錬義、降下する
錬義は、自身が乗っている<ウルトラライトプレーン>を急降下させた。同時に、シートベルトを外す。
そして、あろうことか、高度約二十メートルの位置で操縦席から飛び出したのだ。ほぼ六階建てのビルの屋上ほどの高さである。
けれど、錬義の表情は冷静だった。落下しながらゴーグルをずらして額にやり、直接、少女の姿を見る。そのわずかの時間の間に、彼の目は、青黒い髪の全裸の褐色少女が、特に焦った様子もなく、流すように裸足で地面を駆け抜けていくのを見て取った。
しかも少女も、自分目掛けて落ちてくる錬義の姿に気付いて、ギッと睨み付けた。
「!!」
瞬間、錬義は、自分に向けられた翡翠のような瞳に魅了された。
『きれいだ……』
そんなことを思う。思いつつ地面に迫り、脇に吊るしていた拳銃のようなものを、エレファントス竜に向けて放った、正確には、<エレファントス竜の直前の地面>に向けてだが。
拳銃弾と言うにはかなり大きな弾体が地面にぶつかったと同時に、すさまじい閃光と、
「バアアアンッッ!!」
破裂音が空気を叩いた。と、その異変に、
「ボアッッ!?」
エレファントス竜が声を上げ、頭を下げ、その場に立ち止まった。
錬義が放ったのは、<スタングレネード>と呼ばれる、閃光と音で対象をパニックに陥らせ一時的に戦闘不能にする武器だった。鵺竜に襲われた時などに身を守るためのものだ。
彼は本質的には<研究者>なので、よほどの緊急事態でない限りは鵺竜を殺傷はしない。あくまで逃げるための隙を作るのが目的だった。また、エレファントス竜のような草食の鵺竜は、積極的に他の動物は襲わない。スタングレネードで威嚇すれば、興奮状態にあるエレファントス竜も逆に沈静化させることができるのを知っていればこその対処だった。
しかも、約二十メートルの高さからパラシュートすらなしに飛び降りて、まるでネコのように四つん這いで地面に難なく降り立って見せた。それができるだけの身体能力を彼が持っているという何よりの証拠だった。
が、実は彼の<危機>はまさにここからだったのである。
「!?」
地面に四つん這いで着地した彼は、自身の尻に違和感を覚え、その感覚に従って、獣のように四つん這いの状態で地面を蹴って飛び退いた。直後、彼の尻があった位置を恐ろしい速度で奔り抜けるものが。錬義が咄嗟に飛び退いていなければ、間違いなく股間を潰されていただろう。
「手荒い歓迎だな!!」
彼には、それが何なのかすでに察知できていたようだ。間合いを取って向き直って<それ>を見た錬義の視線の先には、あの、
<青黒い髪の全裸の褐色少女>
が、右足を蹴り上げた状態で、彼を恐ろしい形相で睨み付けていたのだった。




