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7. 嵐の夜

ルバート目線です。

 俺が、アメリアへの想いを一層強くしたのは、あの夏の出来事がきっかけだったと思う。

 あれはアメリアが大学に入学した年のことだ。


 いつものように学期末の休暇中、辺境伯領を訪れていた俺に、叔父上が、


「今年は夏も来たらいいのに。多分、今年はすごいものが見られると思うよ。」

 と言ったのだ。


 叔父上の言うすごいものは、いつも期待を裏切らなかったので、俺は胸を躍らせた。


「何が見られるのですか?」


 俺が食いつくと、叔父上は嬉しそうに笑って、エールの入った盃を傾けた。


「なんと今年は、十年にたった一晩しか咲かない幻の花セイレーンサガリバナの開花が見られます。本当は去年咲くって言われてたんだけど咲かなかったんで、多分今年は咲くよ。」


 おおー。と思わず声が漏れる。

 十年に一度しか咲かない花なんて、見に行くしかない。


「セイレーンサガリバナの花は、すごく貴重な魔法薬になると言われている。なんせ、十年に一度しか咲かないわけだから、十年分の魔力を溜め込んでるわけよ。」


「それで、いつ咲くのですか?」


 思わず、体が前のめりになる。


「八月の満月の晩だね。ザラタン海岸にセイレーンサガリバナの群生地があるんだけど、今年は王立研究所からも見にくる研究者がいるらしい。僕もその同行で一緒に行くんだ。だからさ、ルバートも来なよ。」


 もう何があっても絶対に行くと決めた。

 帰りの馬車の中でその話をすると、アメリアは控えめながらもはっきりと「行きます」と言ってくれた。

 そうして、俺とアメリアはその年の夏、もう一度辺境伯領を訪れることになったのだった。


 その年、叔父上の予想通り、セイレーンサガリバナは蕾をつけた。

 叔父上からその連絡を受け、アメリアを含む研究室の有志と共に辺境伯領を再び訪れたのは、夏の終わりだった。

 十年に一度のこととあって研究室からも参加者も多く、また王立研究所からの派遣もあったため、到着した時、辺境伯領主館はすごい盛況ぶりだった。

 ただ、着いた時から少し風が強かったのを覚えている。


 目的のザラタン海岸に着いたのは、翌日の午後過ぎだった。

 アメリアだけが何故かいつもより緊張しているような顔をしていたが、同行したものが多かったためだろうと思っていた。


 そして、待つこと数時間。

 日が暮れ、雲の切れ間から満月が見えた瞬間、セイレーンサガリバナが一斉に咲き始めた。

 この世のものとは思えない美しさだった。


「赤?」


 初めて見るセイレーンサガリバナは赤い花だった。

 事前に読んだ文献では白い花だと書いてあったのにと不思議に思っていると、急に強い風が吹き始めた。


「赤い花が咲くなんて・・・・」


 隣にいたアメリアが小さく呟くのが聞こえた。

 見れば、真っ青な顔をしている。


「やっぱり本当は赤じゃないのか?」


 俺が問うと、アメリアはセイレーンサガリバナを見つめたまま答えた。


「セイレーンサガリバナが花をつけるときは、強い嵐が来るといわれているんです。中でも赤い花の時は、非常に強い嵐が来るとされていて、過去には数百人も死者が出たという記録もあったはずです。ルバート様、申し上げにくいのですが、今日はもう帰りましょう。」


 アメリアはそう言ったが、わざわざ王都から三日もかけてやって来たのだ。

 嵐と言っても、ここはまだ大丈夫だろうと、俺は判断を誤ってしまった。

 その証拠に、叔父上は俺にも早く戻るよう言って、先に帰ってしまったのだから。

 でも、俺はこの十年に一度、そしてその中でも珍しいと言う赤い花が咲いたことに、研究者としての私欲を優先させてしまったのだ。


 気がついたとき、馬車が前に進めないほどの嵐の中にいた。

 馬は怯え、強い風に煽られて馬車は倒れる寸前だった。

 やっとのことで一番近くの宿にたどり着いた俺たちだったが、宿は既に俺たちより一足早く帰った王立研究所の研究者たちで満室だった。


「なんとか一部屋別にできないのか?女性がいるんだ。」


 そう言って交渉したものの、宿の主人は既に満室のため、男性客なら部屋に分散して泊めることができるが、女性のために一部屋確保することはできないと言ってきた。

 けれど、未婚の女子をたった一晩とはいえ、男性と同泊させることなどできるはずもない。

 しかも、王都からの客もたくさんいる。

 どこからか話が漏れて、アメリアに悪意ある噂を流すとも限らない。


 生憎と、俺は王立研究所の人間から睨まれていた。

 王立研究所のお株を奪うような発表を続けていたため、俺に嫌がらせをするためならば、公爵家子息である俺に矛は向けられなくても、平民であるアメリアを悪意の標的にすることは十分に考えられた。


 ああ、だから叔父上は早く戻れと言ったのに。

 なぜ、アメリアだけでも先に帰さなかったんだ。

 完全に俺のミスだ。

 アメリアを傷つけることだけはできないと思った。


「アメリア、他の宿屋を探してくるから、ここで待っていてくれ。」


 外套を被り、俺がそう言うと、アメリアはまるでソフィアのように目を吊り上げた。


「何言ってるんですか!辺境伯領の嵐は、王都の嵐とは全然違うんです!死にたいんですか!!」


 だが・・・と続けようとする俺に、アメリアは宿の主人に直接交渉を始めた。


「客室でなくても構いません。私は貴族の娘でもないので、どこでも大丈夫です。どこか一部屋お借りできませんか?」


 そう言うと、宿の主人は少し考えた後、鍵はないが、普段物置にしている屋根裏部屋ならと提案してきた。


「鍵もない部屋に泊められるか!」


 と俺は叫んだ。

 さっき食堂に集まっていた宿の客を見たとき、いかにもならず者のような者たちもいたのだ。

 こんな若い娘が鍵もない部屋に泊まっているとなれば、何を考えるか判ったものではない。


「ルバート様!非常事態なんです!私は大丈夫です!」


 人の悪意など気づかないのだろうか、アメリアは頑なに屋根裏部屋に泊まると言い張った。

 それで再三にわたる交渉の結果、俺が屋根裏部屋の扉前で見張るということで落ち着いたのだった。


 それにしても、その時の嵐はすごかった。


 アメリアの言ったとおり、辺境伯領の嵐は、俺がこれまで経験した嵐とは全く違った。

 地鳴りのような音がひっきりなしに響き渡り、宿の建物がギシギシと音を立てて揺れる。

 外では木が裂けるような音や、何かがぶつかる音がしている。


 と、そのとき、屋根に何かが当たり、俺のいる廊下に雨が吹き込んできた。


「ルバート様!大丈夫ですか?」


 アメリアが部屋から出てきて、俺の手を引く。

 一瞬躊躇ったが、雨風はますます強くなる。

 このままではアメリアまで危ないと思った俺は、アメリアと一緒に屋根裏部屋に入ることに決めた。


 ほんの一瞬でずぶ濡れになっていた。

 滝でも落ちてきたのかと思ったほどだ。

 アメリアが屋根裏部屋に積まれていたリネンを俺の頭にかけてくれた。


「すまない、アメリア。神に誓って、お前の名誉を守る。」

 と、俺は言った。


 けれど、アメリアはそんな俺の言葉を笑い飛ばした。


「ルバート様、私は平民ですよ。平民の娘には名誉などありません。大丈夫です。私の父は、このことでルバート様に責任を取るよう言ったりしません。」


 ああ、なんでアメリアは貴族じゃないんだと俺は思った。

 アメリアが貴族の娘だったなら、今夜一晩一緒にいるだけで結婚できたのに。

 名誉を守るための結婚でも何でもいい。

 アメリアに一生側にいてほしい。

 一度そう思ってしまうと、胸が苦しくなった。


 それから、アメリアと俺は狭い屋根裏部屋の一番端と端に分かれて横になった。

 だが、外の音と自分の心臓の音が気になって眠れなかった。


「すまないな。俺が判断を誤ったばかりに、こんなことになってしまって。アメリアの言ったとおり、すぐに帰るべきだった。」


 俺がそう言うと、アメリアは逆に謝ってきた。


「いえ、私の方こそ申し訳ありませんでした。ルバート様は辺境伯領の嵐についてご存知なかったのに、ちゃんと説明しなかった私がいけないんです。危うく、ルバート様を危険な目に合わせるところでした。」


 こんな時にさえ、嫌味の一つも言わないアメリアが愛おしかった。

 ソフィアなら、絶対に散々文句を言うだろうに。


「いや、アメリアのせいじゃない。責任者は俺だ。しかも、こんな屋根裏部屋に寝かせることになってしまって、本当に申し訳ない。」


 俺がもう一度謝ると、アメリアは何故か少し笑った。


「謝らなくても大丈夫です。実は私、子供の頃、屋根裏部屋のある家に憧れていて、一度泊まってみたかったんです。友達が屋根裏部屋を自室にしていて、夜、すごく星が綺麗に見えるって言っていて・・・・。」


 とここまで話した時、アメリアが不意に黙った。

 そして


「外が、静かじゃありませんか?」


 と言った。

 確かに、先程までの轟音がしない。

 風が止んでいるようだった。

 部屋の窓を塞いでいた雨戸のかんぬきを外し、そっと外を覗いてみると、そこには信じられないような光景が広がっていた。


 嵐の中心で、水と風の精霊たちが踊っていたのだ。


「すごい!おばあさまの言ったとおりだわ!大嵐の真ん中では精霊が踊っているって!!」


 大嵐の中心と思われる場所は雲がなく、驚くほど静かだった。

 そして、そこでは滅多に姿を現すことのない精霊たちが輪になって踊っていた。

 風の精霊がセイレーンサガリバナの花を摘み、風に乗せているのが見える。

 水の精霊は海に落ちたセイレーンサガリバナの花を、雨に変えている。


 ああ、これは十年に一度の精霊による浄化の儀式なのだなと気付く。

 この世の不思議な現象には、全て何らかの魔力が関わっており、それは世界の均衡を図るための儀式だったり、あるいは戒めだったりする。


 雲にあいた穴から、満月が顔を出している。

 眩い月光に照らされ、アメリアの横顔が美しく輝く。

 普段、あまり感情を表に出さないアメリアが目をキラキラさせて、頬を赤く染めていた。 


 一緒にいたのが俺で良かった。と心から思った。

 この世界中の奇跡を、この世界の全ての美しい瞬間をアメリアに見せたい。

 そして、その時は、必ず俺が隣にいたい。

 アメリアと、もっとたくさんの奇跡を共有したいと強く思った。

 そのためには、先にやらなければならないことがある。

 だから、翌朝、俺はアメリアに告げたのだ。


「アメリア、俺はこれから今まで以上に眠り姫病の研究に力を入れようと思う。必ず俺が治療法を見つけてみせる。だから、待っていてくれないか。」


 眠り姫病の治療に成功すれば、何らかの爵位を得られるだろう。

 そうすれば、父の干渉を逃れることができる。

 父が跡取り娘との結婚にこだわるのは、領地を分けたくないからだ。

 だったら、俺が自力で領地を獲得すればいい。

 独力で爵位を得れば、父の許可などなく結婚相手を決められる。

 アメリアの身分が問題だと言うなら、金を払ってどこかの家の養女にでもして貰えばいい。

 王の許しさえあれば、そんなものは何とかなるはずだ。

 そもそも、アメリアはソフィアのお気に入りだ。

 今や王太子妃となったソフィアの後ろ盾があれば、元平民だろうと誰も蔑ろにはしない。

 アメリアと結婚するために、俺はアメリアの大学卒業前までに必ず結果を出そうと心に決めた。


 アメリアは、そんな俺の言葉に少し恥ずかしそうに頬を染めて、「はい」と答えてくれたのだ。



 辺境伯領から戻ってきてすぐ、俺はフェリクスとソフィアにこのことを伝えた。

 フェリクスは、姫が目覚めれば爵位はくれてやるし、アメリアの身分のことも何とかすると約束してくれた。

 ソフィアも、アメリアが貴族になった時に反感を買わないよう、今から根回しをしておいてくれるとのことだった。

 こういったことを企ませたら、ソフィアの右に出るものはいない。


 だから、その目標のためにこれまで頑張ってきたと言うのに、アメリアが結婚するなんて!


 あれから三年も経ってしまったのに、なぜアメリアがずっと待っていてくれるなんて思い上がっていたんだろう。

 あのフェリクスだって、蛇蝎のごとく嫌っていたソフィアと最終的には想い合って結婚したのだ。

 人の心は変わる。

 あの時、アメリアが俺のことを憎からず思っていたとしても、それから変わらないなんて保証はどこにもなかったのに。


 俺は頭を抱えた。

 このまま地面に埋もれてしまいたかった。

ルバート目線は、またここで一区切り。

次話はアメリアに戻ります。

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