凶竜の姫様、錬義を睨み付ける
こうしてまるで妊娠したかのような大きな腹を抱えた<凶竜の姫様>は川から上がり、とぼとぼと荒野を歩き出した。そんな彼女を、錬義が双眼鏡越しに見る。
「あはは! 本当にすごいな! まさに<凶竜の姫様>だ! 素敵だよ!」
旋回するミネルバの操縦席で上げた錬義のその声が届いたかのように、
「……」
凶竜の姫様がギロリと上空を見上げた。いや、本当に聞こえたのだろう。あの、
<なんか不快な獣>
であることを確信して、警戒したのだ。しかも、双眼鏡越しに錬義と目が合う。
すると彼の胸がドキリと高鳴った。
「あはは♡ これはこれは! もしかするとこれが<恋>ってやつかな!?」
彼はそう声を上げて、自分を抱き締めるように腕を絡める。と、
「ブーンッ!!」
と急にミネルバがプロペラの回転を上げた。抗議の声を上げるかのごとく。そんなミネルバに、
「なんだよ! いいじゃないか! 僕だって男なんだ! 素敵な異性と出逢ったら恋くらいするさ!」
と応える。
「彼女をお嫁さんにできたら、本当に素敵だろうな!!」
テンション高く錬義は声を上げる。そしてミネルバは、
「ブーン! ブーンッ!!」
と再びプロペラの回転を上げたのだった。
そんなこんなで、錬義は本格的に彼女の観察を決めたようだ。取り敢えずは、上空から彼女の行動の把握に努める。
彼の使っている双眼鏡は、光学補正の機能が付いた高性能なものだった。最大、二キロ先の小石まではっきりと捉えることができるという。これも、<失われた技術>で作られたものであり、すでに作られてから三千年以上経っているそうだ。
それを、朋群人達は代々大切に使ってきた。今の彼らの技術では、同じものは作れないがゆえに。
もっとも、単純なレンズだけの双眼鏡や望遠鏡であれば作ることはできるし、実際にそういうものが一般に流通もしている。
けれど、まだまだ<失われた技術>を部分的に模倣しているにすぎず、技術格差は数千年分あると言えるだろう。
しかし彼らは、それで困っているわけでもない。非常に高い身体能力で、たいていのことは補えてしまうからだ。彼らは、裸で自然の中に放り出されても自力で生き延びてみせる。数日どころか数年レベルで。
生物としてのバイタリティが、野生動物のそれなのだ。
だから、<生きる力>が強そうな者こそがモテる。錬義が凶竜の姫様に惹かれたのも、当然と言えるかもしれない。彼のタフネスぶりには、彼女こそが釣り合うがゆえに。
とは言え、相手はどうやら人間の言葉すら通じない様子。となれば、アプローチも人間相手のそれとは異なって当然だと思われる。




