19.キヨについて
「え? キヨさんについて?」
私たちはアパートメントを後にし、食品街にあるパン屋へと来ていた。
管理人さんの言っていた女将さんに話を聞くためだ。女将さんは恰幅の良い優しそうな人だった。
彼女は突然聞かれたことに困っていたけど、騎士団がクエストを出したことを伝えると話し始めてくれた。
「キヨさんはね、東の国の特殊な術者で、この技術を広めるために一人でここに来たって言っててね。知り合いもいなくて中々馴染めないのを見たら不憫でね、何かと話を聞いてあげたりしていたの。」
思ってたよりキヨに近い人のようだ。管理人さんが知らないキヨの話を聞けるかもれない、続きを詳しく聞くことにする。
越してきた時は普通の子だったの、ちょっと控えめだけど優しい子で……。あと地元だと大切にしているからって蛇をペットにしていたわ。気味悪がる人が多かったけど、そんなに大きくなかったしキヨさんが本当に大事にしていてね。……大事にしていたのにね。
ある時、キヨさんが妙に嬉しそうに帰ってきたことがあってね、何でも恋人ができたとか。彼女、その日からすごく明るくなって、オシャレにも気を使うようになって恋が人を変えるなんて、微笑ましく見ていたのよ。
でもこのパン屋にその恋人と来店してくれたことがあってね。すごくびっくりしてしまったのよ。
私、その恋人のこと知っていたのよ。星の探検家さんで、星の探検家さんはうちによく来てくれるの。そこの騎士さんも来てくれたことあるわよね。で、その人もよく食品街に来ていた人だったのもあるんだけど、その人女好きなのか、よく女の人にナンパしているのを見るの。特定の人を作らず、いつも違う女の人と歩いていたからよく覚えているわ。
すぐにわかった。キヨさんは恋人だって思っているけど、探検家さんの方はそう思っていないって……。キヨさんが彼にのめり込んでいるのを知っていたから、傷ついてほしくなくて、そのことを伝えたら、
『そんなことないっ! 彼が素敵だからってあたしから奪おうとしているのねっ!』
って怒鳴られて……、私が結婚しているの知っている筈なのにね……。
そこから彼女、私を避けるようになってしまったの。
でも家が隣じゃない? 注意して見ていたら、何日かは楽しそうにしていたんだけど、だんだん様子がおかしくなっていって……。あぁ、知ってしまったんだなって。私、彼女に話しかけたわ。もう目が覚めたでしょって、そしたら……。
『あの人は素敵だから女が寄ってくるのは仕方ないのよでも彼も本当は私だけといたいに決まってる邪魔しないでよ』
もう止めるのは無理かなって、諦めちゃったのよ。
それから奇行みたいのが増えてきて、夜中に叫び声が聞こえたり、あんなに大事にしていた蛇も死なせてしまったみたい、部屋の前に死んだ蛇を放置してあって、それで管理人さんと揉めたりしてね、最後には……。
◇◇◇
何というかハヤブサも悪いと思うんだけど、キヨも思い込み強すぎないじゃない? 人の話をまったく聞きそうにないところとかやばそう。
「火事になった時に火消しの人が怖がっていたって聞いたんですけど、それは何か知っていますか?」
「それは、私は実際に見ていないけど、うちの旦那が火消しに協力して部屋に行ったから、旦那に聞いた方がいいわ。ちょっと待ってね。」
それから女将さんは店の奥に行くと、同じように恰幅のいい男の人を連れてきた。焼きたてのパンのいい匂いがする。旦那さんがパンを焼いているのか。
「すいません、急に。解決のためにご協力ください。」
……何か今のセリフ刑事みたいじゃなかった? 怖がっている女将さんと旦那さんを見ると申し訳ないのだが、何だか楽しくなってきた。
「あの部屋に行ったときのことですね。…………あの時のことはいまだに夢に見ます。」
僕は妻ほどあの人のことを気にしていませんでした。若いのに大変だなぁ、くらいです。妻は優しいから気にしちゃったんですけど。
火事はかなり進行してから気が付いたんです。その前に焦げ臭いにおいはしていたんですけど、時々奇声が聞こえてきて、それであの人がまた騒いで変なことをしているんだなって思ってたんです。
窓が割れる音を聞いたときに、やっと何か変だなって思ってドアを開けると、あの人の部屋のドアの隙間から煙が漏れていて、そこでやっと火事だって気が付いたんです。
慌てて妻を避難させて、管理人さんに火消しを呼んでもらって……。他の部屋には燃え移っていなかったんですが、窓から見える火はかなり大きかったので僕も火消しを手伝うことにしたんです。
いつも火に近い仕事をしているので、協力できると思いましてね。ただ部屋の中には入らずに外から水をかけるだけなんですけど。
とにかく一緒に部屋に行って扉を開けたんです。これだけの火だからあの人はもう死んでるかもしれない、生きていても衰弱しているだろうって、そう思っていたんです。
でも、でも、違ったんです。
ここで旦那さんの声が怯えたように震えはじめる。
あの人は、あの人は生きていたんです! 炎に包まれながら生きて立っていたんです!
それを見た瞬間、僕も火消し達も体が固まって動けなくなりました。
焼かれながら彼女は笑っていました。顔も体も焼け焦げているのに、痛みなんて感じないみたいにケタケタ笑って……。そのうち僕たちに気が付いたんでしょうね、こっちを見たんです。
忘れられませんよ、あの黒焦げの顔に、瞼も唇も焼け落ちていたのに、目を爛々と輝かせて笑っている顔は……。
僕も火消しも悲鳴を上げながら逃げました。怖くて怖くてあの部屋に行きたくなかった。でも火は消さないといけないでしょう? 皆で震えながら行ったら、もうあの人はいなくて、床にはそこで倒れたかのような人型の影のようなものがべったりついていて、何故か死んだんだなって思いました。不謹慎だけどホッとしてしまいましたよ。
でも幽霊になって帰ってきたんでしょう? あの人。それで、馬鹿馬鹿しいって思うかもしれないけど、あの時の火事は、わざとじゃないかって、思うんです。
妻が言っていたでしょう? 東の国の怪しい術者だったって、あの火事は儀式だったんじゃないかって……。
◇◇◇
夫婦にお礼を言って、パン屋から出る。
「どう思う?」
「……儀式の話は可能性は高いんじゃない? 東の国の術者って情報も出てきているわけだし。」
でも解決方法はわからない。マジでわからん。




