斬竜とスペニスキダエ、勝てない戦いは続けない
ここまでの様子を見る限り、斬竜は、人間に対してはことさら憎しみを抱いているわけではないものの、言葉を自在に操れるようになれそうな兆候がまったく見られず、完全に人間社会に順応するにはかなりのハードルの高さが窺えた。
となれば、この錬是の地で暮らすとしても、無理せず野生の中で暮らすことの方が好ましいのかもしれない。
そんな風に推測するアンデルセンの見ている前で、斬竜は、スペニスキダエの動きを圧倒し始めた。いよいよ調子が戻ってきたということだろうか。
すると、
「ケエエーッッ!!」
スペニスキダエは、ためらうことなく身を翻してフーラに飛び込んだ。自身が不利になったことを察したのだろう。だからこそ能力が最大に活かせる水中へと戻ったのだ。
ただ、斬竜も敢えて追いかけなかった。一瞬、追いかけようとするような仕草を見せたが、水中のスペニスキダエの動きを見て、思いとどまったようだ。彼女が察したとおり、水中ではおそらく斬竜に勝ち目はなかっただろう。だから避けた。危険を冒すことを。
人間のような<誇り>に囚われないからこそのものだった。
『勝てない勝負は挑まない』
勝てるはずのない相手に挑むのは、それこそ、
『死中に活を見出すしかない』
ような状況に限られる。逃げられるのなら逃げるし、戦う必要さえない避けられる戦いなら避ける。
そういうものだ。
こうして、斬竜とスペニスキダエの戦いは、決着がつかないまま唐突に終わった。けれどそれはあくまで人間の感覚でしかなく、互いに相手の力が分かってそれが自分を上回っていて、避けられる戦いだったという<結論>はしっかりと出ているのだから、これでいいのだろう。
人間、と言うか地球人が、
<自分が見て分かりやすく面白いもの>
を求め過ぎなのだ。自然は人間が消費するための<エンターテイメント>ではない。というだけのことだろう。
錬義も、斬竜が諦めたのならそれでよかった。何より、さっきのドーベルマンSpec.V3とのことは吹っ切れたようだし。
「僕が勝手に連れてきただけだもんな。君が馴染めないなら無理をさせる必要もないよ。もうしばらくここで様子を見て、ダメだったら麓に帰ろう……」
スペニスキダエが去った水面を睨み付けながら、
「グルルルルルルル……!」
と喉を鳴らす彼女の頭を撫でつつ、錬義はそう声を掛けた。
もっとも、こうやって彼が頭を撫でてもそれを嫌がらないのだから、彼女はもう、錬義と一緒にいることは嫌じゃないのだ。
ただ、<苦手なもの>があるというだけで……




