3.九度目の正直
ソーンさんとサモくんは逃げきれただろうか。それだけが心配だ。スタートできたら会いに行こうと思う。
この九度目を生き残れたらな!
そう、私は七回目、八回目と既に死んでいた。
七回目は三メートルくらいあるワニに、八回目は角の立派な鹿にやられた。
でも段々とエネミーの強さランクは下がってきているので、今度こそ生き残りたい。
九度目のスタートは森の中だ。
静かでボス出現BGMも流れていない。今の所安全なので、人のいる場所を探そうと思うが、見渡す限り周りは木ばっかり。とりあえず歩いて道を探すことにしよう。
さて、七度目にもなるとボス出現の予兆はわかってきた。
あの不安を煽る心臓の鼓動音が、ボスが近くにいる知らせで、感覚が早くなるほど近くにいる。
赤い点滅がし始めると、ボスに認識されたということ。で地響き音が近づいてくる音ってとこだろう。
このゲームはよくあるレベル制はない。強さは装備やスキルで決まってくるのだが、スキルはゼロ、装備も初期。アイテムは拾ったりできるが、すぐに襲いかかってくるボス級のせいでそんな暇はない。
しかも初期装備だと少しのダメージしか与えられないし、もし運よく新しい装備やアイテムを揃えても拠点なしでロストすると全アイテムがなくなり、初めからスタート扱いになってしまうのだ。
だから、まず拠点を見つけて登録しなくてはならない。
スタート地点をランダムにしなかったプレイヤーは、スタートした時点で家があるらしいので、初めから拠点があるのだ。
こんなハードモードしているのは、ランダムの罠にかかったプレイヤーだけだ。
まぁ、嫌だったらキャラ作り直して、初めからにすればいいんだけど。ここまできたら、やり切りたいものだ。
歩くこと数分。景色はまだ変わらない。
体力はまだあるけど、このままだとジリ貧だ。
実はボス級には会っていないけど、エネミーには何回か遭遇している。
そのほとんどが虫系エネミーで初期装備でも一撃で倒せるし、そんなに攻撃が強い訳ではないのだが、奴らは木の上から静かに近寄ってきて攻撃してくるので、ちょこちょこダメージを食らっているのだ。
どうやらあのBGMと赤い点滅はボス用みたいで、普通のエネミーには作用しないから、不意打ちに気付けない。
アイテムとかも何も持ってないから回復もできない。
どこかに薬草とか落ちてないかな。と思い、木の根本辺りをキョロキョロと見回していたので、気づかなかった。
シャー、という鳴き声をあげて、木の上から蜘蛛のエネミーが襲いかかってきたのだ。
「ぎゃあぁぁっ、また!?」
この時、私は油断していたのだ。何回か虫エネミーの襲撃にあっても、まだダメージを受けても大丈夫だと思い込んでいたのだ。
「この! 気持ち悪いっ!」
飛んできた蜘蛛は腕に乗っかり、噛み付いてきたので、反対の手でナイフを握り、蜘蛛に突き刺した。
ギャッと声をあげて、蜘蛛は消滅していくと、蜘蛛のいた場所に黒い液体が入った小瓶が現れた。
初のドロップアイテムだ。まぁ、拠点を見つけなければ消えてしまうのだけれど。
《蜘蛛毒の小瓶》
毒蜘蛛の毒が入った小瓶。
……! 毒蜘蛛!
体力バーを見ると、バーの隣にドクロマークが付いており、少しずつ体力が減っていた。
まずい。このままだと毒ダメージでまたロストになる。
私は小瓶を掴んで、辺りを捜索し始めた。
何処かに毒消し草とかないの!?
必死になって探すが何もない。体力バーはもう尽きそうだ。今回もダメだったかと諦めかけていると、
「そこの人ー! 大丈夫ー?」
人!
「あのっ、すいません、毒蜘蛛に噛まれてしまって、解毒薬なく……て……、ぇ?」
分けてもらえませんか。という言葉が出てこなかった。
声をかけてくれた人は、心配そうに私を見た後、分かった解毒薬ね! といって解毒薬を出してくれた。いい人だ。
いい人なんだけど。何というか、
彼女はNPCだろう。頭にはくるくると渦を巻いた角がついており、髪の毛はクルクルのモフモフでピョコンと横に飛び出た耳がピルピルと動いている。
この特徴だけ聞けば、可愛いかもしれないが、実際に見ると違和感がすごい。
彼女は体は人の体だが、頭は羊だった。
貰った解毒薬を飲み干すと、彼女は横長の黒目を細めて笑った。
「よかった。もう大丈夫みたいね。」
いい人……、いや、いい羊男(女)だ。
◇◇◇
「ありがとうございました。解毒薬まで貰ってしまって。」
「いいのよ。解毒薬も余ってたし、助けられてよかったわ。」
ピンチを助けてくれたのは、羊女のカラクルさん。話し方からしておっとり系お姉さんだと思う。
拠点になる場所を探しているという私のために、近くの村に案内してくれることになったのだ。
「私、星の探検家さんに会ったの初めてなの! 今までどんな探検をしてきたの?」
「いや〜、私新人でして……。探検を始める前に何回も死にかけまして……。」
いや、何回も死んでるんだけどね……。
「そうだったのね。新人さんが異世界から来る時に、たまに星の悪戯にあうって聞いたことあるわ。大変だったのねぇ。」
ゲーム設定ではランダムスタートって、そういうことになっているのか。星の悪戯っていうか、製作陣の悪戯ってこと?
「そういえば、さっきまで虫に襲われてたんですけど、カラクルさんは大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ〜。私達の村では、この森に入る時に虫除けハーブを持参してるから、虫達も寄ってこないの。」
「へぇ、便利ですね。お店で売ってたりしますかね。」
「確か、あったと思うわ〜。」
さて、彼女と歩きながら話をしているが、多分、多分。敵ではないだろう。
おそらく彼女はファンタジー系に出てくるただの獣人ではない。このゲームはオカルトゲームなのだ。彼女も勿論オカルトの存在である。
羊男。
その名の通り、羊の頭に人間の体をもったUMAである。英語読みでは何故か山羊男なのだが、羊の角を持っていることと、羊と山羊は混同視されやすいため、日本では羊男と呼ばれている。
主にカルフォルニア州で目撃されているUMAで、体長は二メートル程の筋骨質な体格。一説によると、軍の遺伝子実験で産まれたのではないかと言われている。
性格は凶暴で、よく人間が襲われたなんて都市伝説もあるが、カラクルさんはそんな風に見えない。
でも豹変して襲い掛かられたらどうしよう……。
「もう少しで、村に着くわ。ゆっくり休んでいってね。」
優しい……。信じるに値する人(羊)では?
そこは外国の農村みたいな雰囲気の村だった。
森で囲われた草原に木で作られた家がポツポツと建っており、周りには柵で囲われた畑。草原のあちこちには羊が群れをなしている。
のどかだ。
村の名前は『秘密の羊村』。名前的に羊男の村だろうか。
「まず、村長に会いに行きましょう。」
こっちよ。と手招きするカラクルさんに着いて行くと、村のあちこちから羊男達が私を見ていた。
襲われたらどうしよう。という思いがまた湧き上がってきた。あの読めない横棒の目が沢山こちらを見ていると、ちょっと怖いのだ。
恐怖を押し殺し、着いて行くと村長の家に着いた様だ。
カラクルさんが扉をノックしたあと、家の中に入って行くので私も着いて行く。
「星の探検家さん。ようこそ、羊の村へ。私は村長のアルガリです。」
挨拶してくれたのは、村長の羊男だ。
アルガリは羊男の噂通り、身長二メートルくらいあって、がっしりした体格をしている。低くていい声をしているが、威圧感があって怖い。
「こんにちは、星の探検家のあんぱんです。拠点になる場所を探してたところ、森でカラクルさんに助けて頂きまして。」
「彼女、星の悪戯に巻き込まれたんですって。人のいる所は遠いし、しばらく村で生活させてあげられないかしら。」
ありがとう! カラクルさん! やっぱりいい人(羊?)だよ!
「あ、あの! お願いします! もう八回もあちこち飛ばされてるんです!」
私も必死に頼み込む。ここまで長く生き残ったのは初めてだし、拠点登録したい。
「うーむ、別にいいんだが……。」
! いけそう! でも何か悩んでる。何だろう、お金とか? お金だったら初期の所持金三千ゴルドしかない……。
「働いて返しますから……!」
「いや、お金じゃないんですよ。うーん……。貴女の拠点、羊小屋になるけどいいですか?」
「えっ?」
えっ?