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9. ベレヌスの森

引き続きアメリア目線です。

 私が研究室のメンバーと共に、その村に着いたのは、夏至の前の日だった。


 そこはゴルゴーンオオルリアゲハの生息域から一番近い村とのことだった。

 村は、私たちが思っていたよりも賑わっていた。

 この村では夏至の日に祭りが行われるとのことで、そのために村人が集まっているとのことだった。


 出迎えた宿屋の主人に、ルバート様が今回の訪問の目的と研究室のメンバーについて紹介した時、その方は私の顔を見るや否や、急に


「あー、そういうことでしたか!申し訳ない!でも、大丈夫です。すぐ準備します!」


 と、妙なことを口走って、宿の中へ戻ってしまった。


 その妙な言葉の意味は、部屋に通された時に分かった。

 他に女子がいないので、私はいつも一人部屋なのだが、割り当てられた部屋に入ると、中にもう一つ扉があった。


 クローゼットかな?と思って扉を開けてみると、なんとその扉はルバート様の部屋に繋がっていた。


「え?」


 驚く私と同様、ルバート様も驚かれた様子だった。

 そして、二人ほぼ同時に、この部屋割りの意味を悟る。


 おそらく、私はルバート様の愛人だと思われたのだ。


 この国では女性の研究者は珍しい。

 王立研究所には何人かいらっしゃるが、それでも数えるほどしかいない。

 だから、宿の主人は若い平民の女が同行しているのを見て、気を利かせて内側から行き来できる部屋を用意してくれたというわけだ。


 大学内や、何度も訪れている辺境伯領では、私のことを知る人も多くなっていたので油断していたけれど、公爵令息であるルバート様に同行している平民の女なんて、そう思われても仕方ない。

 それくらい、私とルバート様の間には身分の差があるのだから。


 私が何も言えずに固まっていると、ルバート様は部屋を変えてもらうよう言ってくると言って出ていかれた。

 やがて廊下の方から、ルバート様が宿屋の主人と話をしているのが聞こえてきた。


「誤解があったようだから言っておくが、アメリア嬢は平民ではあるが、大学で魔術を学んでいる非常に優秀な学生だ。ソフィア妃殿下のご友人でもある。その伝手もあって、高等部の頃より眠り姫病研究室に所属してもらっている。彼女が同行しているのは、魔術の研究のためだ。」


 ルバート様を面倒なことに巻き込んでしまって申し訳ないと思った。

 王都では、お忙しいにも関わらず、ソフィア様が今も定期的にお茶会などにお誘いくださって、私が不名誉な扱いをされないよう気を配ってくださっていた。

 だから私は忘れていたのだ。

 世間一般から見れば、私がルバート様のおそばにいることが、ルバート様に大きな不利益をもたらすこともあるのだと。


「ああ、それは大変失礼いたしました!以前、この時期にそういった目的で訪れた貴族の方がいらしたものですから。お嬢様にも大変不快な思いをさせてしまったことでしょう。心よりお詫び申し上げます。」


 宿屋の主人はそう言って詫びた後、思いもかけないことをルバート様に言い始めた。


「と、いうことはですな。この祭りの期間中、お嬢様にはくれぐれもお気をつけいただくように言ってください。」


 宿の主人はやたらと強い口調でそう言った。


「どういう意味だ?」


 ルバート様が訝しんで尋ねた。

 すると、宿屋の主人は少し言い淀んで、驚くべき話をし始めた。


「ご存知の通り、ゴルゴーンオオルリアゲハは羽化のとき、幻覚作用のある粉を撒き散らすのですが、それが大変申し上げにくいのですが、人にはなんというか・・・まあ、その気分を高揚させるような効果があるのです。」


「高揚?俺が読んだ文献では、酒に酔ったようになるとあったが、そうではないのか?」


 ルバート様が尋ねると、宿屋の主人はさらに言いづらそうに続けた。


「まあ、それはそうなのですが、この祭りは地域の若い男女を結びつける役割も担っておりまして、その多少風紀が乱れるというか、何というか・・・。」


 ベレヌス領主から許可が降りるのに、やたらと時間がかかったわけだと思った。

 後で知ったことだけれども、昔はもっと森の近くで祭りが行われており、気分が高揚した男女が集まって、夜通し踊り明かすのが本来の祭りだったそうだ。

 昔は祭りの十月十日後に村の子供の半分が産まれると言われるほどで、愛人を引き連れて参加するような貴族もいたとのことだった。

 その事態を重くみた先代の領主が、この期間の来訪者を厳しく制限し、騎士団が森を取り囲んで侵入禁止にするようになったのだという。

 けれど、この村は森から近いこともあって、昔ほどではないけれども、今でも祭りが開催されているとのことだった。


「そうそう、大事なことを言い忘れておりましたな。この辺りでは、ゴルゴーンオオルリアゲハは幸運の蝶とされております。ですから、蝶が止まったものには幸運が訪れるとされているのですが、蝶が止まっている者にキスをすると願いが叶うとも言われております。なので、くれぐれもお気をつけいただくようにお願い致します。」


 宿屋の主人は、最後にそう言って去っていった。


 何ということだ。

 知らなかったとはいえ、なんていう時期に来てしまったんだと思った。

 その後、戻ってきたルバート様は、おそらくは茹でダコのように真っ赤になっていた私のことを見て、話が全て聞こえていたことを察したのだろう。


 ルバート様は


「虫除けの魔法薬を調合するから大丈夫だ。」


 とおっしゃって、夏至の日の夕暮れが近づいてきた時、研究室のメンバー全員に魔法薬を手渡してくださった。

 そして、私の体には、ルバート様の手で、これでもかという量の魔法薬が振りかけられたのだった。



 夕暮れ、私たちは、ベレヌス騎士団が毎年利用しているというゴルゴーンオオルリアゲハの魔力を中和する魔法薬を飲んで森に入った。


 羽化が始まったばかりの時間には、まだ魔力にかかっていないケルベロスオオトカゲに襲われるというアクシデントもあったのだが、ルバート様が一瞬で倒してしまい、警護のために同行してくださっていたベレヌス騎士団の方達は驚いていた。


 ルバート様がお強いのは知っているが、猛毒を持つケルベロスオオトカゲを素手で倒すのは良くないんじゃないかと思った。


 待つこと数時間、やがて私たちはこの世のものとは思えないほどの幻想的な光景を目にすることになる。

 少しずつ始まったそれは、真夜中を過ぎた頃には森全体に広がり、辺りは月光のような神々しい銀色の光に包まれた。

 わずかに発光しているサナギから、少し羽を震わせながら出てくる蝶の姿は、研究室で何度も見た姿とは違って見えた。

 研究室で見るよりも、強く発光しているようだ。

 細かくメモを取りながら、降り注ぐ鱗粉を集めていく。

 中和薬を飲んでいるとはいえ、さすがに吸いすぎたのか、少しクラクラする。

 想定より魔力が強い。

 鱗粉だけが魔力の原因なのだろうかと、周囲の空気や、抜け殻となったサナギがついたままの葉、近くの土などの思いつく限りのサンプルを採取する。

 後で何が役に立つか分からない。

 気温が少し下がってきて、寒く感じる。

 両腕をさすって温めようとした時、パサっと後ろから何かを掛けられた。

 振り向けば、すぐ後ろにルバート様がいらしていて、上着を貸してくださったようだった。


「ありがとうございます。」


 ルバート様は背が高いので、下から見上げるような体勢になる。

 すると、ルバート様は何故か目をそらした。


「アメリア、もう今日はここまでにしよう。これ以上、魔力に当てられるのは体に良くない。」

 

 ルバート様はそうおっしゃると、素早く他のメンバーにも撤退命令を出した。

 羽化のピークが過ぎ、魔力が薄まってくれば、また先程のようにケルベロスオオトカゲに遭遇するかもしれないので、ルバート様の判断は妥当と言えた。


 他のメンバーを残して、一足早くルバート様と共に森の外に出てみれば、空が白んでいるのに気がついた。夜明けが近い。

 とても濃い霧が出ていて、村の灯りは遠くにぼんやりと霞んで見えた。

 遠くから、村の祭りの笛の音が聞こえてくる。

 一晩中踊り続けるというのは、今も続いているらしい。

 遠くで笛や太鼓の音が響き、それに合わせて、人々が楽しそうに歌ったり、笑ったりしているのも聞こえてくる。

 それを聞いていたとき、私もだんだん楽しい気分になってきた。

 おそらく、中和薬の効果が切れてきていたのだろう。


「ふふふ」


 私が思わず声に出して笑ってしまった時、ルバート様が心配そうに顔を覗き込んできた。


「アメリア、大丈夫か?」


 ルバート様の深い水底のような青色の瞳が、すぐそばにあった。

 いつか一緒に見た海の色を思い出して、思わずじっと見てしまう。


 本当に綺麗な顔立ちをしていらっしゃる。

 いつも私みたいな平民のことも気にかけてくださって、本当に好きだなと思う。


「ルバート様。私、魔力に当てられちゃったみたいです。なんていうか、楽しくなってきて。」


 急にふらっとして転びそうになるのをルバート様が受け止めてくださった。


 まだ口にしたことはないけれど、お酒を飲むと、こんな感じなのかしら?と思った。


 ルバート様は、歩くのがおぼつかなくなってきた私の手を引いて、歩くことにされたようだった。

 その手のぬくもりを感じていると、嬉しい気持ちがどんどん湧き上がってくるのが分かった。


「ずいぶん楽しそうだな。俺はあまり魔力に酔わないから、一度くらいは体験してみたいが、どんな感じだ?」


 村へと続く小道を、ルバート様と二人、手を繋いで歩く。

 ああ、なんて楽しいんだろう。


「そうですね・・・。なんて言うんでしょうか、心の底からどんどん楽しくなってくるというか、この世界の全てが美しく輝いて見えて、踊り出したくなるような感じでしょうか。」


 私が上機嫌でそう言うと、ルバート様は「踊ろう」と言って、私の両手を取った。


 私はダンスなんてしたことないけれど、ルバート様には心得があるのだろう。

 いつか絵本で見たお姫様のように、ルバート様が私をクルクルと回した。


 楽しくて楽しくて、私はずっと笑っていたような気がする。

 ルバート様も笑っていて、私たち二人しかいない白くてキラキラとした夢の中の世界にいるような気がした。


 しばらく踊っていると、さすがに少し疲れてきて、足を止める。

 私は息が上がっていて、ダンスって結構疲れるんだなと思っていると、何かがヒラヒラと飛んで来て、私の肩に止まった。


 それは、ゴルゴーンオオルリアゲハだった。

 羽化したばかりの、まだ少し濡れたような瑠璃色の羽には魔力を含んだ煌めく鱗粉が付いている。


 ルバート様が、驚いた顔でこちらを見ていた。


 あの時、私は本当にどうかしていた。

 ルバート様は気づかないふりをしてくださろうとしていたのに、自分から


「何か、お願い事をされないのですか?」


 と聞いたのだから。


 心臓が耳から飛び出しそうなほど、大きな音を立てていたのを覚えている。

 そのまま止まってしまうのではないかと思ったほどだ。


 ルバート様は、少し躊躇われたあと、私の額にそっとキスをされた。

 このことは、心の奥の奥の奥に鍵をかけて厳重にしまっておこう。

 私はそう心に決めた。

次話、またルバート目線に戻ります。

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