21.邪婚の儀式
『邪婚の儀式』
この儀式をする女は蛇様に血と肉を捧げよ。その見返りとして愛しい者と結ばれることができるであろう。
本来蛇憑きの家の女は蛇様のために生き、蛇様に嫁がねばならないが人の心は移ろい易いもの。恋などその最たるもの。が抑えれるものでもなし。恋をした女は愚かになり、尊い蛇様のお言葉すら心に響かぬ。
だが蛇様はお優しい方、我ら蛇憑きの心体は全て蛇様のものだが、この儀式を行うことで蛇様から産まれた血肉を蛇様にお返しし、心だけは自由にして下さるように祈れば、愛しきものとの婚姻を許して下された。
「うわっ……。」
「うーん、因習とかカルト的な感じ……。」
これを読むとキヨは蛇憑きという一族の人間なんだろう。で普通の結婚は許されていなくて、蛇様と結婚しなければいけない。
恋をした場合は心だけは自由にしていいって書いてあるけど、それって死ぬってことだよね。キヨはこの儀式をやって体は死んだけど、心は自由になったってわけだ。
「あんぱん、続きのページに儀式のやり方が載ってる。」
とりあえず全部読んでからもう一回考えよう。
「どれどれ」
儀式は香草を燃やし炎の中で行え。心が誤って蛇様に還らぬよう鐘を隠し置くことを忘れることなかれ。
炎の中心に立ち蛇様へ感謝を捧げたならば、心が離れてから愛おしき者を忘れぬよう、体から心が離れるまでその者を思うべし。
心が離れたのならばすぐさま鐘の中へ入り、体が蛇様の中に還るのを待て。
体が蛇様に還ったなら、鐘より出て愛おしき者の所へ行き添い遂げ天へ急げ。
但し心せよ、我らは蛇様から産まれ蛇様に還る存在。蛇様の加護なき心のみの姿では長くは持たぬ、人の姿が保つうちに天へ急げ。
「…………。」
「…………。」
読み終わってから二人とも黙ってしまった。
キヨが焼身自殺をしたのは、儀式の内容だったからというのはわかった。死体が残らないかった理由もわかった、『体が蛇様に還る』という言葉からしてあの火事の日、あの部屋に蛇様が来たんじゃないだろうか。そして体を食べた。心、つまり魂は鐘の中にいたから食べられなかったと。
「なんかこれってさぁ……。」
「俺も思った。これ、蛇様を敬っているけど、この『邪婚の儀式』はアレだよな、好きな人と結婚して天国へ行くために蛇様から逃げる方法だよな。」
そう、香草を燃やして炎の中心で儀式をやるのは匂いと煙で蛇様の目を欺くためだろう。蛇は煙草の煙が苦手といわれているので、蛇様をとっとと追い出す効果もあるのかもしれない。そして体は囮にして魂は鐘の中に隠れて、魂だけでも自由になるのだ。
蛇憑きの一族の女は本当は蛇様と結婚しなければいけないから、一族からすればこれはよくないこと、掟に背くこと、だから名前が『邪婚の儀式』なんだ。
「あと、この記述なんだけどさ。」
私は『但し心せよ、我らは蛇様から産まれ蛇様に還る存在。蛇様の加護なき心のみの姿では長くは持たぬ、人の姿が保つうちに天へ急げ。』という文を指さす。
「この蛇憑きの一族ってもしかして人間じゃないんじゃないの?」
「あー、可能性はあるかもな。人の姿をしているかもしれないけど、心つまり魂は蛇ってことだよな、多分。」
「ということは、キヨは今魂の姿だから徐々に蛇の姿になってしまうってことだよね。ハヤブサはプレイヤーだから天へは行けない。キヨも焦ってると思うよ。」
「そうだよな、でもどうやって除霊しよう? 方法は書いてないよな。」
それなんだよね。煙草の臭いの香草? ……違うような気がする。
もう一度内容を読み返してみると、ある文が目についた。『鐘を忘れることなかれ』『心が離れたのならばすぐさま鐘の中へ入り』。
「鐘! この近くにあるかも!」
「あ! 心が入ってた鐘!? 探そう!」
心が入っていたという鐘なら、キヨの魂をもう一回入れることができるかも!
リュウと二人で部屋の中をもう一度探す。ソファもベットも持ち上げて、また床下がないか床に這いつくばったりもして、煤だらけになりながらも部屋をひっくり返す勢いで探したが、鐘は出てこなかった。
「……ないね。」
「部屋の中にはないのかな……。」
儀式の場から僅かに外れた場所ってどこ……?
二人で途方に暮れていると、
「あんたら何やってんだい。」
「わっ!」「!!」
びっくりした! 部屋の外には管理人さんが怪訝そうに立っていた。
「なーんか、どんどんうるさいからって二階の住人が言うから見に来ていれば、何してんだいあんたら。」
「う、すいません。煩くして……。アレです、調査中です。」
しまった、手掛かりに興奮してここがアパートメントってこと忘れてた。
ダメもとで、管理人さんに鐘のことを聞いてみる。
「鐘? 知らんね。」
ですよね。
「ここで何かを隠すんなら、天井じゃないか。」
「天井?」
「シャワー室の天井は点検口があって開けられるんだよ。前にあそこに金を隠してた住人がいてね、自分で隠したくせにそこに置いたのを忘れて、盗まれただの騒ぐ奴がいてね。全く自分で……」
金を隠して忘れた奴の話など、もう聞こえなかった。リュウと一緒に大急ぎでシャワールームまで行き、天井の点検口を外すと、
「あった!」
バレーボールくらいの大きさの鐘が配管の隣に置いてあった。
▽ 心閉の鐘を手に入れた!
「これでキヨを封印できるんじゃないか、早速ハヤブサを探そう。」
「あ、その前に、ハヤブサに確認を一応取りたいんだよね。」
ここまで来てすごい今更だが、これはハヤブサが関わる案件だ。ハヤブサが一人で解決したいのであれば、私達は手を引かなければならない。まあ、私達は重要なアイテムを持っているから無下にはできないと思うけど。
「連絡か……、実は俺とハヤブサはフレンドじゃないんだよ。同じ騎士団にいるし、チャット機能だけしかないんならまだいいかって、先延ばしにしてたんだよな。」
「話しかけるのは? 私が話しかけるのは殺されるからダメだけど、男のリュウなら大丈夫じゃない?」
「……でも今回見つけた情報を全部話すのは無理かもな。キヨが憑いている状態で、キヨの除霊方法なんて喋ったら男でも殺されると思う。」
確かに。……もう勝手に除霊を決行して、その時に話すとか……。
「駄目だって……(イノシシ……)。じゃあ、チャットで話そう。」
「ん? フレンドチャットはさっき……。」
「このゲームのチャットじゃなくて、ゲーム外のチャットだよ。」
なるほど、それは目から鱗。