窓の光
国道一号線を挟んだ向こう。
マンションの五階に明かりが灯った。
ベランダのフェンスに寄り掛かり、かじかんだ手でライターを付ける。
吐息ともタバコの煙とも分からぬ煙が立ち上り、視界に白いフィルターがかかる。
「おかえり」
僕の零した声は、荒々しいタイヤの摩擦音に飲まれて消えた。
二十三時四十分。
毎日この時間に、向かいのマンションの五階の住民が帰ってくる。
名前は知らない。
顔すらもカーテン越しでおぼろ気だ。
だけど僕は、彼女が帰ってくる瞬間を見るのが好きだった。
部屋に明かりが灯り、白いレースのカーテンを通ってばらばらと散らばる。
彼女の影は気だるげに荷物を置いて、ソファーにどさりと腰かける。
彼女の帰りは遅い。
きっと職場で毎日残業をしているのだろう。
今日はどうだった?
会社は忙しかった?
先輩に怒られたりしてないかな?
そんな言葉を胸の内に零して、彼女に一方向性の感情を投げかけて、僕は一日を振り返る。
僕は彼女に救われている。
勝手に救われて、勝手に癒されて。
そしてきっと、勝手に好意を抱いている。
一時間ほどして、彼女の部屋の明かりが消えた。
「明日も頑張ってね」
一言呟き、部屋に戻る。
これは、そう。
決して交じり合わない彼女への、一方向の恋愛感情。
※
二十三時三十分。
私は部屋に戻っても明かりをつけない。
国道一号線を挟んだ向こう。
マンションの五階ベランダに、いつも立ってる人がいる。
名前は知らない。
顔すらも逆光でおぼろ気だ。
だけど私は、彼女に救われている。
「ただいま」
私の零した独り言は、部屋の中に寂しく跳ねた。
今日は疲れたよ。
会社がとっても忙しくて。
先輩がすごく厳しいんだ。
そんな言葉を胸の内に零して、彼に一方向性の感情を投げかけて、私は一日を振り返る。
私は彼に救われている。
勝手に救われて、勝手に癒されて。
そしてきっと、勝手に好意を抱いている。
これは、そう。
決して交じり合わない彼女への、一方向の恋愛感情。