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1. 一枚の紙

 私、アメリア・セルフィスがルバート様と知り合ったのは、十六歳の時に入学した王立大学附属女子高等学部時代のことだ。

 知り合ったと言っても、当時はただ同じ敷地内にいるというだけだったが。


 ルバート様は女子高等部と同じ敷地内にある大学に通うオブライエン公爵令息で、国内で最も優秀な学生が集まるという眠り姫病研究室の中心人物として有名だった。

 ルバート様は聡明なだけでなく、見目にも優れ、高等部の女子からは絶大な人気があった。

 また武勇にも優れているそうで、以前、王太子フェリクス様が暴漢に襲われそうになった際、近衛兵が駆けつけるより前に全員倒したという逸話もあるそうだ。

 友達からその話を聞いた時には、そんな物語に出てくるような何でもできる人っているんだなと思ったものだ。

 そのため、ルバート様が高等部へ来られた時には、一目見ようという女子生徒が集まって大騒ぎになっていた。

 けれど、ルバート様は研究一筋とのことで、眠り姫病研究室の創設者である王太子様の婚約者ソフィア様以外の女性は話しかけることさえ許されないとされていた。

 噂では、ルバート様は婚約者であるクレア王女の病を治すために、高等部時代から熱心に眠り姫病の研究を続けているとのことだった。

 

 そんな雲の上の人ルバート様と私が知り合ったきっかけは、一枚の紙だった。

 ある時、図書館で試験勉強をしていた私は、一枚の紙を拾った。

 見れば、それは学園の講師であるリドル先生宛の手紙というか、メモだった。

 内容を見ると、何か重要そうなことが書いてあったので、これはこのままにしない方がいいだろうと思い、職員室まで届けることにした。

 さっき美しい令嬢達がこの辺りで先生を取り囲んでいたから、その時に落ちたのだろう。

 リドル・フォスター先生は爵位はそれほど高くないものの、大学に在籍しながら高等部で講師を勤められるほど優秀な方で、その容姿の麗しさもあって女生徒から絶大な人気があるのだ。

 フォスター先生が他にもいるため、学内ではファーストネームで呼ばれている。

 私が職員室でリドル先生にその紙を渡すと、リドル先生は何か信じられないものでも見たような、例えるなら、まるで魔物か精霊に出会ったかのような顔をした。


 そして、私に


「君、これが読めるの?」


 と尋ねたのだった。


 えっ?と小さく呟いて、私は改めてその紙を見た。

 見てはいけない内容が書いてあったのかと思ったからだ。

 けれど、それは機密事項というよりは、購入リストというかToDoリストのようなものだった。

 特別な魔術がかけられているようにも見えない、ただの紙だ。


「え、はい。読めますけども。」


 何を言われているのか分からなかったが、とりあえず正直に答える。

 すると、リドル先生は私のこの後の予定を確認した後、


「ちょっと来てくれる?」


 と言って、私に一緒に付いてくるように言った。

 連れて行かれたところは、大学の中にある、一般生徒の立ち入りが許されていない眠り姫病研究室のある棟だった。

 確か、リドル先生も眠り姫病研究室に所属されていると噂を聞いたことがあったが、私のような高等部の生徒が足を踏み入れていいのだろうかと足がすくむ。

 けれど、リドル先生はそんな私の様子を気にすることもなく、どんどん進んでいく。

 研究室棟の内部は、高等部とは全く雰囲気が異なり、見たこともないものばかりが並んでいた。

 そして、リドル先生は研究室棟の最上階までたどり着くと、勢いよく扉を開け、


「みんな、聞いてくれ!この子、これが読めるんだって!」


 と大声で叫んだ。

 中にいた学生たちが、皆、驚いた顔をして私の方を見る。

 その後ろで、ルバート様だけが何故か憮然とした表情を浮かべていた。

 すると、リドル先生他、研究室にいた部員の人たちは皆、驚いたように声を上げる。


「嘘だろ!このミミズ文字を読解できる人間がいたなんて!」

「これを文字として認識できるなんて奇跡だ!」

「古代の象形文字の読解が簡単に感じるほどの難易度なのに!」


 皆が口々に言う言葉で、私は皆が驚愕した理由を悟った。

 まあ、確かに癖の強い字だとは思ったけれど。

 騒ぎを聞きつけたらしい高等部の制服を着た美少女が、不機嫌な表情を隠さずに奥の部屋から出てきた。


「そんなわけないでしょ!読めたって言っても、名前くらいなんじゃないの?あのクソ文字を読める人がこの世にいるわけないわ!」


 彼女はその淑女然とした容姿に似つかわしくない台詞を吐きながら、リドル先生の手から紙を奪い取り、私の前に掲げた。


「ちょっと読んでみてくれないかしら?」


 少し吊り上がり気味の青い瞳が私を睨むように見つめていた。

 前に学内で見た時と雰囲気が違いすぎるけど、この方はもしかして高等部三年のソフィア様では?と思ったものの、その他大勢の先輩方にも囲まれ、震えそうになるのを堪えながら差し出された紙を読み上げる。


「『し、シグルット魔法薬百六〇×七。ルルオ草三本。魔青石と魔紅石を混合。明日までに用意しろ。リドルへ。忘れたら殺す。追伸、ラジンはダメだった。もう一回。』と書いてあると思います。」


 そこまで読み上げると、私を睨んでいたソフィア様の目は潤んだような目つきに変わった。


「嘘でしょ!信じられない!なんてことなの!この子は女神よ!眠り姫病研究室の救世主よ!」


 彼女が叫ぶと同時に、研究室にいたほぼ全員が歓喜している。

 大袈裟過ぎないかと思ったものの、ソフィア様の目尻には涙が滲み、他の先輩方も泣いて喜んでいるようだった。


「貴方、お名前はなんて言うの?何年生?その制服は高等部よね?」


 畳みかけるようにソフィア様が質問してくる。

 ちょっと嫌な予感がしたけれど、地方の騎士階級の家の娘である私が公爵令嬢の質問に答えないわけにはいかない。


「あ、アメリア・セルフィスです。高等部の一年です。」


 私がそこまで言うと、ソフィア様は私の両手を取って、必死の形相で懇願した。


「お願い!お願いだから、うちの研究室に入ってちょうだい。大丈夫、何も難しいことはないわ。貴方に一つも嫌な思いなどさせない。貴方はただ、あのバカの書いた字を読んでくれるだけでいいの!」


 そう言って、ソフィア様は部屋の真ん中で不機嫌に腕を組んで座っていたルバート様の方を指さした。

 ルバート様が、その端正な顔に似合わない舌打ちをした。


「お前ら・・・人の書く文字に散々文句つけやがって!」


 私の予想通り、その文字を書いた主がルバート様だったのだ。


「ちなみに、シグルットは七じゃなくて、一だ。七も入れたら爆発する。」


 そんなの常識だ!と続けたルバート様に、ソフィア様は掴みかからんばかりの勢いで言葉を被せる。


「あんたの字が汚いのが悪いんでしょうが!!この文字を見て、数字だと分かってもらえただけでも感謝しなさいよ!!」


 このボケカス!とソフィア様は叫び、いつの間にかその手に持っていたスリッパを、ルバート様の頭に思い切りよく叩きつけた。

 パコーンという爽快感のある高音が研究室内に響き渡る。

 驚く私を横目に、他の部員の方々にはそれを気に留める様子もない。


「ああ、びっくりしたよね。ごめんごめん。今、来週の研究発表に向けての大詰めで、ソフィアも一杯一杯なんだよ。このことは、くれぐれも御内密にね!」


 リドル先生が、驚きのあまり完全に思考停止している私に、そう言ってウィンクした。

 そうして、私は眠り姫病研究室へ出入りすることになったのだ。

サブタイトル変えました。

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