表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

こちらの善意と、向けられた相手

続きのエピソードがあるかどうか分かりません。

なかったら一話完結、ですかね(^^;)

 善意とは、その心から生まれた行為が相手に受け入れてもらえて、そこで初めて成立する。

 善意で接しようとしても、相手から拒否、拒絶されるのではその行為に意味はない。


 ただ、相手がこちらに対し特に何を思わなくても、自分の行動の目的が達成されればそれだけで十分。


 具体的な話をしようか。


 私が電車に乗っていた時の話だ。


 電車がホームに到着した。

 満員という訳ではないが、ホームで待っている私から見ても、車内で立つ乗客がちらほらいると分かるくらいの乗客数。


 降りる客が全員降りた後に乗車。

 空いている席は優先席一つのみ。

 右側には老人。

 左側には私よりも若そうな人が乗っていた。

 優先席だから、ほかに老人や妊婦などがいなければ座っていても問題はない。


 ん?

 私は誰、と?

 私のことなど今はどうでもいい。

 話を進めさせてくれ。


 当然のように私は空いている優先席に座った。

 いくつかの駅を通過する。

 席を譲るべき対象は乗車してこず、私は両隣の客と共に座り続けた。


 とある駅で、外国人の家族と思しき一行が乗車。

 私達の前に立ち、母国語で会話していた。

 格好からして、中東の国の人だろうか、お母さんらしき人と娘と思しき二人の少女は、布のようなもので髪の毛すべてを隠していた。


 二人の娘のうち、小さい方はまだ子供。

 幼稚園にでも通ってそうに見える。

 大きい方は小学生だろうか。

 母親と父親にじゃれついている。


 が、そのうち小さい子が、母親にべったりと絡んだ。

 間違いなく疲れたのであろう。


 私の左側に座っていた若い女性が不意に、その母親の腕をトントンと叩いた。

 母親は女性の方を向くと、女性はおもむろに立ち上がる。

 席を譲るのだな、と私は察した。

 その通り、女性はジェスチャーで「どうぞお座りください」と相手に伝えた。


 母親にはその意思は伝わったようだが、その女性をやんわりと抑えながらその申し出を断り、子供らと一緒に立ち続けた。


 異国の文化などの違いもあるだろう。

 子供には我慢させる。

 そのかわり自分も一緒に、ということもあるだろうし、躾などの絡みもあるかも知れない。


 いずれ彼女の善意は受け取られないまま、電車は走り続けた。


 善意や親切を受けてもらうには、それなりの理由ときっかけが必要だ、と私は考えた。


 母親からしても、他の家族を差し置いて席を譲ってもらうわけにはいかない。

 子供を先に座らせるのも、姉とはいえまだ子供の長女と待遇を別にするのも教育上良くないかも知れない。

 何より、譲ってもらう理由がない。


 とでも思っているのかもしれない。


 ということは、譲る譲らないというレベルの話ではなく、家族みんなが座れる空席が目の前にできたらば座るつもり、ということなのかもしれない。


 ならば、時を待つ。

 タイミングを待つ。


 ※


 いくつかの駅を通過。

 次の停車駅の案内の車内アナウンスが流れた。

 私の降りる駅はまだ先だ。

 しかし奇しくも、両隣の老人と若い女性が立ち上がる。


 ここだ。

 グッドタイミングだ。


 だがまだ立たない。

 この家族も降りるのではなかろうか、と予測してしまったからだ。

 可能性はある。

 まだ降りないとしても、次の駅の乗客数が気にかかる。

 この優先席に座る客がいたら?

 私の行為は無駄になる。

 故に、ここはまだ動かない。


 電車の速度がゆっくりになり、やがて止まる。

 プシューという音と共にドアが開く。

 老人と若い女性が降り、他の乗客もおりる。


 ここだ。

 ここが神経の研ぎ澄ましどころだ。


 降りる乗客。

 そして乗り込む乗客。

 その乗り込んだ乗客の顔は、反対側を向いている。

 こちらは車両の端。

 優先席に座るつもりがない。

 あるいは広い場所を求める。

 普通の席にも空席が目立つ。


 ドアが閉まり、電車は動き出す。


 そしてその家族は、そっちの方を見ず、立ったまま談笑している。


 ここだ。

 このタイミングだ。

 いかにも、次の駅で降りますよ、という体をとるように、ゆっくりと立ち上がり、ドアの近くのつり革に掴んでドアを見る。


 家族から見れば、普通に、自然に空席ができた、と見えるだろう。

 案の定、家族は、まず長女を座らせ、母親が座り、父親が座ったその膝に次女を座らせる。


 見事に誘導できた。

 さて、と自分は辺りの空席を見る。


 降りる駅まで数えるほどだが、それでも席に座りたい。


 私が座っていて今は家族連れが座っている優先席の向かいの席が空いている。

 そこももちろん優先席だ。

 仕方ない。

 家族は互いに顔を見合わせながら楽しい時間を過ごしている。

 さっき立った現地人の乗客の顔など、ましてやその半分は真楠に覆われている顔など覚えてはおるまい。


 自然な立ち振る舞いでその空席に座る。


 さっき立った客がまた別の席に座るこの不自然さ。

 しかしその不自然さは、互いに楽しく会話しているその家族には気付かれることはなかったようだ。


 電車は走る。


 その家族らの後ろにある窓の、流れる景色を見て、ドアの窓の方に視線を移す。


 善意とは、このように相手にも気付かれずにとる行為にも込められたりするのだ。

 しかも百パーセント受け入れてもらえるのだ。

 そこに善意がある、と相手から気付かれなかろうが、そんなことは問題ではない。

 彼らに席を譲るという目的の行為が達成できたかどうかが問題なのだ。

 そして達成した。


 それだけで十分なのだ。


 ゆっくりと視線を真正面に移す。

 その途中、母親の顔が目に入る。


 その家族らもマスクを着けていたのだが、母親と目が合った。


 まずい!

 さっきここに座っていた人物と同一、と気付かれたらまずい!


 真正面に移すはずだった視線を、再びドアの窓の景色に戻した。


 が、慌ててしまった分、素早くそっちに移してしまったのだ。

 ゆっくりと真正面に移す視線を、途中で素早く元に戻す。


 これは明らかに不自然。

 見ようによっては、気になるものが流れる景色の中に見つけ、もう一度確認しようとする行為ともとれる。

 慌てすぎだ。

 戻すなら、同じ速度で視線を戻すべきだった。


 視界の端で、母親の顔を確認する。

 母親はさっきと同じように、家族みんなと会話を楽しんでいるようだ。


 心の中で、ほっと胸をなでおろした。


 電車は駅で停車。

 四人はゆっくりと立ち、ドアに向かう。

 その四人は私を見ることなく電車から降りた。


 そう。

 これこそが善意の行動。

 見返りも何も求めない、この行動こそ、純粋な善意!


 それでも世の人々は、ひょっとしたらその善行に対する報酬を求めたがったりするのだろう。


 しかし、私はこの行為の報酬は既に受け取っている。

 それは、楽し気に会話する家族の団らんの光景を見せていただいた、というものだ。


 何かいいことをして、その報酬として、宝くじが当たっただのお金を拾っただのギャンブルで勝ったなどの利益を期待する者も多かろう。

 だが無慈悲なことを言わせていただこう。

 その行為と望む利益の間に、何か因果関係があるのか? と。


 ないだろう。

 おそらくない。

 ないのなら、それを期待しても無駄なのだ。


 例えば、むやみに殺生をしない、という行為。

 小さな善行を積み重ねれば、いつかきっと、そんな自分の望む結果がついてくる、などと思う者もいるのではなかろうか?

 一々殺虫剤を使うと、殺虫剤を使いきるまでの期間が短くなり、購入する時までもが短くなり、その出費する時も短くなる。


 金銭に関しての因果関係と言えば、おそらくその程度だ。

 つまり、殺虫剤を節約できた、という程度のものだ。


 ささやかな善行には、ささやかな報酬。

 そして、それに満足すべきなのだ。

 それが不満というのなら、その程度の報酬で不満というのなら、自分の望みが結果となる原因は何ぞや、と探求すべき。


 ただしそれはもう、ただの因果関係の話で、善意に基づく行為の話ではない。


 そして私は、善意に基づいた行動を、いかにして相手に受け入れてもらえるか、ということを考えることが多い。


 そして、こうして成功した、という経験を語っている、ただそれだけのことなのだ。


 善意は必ずしも受け入れてもらえることはない。

 受け取ってもらいたいのなら、受け取る理由をも相手に与えなければならないし、そこにも思考を重ねねばならないのだ。


 それは誰にも課される義務ではない。

 私が好き好んで取り組んでいる課題、というだけの話だ。


 そして今日だけでなく、明日も明後日も

 来週も再来週も、来月も再来月も、年をまたいでも、善意に基づく行為を心掛ける。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ