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5. アメリアとの出会い

ルバート目線の物語となります。

「長い間、お世話になりました。あまり無理なさらないよう、お体には気をつけてくださいね。これからもルバート様のご活躍をお祈りしております。」


 珍しく俺の言葉を遮るように話し始めたアメリアが、そう言って頭を下げた時、俺は自分の足元がガラガラと音を立てて崩れていくかのような錯覚を覚えた。

 アメリアが無理に作ったようなぎこちない笑顔を浮かべていて、自分がものすごい勘違いをしていたことに気づく。

 それまで暑いくらいに火照っていた体が、急速に芯まで冷えていくのが分かった。


 今、結婚準備をするって言わなかったか?

 えっ?誰と?


 アメリアの言葉が衝撃的すぎて、その後、自分が何と言ったのかは覚えていない。

 ただただショックで、アメリアが出ていくのを見送った後、倒れるように床に座り込んだ。


 ああ、なんてことだ。

 俺は何も分かってなかった。

 アメリアにとって、俺はただの仕事仲間に過ぎなかったってことに。



 アメリアと知り合ったのは、もう七年も前のことだ。

 リドルが明らかに場違いな女生徒を連れてきた日のことは、今でも鮮明に覚えている。

 怯えたような目をした、やけに顔色の悪い女生徒、それがアメリアだった。


 何か珍しい魔病持ちかと思ったが、アメリアが連れてこられたのは病気の治療のためではなかった。

 リドルやソフィアが「クソ文字」と呼ぶ、俺が書いたメモ書きを読めたという理由で連れて来られたらしかった。


 確かに俺は字の綺麗な方じゃない。

 文字は書いた内容が重要であって、その美醜は関係ないと思っていたからだ。

 けれど、これだけのいる学生全員に「読めない」と言われ、最近は自分でも気をつけていたものの、何か閃いた時にはどうしても書き殴ってしまう。


 ここぞとばかりに「ミミズ文字」とか「象形文字の方が簡単」とか何とか言いたいことを言いまくっている仲間たちを横目に、少し字が読めたくらいで大袈裟なんだよと心の中で舌打ちする。

 すると、バンと勢いよく扉が開く音がして、奥の部屋からすごい形相のソフィアが飛び出してくるのが見えた。

 幼馴染でもある公爵令嬢のソフィアは、この研究室の創設者でもある王太子フェリクスの婚約者なのだが、フェリクスが出入りしなくなった今でも忙しい時などには手伝いに来ていた。

 部外者にそんな姿見せたらダメだろ!俺がフェリクスに怒られると止めようとしたものの、既に遅かった。


「そんなわけないでしょ!読めたって言っても、名前くらいなんじゃないの?あのクソ文字を読める人がこの世にいるわけないわ!」


 ソフィアは、よりによって「クソ文字」なんていう淑女が絶対に言ったらいけない言葉を言い放った。

 フェリクスが研究室内の人間にきつく箝口令出してるからって、ソフィアは本性出し過ぎなんだよと思う。

 ソフィアはリドルから紙を奪いとって、驚いているアメリアの前に掲げた。

 そんなソフィアに睨まれたアメリアは、雨に濡れた子犬のようにブルブルと震えていた。

 よっぽどソフィアが怖かったんだろう。


 もういい加減にしろという言葉を言いかけたとき、アメリアは俺が書きなぐったリドル宛のメモ書きを、ほぼ正確に読み上げた。

 すると、ソフィアはそれまでの態度とうってかわって、アメリアを女神だか救世主だとか何とか言って拝み出し、他の学生たちも涙まで流して喜んでいる。

 ソフィアはもう研究室に入室させる気満々で、アメリアを質問攻めにしている。

 ソフィアに求められたら、誰も拒否できない。

 さすがに無理矢理は可哀想だろうと口を挟むも、ソフィアはよりによって使い込んだ愛用のスリッパで俺の頭に一撃入れてきやがった。


 あー、もうこれは、ソフィアの秘密を守るためにも関係者にするしかないなと俺は思った。



 アメリアはほぼ強制的に眠り病研究室の補助員にさせられたにも関わらず、毎日熱心に通って来て、俺のメモを清書していた。

 本人が辞めたいと言い出したら、いくらソフィアでも止めはしないだろうと思い、初めの頃わざとアメリアにキツく当たってみたこともあるのだが、アメリアは弱音を吐くこともなかった。

 研究室の隅で、俺の文字を一生懸命書き取り、分からない言葉には印をつけて、自分で調べている姿を見かけることもあった。

 清書するだけではなく、分からないところがあればきちんと質問し、まだ高等部で学んでいないことばかりのはずなのに、理解しようとしている姿勢には好感を持った。

 表面だけの知識で満足し、曖昧な知識のままでいる他の学生にも見習って欲しいところだ。

 ただ、一点だけ気になったのは、アメリアがいつも必要以上に萎縮していることだった。

 初めは、貴族の令息が多いためなのだろうと思っていた。

 けれど、原因はそれだけではなかった。


「この研究室はな、本来、お前のような田舎娘が出入りを許されるようなところじゃないんだぞ!分かってんのか!」

「眠り姫病研究室は、王太子フェリクス様が創設された由緒正しい研究室なんだぞ。」

「そもそも平民なんだから、これはお前が洗っておけ。貴族の命令は絶対だ!いいな!」


 ある日、研究室前の廊下で、そう行ってアメリアを囲んでいる三人の学生たちの姿を目にした。

 皆、貴族の次男三男で、頭は悪くないものの出世欲ばかりが目立ち、あまり熱心に研究しないことで有名な学生たちだった。


 フェリクスが創設したこともあり、眠り姫病研究室にはフェリクスに取り入ろうという下心を持って入ってくるものもある程度いた。

 貴族の子息とはいえ、次男三男では家督を継ぐこともできないため、少しでもフェリクスに己の優秀さをアピールしようとしているのだ。

 実際、優秀なものも多かったので、そのままにしていたのだが、自分たちの親の爵位を盾にして、しかもまだ高等部の学生であるアメリアにそんなことを言う輩がいるなんて、全く許し難いことだった。


「はい」と小さく答えて、アメリアが大量の使用済みシャーレなどが入った箱を持って、走っていくのが見えた。


 こんなことが日常的に行われていたとすれば、この研究室の責任者である俺の監督責任だ。

 アメリアが去っていくのを満足げに見ているようだった3人の学生に、後ろから声をかける。


「ほー。俺の記憶が正しければ、この眠り姫病研究室は、身分を問わず志ある者の入室が許されているはずだが。」


 ビクッと一瞬肩を震わせて、三人がこちらに振り返った。


「フェリクスは、学問の前では身分の貴賎はないと言わなかったか?」


 三人とも真っ青な顔をしている。


「もし、その理念を理解していないものがいたとするならば問題だな。この研究室にいる資格はない。そうは思わないか?」


 そう言うと、その三人は俺が言いたいことを理解したようだった。


 けれど、今後も同じようなことがないとは言い切れない。

 そこで、リドルと相談し、アメリアを俺専任の助手にすることになった。

 専任補助として、毎日のように顔を合わせるようになると、メモを清書するより、直接話したことをメモする方が圧倒的に効率的だと気づいた。

 言い訳になるが、一応この頃、俺なりに字を綺麗に書く努力はしていた。

 それが実ったとは言わないが・・・。


 アメリアは非常に優秀だった。

 祖父の口述筆記もやっていたことがあるらしく、俺が言った言葉をそのまま書き写すのではなく、上手に要約して、俺が話したことをより分かりやすくまとめる能力に長けていた。

 また、魔術に関する興味があり、この国の女性の大学への進学率は非常に低いのだが、将来、大学に進んで魔術を学びたいと思っているとのことだった。

 しかも、アメリアはソフィアが最大の問題点として、絶対にアメリアには見せないようにと何度も念を押した俺の趣味にも理解があったのだ。


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