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「ライちゃん、一緒に泳ご!」
キラキラした瞳でリューに言われ、たじろぐライカ。リューはぐいぐいと引っ張ってライカを海へと誘った。引っ張る力が強く、抵抗をしていたライカは砂浜で転んだ。
まさか本当にアタシを引き摺り込む気じゃないよね、と少しライカは不安になった。
ライカは海は好きだが、泳ぐことは苦手だった。
「ごめん…。アタシは…。」
立ち上がって、泳げない、そう言いかけたライカを見て、リューはちょっと哀しそうな顔をした。リューはライカの手をパッと離し、その拍子に後ろへ力をかけていたライカは再び砂浜に尻もちをついた。
「ごめん、ライちゃん、私…。」
リューは俯いて小さく謝った。
「いや、アタシは砂浜にいるから…。」
ライカは押し寄せる波に脚がすくんで、消えそうな声で言った。
「うん。ライちゃんごめんね。」
そう言ってリューは自分だけ海に戻っていった。
ふふ、と笑い、リューはライカに手を振った。彼女の手についた水が飛んだ。
ライカは手を振り返して、リューに応えた。
キラキラと太陽の輝きを受けて、水面は白く輝いている。それが反射し、砂浜を日陰にしている、岩の屋根を照らしていた。
楽しそうだな、とライカは思った。
ライカは泳げない自分に苛立ったが、あれはしょうがない、と片付けた。
リューはライカと泳げない代わりに何か楽しい遊びを思いついたようで、笑いながらパシャンと尾びれで大きな水飛沫をあげた。
リューがパシャパシャと水飛沫をあげて遊んでいる。
リューは時々水から跳ね上がり、バッシャンと自分の身体を水面に叩きつけて、大きな水飛沫をあげる事に熱中しているようだった。リューの年の割には豊かな胸が、彼女の身体が水面に着地するとき、一瞬揺れるのが見えた。
キラキラと水飛沫を弾く蒼い鱗が作る美しさは、この世のものとは思えない。
今日、初めて会ったのに、ライカはリューと友達になりたいと思っていた。
何故だかわからないが、彼女の友達になりたい、そう思った。
ライカには親しい人はいない。
家族とは縁を切ってしまったうえに、頼れるような友達はいなかった。学生の頃には友達、というか腐れ縁のような人はいたが、今では会っていない。ライカ自身、会いたいとは思っていなかったが。
コンテストの時に、一回会ったきりであった。
故に。ライカは友達の造り方を知らない。
造る方法を学ぶべき時に、ライカは自身の内なる海に溺れて、そして傷ついていた。
「はぁぁ。」
大きなため息をついて、ライカは砂浜に横たわる。半分は自分への落胆と、もう半分はリューの作り出す美しさへの賞賛だった。
「太陽の月」の太陽は、砂を火のように熱くするが、日陰になっている砂浜の砂は、冷たくて心地よかった。
ライカは目を閉じて波の音を聴く。
さあっ、さらさら…。
さあっ、さらさら…。
さらさらと打ち寄せる波は、荒々しいホテプ海峡の波、砂浜海岸に押し寄せる荒波とは違っていた。まるでここだけ違う―。穏やかな波と白い砂浜が彩る舞踏会場にあがった主役を、太陽の光が照らす。
ライカは無宗教者だが、まるで聖書や昔噺にでも出てきそうな場所だ、そう思った。
押し寄せる波は、砂という友と共に、大海へと旅に出るのだろうか―。
ライカはリューと友達になりたいので、「リューとのお友達計画」を立てることにした。いや、もうライカの中ではリューは友達に等しい存在になっていたが。
………
ポタリと潮水がまぶたに垂れて、びっくりしてライカは目を開けた。眠っていたようで、日が既に傾き、水平線の彼方が美しく、朱に染まっている。
「…ライちゃん?」
「あ…。リューか。」
リューがいつの間にか浜に上がっていた。ライカはリューの蒼い瞳に吸い込まれそうになりながら、起き上がった。起きたての身体は少し怠く、しかしリューの瞳で目がはっきりと覚めた。
「ライちゃん、眠ってたらごめん。」
リューはライカにすぐさま謝った。
「ううん。大丈夫だ。」
ライカは笑顔を向けてリューに言った。少年のような、しかし「彼ら」とは違う、優しい中性的な笑みを含んだライカを見て、リューは少しだけ赤くなったのだが、ライカは気づかなかった。
「…あのね、ライちゃん。」
「なんだ?」
再びライカは砂浜に横になってリューに応えた。リューはライカの横に同じように横になった。水から上がったばっかりのリューは砂粒まみれになってしまった。
「…あの、お願いがあるの。」
なんだろう、とライカは思い、海に沈んでくれないか、なんて頼むのかなあ、という悪い考えを思い浮かべていた。そんなことは彼女がいうはずがないと確信していたが、海に沈むのは嫌だな、なんて考えていた。
「あのね、私、ライちゃんとお友達になりたいの。」
リューは起き上がり、白い頬を真っ赤にして言った。耳は、ヒレ状になっていて分からなかったが、きっとリューが人間の耳をしていたら真っ赤になっていただろう。
「は?」
ライカは処理が追い付かずに、否定したような声になってしまった。
「あのね、い、嫌だったらいいの。あの…。」
目に涙をため、リューは今にも泣きそうだ。蒼い瞳が、ゆらゆら揺れる。
「は?あっ、えっと、い、嫌なんかじゃないよ。アタシ、アンタと友達になりたい。」
突然のことで頭が回らず、ライカはとっさに言った。言った後に、リューとのお友達計画を立てていたのに、計画がパアになってしまった、カッコいい台詞まで用意してたのに…。とライカは少し後悔した。
「え?ほ、本当?」
断られることを前提としたリューの願いは、あっけなく叶った。ポカンとしたリューの顔は砂粒まみれで、ライカはくすりと笑った。ポカンとしたのも束の間、リューはみるみるうちに笑顔になった。
「ライちゃん、これからもよろしくね。」
リューの蒼い瞳に、紅い緋い赤い朱い彩がさした。ライカが今まで見たことないような不思議な宝石がそこに有った。
「うん。よろしく、リュー。」
ライカの瞳にも、ゆうやけいろがさしたが、ライカには分からない。
その代わりに―。
その代わりに、キャンパスの空白に何を描けばいいのか、ライカには分かった気がした。