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14. 届く想い

ルバート目線です。

 リドルが帰った後、俺はコーヒーを淹れることに専念していた。

 アメリアのメモを穴が空くほど見つめ、目に焼き付ける。


 ああ、もうこの文字を見ることもないのかと想いが募る。


 初めて知るコーヒーを淹れる手順は、予想よりもずっと大変だった。

 まず、生豆を選別することから始めないといけないなんて知らなかった。

 そして、焙煎も実に奥が深い。

 火が通り過ぎれば風味が損なわれるし、全ての豆に均一に火を通していくのは、思った以上に難しかった。

 また、豆を挽くのも同様で、手動で挽くのはなかなか骨の折れる作業だった。

 リドルが魔動コーヒーミルを完成させた時、アメリアがすごく喜んでいたわけだと思った。

 試行錯誤を繰り返し、少しずつ手順を変え、時間を変え、ちょうどいい頃合いを見定める。

 アメリアはずっとこんな大変なことをしてくれていたんだなと思うと、当たり前のように飲んでいたことをとても申し訳なく思った。


 見たことがあるのは、アメリアが給湯室でお湯を注いでいる姿だ。

 徹夜明けの朝、研究室に香ばしい香りが漂って来て、アメリアが来たことを知る。

 給湯室まで覗きに行くと、アメリアが真剣で、それでいて少し楽しそうな表情でコーヒーの粉にお湯を注いでいるのだ。

 給湯室に差し込む朝日に照らされた、アメリアのその横顔を見ているのが好きだった。

 そして、俺に気づき、輝くような笑顔を向けたアメリアが差し出してくれるその一杯のコーヒーは、徹夜明けのどんな疲れも吹き飛ばしてくれた。 

 そんなことを思い出しながら、何度となく挑戦し、アメリアのメモどおり作成してみたものの、コーヒーの味は全く違ったものにしかならなかった。

 何度淹れても、あのコーヒーにはならなかった。


 ***


 リドルが再びやってきたのは、そんなある日のことだった。


「やあ、ルバート。今日も辛気臭いね!美味しいコーヒーは淹れられるようになった?」


 リドルは通した覚えもないのに、応接室の窓側のソファにどかっと座っていた。

 そして、リドルはまるで自分が屋敷の主人であるかのように、俺に向かいの席へ座るよう促した。


「いや、無理だった。いろいろ試しているが、全然近づかない。お前のコーヒーメーカーを馬鹿にして悪かったな。」


「そうだろうともよ!俺の作ったコーヒーメーカーは、かなりいい出来だ。お前以外の人間の評価は上々なんだよ!」


 リドルが妙なハイテンションで、そう言い切った。

 まあ確かに、俺が初めて手動で淹れたコーヒーに比べれば、リドルのコーヒーメーカーで淹れるコーヒーの方が随分マシだった。

 俺は本当に何も分かってなかったんだなと、気持ちが塞ぐ。


「で、何か気づいたことはある?」


 と、リドルが尋ねた。

 リドルが帰ってからのこの一週間、ずっとコーヒーばかりを淹れていたが、嫌というほど思い知らされてもいた。


「ああ。美味しいコーヒーを淹れるのは、かなり大変だということが分かった。これまで何も知らず、当たり前のように飲んでいたことをアメリアに謝りたい。」


 これまで感謝の気持ちを言葉にすることもなく、アメリアの好意を当たり前のように受け取っていた自分を恥じた。

 そんな俺に対して、アメリアが特別な感情を持っていなくても仕方ない。


「で、どんな味のコーヒーになった?」


「え?どんなって…。まあ、初めの頃に比べれば、かなり良くなってきたとは思う。不味くはないんだが、アメリアが淹れてくれるコーヒーとは違って、花のような香りがして、味はまろやかな感じだな。だが、あのアメリアの淹れてくれるコーヒーのようにはならない。もう何百回も試したが、どうしても同じようにはならない。」


 これは途中で気づいたことなのだが、淹れるのに慣れてきたあたりから、コーヒーの味はいつも同じ味になるようになっていた。


「ほー、それは誰の好みの味なんだろうな。で、お前がいつも飲んでたコーヒーっていうのは、どんな味だったんだよ。」


 リドルの問いに、アメリアが淹れてくれたコーヒーの味を思い出す。

 もう何千杯も飲んだだろう、あの美味しいコーヒーの味を。


「そうだな。アメリアの淹れてくれるコーヒーはコクがあって、一口飲んだだけで体の疲れが取れて、全身が幸福感で満たされるような感じがしてだな。」


「はー。うらやましいこった!お前だけがそんなコーヒーを飲んでただなんて!激しくムカついてきた!!俺だって飲んでみたかった!」


 リドルが何故か怒っている。


「お前だって、いつも一緒に飲んでたじゃないか。」


 と言う俺に、リドルはチッっと舌打ちする。


「お前は、そのコーヒーが飲める幸運をちっとも分かっちゃいないよ!」


 そして、急に真剣な表情になると話を切り出した。


「アメリアに会ってきたよ。」


 思わず身構える。

 アメリアの近況は聞きたいが、聞きたくない。


「そもそも、お前は大事なことを話してなさすぎる!お前、クレア王女と婚約してたっけ?」


 突然、リドルがおかしな質問をしてきた。


「はっ?してないよ!知ってるだろ?婚約者だったのは、兄上だ。それも、王女が眠りについた時に解消されてる。お前、突然何言ってんだよ。」


 何を言い始めたんだろうと思う。

 そもそも眠り姫病は、今まで不治の病だった病気だ。

 後継を残すことが必須の公爵家嫡男に、不治の病にかかった人間との婚約を継続させておくわけがない。


「はい、そうですね。俺は知ってました。」


 一体、何のためにそんなことを尋ねるのだろうと思う。

 元々唐突な話し方をするやつではあるが、今回は全く意図が読めない。


「っていうかさ、俺ははっきり言って、怒っている。ルバート、お前、アメリアに何て言った?屋根裏に住んで、魔道具の代わりに働けって言ったの?」


「そんなことは言ってない!言うわけがない!」


 俺は即座に否定した。


「でも、アメリアはそう言ってたよ。」


 あの時の朧げな記憶を辿ってみる。


「まあ、確かにお前のコーヒーメーカーと口述筆記魔道具が使いづらいとは言ったような気もするが、そういう意味で言ったんじゃない。アメリアに側にいて欲しいという意味で言ったんだ。」


 俺が答えると、リドルは再び大きくため息をついた。


「お前、全っ然伝わってないよ。じゃあ、屋根裏に住めって言うのは何なの?」


 そんなことを言った覚えはないが、屋根裏については話した覚えがある。


「それは、以前セイレーンサガリバナの開花を見に行った時、アメリアが屋根裏部屋のある家に住むのが夢だって言ってたから、新しい屋敷に屋根裏部屋があるのを見て、それを教えたいと思ってだな。」


 リドルがまた床に穴が空きそうなほどの深いため息をついた。


「お前な・・・。ほんっとに口が下手すぎんの!まあ、お前の文章力がないのは今に始まったことじゃないが、それにしたって酷すぎる!」


 リドルが呆れた顔で言った。


「つまり、お前はアメリアに一緒にいて欲しいって言うつもりだったってことでいいんだよな?」


 リドルが念を押すように言う。


「もちろんだ。そのためにずっと準備してきた。眠り姫病の研究だって、大きな手柄を立てて、自力で爵位を得るためにやったんだ。そうすれば、父上の許可を得なくても結婚できるからな。じゃなかったら、こんなに必死になってやったりしなかった。全部、アメリアと一緒にいるためにやったことだ。」


 俺がそう答えると、リドルは何故か


「よく言った。それを言って欲しかった!」


 と言った。


「というか、何で改めてこんなこと言わせるんだよ。お前だって知ってたはずだろ?」


 俺の質問に、リドルは大きく頷く。


「そうだったな。お前は、もう何年も前にフェリクスへ眠り姫病治療の成功報酬として爵位をくれるように約束を取り付け、ソフィアにもアメリアの後ろ盾を頼んでた。ソフィアが開くお茶会には毎回壮々たるメンバーが集められて、アメリアが社交界入りしたときの地盤固めは既に整ってる。そして、お前は俺の親父殿にアメリアを養女にしてもらう手配もして、全部完璧に準備してたもんな。そうだよな?ルバート。」


 リドルが、既に分かりきっていることをわざわざ口に出した。


「そうだ。アメリアと結婚するための準備は全て整えた。アメリアが何も憂うことがないように、できることは全てやった。まあ、結局、全て徒労に終わってしまったわけだが。で、お前、何でさっきから知ってることをわざわざ話すんだよ。俺の傷を抉りたいのか?」


 リドルは俺の問いかけを無視し、さらに続ける。


「前にも言ったけど、俺、お前のそういうところ嫌いじゃないよ。何事にも慎重で、想定しうる全てのパターンを考えて、先に問題を潰していくやり方は研究者としては大事なことなんだろう。でもさ、アメリアに対してもそうしてたんなら、それは間違ってるんじゃないかな?お前は、結論が確定するまでアメリアを巻き込みたくなかったのかもしれない。でも、この問題については、アメリアも当事者だろ。いわば、共同研究者だ。それなのに、アメリアに情報を共有してなかったんだとしたらダメだろ。それがお前の失敗の原因だよ。」


 返す言葉がなかった。

 確かに、アメリアに直接的な言葉を言ってこなかった。

 言葉が足りなかったのだと、今さら思う。

 アメリアに負担をかけないようにと、いろいろ気を回しすぎたのかもしれない。

 だが、結果が出るかどうか分からない計画に巻き込むことはできないと思い込んでいた。

 けれど、アメリアの立場だったとしたら?

 何も知らずにいたのなら、気持ちが伝わっていなくても仕方ない。


 その時、静かになった室内に、カタカタと規則的な音が響くのに気づいた。


「ん?この音なんだ?さっきから気にはなってたんだが。」


 音のする方に目をやる。

 リドルが座っているソファの後ろ側から聞こえているようだった。

 リドルがニヤッと笑うのが見えた。


「今、俺、フェリクスの命令で、超長距離口述筆記魔具の開発やってんの。王都から街道沿いに中継機を置いて、辺境伯領まで届けようっていう壮大な計画だよっ!」


 リドルがテーブルの真ん中に置かれていた花瓶を退けると、そこには見覚えのある口述筆記魔具の音声入力部分が置いてあった。

 しかも、録音中を示す魔紅石が点滅している。


「なっ!!」


 リドルが、やたら説明的なことばかり言っていた理由が分かった気がした。


 しかし、まさか!


「ああ、ちゃんと辺境伯領まで届いてるといいんだけど。アメリア、ちゃんと届いてる?」


 口述筆記魔具に手を伸ばそうとする俺の手を遮って、リドルが問いかけた。


 すると、しばらくの後、リドルがソファの後ろに隠していた口述筆記魔具の出力部分から、一枚の紙が出てきた。


 そこには


<はい、届きました。私もルバート様とずっと一緒にいたいです。>


 という文字が刻まれていた。

 その紙を握りしめ、俺は膝を折った。


 そんな俺の背中に、どっかりと腰を下ろしたリドルが言った。


「お前のこと地下深く埋めてやろうと思ってたんだけど、逆のことしちまったな。感謝しろよ!ちなみに、アメリアには姉さんがいるそうだぞ。」

これで、本編は完結です。

残り3話。

エピローグ&番外編です。

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