錬義、凶竜の姫様を想う
初めて出会った時、凶竜の姫様は錬義を激しく攻撃した。攻撃衝動を隠すこともなくぶつけてきた。けれど、錬義を<厄介な相手>だと悟ると、躊躇なくその場から逃走した。
<凶竜>は、よほど自身の状態が悪くなったりでもしない限りは人間を前にして逃げたりはしない。ひたすら殺そうと襲い掛かってくる。それだけだ。
なのに彼女は逃げた。これはつまり、彼女自身は<凶竜>ではないという決定的な証拠なのだ。
しかし同時に、彼女の攻撃性の高さは錬義にとってさえ油断ならないものでもある。
人間から見れば彼女は間違いなく危険な存在であることもまた事実。
彼からもらった陸イグアナ竜の肉を食べきった彼女は、さらに食べるものをよこせと言わんばかりにじりじりと彼に迫った。が、残念なことに錬義が手にしていた陸イグアナ竜はすでにほとんど骨と化している。いるが、
「食べる?」
と差し出すと、凶竜の姫様はその骨すらバリバリと貪った。骨に残ったわずかな肉の味を堪能するためかもしれない。
こうして完全になにもなくなると、今度は彼の匂いをふんふんと嗅ぎ始める。彼まで食べようというのだろうか?
「……」
けれど彼女は、一応は満足したのかスッと立ち上がり、彼の方に視線を向けたままではあるものの、警戒しつつはあるものの、じりじりと後ろに下がって闇の中へと消えていった。
やがて完全に気配が消えると、錬義は自分の手を見た。そこには汗がじっとりとにじんでいた。彼も緊張していたのだ。もし彼女が襲い掛かってきた時には、自身の全力をもって迎え撃たなければいけないと。
なのに彼女は襲ってはこなかった。それが何を意味するのか今のところは分からない。普通に腹が膨れて満足したのか、それとも他に何か狙いがあるのか。
だがそれはどちらでもいい。錬義にとってはどちらでもよかった。
「いい……彼女はやっぱり素敵だ……」
改めてそう口にして、満面の笑みを浮かべる。体は死の危険に備えて緊張していたというのに、彼の精神は彼女への想いに満たされていたのだ。
「ブーン……」
そんな彼の様子に、ミネルバが『やれやれ……』とでも言いたげにまたプロペラを回転させた。
その後は、凶竜の姫様にラーメンも喰われ陸イグアナ竜も半分以上喰われてしまって必ずしも十分に満たされたわけではなかったものの、彼女との一時を過ごせて腹の代わりに胸が満たされたことで、錬義は満足して寝ることができた。
『ラーメンはあと五食か……それまでにもうちょっと仲良くできるかな……』
夢うつつでそんなことを考えながら。




