(番外編)男たちの珈琲談義
リドル目線2話目です。
俺たち三人が久しぶりに顔を合わせたのは、初夏の兆しを感じるようになった夕刻のことだった。
ルバートはこの秋、ついにアメリアと結婚することが決まった。
「ルバート。とりあえず、おめでとう。公爵閣下が全く反対しなかったのは意外な気もするが、良かったな。」
フェリクスがグラスを上げる。
それに対して、ルバートも答え、グラスを持ち上げる。
「ああ、そうだな。でも、父上はバランス重視の方だから、俺が目立ちすぎるのを嫌ったんだろう。これだけ名が上がってしまった今、下手に高位令嬢と結婚などするより、何の後ろ盾もない娘との結婚の方が、権力争いなどに巻き込まれることも少ないだろうからな。」
「それもそうだな。お前も一応、王位継承権持ってるしな。まあ、俺はお前が王座を譲れって言ったら、すぐ譲るがな。」
「何の後ろ盾もないって。。。一応、後ろ盾は我が家なんですけども。」
俺の言葉に、フェリクスが「ないようなもんだろ」と笑う。
相変わらず、俺の扱いが雑だよなと苦笑する。
高等部にいたころは毎日一緒に過ごした俺たちだが、こうやって三人集まるのは本当に久しぶりだった。
まあ、本来なら、俺はこの二人にこんな口の利き方していい身分じゃないのだが、学生時代からの仲間っていうのはいいもんだなと、改めて思う。
「っていうかさ、ルバート。お前は俺に頭が上がらないはずだぞ!誰のおかげで、結婚できることになったと思ってるんだよ!!」
これについては声を大にして言っておかなければならないし、今後も定期的に繰り返し言っていくつもりだ。
俺がいなければ、今頃、ルバートはあのままどん底にいたはずなのだから。
「ああ、リドルには一生頭が上がらないな。アメリアは、今度ぜひリドルのためにコーヒーを淹れさせて欲しいと言っていたぞ。」
ルバートが嬉しそうに笑いながら、頭を下げた。
「まあ、俺が飲んでいる味にはならないがな。」
「一言多いんだよ!」
ドヤ顔で言うルバートに本当に腹が立つ。
ルバートの肌艶がいいのは、アメリアのコーヒーのおかげなのかもしれない。
ちょっと前まで死にそうな顔していたくせにと思う。
「そういえば、フェリクスもソフィアにコーヒーを淹れてもらったんだろ?先月、アメリアが挨拶に行った時、コーヒーの淹れ方を教えたと言っていたが、どうだったんだ?」
ルバートがフェリクスに尋ねた。
アメリアは先月、結婚準備のため王都に戻って来ていたのだ。
「あー、それなんだがな。まあ、ソフィアの前では言えないが、おそらくコーヒーを淹れるには向き不向きがあると思うぞ。」
フェリクスが少し複雑な笑みを浮かべた。
「へー、それは興味深い話だな。お互いが思い合っていれば美味しいコーヒーになるんじゃなかったのか?」
今も魔動コーヒーメーカーの改良を続けている俺としては、是非とも聞いておきたい話だった。
フェリクスはコーヒーの味を思い出しているかのように少し笑いながら話し始めた。
「もちろん不味いってことじゃない。ルバートの言う通り、疲れも取れる気がするし、味もいいとは思う。だがな、ソフィアの淹れたコーヒーは邪念が多くてな。」
フェリクスが顔を顰めた。
「ソフィアの魔力量が無駄に多いことも理由なんだろうが、なんていうか『どう?美味しいでしょ?あなたのために淹れたのよ!』っていうソフィアのドヤ顔がちらついて、いまいち楽しめん。」
ルバートと俺は一斉に吹いた。
確かに、ソフィアらしい。
自己顕示欲が強いコーヒーってどんなものなんだろうと想像すると、笑える。
「それにな。リドルがお互いが想いあってないと美味しいコーヒーにならないなんて余計なことを教えるから、俺の反応が悪いと『もう私のことを愛していないのですね!』とか始まって、朝から大変だよ。というわけで、俺は家では紅茶派を名乗ることにした。そっちの方が落ち着いて飲める。」
「ああ、確かにそういうところがあるな。先日、アメリアとちょっとした言い合いになったんだが、その後、淹れてくれたコーヒーが妙に酸味が強くてな。アメリアは怒ってませんと言っていたが、まだ怒ってるんだなと分かった。アメリアはあまり顔に出さないが、コーヒーの味で分かる。」
なるほど、と思う。
至高のコーヒーというものの存在を知ってしまってから、魔動コーヒーメーカーの開発を続けるかどうか悩んでいた。
結局、売れないのなら作っても意味がないと思っていたのだ。
けれど、至高のコーヒーにもそういう欠点があるのなら、需要はありそうだ。
「というわけで、俺は職場に一台コーヒーメーカーを置きたいと思ってる。うちの職場はコーヒー好きも多いしな。」
「ああ、俺も今後はアメリアがいつも側にいるわけではないから、職場にはいいかもな。」
「職場用か。でも、俺としては家庭用が普及して欲しいと思ってるんだけどね。コーヒーを自宅で気軽に飲めるようにしたいじゃん。」
俺がそう言うと、二人は何故か顔を見合わせた。
「いや、、、それは、ちょっと難しいかもしれんな。」
フェリクスが妙に言葉を濁す。
「え、なんでよ。」
と問う俺に対して、ルバートが
「なんだ、お前知らないのか?」
と言った。
「え、なんで?自宅でコーヒー飲みたいでしょ?」
俺が尋ねると、フェリクスがニヤついて答えた。
「自宅に魔動コーヒーメーカーを置くのは、コーヒーを淹れてくれる人を見つけられない寂しい独身男だけだと言われてるらしいぞ。なんでも、巷では結婚を諦めた男のことを『リドル系』と言うらしいな。」
「なっ!!」
「ああ、俺もそれを聞いたな。長年尽くしてくれた研究室のメンバーに、俺とアメリアの結婚記念品としてコーヒーメーカーを贈ろうと思ったら、『縁起でもない!リドル様のように結婚できなくなったらどうしてくれるんですか!』と頑なに拒まれてな。」
「はあ?!!!俺は結婚を諦めたわけじゃないぞ!!俺は結婚できないんじゃない!しないだけ!!」
信じられない!俺が仕事で忙しくしている間に、そんな結婚できない男の代名詞になっていたなんて!
確かに、今は結婚とか先でいいかって思ってるのは否定しないけど、諦めてないし、そもそも全然寂しくないし!!!
憤る俺を横目に、二人は楽しそうに笑っていた。
確かに、幸せそうな二人の側にいたら寂しいやつだと思われてしまうのかもしれないと思う。
まあ、若干羨ましいと思わないでもないが。
「しかし、人生とは分からんもんだな。あんなに親の決めた相手と結婚するのを拒んでいた俺がそのまま親の決めた相手と結婚し、親の決めた相手と結婚するのが当たり前だと言っていたルバートが貴族ですらない娘を嫁にするんだからな。」
フェリクスがグラスを飲み干して、微笑んだ。
「ああ、本当にそうだな。俺は決められた道の上を歩くつもりだったからな。まさか、こんな外れるとは思っていなかった。」
ルバートも同じような微笑みを浮かべる。
「そして、俺たちの結婚について、『高位貴族様は大変ですね〜』なんて言って馬鹿にしてた奴だけが、未だに独身っていうのが一番笑えるよな。」
フェリクスとルバートが、俺の方を見て、声をたてて笑った。
「いや、俺、もう結婚するから。今すぐするから!」
二人が楽しそうに笑っているのを横目に見ながら、俺は本気で婚活しようと固く心に誓った。
以上で、この物語は完結です。
読んでくださった方々に深く感謝を申し上げます。
このようなサイトの存在を知り、ものすごく久しぶりに書いてみたのですが、とても楽しかったです。
いい時代になりましたね。
本当に、ありがとうございました。
続編書いてみました。
よろしければ、こちらもどうぞ。
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