1
ローザ・ラーザ王国の王城には、昔から、「影蜘蛛」と呼ばれる魔物が時折現れる。
この魔物は人の生気を喰らうと言われており、これに取り憑かれると急激に気力が失せ、あるいは倦怠感に襲われて、身動きもままならなくなってしまう。また逆に、酷く暴力的になって手に負えなくなる場合もある。どちらにしろ、王城の人々にとっては、厄介極まりない存在であった。
その影蜘蛛が、なぜか爆発的に数を増した。今から五十年前のことだ。
影蜘蛛はその名のとおり影のようなもので実体がないため、剣や槍などの物理攻撃は一切意味をなさない。聖水をかけたり聖句を唱えたりすれば多少は大人しくなるが、それでも根本的な解決にはならない。城内の者たちは大量の影蜘蛛によってどんどん気力を吸われ、あちこちで職務に支障をきたし、王族の安全を図ることすらままならなくなってきた。
国王の命のもと様々なことを試してみたが、すべて徒労に終わり、万策尽きて疲弊しきった家臣たちは、とうとう禁忌とされていた古の秘法、召喚術に手を出すことにした。
魔物の始末は魔物に。影蜘蛛よりも上位にある闇の眷属を喚びだして、彼らを喰ってもらうのだ。
もちろんその代償は払わねばならないだろうが、どちらにしろこのままではいずれ破滅の日は近い。王族が城を捨てて逃げ出せば、それは国として最大の危機である。背に腹は代えられぬと古文書を頼りに召喚術を実行し──結果、それは成功した。
現れた魔物は限りなく人に近い形をしていたが、人にはない恐るべき力を持っていた。彼は求めに応じて影蜘蛛を支配し、あっという間に城内から一掃してしまった。
そして言った。お前たちの望みは叶えてやった、従って相応の報酬を頂く。
彼が口にした望みは、王の娘を自分に捧げよ、というものだった。
当時のローザ・ラーザ国王は震え上がった。その時点で王女は一人しかいない。掌中の珠として大事に育てた可愛い娘だ。彼女は先日ようやく輿入れしたばかりで、夫との仲も睦まじく、今が最も幸福な時であろうに。
だが、要求に応じなければ、どのような凄まじい報復が返ってくるのか想像もできない。なにしろ相手は影蜘蛛など比較にもならない上位の魔物なのだ。国王夫妻は泣く泣く娘を説得し、国を守った代償として彼に捧げようとしたが、その前にあちらの方から待ったがかかった。
娘はすでに既婚者である。もう人のものになった女など受け入れることはできない。自分が欲しているのは汚れのない清らかな処女であるのだと。
青くなった国王が、娘はこの一人しかいないと必死で言うと、魔物は少し考えてから、では、と口を開いた。
五十年後の同日同時刻、もう一度この場所にやって来よう。
その時に国王の娘、王女を貰い受け、それをもって契約は終了したものとする。
必ず、忘れるな。
鋭い目つきで王を睨んで念を押し、人の形をした魔物は再び闇の中に溶けるようにして消えていった。
以来、ローザ・ラーザ王国の王族は、ひそやかに、そして怯えながら、その日までの長い月日を過ごすことになる。
魔物との約束は絶対だ。忘れてはならぬ。手落ちがあってはならぬ。年月を経た分、あちらの執着も期待も強くなっているはずだ。もしも万一のことがあれば、怒り狂った魔物に何をされるか判らない。
──五十年後のその日その時、闇の中から現れる「影の王」に、若く美しく清らかな王女を、必ず贄として捧げなければ。
***
そして現在、ローザ・ラーザ王国の二番目の王女であるリーディアは、窓から外の景色を眺めて胸をドキドキさせている。
──いよいよ明日、「約束の日」がやって来るのだ。
この時をどんなに待ち焦がれていたことか。産声を上げた瞬間から十七年間、リーディアは明日という日を迎えるために生きてきた。まだかまだかとじれったく思いながら指折り数えるのも、ようやく明日でおしまいだ。
「影王さまは、お約束を忘れていらっしゃらないかしら」
目下のリーディアの最大の心配事といえばそれだけである。
なにしろこの十七年、正しく生贄であるために努力してきたリーディアだ。影の王に美味しく食べていただけるよう、建物から出られない身ながら、適度に運動だって心がけてきた。脂身の多い肉はリーディアは嫌いなのである。たぶん影の王もお好きではないだろう。
手足や腹の部分はもうちょっと肉があってもいいかもしれないが、その代わり胸や尻の部分は程よくぷよぷよした肉がついている。味の良し悪しはよく判らないものの、五十年も経てばさすがに魔物といえど多少は年を取っているだろうし、固いよりは柔らかいほうがいいはずだ。
あちらが王女をご所望である以上、一目見て庶民と疑われるようではいけないと、礼儀作法だってバッチリ学んだ。リーディアが暮らすこの離れでは他にやることもないので、たくさんの書物も読んだ。食べられる前にはご挨拶もしなければならないし、少しは会話を交わしたりする可能性もある以上、最低限の教養くらいは必要だろう。リーディアだってどうせなら、機嫌の良い状態で影の王に食事をしてもらいたい。
食材はなにより新鮮さが重要で、見た目も大事というから、せっせと入浴も欠かさない。腰まである長い銀髪は食べる時に邪魔なのではないかと思うのだが、「いっそ頭をキレイに剃ったほうがいいと思う?」という問いに、世話係は誰一人として賛同してくれなかった。
これまでの間に、自分が食べられるところを何度も頭に描いて、イメージトレーニングも完璧である。影の王は果たしてリーディアのどこから手をつけるのだろう。腕? 足? それとも大胆に頭から? あらいけない、目玉から食べたいと言われた場合に備えて、ナイフくらいは自分で用意しておくべきかしら。
「早く明日になりますように」
リーディアは、厳重に鉄格子の嵌まった窓から視線を外に向け、うっとりと呟いた。
どこからか、風に乗って子どもの笑い声が聞こえてくる。この離れは王城敷地の一隅に造られており、広い庭園を挟んで向こう側には王族の住まう西翼があると聞いた。窓からは決して見えないが、たまに聞こえる甲高い声は、外に出て楽しく遊んでいるまだ幼い王子王女なのかもしれない。
現在のローザ・ラーザ王国には、四人の王子と五人の王女がいる。だが、リーディアはその中に含まれない。本来であれば第二王女であったはずの赤ん坊は、生まれると同時に存在を秘匿され、小さな離れに隔離され育てられた。
リーディアのことを知るのは、王族と一部の重鎮、そして離れで彼女の世話をする者と警備兵くらい。リーディアもまた、自分の両親や兄弟姉妹の顔を知らない。
リーディアという娘は、はじめから魔物に捧げるためだけにつくられた人間だからだ。約束を交わしたあの日から五十年後のその時、ちょうどよい年頃になっているよう逆算して生まれてきた王女。
そのためだけに生まれ、そのためだけに生き、そのためだけに死ぬ、生贄の姫。
魔物に自らを捧げることこそが「幸福」だと、この世に生を受けてからずっと教え込まれてきた。
だからリーディアは明日を夢見て、狭い檻の中で愛を知らず、喜びも悲しみもなければ未来もない、無意味な今日という日を過ごすのだ。
***
翌日、ついにやって来たその日のために、リーディアは朝から念入りに支度をされ、おそらく死装束の代わりなのであろう純白のドレスを着せられて、王城の地下へと降りていった。
長く続く階段の先にある、陰鬱な雰囲気が漂う重い扉を開けると、そこにはすでに数人の男女の姿があった。ここまで案内をしてきた世話係に耳打ちされて、彼らが国王夫妻、長男の王太子、それから宰相と、教会の最高位聖職者であると知る。もちろん、誰もかれもリーディアにとっては見知らぬ人々である。
「はじめまして、国王陛下、王妃殿下、王太子殿下。わたくし、リーディアと申します」
習った作法通りに腰を落として挨拶をすると、三人は揃って強張った顔になった。宰相と聖職者が真っ青になって目を伏せる。はて、自分は何か粗相をしただろうかとリーディアは首を傾げた。
名乗りが簡潔すきるのがまずかったのだろうか。しかしリーディアは、王族の姓を許されていなかったはずだ。だって本当なら、王族どころか、この国に存在していない人間なのだし。
考えても判らなかったので、まあいいかと疑問を投げ出して、リーディアは部屋の中をぐるりと見回した。国王は目を逸らし、王妃の顔からはますます血の気が引き、王太子はぐっと口を引き結んでいるが、彼女の関心は残念ながら彼らには一片も向けられない。
石造りのその部屋は、気温が低くて寒々としていた。壁も床もひんやりとした冷たさを帯びて、取り付けられた燭台で燃える炎だけが、沈黙に支配された室内でかすかにジジジという音を立てている。
蝋燭の頼りない明かりでぼんやりと照らされているのが、床に描かれた召喚の陣だ。
その陣は、ぽうっと淡く発光していた。
五十年前、人目を忍んでひっそりと魔物を喚びだそうとした人々がこの場所に作成してから、ずっとここでこうして輝きを保ち続けていたのだろう。約束はまだ果たされていないぞ、忘れるな、と知らしめるために。
「……リーディアよ」
ずっと無言だった国王が、口を開いて低い声を出した。リーディアはそちらに視線を戻し、「なんでございましょう」と従順に応じる。王に向けるその瞳には、なんの感情もない。
恐怖も、怯えも、悲哀も、抗議も、絶望も、何ひとつ。
それを見て取って、王はまた絶句した。
「その……そなたはもう、覚悟はできておるのか」
「覚悟、でございますか」
「む……いや、これからのこと、についてだが……」
「影王さまへのご挨拶の文言についてでしたら、しっかりこの頭に入っておりますから、ご心配いりません。何度も何度もお稽古しましたし、決して失敗などいたしません」
「……そうではなく、その……」
「大丈夫です。わたくしのこの身体では少々食べ足りないかもしれませんが、味のほうで満足していただくために、今朝、甘い蜜を全身に擦り込んでおいたのです。準備は抜かりありません。わたくし、必ずや影王さまに美味しく召し上がっていただきます!」
「…………」
リーディアは自信たっぷりに胸を張って宣言したが、その場にいる全員が蒼白になって黙り込んでしまった。
まだリーディアの贄としての資質に不安があるのだろうか。もしかしたら影の王は甘いものが苦手だったかもしれない。迂闊であった。こうなったらお塩でも持ってきてもらおうかと再び口を開けかけた時、「それ」に気づいて目を瞬いた。
「あら……『影蜘蛛』が」
その言葉に、室内にいた人間が皆、顕著に反応した。
ビクッと弾かれたように顔を上げ、王妃が「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。慌ててあたりを見渡し、地下室の隅にいる小さな魔物を見つけると、飛び跳ねるようにして後ずさった。
蝋燭の明かりが届かない暗がりに、もぞりと黒い塊が動いている。
闇とすっかり同化しているので、よくよく目を凝らしてみなければ見分けがつかない。暗いところと明るいところの境界に、もぞもぞと蠢く黒いものがあることがかろうじて判別できるくらいだ。
影蜘蛛はその名のとおり、蜘蛛の影のような魔物である。黒い円形の影に、脚のような細い影が複数くっついている。その影がぞわりと動いて、壁や床や天井を這うように闇から闇へと移動するのだ。
影であるから、おおむねぺったりとした平面の姿だが、時にむくりと頭を持ち上げるかのように立体的になることもある。その様が人によっては非常に不気味に映るらしく、離れでたまに影蜘蛛を見かけると、世話係たちがいつも大騒ぎで逃げ惑っていた。
五十年前、わざわざ上位の魔物を召喚してまで片付けたはずの影蜘蛛なのだが、年月を経るうちに、またちらほらと出没するようになってきたのだ。さほど数が多くないとはいえ、それでも問題であることには変わりない。
リーディアは影蜘蛛に対して怖いと思ったことはないが、不思議に思うことはある。
──影蜘蛛とは、一体何なのだろう。
「陛下がた、おさがりください。聖水で動きを封じますゆえ」
聖職者が、着ている白いローブの中から小さな壺を取り出した。影蜘蛛の前にはったと立ちはだかり、壺を手に身構える。
中の聖水を魔物にかけようとした、その時。
床の召喚陣が光を放った。
その眩しさに、聖職者が動きを止めて目を背ける。国王夫妻と王太子、そして宰相も驚きの声を発して身を竦ませた。
召喚陣の光は一瞬輝いて、すぐに収まった。淡い発光も消えた。しんとした静寂が満ちる中、徐々に召喚陣の中から黒い靄が立ち込めはじめる。
まるで影蜘蛛の脚のように、あるいは触手のように、無数の闇が湧いて出てきた。その光景に、王妃はへたり込んで失神寸前だ。王と王太子はなんとか立っているが、全身が震えているのが薄暗い中でもよく見える。
リーディアは身じろぎもしないで、じっと召喚陣を見据えていた。
ああ、ようやく──
脚のように分裂していた闇は次第にひとつにまとまって、大きな渦となった。窓もない地下室内に風が巻き起こる。勢いが激しくなったと思ったら、ゴッ、という音ともに唐突にピタリと止み、闇はそのまま人の形になった。
上下ともに黒い衣装、漆黒のマントを羽織ったその人物は、髪の毛も瞳も同じく闇のような黒だった。
切れ長の眼と、怜悧な顔立ち。形の良い唇は薄く笑みをかたどり、涼しげに召喚陣の中央に立つ青年。
彼は限りなく人に近かったが、多少異なる部分もあった。特徴的なのはぴんと尖った耳だが、後ろから前方へと伸びてちろちろと動いているのは、たぶん尻尾だ。
その尻尾は動物のように毛が生えておらず、外観としては鞭に似ていた。黒くて細くてしなやかで硬そうで、先端は鏃のような形をしている。
リーディアは彼のその姿よりも、口ばかりが気になっていた。どう見ても普通の人くらいの大きさなのだが、あれでどうやって自分を食べるのだろう。食べる時はぐわっと横に広がるとか? それとも案外お行儀よく少しずつ切り分けて食べるとか? ああしまった、ナイフとフォークを用意するのを忘れていた。痛恨のミスである。完璧だと思ったのに。
薄闇の中にすらりと立つ影の王は、一拍の間を置いて、仰々しく片手を持ち上げた。
「やあ、どうもどうもー」
そして、ものすごく軽い調子で挨拶をして、ニコッと笑った。
リーディア以外の全員が、ぽっかりと口を開けた。
笑った影の王の口元からは多少発達した犬歯が覗いたが、到底「牙」と呼べるようなものではない。リーディアはますます首を捻った。あれで人間の肉を噛みちぎることができるのだろうか。ひょっとしたら、影の王は生食を好まないのかもしれない。だったら焼いたり茹でたり揚げたりする必要があるが、その場合、誰かにリーディアを調理してもらわなければならない。どこに頼めばいいのだろう。
「えーと……」
その場にいる誰もが自分の挨拶に対して何も返してくれなかったためか、若い影の王は困惑したように視線を彷徨わせた。
そして、今もまだもぞもぞと隅っこで動いている影蜘蛛を見つけたらしい。少しだけ眉を寄せてから、人差し指と中指をぴんと上に立てた。影蜘蛛に向かってその手を突きつけ、口の中で呪文のようなものを唱える。
影蜘蛛がそれに反応し、もがいて身を捩じらせるようにゆらゆらと揺れはじめた。いくつかの脚の影がざわざわと乱れている。
それから一瞬、ふわっと浮き上がるような動きをしたかと思うと、黒がすうっと薄まっていき、そのまま跡形もなく消滅した。
影蜘蛛は、聖水や聖句では、身を縮めて動きを止めたり、嫌がるように逃げることはあっても、決して消えることはない。聖職者はもちろん、国王も唖然としていた。
「……そ、そなたが、影の王か」
震える声で出された王の問いかけに、たった今影蜘蛛を見事に退治した青年は、「ん?」と怪訝な顔になった。
「え、カゲノオウ? なにその恥ずかしい名前。もしかして、じいさまのことかな?」
不思議そうに言われて、国王は目を見開いた。まさか影の王本人に、影の王であることを否定されるとは思ってもいなかったのだろう。
「じ、じいさま……?」
「そう。俺のじいさま。五十年前にこの国でアレを祓う仕事を請け負って、ちゃんと完遂したでしょ? 今みたいにさ。あれ、ちゃんと契約は覚えてるよね? まだあの時の仕事の報酬は頂いてないし、今さらナシにしてくれなんて言われたら俺ショックで寝込んじゃうかもしれないんだけど。この日をすごく楽しみにしてたんだから」
名前はともかく、五十年前の約束はきちんと有効であるようで、リーディアはほっとした。約束は代替わりについて何も触れていなかったはずだから、相手が孫になっても問題はない。今になって、やっぱりあの話はなかったことに、などと言われたら、贄になるために生まれてきたリーディアだって困ってしまう。
それに、あちらもこの日を楽しみにしていたと言った。よかった。それでこそ、これまでの努力も報われるというものだ。
「えっと、それで、肝心の……」
心なしか、そわそわしたように声を上擦らせて、影の王もとい名無しの上位魔物は改めてきょろきょろと周囲を見回した。その目が、国王と、へたり込んでいる王妃と、どうしていいのか判らずに立ち尽くしている王太子と宰相の後ろに向けられる。
そして、そこにいたリーディアと、彼の視線がぴったりかち合った。
待ちに待ったこの時である。満を持して一歩を踏み出したリーディアを見つめ、人の形をした魔物は大きく目を瞠った。
「え、かわ……」
皮? とリーディアはその呟きを耳で拾って首を傾げた。皮膚のことかな? ええ大丈夫です、薄くても張りがあるから、ちゃんと噛み応えがあると思います! 甘いのがお嫌いなら、塩でも香辛料でも、お好みでどうぞ!
リーディアは意欲満々な内心を押し隠し、楚々とした動きで王たちの前に進み出ると、名無し魔物の前で純白のドレスを摘まんで優雅に礼をした。今こそお稽古の成果を見せる時だ。
「影王さま……いえ、魔物を統べる闇のお方、今この時、五十年前の盟約を果たします。ローザ・ラーザ王国からの捧げものをお受け取りくださいまし。わたくしリーディアと申します。卑小な我が身ではありますが、どうぞあなたさまのお好きなように」
リーディアの口上を聞いて、名無し魔物は「えっ」と動揺したように声を上げ、次いで尖った耳を赤く染めた。
尻尾の先が、ぴこぴこ小刻みに揺れている。
「い、いや待って、そんな大胆なことをいきなり言われるとは」
大胆?
「わたくしはとうに心を決めておりますので」
「え、そ、そう? それならよかった。俺も強引なのはあんまり好みじゃないっていうか」
「はい。あなたさまに食べられる日を、ずっと待ち望んでおりました」
「食べ……ちょっ、女の子がそんなこと堂々と言っちゃダメ! 俺こう見えて真面目な男だから! やっぱりホラ、そういうのはちゃんと式が終わってからじゃないと!」
……式?
リーディアの首の傾斜はさらに角度を増した。式ってなに? もしかして、生贄を捧げるために、それ相応の儀式が必要だったのだろうか。そんなこと、誰も教えてくれなかった。
「申し訳ございません。それでは急ぎ、準備をいたします。何が必要なのでしょう。黒い祭壇とか、豚の生き血とか、大きな篝火とかでしょうか。斧くらいならすぐに用意できると思いますが、ギロチンは少し手間がかかるかも……」
「いや待って待って、なにその物騒な品揃え。怖いよ! え、こっちの式ってそんな感じ? でも今、君が着ている真っ白のドレスはそういう意味のアレなんでしょ? だけどやっぱり会ってすぐに式を挙げるっていうのもね、心の準備が足りないだろうし」
「…………」
どうしよう、何を言われているのかさっぱり判らない。この白いドレスは死装束だが、「そういう意味のアレ」とは。
リーディアは困惑し、顔を赤らめてもごもご言いながら両手を組んだり解いたりしている目の前の魔物を見た。それから後ろを振り返ってみたが、国王以下全員が茫然と固まっているだけだった。彼らに説明を求めても答えは返ってこないようだ。
「あの……闇のお方」
「あ、俺、ルイっていうんだ。よろしく、リーディア」
「はあ、よろしくお願いしま……ではなく、ルイさま、わたくしは」
「うん、君は」
二人で顔を見合わせて、同時に問いかけた。
「わたくしは、あなたさまへの生贄なのですよね?」
「君は、俺のお嫁さんになってくれるんだよね?」
……うん?