(幕間)先輩Aの脳内日記〜緊急会議編
幕間その二
「えーーーー!」
アメリアの帰郷報告を受けて、俺が元眠り姫病研究室の所属メンバーを集めたのは、その日の夜だった。
当然の如く、室内に全員の悲鳴が響き渡る。
「嘘だろ!ルバート様、あんなに頑張ってきたのに、なんで!」
「ルバート様、大丈夫か?死んじゃうんじゃないか?」
「いや、もう死んでるだろ。俺は葬式の花を買いに行ってくる。」
などと全員がわけわからないことを言い始めている。
はっきり言って、俺もショックだった。
この六年間、陰に日向に二人の恋の行方を見守ってきたのだ。
「っていうか、この前会った時は、今度、辺境伯領に挨拶へ行くって言ってなかったか?」
「結婚準備の話をふったとき、恥ずかしそうに背を向けたのは何だったんだ!」
「なぜだ、何故なんだ、アメリア。ルバート様が、数々の障害を取り除いたと言うのに。俺たちのあの地獄の日々は何だったんだ。」
皆、納得いかない様子で、各々が叫ぶ。
ベレヌスから戻ってからのルバート様は、これまで以上に魔王だった。
大魔王だった。
どうしてもアメリアの卒業までに決着をつけたかったのだろう。
それこそ、昼も夜も休日もなく、ずっとずっとずっと研究室に泊まり込んだ、俺たちの日々が!
俺は流れる涙を堪えられなかった。
俺たちだって、ずっと一緒に頑張ってきたルバート様とアメリアを応援してた。
俺も一緒に爵位もらえないかな?と思ったりもしたけど。
いや、もらえなかったけどね。
俺はそんなことのために頑張ってたんじゃない。
二人がハッピーになる姿を見たかったんだ!
それなのに・・・。
俺たちが絶望していると、今年の一年(来年は二年だな)が、爆弾発言をした。
「簡単なことっすよ。アメリアさんは、ルバート様のこと好きじゃなかったってことでしょ?」
何をー!
襟首をつかみかけると、さらに一年は畳みかけてきた。
「だって、ルバート様は公爵令息ですよ!平民のアメリアさんが露骨に嫌がったりできないですって!」
!
そう言われて気づく。
確かに、アメリアはルバート様だけ特別にしているってことはなかった。
ルバート様の専任秘書みたいなものではあったけど、俺たちにも優しかったし、コーヒーだっていつも全員に淹れてくれた。
「え?」
でも、あんなに特別扱いされてたのに?
と思ったが、よくよく考えてみれば、ルバート様は公私混同しない人だ。
俺らから見たらアメリアへの気持ちはダダ漏れだったけど、職務中は誰にでも厳しかったし、それはアメリアだって例外じゃない。
理解が浅いと言って、怒られているのを見たのは一度や二度じゃない。
まあ、ルバート様が怒るのは研究への熱意ゆえだと分かってはいるけど、やっぱり怖いよねー。
アメリアがこっそり給湯室で泣いてる姿を目にしたことだってある。
「いや、まさか。」
もしや、アメリアはルバート様の気持ちに気づいてない?
「それに、普通の常識ある平民女性なら、公爵令息と結婚できるとか思わないっしょ?」
!
この一年坊主、できる・・・。
確かに、貴族と平民の間には谷より深い溝があり、普通は結婚なんてできない。
普通は愛人。良くて側室だ。
アメリアは賢い。常識もあるし、控え目で、そこがいいところだ。
だからこそ、ルバート様の気持ちに気づいてなかったとか?
「いやいやいや、まさかまさか。」
「あんなにダダ漏れだったのに、気づかないわけないでしょう!」」
「いや、まさかのまさかもありうる。超鈍感っていうのはヒロインの鉄板だ。」
「ルバート様の文章力じゃ、伝わってないのかもしれないぞ!」
「いやいやいや」
「まさかまさか」
白熱する議論。
混乱する室内。
「えーい、埒が明かん!誰か、アメリアにルバート様への気持ちを聞いてみた者はいないのか?!」
と、アメリアの同期が固まって座っている方に向かって問いかけた。
しかし・・・
「それは、研究室行動規範に反します!」
との答えだった。
俺たちは一斉に項垂れた。
そういえば、そうだった。
先輩方から受け継いだ眠り姫病研究室行動規範には、アメリアにルバート様との関係を聞くような言動をすることを固く禁じる項目もあったんだった。
行動規範には、ルバート様とアメリアの噂話が研究室外に出回った時、それの火消しをして回るという項目もあった。
例えば、ルバート様とアメリアが室内で二人きりでいるところを他の研究室員に見られた時などに「ああ、僕も一緒にいましたよ」などと言ったり、帰宅するときは出入り口の名札を裏返しにして帰るのが研究室棟のルールなのだが、二人しか残ってないことが知られないように数人分の名札を表にして大勢残っていることを偽装するなど。
それ以外にも行動規範には、ルバート様とアメリアが二人きりになりやすいよう取り計らうという項目もあった。
調査で長距離移動するときは、さりげなく馬車の中で二人きりになれるようにしたり、忘れ物をしたふりをして戻るなどが代表的な例だ。
王都と違って、人目につきにくい旅先では、そのチャンスも多い。
ベレヌスの森での俺たちの行動は、まさにその模範的な例といえよう。
「誰か!誰か、女心に詳しいものはいないか!あっ!お前、婚約者がいるって言ってたな!」
と、先日、領地へ帰って結婚すると言っていた者の姿に目を止めた。
しかし、何か様子がおかしい。
「あれ?お前、なんでいるんだ?」
先週、明日帰るって言ってたようなと思い出す。
「ううっ。俺に聞かないでくださいよー!!俺だって帰りたかったですよー!!」
その言葉とともに、そいつは大泣きし始めた。
聞けば、領地へ帰ろうと思った矢先、親から帰ってこないようにと連絡があったそうだ。
何でも、奴の婚約者は、奴の弟と結婚し、弟が領地を引き継ぐことになったのだそうだ。
「しかも、もうすぐ子供が生まれるって言うんですよ!!親父が、外聞が悪いから、兄は王都で仕事を得たってことにしたから帰ってくるな!って言うんです。もう、最悪だ。。。俺も死にたい!!」
ああ、何てこった。
そもそも、俺たちは貴族令息と言っても末端貴族の嫡男以外の集まりだ。
元々女性に縁のある奴は少ない。
地方出身とはいえ、数少ない嫡男だった奴までこんな不幸な目に遭うなんて、もう俺たちは呪われてるんじゃないかって気がしてきた。
ゴルゴーンオオルリアゲハは幸運の蝶じゃなかったのかよと思う。
あの後、中和薬の効果も切れ、ほろ酔い気分で村に戻った俺たちは、夜明けを待って一斉に飛び立ち始めたゴルゴーンオオルリアゲハの群れに襲われた。
止まるなんてもんじゃない。
目の前が真っ青になるくらいの大群だった。
鱗粉で体がキラッキラになるくらい止まられた俺たちには、もっと幸せが訪れていいはずなのに!!
「こうなったら仕方ない。最後の手段だ。女心が分かる、あの方に連絡だ!」
そう言って、俺たちは眠り姫病研究室影の室長ことソフィア妃殿下に手紙をしたためたのだった。
次話は本編に戻ります。




