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<episode 91> 悪役令嬢、魔王になる。

 きっとワタクシは今、公爵令嬢にあるまじき苦虫を何十匹も噛んだような表情をしているに違いない。


 ここは魔王城謁見の間。

 魔王アホーボーンとの戦いを終え、数日が経過している。

 禁呪を含む闇魔法合戦で破損した謁見の間は大急ぎで修復され、現在は元通り以上の荘厳さと豪奢さを取り戻している。


 魔王アホーボーンが戦いの末に、人間世界からやってきたエトランジュ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢に敗れ去ったという事実は、瞬く間に地獄全土を駆け巡った。

 アホーボーンはこれまでの地獄運営の怠慢の責任を取らされる形で魔王を辞任。後任としてワタクシが魔王の座に就くことも同時に布告され、様々な憶測を呼んだようだが、先代魔王ギルティアスの名で布告されたため、さしたるトラブルにならず、それどころか新魔王の歓迎ムードに地獄はお祭り騒ぎのどんちゃん騒ぎとなった。

 先代魔王……ネコタローはよほど地獄の悪魔たちに信頼されているようだ。


 そんな中、なぜワタクシが何十匹もの苦虫を噛み締めているのかというと、魔王就任の戴冠式の真っ只中だからである。

 魔王就任にあたっては、相当すったもんだした。

 嫌だ嫌だと駄々をこねるワタクシ。

 まあまあそこをなんとかとなだめすかし押し切ろうとするネコタロー。

 だが断る!と拒否するワタクシ。

 自分たちにとっても最高の名誉だとグイグイ背中を押してくる仲間たち。

 押しては引いての駆け引きが続いた結果、最終的にはワタクシが折れる形で仕方なく魔王の座を引き受けることになった。


 ただし、無条件降伏ではない。ちゃんと、こちらの条件は飲ませた。

 地獄の運営方針の決定、諸々の会議への出席、各地への視察、書類のサイン、地獄の貴族たちとの付き合いなど、面倒なことの一切合切はネコタローとアホーボーンに押し付けた。

 時間の自由、人間関係の自由、お金の自由、これも認めさせた。

 最後に、これが一番大事なことなのだが、地獄につながるすべての人間世界からまだ見ぬスイーツたちをお取り寄せすること。これを約束させた。嘘ついたらアホーボーンに針千本飲ませることになっている。

 そんなわけで魔王の座を嫌々譲り受けることになったために、ワタクシは今、とっても不機嫌なのである。


「そうむくれるな、エトランジュ」


 ふくれっ面のワタクシに困ったように苦笑するネコタロー。

 ネコタローは当然ながら黒猫ではなく、魔王ギルティアスの姿で玉座の前に立っている。


「約束はきっちり守ってもらいますわよ」


「ああ、もちろんだ」


 約束が守られることを再度確認したうえで、先代魔王であるネコタローの前にひざまずく。

 ネコタローは厳かなしぐさで、ひざまずいたワタクシの頭に地獄の魔王であることを象徴する冠を授ける。


「ここに新魔王の誕生を宣言する!」


 ネコタローの宣言を受け、謁見の間に大きな歓声が響き渡る。


「魔王エトランジュ様、万歳!!」

「我らが魔王エトランジュ様に栄光あれ!!」

「ジークカイザー、エトランジュ!!」


 最前列で見守っていた我が地獄の軍団の仲間たち、戴冠式に駆け付けた地獄の重鎮たち、それぞれが思い思いに歓喜の声を上げている。

 うーん。すごい盛り上がりようだ。嫌々渋々諦めて魔王になってしまったのが、なんだか申し訳ない。


「ところで、エトランジュよ。先代魔王として責任を取るという話、覚えているか?」


「もちろんですとも。けれども、まさかこういう形で責任を取ったことにされるとは思ってもみませんでしたわ」


「ん? それは違うぞ、エトランジュ。お前を魔王に任命したのはお詫びのしるしではあるが、それで俺が責任を取ったことになるとは思っていない」


 ほほう。

 ワタクシの目がギラリと光る。


「それはそれは。地獄の先代魔王ともあろう者がずいぶんとしけた責任の取り方だと残念に思っていたところですの。……で、どのようにして責任を取るおつもりなのかしら?」


「俺が黒髪で闇魔法の使い手であるせいで、お前にまで迷惑をかけたこと、とても心苦しく思っている。共に人間世界で不当に差別する姿を見てきて、お前がどれほど悲しくどれほど悔しい思いをしてきたかよくわかっているつもりだ。お前がギロチンにかけられた遠因になっている可能性まで考えると、俺はもう自分を殺してやりたくなるほどだ……。それに此度の甥アホーボーンの怠慢に起因する数々の失態。これについても深く詫びたい。これらはすべて俺が取らねばならぬ責任だと思っている。すまない。俺のせいでエトランジュの人生を不幸なものにしてしまった……」


 黒髪と闇魔法のせいで人間世界では色々あった。

 アホーボーンがちゃんと魔王していないせいで地獄に堕ちて大変迷惑をこうむった。

 でも、どこの世界にいようともワタクシはワタクシで好きなようにやりたい放題やってきたし、自分が不幸だなんて思ったことは一度もない。

 まあ、それでも彼が神妙に責任を取ると言ってくれているわけだから、何も言わずにこのままお言葉に甘えてガッツリ責任を取ってもらうことにしよう。


「だから、エトランジュ。お前のこれからの人生を幸せなものにするために、俺と結婚してくれ」






「は?」


 今、なんて?

 俺と結婚してくれ?


「け、け、結婚? 冗談ですわよね?」


「冗談なものか。これからは魔王となったお前を夫として、先々代魔王として一番近くで支えていきたいのだ。だから結婚してくれ、エトランジュ」


 結婚て。

 無理無理無理。こんなの絶対無理。

 だってネコタローですわよ?


 助け舟を求めようと、我が地獄の軍団のほうを見てみる。

 スイーティアは、うっとりした表情で祈るように両手を握り締めている。

 獣人三姉妹は、よかったよかったとでも言いたげに頷いている。

 アリアは、乙女のようなキラキラした瞳でドキドキ胸をときめかせながらプロポーズの行方を見守っている。

 ダメだ、こりゃ。

 男性陣はと言えば、総じて公衆の面前で告白してのけたネコタローを尊敬のまなざしで見つめている。うん、こいつらもダメダメだ。


「け、結婚だなんて、そんな急に言われても困りますわ」


 基本的にどんな事態に陥ろうともワタクシが困ることは、そうそうない。頭脳プレーか力ずくで大抵のことは困る前に解決してしまうからだ。

 しかし、この不意打ちには困った。さて、どうしたものか。


「何を困る必要があるのだ。今まで何度もキスしてくれたし、しょっちゅう一緒にベッドで寝た仲ではないか。これはもう結婚だろう。俺も男だ。ちゃんと責任を取らせてくれ」


「いやいやいやいや。あれはネコタローだったからでしょ」


「だから俺がネコタローではないか」


「いやいやいやいや。だって、あのネコタローは可愛い黒猫だったじゃありませんの。こんなの騙し討ちですわ。卑怯でしてよ」


「何と言われても結構。産まれいでてより数万年……。エトランジュ。お前こそ、ずっと探し求め続けてきた理想の女性だ。どうか我が妻になってほしい」


 真剣なまなざし。どうやら悪夢でも冗談でもなさそうだ。

 しからば、ワタクシもエトランジュ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢として、覚悟を決めて彼の想いに真摯に向き合って応えねばなるまい。

 しばしの葛藤。

 だが、もう答えは決まっている。


「ワタクシは自由に生きたいの。結婚なんて、まっぴらごめんですわ。おほほほほ」


「がーん!!!!」


 あまりの衝撃に自ら擬音を口にするネコタロー。

 ガクリと膝をつき、うなだれる。


「とほほ……」


 崩れ落ちて情けない顔をするネコタロー。

 瞳には大粒の涙が浮かんでいる。

 しかし、ここで同情して結婚して差し上げるわけにはいかない。

 ワタクシはまだまだ自由にやりたい放題して生きたいのだ。(死んでるけど)

 結婚なんかして束縛されるのは、ワタクシの生き方には合わない。

 これからも地獄での生活を仲間たちと一緒に、もっともっと楽しく快適に!

 美しく!

 ゴージャスに!

 スイーツに!!

 ハッピーライフ無双していく!!

 それがワタクシの生きる道!!なのですわ。


 ネコタローのプロポーズ、そして玉砕。

 みんなの前で盛大に振られたネコタローの肩を叩き、なぐさめる仲間たち。

 魔王となったワタクシに祝福の言葉をかける地獄の悪魔たち。

 みんな笑顔のハッピーエンド。

 ネコタローだけは、ちょっぴりバッドエンド。

 ワタクシが地獄に堕ちてから魔王になるまでの物語は、これでおしまい。


 魔王エトランジュの覇道はこれからも続きますけれど、それはまた別の物語……。




 第7幕

  完

【お知らせ】

もうちっとだけ続くんじゃ!

どうぞ最後までお付き合いください(^^)

挿絵(By みてみん)

Xと書いてTwitterと読む:@RomanKitayama

Facebook:喜多山浪漫

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みてみん:喜多山浪漫

pixiv:喜多山浪漫

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