第七話 意味
吸血鬼襲来から1日が経過した。
金糸雀の拠点となるビルは表面上は無傷であるものの中に入ればエントランスの中心には地下へと続く大穴や、表からは誤魔化している上の階の壁に空いた穴などが存在していた。
それを片付ける者たちはため息を吐くばかりだった。
「にしても今回は酷いなぁ」
「事後処理は何度もあったが、まさか拠点が破壊されるとは思ってなかったな」
ある二十代後半はいく青年の声に同い年ほどの男が反応する。
彼らのように事後処理をする者たちは一様に工事などでよく見る作業服などを着ており、ぱっと見この金糸雀の人間でないように見える。
それもそのはず。
彼らは金糸雀の中でもかなり裏方として徹している存在であり、指揮にも戦闘にも入らない事後処理班である。
「おーい、そこ塞ぐから二人とも瓦礫ササっと撤去して!」
「「了解しました!」」
彼ら話しながらも手を止めることはなく主に修復をする女性の一言で今まで集めていた瓦礫を一気に持ち運んでいく。
「二人ともナイス!さぁて、錬成っと」
女性の一言で大きく開いた穴が徐々に塞がっていく、その速度は一人だと遅いのだが女性以外にも何人もの人が同じようにしており、すぐに穴は塞がった。
「さて、あとは上の階だね。あ、回収班の人お疲れ様〜先帰って大丈夫だよ〜」
回収班の二人、そして、それ以外の回収班の面々はそれを聞いて分かりましたと言い瓦礫が乗ったトラックに乗りどこか行くのだった。
**
「すげぇな」
遠くから皐月、リエット、ライノの三人はその光景を眺めており皐月は思わず感嘆の声を漏らしていた。
「回収班は見たところ念動力使い、修復班は錬金術師かな?」
リエットはこの光景を見つつ改めてこの組織の大きさを理解する。
しかし、彼らは裏方として徹するものの実は事後処理に留まるものではなかったのだ。
時には戦場の地形を有利な形に変える修復班。
敵の遠距離攻撃の尽くを跳ね返したりと汎用性の高い回収班。
と、このように時折彼らは戦場に狩り出されることもある。
「にしても暇だなぁ」
「皐月に同意…かなり暇ね」
「その実私も、町を見て回りたいし」
リエットの願いは早々に叶うものではなく、危険が付き纏ってる以上は三人はここから動くことができずにいた。
「とりあえず、会議が終われば次の話がくるし…」
「それまでは暇を持て余してろってことね〜」
「仕方ないよ…一応は狙われてるみたいだしね」
リエットは仕方ないと言葉にしながら首を振る。
皐月達もそれは分かっているが外に出ることのできない状況に我慢が出来なくなったせいか不満が出てきていた。
そのタイミングで三人に声をかける存在があった。
「えーとコホンっ。皐月ちゃんなら外に出すことできるよ」
「ほ、本当か!って、紫電が何でそんなこと言えんだ?」
後ろから来た紫電の言葉に反応する皐月だが誰か分かるとそんな権限がなさそうな存在に疑問がすぐに浮かんでくる。
「全く…こっちだって三人にストレスを溜めたくないから極力外に出して上げたいのだけどね…でも、狙われている以上何もなしに出せないわけよ」
「分かってるが…何で俺だけなんだ?この前の化けもんに目をつけられただろ?」
「そうだよ…私は何も目をつけられてないはずだよ」
「わ、私も彼女ならまだ攻勢に出ないはずなので…」
「リエットちゃん…君を狙うのは彼女だけじゃないかもしれないんだよ。てことで却下。それに皐月ちゃんの場合はこれがあるからね」
そう言って紫電はあるものを三人の前に出す。
それを見た瞬間…顔を青ざめた皐月がすぐに回れ右をして走り出す。
しかし、それはそれを瞬時に理解したライノによって止められる。
足をかけられた皐月は前のめりに転倒してなんとか受け身を取り逃げようとするが…その転倒から立て直す時間が仇となる。
シャツの襟を紫電によって掴まれる。
「っひ!!」
「酷いなぁそんなにビビることないじゃん…ねぇ、皐月ちゃん」
「「うわぁ」」
紫電のその笑顔を見た二人はあまりの悪い顔に若干引きながらもこれ以上は何も言うことはなかった。
**
「な、なんで…こんな格好を…」
皐月は今必死に自身の様相を隠す為か…その姿に合った行動をしていた。
肩には手提げ鞄を掛け半分怒りながらもカツカツと音を鳴らしながら歩く。
その様子に道行く人々はその姿にビビりながらもチラチラと目を釘付けにしていた。
そして、多少栄えた場所まで来ると丁度夕方時というのもあって人は多い。
そんな中で皐月を止める声があった。
「お、君可愛いね!どうだい?モデルさんになってみないかい?詳細は…あそこの喫茶店で…」
「お断りします」
皐月は食い気味にそう発言する。
可愛いと言われたことに安堵すると同時に言いようのない殺意を沸かせながら皐月は話しかけてきたスーツ姿の男を睨む。
「ひっ!そ、そうですか…もし、興味が持てたら…この…め、名刺を…」
「いりません。こっちは今忙しいのでそれでは」
そう言って去る皐月。
その彼の今の格好は…女性ものの服に包まれていた。
髪はウィッグで誤魔化し、体型は少し緩めの服とフリルなどで誤魔化していた。長いスカートのために中が見えることはなく、ヒールで歩く様はまさに絵画同然だった。
簡潔に言おう。
彼は今女装してるのだ。
そして、女性のような抑揚のある透き通った声で現在話しており、化粧などでかなり誤魔化してる部分も相当ある。
「全く…可愛いとかどうとか…喜べねぇよなぁ」
遠い目をしながら皐月は呟きながら歩いていく。
ライノ達からは買い出しなどを頼まれており、何処に売ってるのかと歩き回っていた。
(あいつら…人が女装してるのを面白がって変なもの頼みすぎだ。全く…なんだよ、このよく分からないブランド名が書かれたリップとか香水とか)
正直に彼は自分で買いに行けという気持ちを抑え込みながら今、物を買っていた。
頭では彼女達を普通に外に出すわけには行かないことは理解してる。そして、うまく女装出来る自分が行くのが一番いいと…
「いや、わかんねぇよ…絶対紫電の趣味だろ…昔から」
思わず声に出して皐月は怒りを露わにする。
皐月は昔から紫電に女装させられたりしていた為に変なところで感覚は麻痺してるが…これが間違ってると何となく分かっている。
しかし、これが一番妥当だと思えてしまっている自分がいることに皐月は頭を抱えたくなる。
余談だが、皐月は過去に紫電から「こんなお姉ちゃん欲しかった」と言われて「俺男だし…」と泣いた記憶があったとか無かったとか。
「あれは…」
ふと皐月の目にあるものが映る。
「だから、いつもいつも言ってるでしょう。せめてもう少し余裕を持ってと…」
「だから、しっかりと有事にも備えるようにお金を使ってるじゃん」
「だから、最低限過ぎるんですよ!…あー、今日のご飯もご飯と漬物一品だけか…」
そんな少女と少し大きめの男の話を聞いた皐月は顔を引きつらせていた。
(な、なんで黒龍の少女とあの騎士みたいな奴がいるの!?)
皐月は内心焦っていた。
こんな近くに敵がいると思っていなかったために皐月は冷や汗を流して一歩下がりそのまま後ろを向いてダッシュしたい気持ちが膨れ上がる。
しかし、それはダメだと言い聞かせてもいた。
(怖い…簡単にねじ伏せられた相手だ…でも今逃げたら変装した意味がない…そうだ、平常心だ…)
皐月は深呼吸を続ける…。
そして、ようやく心が落ち着き前を向いた時だった。
「こんにちは」
目の前に件の少女がいた。
一瞬、皐月の頭は真っ白になる。
それでもなんとか落ち着き…言葉を返す。
「…こんにちは…あの、あなたは…」
皐月は言葉の間をなんとか誤魔化すために極力内気な人間を演じる。
そうでもしないと、怪しまれる。
「うーんと、まぁ少し話をしない?姫川皐月君」
「っっ!!」
その言葉に皐月は息を忘れる。
皐月は今まで確かに自分より強いであろう化け物たちと戦ってきた。
しかし、それは戦いという極端に言ってしまえば何をやっても許される暴力的世界に身を投じていたからに他ならない。
なら、今はどうか?
ここは人通りのある場所である。
故に人を巻き込んでしまう。
故に暴れられない。
あるいは…
ここには沢山の店がある。
壊してしまえば弁償だけで済むような問題ではないだろう。
故に戦えない。
そう、ある意味では皐月という男は場に飲まれて戦ってきていた。
しかし、相手はどうか?
白昼堂々と住宅街で攻撃を仕掛けてきたことがある。
要するに皐月のような躊躇いなんかない。
場に飲まれるように闘うことがない。
皐月は一歩下がる。
逃げるため?
いや、多分違う。
恐怖から来る防衛本能に近いものだろう。
「逃げないでよ。別にとって食おうというわけでもないんだから」
「…っっ」
皐月の口から声にならない声が漏れる。
今の皐月には女らしい声など意識してられない。ただ、恐怖が頭を埋め尽くしており呆然とその存在を見つめるだけ。
「ここじゃ話しづらいし、移動しよっか」
少女は不適な笑みを浮かべるのだった。
それは皐月から見てどこか異様で、そして、妙に安心できるものだった。
連れてこられた場所は高台の公園だった。
中央は大きく陥没しており大雨の時には水が溢れないように溜め込むような仕組みになっていた。
皐月達はその上の方にあるベンチの辺りにいた。
「さて、まずは…それは趣味かな?結構似合ってるじゃん」
「断じて違うと答えさせてもらう」
先に言われたのは女装についてだった。
「いや、だってその香水とか今つけてるじゃん。補充してるんじゃないの?」
「そうか、これは俺がつけてる香水とかなのか」
皐月はどこか納得がいった。彼女達は決して美に対する拘りがないとは言わないがそこにお金をかけるタイプには見えなかった。
にも関わらず結構高いものたのむと考えていたのだが、殆どのものが皐月の女装用だったのである。
皐月的に1番かけそうなのはライノだったりもする。
「まぁ、いいや。本題に入ろっか」
「俺的にはとても良くないと思える話だが…本題の方が気になるから今は気にすることやめよう」
「ふふっ、素の声を聞くときもいね。まぁ、本題と言っても別に大それた話ではない」
「余計な一言があったけど…まぁいい。敵であるお前がわざわざ話をするってことは絶対大それたことであると言わせてくれないか」
「まぁ、否定はしない。私からの提案は簡単な話だよ」
彼女はそう言ってベンチから立つ。
そして、夕焼け空を背にこう告げてくる。
「あなた私の協力者になってよ」
「…」
「あれ?おーい聞いてる?」
「何言ってんだお前」
「だから、協力者になって」
「なんで敵である俺に!」
皐月は頭が混乱していた。
そもそもの話、一体なぜいきなりそんな話が出た分からない。
「別に私が敵対してるのはリエットただ一人。あなたとは敵対してないわ」
「少なくても俺はお前を敵だと思ってる。お前は俺に仲間を裏切れと言っているんだぞ!」
「あー、そうとも聞こえるね。でも、それ言うなら私も現在協力してくれている組織を裏切ることだし、私の騎士に相談もないから騎士から見たら捨てられた同然よ」
「そんな話をされたら余計に…」
「余計に信用できないって?」
「あぁ、そうだよ。今のところ俺はあいつらを裏切る気はない」
皐月の宣言に少女は悩むように口元に手を当てる。
そして、冷たい目で皐月を見る。
「でも…」
(な、なんだ?)
何故だか分からない。
そんな思いが皐月から込み上げてくる。
「君さ…疑問なんだけど」
(怖い…なんだ?なんで怖いんだ)
「どうして君は…
(やめろ…言うな…言ってくれるな。初めから分かっている。矛盾してるなんて…分かってないなんて)
「戦っているの?」
その言葉と共に皐月は喉鳴らす。
そして、そこから訪れるのは静寂だった。
「そうだね。私の目的を言うなら。巫女の交代を望んでいる。しかし、現在リエットへの期待が大き過ぎる。故に私は真正面からリエットを一度降さないといけない」
「…なんの話だ?」
「リエットから聞かなかった。彼女はとある世界のとある国の元最高権力者、竜の巫女と呼ばれていたんだよ」
「…」
皐月は頭の理解が追いつかない。
彼女が別世界出身というのは聞いていた。しかし、そんな重要人物だなんて聞いたことがない。
「ふふ、所謂お姫様とでも言うのかな?そして、私はそのお姫様を玉座から下ろすための革命者の一人」
「何のために…あいつの幸せを立場を奪ってどうする気だよ!」
「簡単だよ。竜という唯一性を持つ国家が必ず繁栄といくかって話だよ。竜の庇護、それは国民達に安心を与えるだろうね」
「それなら、革命なんて…」
「それじゃぁ、ダメなんだ!」
彼女からは強い意志が見える。
少女は歯軋りを鳴らしながらゆっくりと息を整えていく。
「それじゃ、ダメなんだよ。このままでは彼女は殺されてしまう」
「お前も殺そうとしてるんじゃないのかよ!」
「あー、してるさ!でも、私はあくまでうちの国の社会として殺す!約束しよう。私は彼女をリエット=デレーグを殺さないと誓わせてもらう」
沈黙が訪れる。
皐月には彼女の言葉が嘘には聞こえなかった。
しかし、
「それを信じろというのかよ。それなのにどうしてリエットを追い詰めた!」
そう、それなら彼女が今、ここにいるわけがない。彼女が元々住んでいた世界で立場が追われ、そして、別の人間として生きる道だってあったはずだ。
「俺は頭はそんなに良いとは思っていない。でも、それでも、お前のやり方以外の選択肢をいくらでも取れたはずだ!例えば、殺したことにしてダミーの死体を作るとか!色々と」
「ふふっ、そうだね。だからだよ」
「は?」
「それだと生きていると分かってしまう悟ってしまう。疑うものは沢山いるはずだ。どう転ばせたって誰か一人以上は生きていると望むはず」
「それでも!」
「それじゃ、不完全なんだよ!それだけ彼女の取り巻く環境は彼女に依存し切っていた!」
「よく分からねぇよ。お前は何をしたいんだ?」
「私は彼女をあの国から離れた場所で誰も追いかけられない場所で幸せに暮らしてほしい。邪竜の使徒とかテキトーにほら吹けば簡単に追放はできる。私も竜と契約してるから誘導は簡単にできた。あとは彼女が死んだことにすれば終わる」
「それならなんでまだリエットをつけ狙うんだよ」
(何かがおかしい。何か引っかかる。決定的な何かが抜けてる気がする)
「ふふ、それは彼女に警戒して欲しいからだよ。竜の力に魅了されるのはあの国に限った話ではない。どこに行っても竜の力をつけ狙う輩はいるからね」
「なら、俺に協力してほしいことってのは何だ?」
「サブに一つ。メインが二つといったところかな?」
彼女はようやくきたと小さく喜びながら説明を始めていく。
「まず君にはリエットを守るための騎士になって貰いたいんだ」
「騎士?」
「竜の巫女が行う契約よ。竜の巫女とは言えでも竜の力を一人に扱えるものではないからそのこぼれ落ちた力で自分を守るための契約を行うのよ。この前の私の騎士みたいに」
『だが、嬢ちゃん一つ問題があるぜ』
「うわっ、今の声何!?」
突然喋りだす明覚に二人して驚く。
「な、なるほど…これまた珍妙な契約魔装を持ってるのね」
『どうも、明覚って言う名前を貰っている』
「それで契約魔装さん。問題とは?」
「なんか、魔装が喋りだすと出番がないような気が…」
『うちの相棒はすでに俺を含めて二つの契約を確認している。それも全部力を貰う系統だ。下手すれば容量オーバーで破裂するぜ』
「破裂!?」
「確かにそれは問題ね。まぁ、実際騎士にはならなくても良いけど。とりあえずリエットを守ること」
「お、おう」
『まぁ、相棒は色んな意味で変だからいけるかもだがな』
「それで死んでも困るのよ。それと、これをリエットに渡しなさい。どこで手に入れたかと聞かれたら…竜の紋を持つ白服に渡されたと言うといいわ」
そう言って皐月に宝石のような石を渡す。
「なんだ…これは?」
『ほう、強力な魔力が封じられているな』
「これが何かは彼女から聞きなさい。あと最後の一つはあなた個人の件よ」
「俺?」
「そう、あなた。とりあえず戦う理由を見つけなさい。テキトーに見繕うじゃダメだよ。ま、今は一時的にリエットを守るでいいけどね」
「さっきも言ってたがなんで急に」
「そうね、私はあなたの本当の力というものを引き出したい」
彼女の言葉にどこか皐月は納得ができないでいた。ただ呆然と別の誰かについて聞かされたような気さえした。
「そして、あなたは私が協力してる組織に狙われてる。何かしたの?」
「それは俺が聞きたい。この前殺されかけたばかりだからな。そもそも、俺に本当の力も何もあるか。俺は今が全力だ」
「あー、そう言う意味じゃないんだけどなぁ」
『まぁ、相棒はそんなもんなくても良さそうだがな嬢ちゃんの言うことも理解はできるぜ』
やけに結束してることを皐月は少し気になるが考えてみる。
自分の戦う意味を。
(最初は誰かが消えていく現状を受け入れようとしている自分が嫌だった)
そう、最初は受け入れようとしていく自分が嫌になっていた。
(そして、普通であることが嫌だった。俺もあんな風にあいつらの横に立って見せたいと)
でも、何かが違っている。
皐月はそう感じていた。
確かに思ってることは事実だ。
そして、充分に戦う理由になる。
しかしだ…しかしながら何処か見失っているのだ。
彼自身が戦う理由を…
誰かを守るため。
助けるため。
そういうのは直感的には使える。しかし、これから戦い続けるには短期的過ぎる意見だ。
(ライノやリエット達を守りたい?)
そして、戦うと決めている人間を助けるなんて意見は侮辱でしかない。
皐月はそれを知っている。
故に首を横に振る。
ならば何が自分を戦いへ駆り立てるのか。
「まぁ、協力するもしないもあなたの自由よ。本格的な話は返事を聞いてからにするわ」
少女はそう言ってこの場から去ってしまう。
皐月は一人残ったまま一体自分がどうすればいいのか分からずにいた。
**
夜
皐月はビルの方に戻ってきていた。
現在皐月達が集まるのに使っている一室に入ると3人の出迎えがあった。
「おかえり」
「えっと…おかえりなさい」
「皐月ちゃん遅かったね〜」
「…あぁ、ただいま」
皐月の中で先程までの会話がずっと引っかかっており何処か上の空だった。
「とりあえず、頼まれたものだ」
「おー、これで皐月ちゃんの女装が捗る」
「やっぱりそれ目的なのね」
「おーこれ!この本!翻訳機無しで学習するために欲しかったんですよ!」
紫電の満足げな顔にライノは若干引き気味であり、リエットは頼んでいた本のいくつかを見て嬉しそうにページを捲っていく。
「なぁ、お前たちがここにいて、戦う理由ってなんだ?」
「ん、どうしたのいきなり?」
「皐月ちゃん、熱でもあるのかな?」
「…理由、ですか」
「いや、なんでもない忘れてくれ。そうだ、リエットにもう一つ」
皐月は話を逸らすように少女に渡された石をリエットに渡す。
「っっ!この石って…」
「お、封印石なんて高価なものどこにあったの?」
「封印石?」
「知らずに手に入れたの?これは封印石と言って…え?」
リエットの声が尻窄みしていき、じっと皐月を見ている。
そして
「どこでこれ手に入れたの!」
「え?」
皐月の肩を掴んで問いただす。
「これは…これは私の相棒が封じられている封印石よ!」
「いや!あの…揺らすのやめて欲しい」
「答えて!これは私の大事なものなの!」
『それは白い服をした奴らがあんたにってもってきたぜ!』
明覚が口を出す。
「白い服?ローブ?」
『あーそんな感じだったな』
(相変わらず明覚が話し出すと俺の出番がない気がする。)
皐月は自分にできることがなく少し拗ねていると
「そっか…」
優しそうな寂しそうなそんな目で封印石にリエットは触れる。
皐月はそれを見てどこか胸が苦しくなる。
「んで戦う理由だって?」
紫電が皐月の言葉を聞き流してはいなかった。
「私は簡単、皐月ちゃんの力になりたいから。『BB』にいたのも皐月を守れると踏んだからね」
「俺?」
「うん!皐月ちゃん」
『愛されてるねー』
意外な答えにさっきは何も言えない。
だが、彼女に嘘偽りはなく、真っ直ぐとした目で皐月を見ている。
「俺…がか…」
「私は、特にないかもしれないけど、あえて言うなら私は私の家の役目を受け継ぐためかな」
ライノの言葉の意味は皐月には理解できなかった。
ライノは元より家系的に守護者的な立ち位置だった。彼女の父も金糸雀に所属はしていなかったものの金糸雀の活動に対して協力的だった。
そして、ライノは最初成り行きだったが、金糸雀が最も守護者として生きるにふさわしい場所だと理解していた。
「リエット…は」
「あ、私ですか」
封印石で殆ど話を聞いてなかったリエットだが、話の根本は理解しており少し悩む仕草を見せる。
「誰か一人でも多くの幸せのためですね」
息が詰まる。
皐月はそんな感覚に襲われる。
もしも、彼が黒竜の巫女の話を知らなかったらどうだろうか?
もしも、彼が彼女の意味を知らなければどうだろうか?
「それが…望まれなくてもか?」
「…そうかもしれませんね。でも、私は思うんです」
リエットは皐月をまっすぐ見据える。
「誰かを救うことが不条理であってはならないんです」
息を呑む。
皐月は何に悩んでいたかすら忘れてしまうほどの衝撃を自分に与えられた気分になる。
「すまん今日は疲れたから」
皐月はそう言って逃げるように拠点ベッドで横になる。
(いつからだろうか)
皐月は考える。
(目的と手段が変わっていたのは)
拳を握る。
思い出される記憶。
だが、一つだけ違和感がある。
「あれ、初めてそう思ったのはいつだったかな?」
それだけが抜け落ちていた。
とても大事で憧れていたはずの何かの記憶だけは彼の中から消えていたのだった。




