ足ジャックが侯爵様なら、侯爵夫人様を襲ったのは侯爵様ってことでしょう? どうしてクエストを出したのかしら。」
そこなんだよね。
もしかしたら、侯爵は夫人を疎んでいて襲った? ……いや、バネ足ジャックの手口だと襲っても命までは取らないし、怪我もほとんどしない。
それに自分でプレゼントした物を奪うってのも訳が分からん。
するとカラクルさんが閃いた! と身を乗り出す。
「ねぇ、あんぱんちゃんがお屋敷から出た後にブローチを盗まれたとか考えられないかしら?」
「どうでしょうね、そんなタイミングよくバネ足に会いますかね。それにバネ足の被害者は全員女性ですし、急に男のフォード侯爵を襲ったとは考えにくいですよ。」
「……そうねぇ。」
すぐに村長に反論されて、戻ってしまったが。
「ふむ、侯爵が特殊性癖で、女性を驚かせて辱めて遊んでいるという説はどうです?」
村長は村長で凄いこと言いだした。
「ヤダッ! 最低よ!」
カラクルさんが騒ぎ出すが、そう決まったわけじゃないから……。
「と、とりあえず、マルスの〈召喚〉を解除してバネ足ジャックがどこに行ったのかを、案内をしてもらいましょう。」
バネ足ジャックは私達との戦闘の後、真っ直ぐ逃げ帰っただろう。あの時半分以上のダメージを与えられたから、あのまま活動しようなんて思わないハズ。
行き先は侯爵家かもしれないし、全く違う場所に帰ったのかもしれない。もしかしたら侯爵に罪を着せるために、さっきカラクルさんが言っていたブローチが盗まれたってこともあるかもしれない。
「マルス、行くよ? 〈解除〉」
マルスの〈召喚〉を解除する。
……いつもなら目の前で分身が消えるからいいけど、いない時は解除されたかわからんなこれ。一応〈召喚〉画面を見るとマルス召喚がクールタイムに入っていたので、解除されているのがわかった。
「どう? 場所わかる?」
「ぴ!」
マルスは任せとけよ! と触手を一本上げた。
カフェを出てマルスの後について行って見ると、まあ予想通りに侯爵家についてしまった。
「やっぱり侯爵様がバネ足ジャックなのかしら……。」
「うーん、まだ分からないこともありますけど、これはズバリ聞いてみた方が早いかもしれませんね。」
猪発想と言うことなかれ、聞いてみれば何かわかるかもしれないし、もし本当に侯爵がバネ足ジャックなら、私達は一回戦闘で接触しているからあっちも警戒しているかも。
屋敷の中で戦闘になってもおかしくないが、もし戦闘になったら速攻で仕留める。逃げ出そうとしても狭くて障害物も多い中なら逃げ場は狭まる、今度は逃がさん。
ということで警戒しながら屋敷に入ったが、門番も案内してくれている執事も普通の態度だった。少しカラクルさん達を見てギョッとしていたが、私が〈召喚〉していることを伝えると、普通に屋敷の中に入れてくれた。
使用人たちは彼がバネ足ジャックということを知らないのかもしれない。
「あんぱん様、申し訳ありません。旦那様は今執務中でして、少々お待ち頂いてもよろしいでしょうか?」
客間に着くなり、執事はそう言った。
すぐに会えないのか……。じゃあ、侯爵に聞く前に色々調べられるかな?
「そうなんですね。……では、奥様にお話を聞けますか?」
「奥様は……。」
執事は顔を暗くする。やっぱり無理か。
「無理言っちゃってすいません。じゃあ、少しお屋敷を見学しても良いですか? 貴族のお屋敷がどういうものなのか見てみたくって。」
「それでしたら、大丈夫でございますよ。旦那様の準備が整いましたら、また使用人から声をかけさせて頂きますね。」
明らかにホッとした顔で屋敷を散策する許可を出してくれた。
夫人は相当塞ぎ込んでいるんだろう。バネ足にあった時の様子を聞きたかったが、しょうがない。バネ足が屋敷のどこに行ったのかを調べるとしよう。
私は客間を出るとマルスを瓶から出した。
「マルス、道は大丈夫そう?」
「ぴー!」
マルスは役目があるのが嬉しいのか、またも元気よく触手をあげて返事をした。
「マルスちゃん、何処に向かっているのかしらね。」
マルスは迷いなく屋敷の廊下を歩いている。
たまに使用人とすれ違うけど、執事が私達が見学していることを伝えてあるのか、特に何を言われることはなかった。
「わかりません。でもバネ足がこの屋敷に帰ってきたら行くところに行っていることは確かですよ。」
もし侯爵家全体が侯爵がバネ足だと知っていて、庇っていたとしたらこうして私を出歩かせる事なんてしないから、使用人達は知らないハズ。
それならバネ足が盗っていった物が隠されている場所があるに違いないと睨んだのだ。
それに貴族の家に隠し部屋って、定番だし。
「ぴっ!」
マルスは人気のない、行き止まりの廊下で止まった。
そこは私の身長の半分くらいある、大きい絵画がずらっと並んでいる廊下だった。なんで貴族の家って絵画がいっぱいあるんだろう?
絵画はそれぞれ六種類。
羽を広げている蝙蝠の絵、眠る茶トラの猫の絵、草をはむ赤い目のウサギの絵、月と白いフクロウの絵、シマウマに飛びかかる雌ライオンの絵、飛び跳ねているカエルの絵だ。




