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凶竜の姫様  作者: 京衛武百十
出逢い
24/96

凶竜の姫様、つられる

『ははっ! まさか彼女から来てくれるなんて……♡』


そう声を上げた錬義(れんぎ)に、<彼女>はビクッと反応した。怯えたというよりは、明らかに<警戒>を強めたのであろう。


「……」


かように先ほど陸イグアナ竜(イグアニア)を捕らえた時のように動きを止め注意深くこちらを窺っているのは、そう、まぎれもない<凶竜の姫様>だった。


錬義(れんぎ)そのものを獲物として狙っているのだろうか? それは十分に有り得る。彼女にとって自分以外の動物はすべからく、


『食えるか? 食えないか?』


で判断するべき対象でしかない。


それで言えば、錬義(れんぎ)などそれこそ、


<食えそうなもの>


でしかないだろう。しかし、その時、彼女の視線が捉えていたのは、明らかにコッヘルだった。ラーメンを作っている最中の、湯気を立ち上らせているコッヘルだ。


「へえ……?」


それに気付いた錬義(れんぎ)は、コッヘルを手に取り、


「食べる?」


と彼女に問い掛けた。


「っ!?」


凶竜の姫様は再び体をビクッと反応させた。今度は明らかに<怯え>が見えるそれだった。思わぬ動きに本能的に警戒してしまったのだろう。


それを見て錬義(れんぎ)は、スッとコッヘルを下げた。すると彼女は、


「!」


わずかに体を前に乗り出す。間違いなくコッヘルに強い関心を向けているのがそれで確認できた。


「ラーメンの匂いにつられたのか……」


このラーメンのスープには、動物性の旨味成分がたっぷりと凝縮されている。肉食の動物にとってはそれこそ、


<美味そうな匂い>


なのかもしれない。実際、これまでにもラーメンを作っているとその匂いにつられて肉食獣が近付いてくることがあった。だから今回も、すぐにそれを察することができた。


錬義(れんぎ)は、もうもうと湯気を立てるコッヘルに水をじゃあと足した。途端に立ち上る湯気が減る。温度が下がったからだ。


人間ならここで、


『なんてことを!?』


と憤るところかもしれないが、それはラーメンの食べ方を知っているからこそのものでしかなく、人間以外の動物には、煮えたぎったアツアツのものを食べるという習慣がそもそもない。だから温度を下げる必要があったのだ。彼女が火傷しないように。


そして錬義(れんぎ)は、コッヘルを彼女の方に差し出して地面に置き、自分は少し下がった。


その上で体の力を抜いて緊張を解き、表情を和らげ、彼女に対して攻撃の意思がないことを示す。


無論、野生の動物はその程度ではすぐに寄ってこないが、凶竜の姫様は強い。全力の彼でようやく互角の強さなのだ。なら、緊張を解き攻撃の姿勢を見せない彼など、それこそ敵ではない。


だからか、彼女は、用心しながらもじりじりと近付いてきたのだった。


コッヘルに。



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