斬竜、恐怖を覚える
「ごめん、放してやってくれるか?」
斬竜を抱きしめるようにして拘束していたドーベルマンSpec.V3に、錬義はそう話しかけた。
「よろしいでしょうか?」
ドーベルマンSpec.V3は、インラインスケートを履いた女性の方に振り向き、確認を取る。
「うん、いいよ」
女性の返答を受け力を緩めたドーベルマンSpec.V3から、斬竜は弾かれるようにして距離を取り、錬義の後ろに隠れた。その目には怯えすら見える。よほど恐ろしかったのだろう。
「よしよし……怖かったね」
錬義は斬竜に振り返って抱き締めた。それこそ、怖くて大嫌いな虫に飛びつかれた小さな女の子をあやすように。
そう、これは、
『力の差を思い知らされた』
と言うよりは、
<強い生理的嫌悪感を覚える対象への恐怖>
だっただろう。インラインスケートを履いた女性はもう少し別の意味のつもりで<肉体言語>という言葉を使ったのだが、想定以上に生理的嫌悪感の方が勝ってしまったようだ。
しかしいずれにせよ、大きな効果はあったらしい。もう斬竜は、女性に対して攻撃性を見せなかった。この女性を襲おうとするとこの、
<気持ち悪いもの>
が割り込んでくることを理解したのだと思われる。
「ごめんね。怖かったよね」
錬義は斬竜の頭を何度もそっと撫でた。そうしているうちに彼女も落ち着いてきたようだった。
その様子を見て、女性も、
「ホントごめんね。私の名前はキャシー天田。ここの研究員なの。と言ってもまだ理解できないか」
笑顔で手を振るものの、それに対しては斬竜は。
「……」
何とも言えない嫌悪感丸出しの表情で睨み付けるだけだった。
「こりゃすっかり嫌われたかな。まあ仕方ないけどね。でも、私達はあなたの敵じゃない。それだけは本当よ。じゃ、そろそろ行くから」
そう言ってインラインスケートで滑りながら去っていった。今から仕事なのである。
いつの間にか、ドーベルマンSpec.V3の姿もない。待機状態に戻ったのだ。
けれどそれから後の斬竜は、錬義から離れようとしなかった。彼の腕に縋りついたままキョロキョロと辺りを窺う。これまで以上に警戒しているのだろう。けれど、そこからは何も出てこなかった。
何もだ。
今、この区画で保護されているのは、斬竜だけである。だから他には施設の職員しかいない。そしてここで働いている人間は、百人程度。それ以外はすべてロボットなのだ。
そしてここに保護されるものは、斬竜のようにロボットに対して強い警戒心を見せるものも多いので、基本的には姿はあまり見せない。見せるのは、先ほどのよう<力>を見せ付け、
『危険な相手だから関わらないようにしよう』
と認識させるのが目的であることがほとんどだった。
言葉が通じないことが多いので、
『戦うのはリスクが高い』
と知ってもらうのはこれが一番早いのだ。




