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エピローグ

最後はアメリア目線です。

『全部、アメリアと一緒にいるためにやったことだ。』


 先日、リドル様が置いていった口述筆記魔具から出力された紙に印刷された文字を、何度も何度も読み返す。


 これは本当にルバート様の言葉なのだろうか。

 とても信じられない。

 もう何年も前から、私との結婚を目標にされていたなんて。


 夢を見ているんじゃないかと思う。

 リドル様が帰られた後、父に確認したのだけれど、コーヒーが特別な魔力を得るのは、お互いが想いあっている間柄ではないとダメだと言っていた。

 けれど、それを聞いた後でも、とても信じられない。


 その紙が届いた後、ルバート様からは

『今すぐそちらへ向かう』

 と連絡があった。


 けれど、すぐと言っても、ここは辺境伯領だ。

 三日はかかる。

 早く会いたいけれど、全て夢だったらどうしようとも思ってしまう。

 一度眠りについたものの、やはり眠れずに何度も紙の束を読み返すうち、外が白んできたのが分かった。

 ここで待っていないで、せめて領都でお迎えしようかと思っていた時、外で馬のいななきが聞こえた気がした。


 まさか、と思う。

 まだ一日も経っていない。

 窓を開けてみたものの、今日も霧が濃くて、何も見えない。

 空耳だとは思ったけれど、どうせ眠れないのだと思い、上着を羽織って外へ出てみることにした。

 

 家の門まで近づいた時、私は空耳でなかったことを知った。

 そこには、一頭の馬を従えたルバート様が立っていらした。

 供の一人も付けず、単騎でいらしたようだ。


 ルバート様が、こちらに気づき、柔らかく微笑まれる。


「アメリア、すまない。起こしてしまっただろうか。」


 聴き慣れた低い声が、私を呼ぶ。

 ああ、もう二度と聞くことはないと思っていたのに。

 胸がいっぱいで、言葉が出てこない。


 私が首を左右に振ると、目の前までいらしたルバート様が、


「これが夢でないといいのだが。」


 と呟かれた。

 そして、次に


「触れてもいいだろうか。」


 と尋ねられた。


 夢を見ているのは、私の方かもしれないと思う。

 夢なら醒めないでほしいと思いながら頷くと、ルバート様がふわっと包むように私を優しく抱きしめた。


「アメリア、すまなかった。ずっと誤解させていたようだ。俺の言葉が足りなかった。ちゃんと伝えるべきだったのに、本当にすまない。」


「いいえ、いいんです。私の方こそ、きちんと最後まで話を聞かず、遮ってしまって申し訳ありませんでした。」


 ああ、あの時、ちゃんと最後まで話を聞いていれば、こんな苦しい想いをせずに済んだのにと思う。

 でも、あの時は、まさかルバート様が私のことを気にかけてくださっているなんて思いもしなかったのだ。


「もう一度、やり直させてほしいんだが、いいだろうか。」


 ルバート様はそう言って跪き、私の顔をじっと見つめた。

 自分の顔が赤くなるのが分かる。

 私が「はい」と返事をすると、ルバート様は大きく息を吸い、一度吐いた後、また大きく息を吸った。


「アメリア、これからもずっと側にいてほしい。俺と結婚してほしい。」


 ルバート様の言葉が、真っ直ぐ心に届いた。

 何か気の利いた返事をした方がいいのかもしれないと思ったけれど、「はい」と頷くことしかできない。

 胸がいっぱいになる。

 ルバート様が再び立ち上がり、私を抱きしめた。

 今度は、さっきよりも少し強く抱きしめられる。

 ルバート様の香りに包まれて、心臓がどうにかなりそうだ。


 ルバート様が不意に腕を緩められて、私の肩に手を置いた。

 促されるように顔を上げると、ルバート様の唇がいつかのように私の額に触れた。

 そして、次に、私の唇に重なる。

 全身の血が逆流して、沸騰してしまうかと思う。


「ああ、やっとだ。」


 ルバート様が一人言のように呟いた。

 再び抱きしめられて、もうどうしていいか分からなくなっていると、ルバート様が私から手を離し、急によろけた。


「大丈夫ですか?」


 咄嗟に支えて、そう尋ねる私に、


「さすがに疲れたな。」


 と言って、ルバート様が笑った。

 宿場ごとに休憩はとられたそうなのだけれど、普通三日かかるところを一日もかからずに駆けてきたのだ。

 早く会えて嬉しいけれど、もう二度とやらないでほしいとお願いしなければと思う。


「どこか座れるところへ行きましょう。」


 とは言ったものの、まだ夜も明けない時間であるし、寝ているはずの家族のことを思うと母屋に通すのも気が引ける。

 そういえばと思いついて、ルバート様を勝手口近くの作業場へご案内する。

 屋根もあるし、作業の途中などで休憩を取れるようになっているのだ。

 

「少しここでお待ちください。」


 ルバート様をベンチにご案内して、勝手口からキッチンへと入る。

 もちろん、コーヒーをご用意するためだ。

 自分の魔力がどれくらい強いのか、コーヒーにどれくらいの魔法がかかるのかは分からないが、少しでもルバート様のお疲れを癒せればと思う。

 祖母が祖父にやったようにはできないかもしれないが、少しでも力になれればいい。

 そう願いながら、コーヒーを淹れる。


「お待たせしました。」


 そう言って、差し出したコーヒーを受け取られたルバート様は、一口飲まれて、


「ああ、本当に美味しいな。体の底から疲れが取れていくようだ。」


 と感慨深い表情で言って、微笑まれた。

 やはり魔力が入っているのか、少し顔の隈も取れたような気もする。


 そして、その後、


「いつも美味しいコーヒーを淹れてくれて、本当にありがとう。」


 と言ってくださった。


「いえ、そんな・・・。私が勝手にやったことです。」


 こんな風に感謝の言葉をいただくなんて思わなかったので、胸がいっぱいになってこれ以上返す言葉が見つからない。


「そういえば、俺もコーヒーの淹れ方を練習したんだ。だから、今度、アメリアに俺の淹れたコーヒーを飲んでほしい。アメリアの好きな味になっているはずだ。」


 そう言って、ルバート様が私を見つめた。

 深い海のような色の瞳に、私が映っている。

 リドル様にコーヒーの秘密を聞いたのだろう。

 私が今まで込めた想いも知られているのかと思うと、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。


「ぜひ、お願いします。」


 顔が熱くなるのを感じながら、何とか言葉を紡ぎ出す。

 そして、ルバート様の淹れてくださるコーヒーは、どんな味なのだろうかと想像する。

 ルバート様は魔力がお強いから、きっと上手に淹れられるに違いないなどと思っていると、ルバート様がコーヒーカップを持っていない方の手で私を抱き寄せた。

 これまで、ルバート様との間には周囲に誤解を生じさせないよう、適切な距離が保たれていたのだけれど、その反動だろうか。

 ルバート様は、しばらく私を離すつもりがないようだ。

 調子に乗って、私も少し体を預けてみる。


 それから、ルバート様は、私がルバート様とクレア王女の婚約を勘違いした理由などについて、お話し下さった。

 女子高等部では有名な話だったのだけれど、ルバート様曰く、色々な話が混ざって、間違った噂話として広まっていたのだろうとのことだった。

 確かに、クレア王女は公爵家の子息と婚約していたが、それはルバート様の兄上であること。

 そして、婚約者のために研究を頑張っているというのは、ルバート様ではなくソフィア様のことだろうとのことだった。

 ついでに、ルバート様がいつから私のことを特別に想っていてくださったかなども、詳しくご説明いただくことになり、もう途中から身体中が熱でおかしくなりそうだった。

 これも、今までの反動なのだろうか。

 さっきから求愛の言葉が止まらないし、いつの間にかルバート様の膝の上に座らされているし、距離感がおかしい。


 と、その時。

 ガチャンと大きな音が響き、何かが落ちた音がした。


 そこには驚き、固まっている父がいた。


「る・・・るる、る・・・ルバート様!?」


 父の声に気づいたルバート様が、ガタッと音を立てて立ち上がる。


「セルフィス殿、こんな朝早くから申し訳ない。然るべき時に、また正式な挨拶に伺おうと思ってはいたのだが、この度、アメリア嬢に求婚させていただきたいと思ってだな。少し気が急いてしまって申し訳ない。」


 ルバート様が父に何かおっしゃられている。

 父の表情は見えないが、おそらく相当驚いているだろう。

 しかし・・・


「お・・・おろ、おろしてください。ルバート様。」


 ルバート様の腕に抱きかかえられたまま、私は必死で声を絞り出した。

 これ以降、おかしくなってしまったルバートとの距離感に、私は終始悩まされることになるのだった。


 もう、本当にどうしていいか分からない。

これで、アメリアとルバートの物語は完結となります。

あと、リドル目線の番外編が2話あります。

最後までお付き合いいただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最初の5話は物凄く秀逸でした。読んでいて切なかったりドキドキしたり。 ルバートが呆然となっているところなど、心境が見事に透けて見えていて、読んでいる側からするとニヨニヨしてしまいました。 …
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