36.可愛さは人をバグらせる
マルスは今虐められていた。
いや、あいつは虐めているつもりなんてないのかもしれない。
でもあいつは、自分が熱線の練習をしている時に、わざわざ近寄ってきて、失敗すると大きな声で笑うのだ。
腹立だしいことこの上ない。
いいさ、今はそうやって笑っているがいい。いつかこの熱線を完璧に使いこなし、貴様の頭をぶち抜いてやる!
……今のマルスの心情はこんな感じだろうか?
「ぴーーーーーー!!!」
「メヘヘヘェェ。」
「こーら、笑わないの。マルスも気にしないで練習しなって。」
マルスのへなへなビームを見て、笑うような鳴き声をあげる羊に、怒って飛び掛かるマルスを抑える。
羊を怖がらなくなったはいいが、今度は喧嘩ばかりしている。
特にこの羊、私が見ている群れのリーダー格の羊だ。他の羊より体格がいいし、角も立派でモフモフ度も高い。
初めは新しく群れに入ってきたマルスが気になってるだけかと思ったが、ビビリを見て、マルスは自分よりずっと下だと位置付けたのだろう。他の羊にはしたことがない悪ガキみたいな態度をとっているのだ。
勿論私にはそんな態度はとらない。私が指示を出すと一番に動き、群を率いてくれる頼りになるリーダーなのだが……。
「メヘヘへへ、メッヘッヘッ。」
「びぃ……! びぴぃ……!!」
なんだコレ。
やーいやーいと言わんばかりに、マルスの周りを回りながら笑う羊に、血管が切れそうなくらい怒っているマルス。
子供の喧嘩じみてきた。
「ほら、やめなって……。」
どうしようか……。
「何してるの?」
「あ、お姉さん。」
羊と火星人の間に入っていると、声をかけられた。前に羊の毛刈りを教えてくれたお姉さんだ。
お姉さんはマルスと羊の喧嘩を面白そうに見ると、指をさす。
「その子達、最近よくそうしているわね。」
「笑い事じゃないですよー……。マルスは子供ですけど、この子は今までこんなことするそぶりなかったから、困ってるんですよ。」
「うふふ、大変ね。でもそれって幸せな大変さね。」
「へ?」
幸せな大変さとは? 睨み合っている二匹の間に立っているこの状況が幸せとは?
「その子、ヤキモチ妬いてるんだわ。貴女その、マルス? が来てから、その子に付きっきりだから。」
「え。」
思わず羊を見る。
私の視線に気づいた羊は、何何? と頭を手に擦り付けてくる。
「それでマルスはそれで喧嘩を売られているのがわかるのよ。母親を取られまいと必死なんだわ。」
マルスは羊を睨みながら私の手にしがみついてる。
「マジかよ……。」
擦り付けられた手としがみつかれた手から電撃が身体中に走った気がした。
その時の私の気持ちをなんと表現すれば良いのかこんな立派な体格の俺に着いてきなって感じの子のちょっと子供っぽいというかあどけないというかつまり可愛いって所を見せてくれるなんてというかマルスへの態度ってヤキモチ!?ヤキモチっていった!?探検で何日も小屋に来なかったりきても構えなかったりしていたのに待っててくれたの?こんな薄情な私に甘えてくれるの!?それってヤバくない?めっちゃ懐いてくれてるって事だよね?それにマルスも?母親を?取られまいと?もう可愛さが突き抜けてアンドロメダ星雲まで届きそうこれは愛ゲームのNPCとか言ってる場合じゃない一生面倒見るしかないだろそしてみんな仲良くくらしましたで終わりたい羊村で一生を終えたいいやむしろずっと村にいて羊飼いをするべき?そうなんじゃない?オカルトに会いたいけど自分にこんなに甘えてくれている存在をほっぽり出していいわけがないそうしよう―――
「あら? ……あんぱん? あんぱーん? どうしたのこの子? ちょ、ちょっと!? ……村長ーー! カラクルーー! あんぱんが変になっちゃたわーー!!」
その後のことだけど、固まって動かなくなってしまった私にマルスも羊も大慌てで騒ぎ出し、村長とカラクルさんが文字通り飛んできて騒ぎ出すものだから、なんだなんだと村中の人が集まってしまい、上を下への大騒ぎとなった。
最終的にはあまりの騒ぎに怖がったマルスが泣き出し、私は正気に戻った。
いや正気に戻っていたかは怪しい。皆んなと仲良く暮らすために、星の探検家をやめて羊飼いになるとかほざいていたらしい。
それを聞いたカラクルさんは私の口にスープを突っ込み、村長の手によって羊小屋にある藁のベットに無理矢理寝かされた。
ゲーム内睡眠だから本当に寝る訳じゃないけど、一瞬目の前が真っ暗になったおかげで本当に正気に戻った。
恥ずかしい。変な行動はしなかったと思うがアホづらを晒してしまった。
起きたら迷惑かけたことを謝りに村中を周った。皆笑って許してくれたが、物凄く恥ずかしかった。
しかし、恥をかいた甲斐もあったかもしれない。
なんとマルスとリーダー羊が仲直りをしていたのだ。
謝罪行脚から帰ったら、羊の上にマルスが乗っかっており、一緒に近づいて来て大丈夫か? と言わんばかりに鳴き始めたのだ。
可愛さのあまりまた正気を失いそうだったが何とか耐え、二匹にも謝り、でも喧嘩はあまりしないように言い聞かせた。
二匹は気まずそうに顔を見合わせたが、こくりと頷き鳴き声を上げた。
仲良くなるには時間がまだかかるかもしれないが、前みたいな子供じみた喧嘩はなくなるだろう。
とりあえず一安心。だけど、マルスの特訓は進んでない、まだへなへなビームのままだ。
イベントまで、まだ時間はある。それまでにしっかりと熱線が出せるようにして、〈召喚〉もできるようにしなければ。




