34.手探り子育て
さて、マルスの脱皮を待たなくては探検には行けない。
しかし私もずっとログインしているわけにもいかないので、ログアウトしている時は寝かしつけたマルスを瓶の中に入れ、エルバッキーに預けていくことになった。
そんな対応で大丈夫? 虐待にならない? と心配したが仕方ないのだ、私がいない状態でマルスが脱走して他の人の血を吸ったら、退治コースになるのでマルスと周りの人を守るためには仕方がない。飼い主として、親としての義務というやつだ。
マルスの育成は思ったよりも大変であった。
お腹が空いたら勝手に私の血を吸おうとするし、子供の好奇心で傍から離れようとするし、エルバッキーに預けるときは必ずしも寝ている時に瓶詰にできるわけじゃなく、遊びたいと暴れるマルスを諌め、構いやっとのことで寝かしつけて瓶に詰めたりした。これが保育園に赤ちゃんを預ける母親の気持ち? なんて思ったり。子供特有の奔放さに面倒くさく思う時もあれば、可愛く思う時もある日々が続く。
そうこうしている内に二回目の脱皮がやってきた。
実は一回目の脱皮は本当に早くにやってきて、血を上げて寝かしつけてを二、三回繰り返したら、直ぐに脱皮したのだ。
そして二回目も意外と早かった。一回目の時よりかは時間は空いたが、血をあげて、街を連れ歩いて、沢山会話をしてあげてくらいしかしていない。
「ぴ ぴぴ」
「頑張れ~。」
脱皮はゆっくりと行われる。触手一本一本をそろそろと抜くので時間がかかるのだ。
「もうすぐよっ!」
「慌てなくていいですからね。」
何だかんだで、カラクルさんと村長もマルスを可愛がっている。
初めは警戒していたが、やっぱり赤ちゃんは可愛いのか、そこまでの脅威が見られなかったのか今ではすっかりメロメロだ。私がしっかりついていて、ルールを守るのなら村に連れてくるのも許してくれた。
村長はしっかり教育しようとしているが、カラクルさんは初孫のごとく可愛がっている。マルスの食事は血なので、おやつを沢山あげたりとかはないのだが、マルスが何かをするたびに大げさに褒めてはしゃぐので、マルスにはこの人は何をしても褒めてくれる人だと思われていると思う。
そのせいか、私や村長がマルスを叱ると、カラクルさんの背中に隠れるようになってしまい、カラクルさんもやんわりと庇うのでちょっと困っている。扱いはもう孫フィーバー入ってるおばあちゃんである。
「ぴ ぴ ぴぴ~!」
そしてジャーンと効果音が流れて来そうなポーズでマルスは脱皮を終えた。少し大きくなったかな? 一、二センチほどだけど。ここからどこまで大きくなるんだろうか?
「おめでとう~!」
「今日はお祝いですね。」
うんうん頷いている村長を見て思う。これ村長も孫フィーバー入ってるな?
◇◇◇
「ただいまー。」
挨拶すると、歓迎するように羊達は鳴きながら頭を擦り付けてくる。久々のモフモフだ。
そう、久しぶりに羊村に帰ってきたのだ。
「いい? マルス。決めたルールはしっかり守ろうね。1、私以外の人の血は吸わない。2、私が異世界に帰っている時は瓶の中にいること。」
「ぴ! ………ぴぃ~。」
事前に村長と決めたルールを伝えると元気よく返事をしたが、私の周りの羊の勢いにビビって、私の頭の上に避難していた。
マルスが二回の脱皮を終えた後、外に連れて歩けるようになったので、まずは街の外を散歩させて様子見をしてみることになったのだが、初めての広い風景にビビったのか、私の腕に絡まったまま動かなくなってしまったのだ。街中ではしゃいでフラフラしていた姿が嘘のようだった。
外出るだけでこのビビりよう。エネミーとあったら戦う前にショック死してしまうのではないか? と思ったので、自然豊かな羊村で慣らすことにした。森に出てくるエネミーも奥に行かなければ、虫だけだし。
ということで帰ってきたのだが、さっそく羊にビビっている。大丈夫かな……。
慣れさせるためと、私も久々に羊飼いをしたかったので、今日は羊たちの面倒をみることにする。
「メェメ?」「メエ」「メエェ」
「ぴぃ~…」
羊達も見慣れないマルスに興味津々で近づいてくる。マルスは相変わらず頭の上だ。
「……。」
「ぴー! ぴー!」
「メへへへェ。」
遂には羊に威嚇し始めた。羊は怯んだ様子もなく馬鹿にするように鳴いた。
いつまでもこうしていてもしょうがない。ため息を一つついて、頭の上のマルスをむんずと掴むと、羊の背中に乗せた。
「ぴ!?」
「荒療治だよ、マルス。行くぞ! 走れーーーー!!」
羊達にそう叫ぶと、彼らはメェメェ鳴きながら楽しそうに走り出した。私も後ろから羊達がばらけないように見ながら追いかける。
「ぴぎゅ! ぴぎゅー!」
マルスは落とされないように、必死に羊の毛に触手を絡ませてしがみついている。
すまんな、マルス。これもお前が強くなるため……。厳密にいうとビビらずにエネミーと戦えるくらいになるため。
私は涙を呑んで走り続けた。
「悪かったって、こっちおいで。」
その後すっかり臍を曲げてしまったマルスは、甘やかしてくれるカラクルさんにしがみついて離れなかった。やりすぎたか?
「うふふ、でも羊達とは仲良くなったんでしょ?」
カラクルさんが夕食を出しながら笑うが、私は首を横に振る。
「仲良くなったっていうか、羊がマルスに絡んでいっているだけっていうか。まあ、初めよりかは逃げなくなってきたんですけどね。」
「まだまだと言ったところですか、この子戦えるんですかね。」
「うんん……。戦えなかったら、探検には連れていけないですしね。」
今は一応私のパーティメンバーのような扱いだから連れていけなくはないんだけど、プレイヤーじゃないので死の危険性はある。このまま好感度が上がれば〈召喚〉スキルで呼び出すことも可能になってくるだろうが、戦えなければ呼び出す頻度はカラクルさんや村長に比べると下がり、寂しい思いをさせてしまうだろう。
私の我儘で育てることになったのだからそれは避けたい。でも無理矢理戦闘を覚えさすのも、違うんだろうか……、でも火星人だから戦力になるだろうとちょっと期待してたんだよね……。
マルスのビビりな性格を思えば、戦いには出さずに安全な場所で育てた方がいいのか。カラクルさんや村長にも懐いているし、私が探検中はここで預かってもらって、偶に帰って来るとか。でもそれだと私が責任もって育てているって言えるのだろうか?
マルスを見るとカラクルさんにしがみつきながら、チラチラとこっちを見ている。私の反応が気になるようだ。
…………やっぱり可愛い。
うん、ある程度やらせてみて、ダメだったらまた考えよう。
子育てとはかくも大変なものか、と実感する。