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2. 眠り姫病研究室

アメリア目線です。

 研究室へ出入りするようになってから知ったことだが、ルバート様のクソ文字・・・ではなく悪筆は長年眠り姫病研究室の部員たちを悩ませていたのだそうだ。


 眠り姫病研究室は、ルバート様の下、今や王立魔術研究所にも劣らない高度な内容の研究を行っているのだが、その悪筆のためルバート様のメモの解読できるものがおらず、メモ通りに配合したものが間違っているのは日常茶飯事で、実験が失敗することも多かったのだという。

 ルバート様を恐れ、今はルバート様に言い返すことができるソフィア様とリドル先生が彼の補助に当たっていたのだという。


「まあ、ルバートの頭脳が素晴らしいのは認めるわ。ルバートの執念深さ・・・じゃなくて情熱があれば、眠り姫病の治療方法にたどり着くかもしれない。逆に言うと、彼に見つけられないのであれば他の誰にも見つけられないと思うほど。でもね、でも、本当に。本当に無理を言ってごめんなさいね、アメリア。」


 当初から、ソフィア様は会うたびにそう言って謝ってくれた。

 何でも眠り姫病研究室の前身は、ルバート様がまだ高等部だった頃に王太子フェリクス様と共に創設したとのことだった。

 現在、講師として在籍しているリドル先生も創設メンバーの一人で、ルバート様、ソフィア様とは、その頃からの長い付き合いなのだそうだ。

 ソフィア様は少しでも婚約者であるフェリクス様の助けになればと、眠り姫病研究室に出入りしているものの、ルバート様の悪筆、それにまつわる横暴ぶりには淑女としての振る舞いを忘れるくらい追い詰められていたとのことだった。



「でも本当に不思議よ。何故、あれが文字に見えるのかしら?一度ルバートの書いたメモを家に持ち帰った際、うちのメイドがワームクロナメクジが這った跡だと勘違いして捨てたほどの代物なのに・・・。リドルは解読するのを諦めて、言った言葉を紙に書き起こす魔動具の開発を始めたほどよ!」


 普段のソフィア様は初めて会ったときの印象とは違って、まさしく淑女の鑑だった。

 聡明で思慮深く、その身分の高さを感じさせない親しみやすさもある素敵な方だった。

 眠り姫病研究室の女子がソフィア様と私の二人しかいないこともあって、恐縮してしまうほど気遣ってくださる。


「おそらく、祖父の手伝いをしていたからではないでしょうか。祖父は晩年、病気のために右手に麻痺が残り、字を書くのが困難だったのです。それで、よく祖父が書き留めたものを清書するのを手伝っていたものですから、クセの強い文字への耐性があるのかもしれません。」


 今日も、ソフィア様は新しいお菓子が届いたからと、私をお茶に誘ってくださったのだ。


「本当にすごいわ。しかも、虫への耐性まであるなんて、私、アメリアのことは本当に女神様が私たちに遣わしてくださった天使なんじゃないかって出生を疑ったほどよ。」


 眠り姫病研究室に女子が二人しかいない主な理由は、虫をはじめとする色々な気味の悪い動植物を扱うことによるらしい。

 以前は他にもいたそうなのだが、虫を見ただけで失神してしまったのだという。

 ソフィア様は今では倒れることはないそうだが、未だに虫は苦手とのことだった。


「実家が農園を運営していますので、収穫時期には私も毎年手伝っていましたから、虫は見慣れているんです。将来的には大学に進んで、害虫を駆除する魔術について学びたいと思っていたくらいですから、一足早く最新の研究に触れられるのは、私にとっても大変有意義なことです。なので、ご心配いただかなくても大丈夫です。」


 私がそう言うと、ソフィア様は両の手を胸の前で組み合わせ、拝むような顔をして私を見つめた。本当に天使と小さく呟くのが聞こえる。


 そして、しばらく後、急に真剣な顔になり、私にいつもの問いかけをしてきた。


「アメリア、いつもしつこく聞いてしまって申し訳ないのだけど、嫌な思いをしていない?何かあったら、すぐに言ってね。私は学年も違うし、私の目の届かないところで何かされていないか心配なの。」


 これは眠り姫病研究室に携わるようになってから、何度も言われてきた言葉だった。

 全て後で知ったことなのだが、王太子が創設したこともあり、眠り姫病研究室は自然と身分の高い生徒や、身分は低くとも成績優秀な学生が多く集まることなったそうだ。

 また、研究内容など機密事項も多いため、希望すれば誰でも入れるわけではなく厳選な審査を突破した優秀な学生だけが入室を許されているのだという。

 もちろん、その機密事項の最重要項目はソフィア様の暴言癖だと、以前リドル先生は笑いながら教えてくれた。


 これまで高等部の学生はソフィア様だけだったこともあり不満を言ってくる者は特にいなかったとのことだが、突然、何の特徴もない平民の娘が入って来たのだ。

 初めのころは、研究室内で当たりの強い人もいた。

 けれど、それはルバート様が私をルバート様専任としたため、特に問題はなくなっていた。

 ただ、大変だったのは高等部の方で、私の入室が知れ渡った後、ルバート様やリドル先生やその他の有望な男子学生に近づきたい高等部の女生徒の応募が殺到したのだという。

 けれど、その方達は魔術に対する理解も薄く、そもそもの目的が邪であることは明らかだったので、許可されなかったらしい。

 それもあって、ソフィア様は他の女生徒などからのいじめなどを懸念されていたのだった。


「大丈夫です。ローズマリー様をご紹介いただいてから、嫌がらせされることはほとんどなくなりました。」


 確かに最初はどうやって取り入ったのかと嫌味を言ってくる人もいたけれど、ソフィア様に私と同じ高等部の1年で、第二王子レオン様の婚約者であるローズマリー様をご紹介いただいてからは、表立った嫌がらせは大幅に減った。

 私に何かを言ったりしたりした人たちは、何故か急に大人しくなったり、いつの間にか立場が弱まったりしているのだった。


 私がそのことを言うと、ソフィア様はとても嬉しそうな顔をした。


「あら、ローズマリーもやればできるじゃない!」


 そう微笑むソフィア様は、いずれ王妃になる人なだけあって、当時から妙な貫禄があった。


「ローズマリーは少し優しすぎるところがあって、未だにレオン様の婚約者という立場に臆しているところがあったけれど、アメリアのことをお願いしてから、グッとそれらしい態度が取れるようになってきたみたいね。他人のためには頑張れるなんて、あの子らしいわ。将来、私と共に社交界を仕切って行かないといけないのだもの。学生の揉め事くらいさばいてもらわないと困ります。ローズマリーにとっても、良い練習になったと思いますよ。」


 そう言って、淑女らしく扇で口元を隠しつつ、ソフィア様は薔薇のように美しく微笑んだ。

 私はその姿に背筋が寒くなるような気配を感じ、これからはソフィア様を信じて、何も恐れずに何処までも付いていこうと思ったのだ。



 それからの私の生活は大きく変わった。

 以前は授業が終わると寮へ戻って友人達とおしゃべりを楽しんだり、時には街へ繰り出したりしていたのだが、以後は終業のベルと共に眠り姫病研究室へ走って行き、ルバート様に付き従って、書記をはじめとする様々な雑務を担当することになった。


 それはソフィア様が結婚準備のため、眠り姫病研究室を去ってからも変わらずに続いた。

 高等部にいた頃は、隣の敷地とはいえ毎日大学まで走って通うのが大変だったし、まだ学んでもいない範囲の知識を必要とされることも多くあり、学校の勉強をしながら、研究室で必要な知識を調べたりして、本当に大変だった。


 けれど、今振り返ってみると、大変なことばかりじゃなかった。

 研究部の方々は、高等部生でただ一人大学に出入りする私を気遣って、試験前などは勉強を教えてくれたり、課題にアドバイスをいただくこともあった。

 また、ルバート様は厳しいが、広く深い知識を惜しみなく与えてくれ、研究内容は難しかったけれど、どれも興味あるものばかりだった。


 高等部を卒業してから、私はそのまま大学へと進学し、リドル様が口述筆記ができる魔動具の開発に成功した後も、ルバート様の隣で研究に明け暮れる日々は続いた。


 可能性のある動植物や現象を求めて国中を駆け巡り、時には大嵐で足止めされて、ボロ宿の雨漏りがする屋根裏部屋に泊まったこともあったし、数年に一度しか咲かない花の開花を観察するため砂漠で凍りつきそうな寒さに震えたことも、今となっては全部いい思い出だ。

 ルバート様の傍らで過ごした、この7年の思い出が走馬灯のように思い出される。


 毎日寝る間もないほど忙しかったけれど、充実した日々だったと胸を張っていえる。

 しかも、懸命に取り組んだ結果、クレア王女の病を治すことだってできたのだ。

 これ以上を望むなんて、贅沢すぎる。

 もうすぐ大学卒業だが、幸いなことにもう進路は決まっている。

 実家のある辺境伯領の領主ウィルフレッド様が、直々にお誘いくださったのだ。

 忙しすぎて、すっかり嫁に行きそびれてしまったことは申し訳ないが、近くにいれば、何らかの形で両親にも親孝行できるだろう。


 次、ルバート様に会ったら、今までお世話になったことに礼を言って、実家に帰ろう。

 その時、私はそう心に決めたのだった。

しばらく、アメリア目線の話が続きます。


毎日22時更新にしてみました。

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