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籠の中の鳥達  作者: ARS
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第六話 超えられない壁

次の日となり皐月達は今日もまた学校に行けなかった。紫電は皐月とライノの出来を見て嬉しそうにしていたが未だに危険ということで皐月達は外に出してもらえなかった。


「なぁ、デレーグのその力って何なんだ?」


皐月はなんとなく見ていたリエットに聞いていた。リエットは現在魔力を自分に纏わせて半透明の爪を作っていた。


「あー、これは昔私と契約していた竜の力です」

「へー、ってことは擬似的に再現した魔装って感じなのか?」


皐月は叩き込まれた情報からリエットの能力を推測していていくが、リエットはその答えに対して首を横に振る。


「いえ、違います。私の場合は異形化です」

「??異形化ってなんだ?」


皐月の質問にリエットも答えにくそうに首をひねる。


「うーんと魔装とは違って体そのものが武装…うーんそれも違うような…」


そうやって悩んでいると皐月の腕輪型のデバイスが話し始める。


『異形化というのは魔装とは違い肉体そのものを変質させる能力だな。大抵の契約魔装や強大な力を持つ生物は魔装と異形化を使えるらしいな』

「ふーんとなると俺も使えるのか?」

『俺は魔装しか出来ない。まぁ、出来たとしても同時に両方使うことはできないからな』


異形化というのは謂わば魔装の強化版とも捉えることができる。故に魔装と異形化を同時に使うことが出来ない。しかし、それにも例外はある。

自身の力だけで魔装と異形化を使う場合と複数の存在と契約してるときの二つは例外に当たる。

しかし、基本的に異形化は契約でしか使えない。

また、魔装とは違い異形化は下手をすれば肉体が元に戻らないなどの失敗がある。


それらの説明をデバイスが追加で教えていく。


『まぁ、嬢ちゃんは擬似的なものだから失敗とかはないだろうな。それに元の竜が無茶をしてないことが分かる』

「あいつは無駄に面倒見が良かったからそういう面では良かったと思います」


デバイスとリエットが話してる中、半分も理解できずにどこか明後日の方を皐月は眺めていた。

そして、ふと竜という単語で皐月は思い出す。


「そういえば、竜といえばあの黒い竜とはどういう関係なんだ?」

「…それは…話すには少し長くなりますけど…」

「時間は無駄にある。聞かせてくれ」


皐月がそう促すとリエットはゆっくりとうなずいて話出す。



**



ライノは現在、紫電と前回に使った訓練場である事をしていた。


「はい、違う!吸血鬼という特徴をもう少し捉える!」

「え…はい。というか吸血鬼という特徴って…」


紫電に注意されて、ライノは再び魔力を自身に纏わせていく。それは魔装ではなかった。


牙が伸びていき、背中からは蝙蝠のような羽が生えていく、瞳は元々紅のがどんどんと透き通った宝石のような紅に変わっていく。そして、肌は透き通るような白にどんどんとなっていき…


「これでどうよ?」

「うーん、後は魔力だなぁ…」

「まだ、文句があるの!?」

「だって、そうじゃないと皐月ちゃんに異形化を使わせることできないでしょ?」


その言葉にライノは黙る。文句を言うことも反論することも彼女にはできた。しかし、眷属にしたからにはしっかりと皐月に力を与えないといけないと言う考え方からなにも言わずにいた。


「次は魔力ね…一回解くよ」

「いいよ!昨日と比べて安定してるから後はイメージだね」


そう、昨日のライノは異形化に何度も失敗して戻らなくなったり指の本数が変わったりと色々と危険なことになっていた。

それと比べて今のライノは安定して姿形を変えることができるようになっていた。


しかし、あくまでも姿形を変えるだけでそこに能力が伴っていない。例えば羽は形ばかりで飛ぶような力は無い。肉体も吸血鬼というわりには強力なものではなく一般人程度、目も暗くても見える訳なく、明るい空間でしか見ることが出来ない。


「まぁ、吸血鬼は性能の底上げ感あるからね。特殊な魔力を生成できるような異形もできれば完璧だね」

「要求が高くない?」

「竜の異形化なんてブレスを吐く、空を飛ぶ、暴風を起こすなどあるんだから、まだ楽だよ」


一見、紫電の要求は理不尽に見えるがライノの才能から見て可能範囲ではあった。しかし、どうしてもライノはそれができるようなイメージが湧かなかった。


そんな時、訓練場の扉が開かれる。


「いやぁ、疲れた…んで、調子はどうだ?」


中に入って来たのはシャツにパーカー、ジーンズとやけに若い格好をした土戸だった。見た目もかなり若いため普通に見たらどう見ても大学生にしか見えない。


「あー、あなたが土戸 飛鳥ですか。何の用で?」

「ライノに用があってな…今は大丈夫か?」

「一応は」


紫電の言葉にそうかと土戸は呟くとライノの方に向かっていく。


「そういえば聞き忘れたことがあってな」

「えっと、なんでしょうか?」

「お前の親父の死体…どこにある?」


その言葉にライノは思わず黙る。

そして、何度か考えるような素振りをするだけで一向に応える気配は無かった。


「聞き方を変えよう…死体は見たか?」


その言葉にはライノは首を横に振る。


「そういえば見てません…ただ、帰ってこなかったので…」

「なるほどな…やっぱり持っていかれた可能性があるな」

「持ってかれた?」


土戸の言葉にライノは疑問が出てくる。

言い方的に土戸も死体を確認はしていない。しかし、それで生きている可能性を見る訳でもない。


なら、一体何か?


「そうだな。これに関してはお前も無関係ではないからな…教えておくぞ」

「は、はい」


土戸の言葉に緊張するようにライノは話を聞こうとする。

しかし、それは口に出されることは無かった。


ゴォオォオォ!


と何かが崩れるような大きな音が訓練場内に響き渡る。

それによって話す前に土戸が警戒をして話されることは無かった。



**



一方で、音がした場所は皐月とリエットがいる場所だった。


十二階という階層にある部屋で窓が存在してない部屋だった。にも、関わらず皐月とリエットのいる部屋の外の壁が崩れ去ったのだ。

皐月達は咄嗟に机を立ててその影に隠れることによって怪我はなかった。


「せっかく、話を聞こうとした時だってのに…」

『相棒、それどころじゃないぜ。魔力が尋常じゃない』

「そんな魔力で語られても一般人に分かるかっての!」

「姫川さん、それどころじゃないような気が…」


皐月はそう言われて一回冷静になって壊れた壁を見るために顔をすこしだけ出す。そして、息を呑んだ。

そこにいるのは黒い蝙蝠のような翼を12対、赤黒い瞳、長く禍々しい角のような何かが生えた姿…それは人の形はあるが何か別のもののような気がしていた。


最早、人間的特徴が皐月の頭には入らない。


「あれが…異形化?」

『異形化だな…まぁ、禍々しい部類に入るタイプだが』

「なるほど…俺の魔法でどうにか出来ると思うか?」

『不可能だな、まず勝つことはできないだろうな』


皐月の言葉にデバイス無理だと言い逃げるよう促されるが皐月は立ち上がり前に出る。

皐月の足は震え、額から汗がこぼれ落ちている…。

そんな時、禍々しい存在は初めて声を発した。


「貴様は眷属か…なら、お前の主人の場所を教えろ」

「…」


皐月は答えないしかし、内心では少し混乱していた。


(デレーグを狙っていない?)


そう、一昨日の相手とは違う…そんな事が皐月の中で混乱を起こしていた。


「答えないか…まぁいい…なら眷属のお前を殺して喰らうだけだ」


その瞬間、黒い何かが伸びてくる。皐月は咄嗟に飛び退くが第二撃が飛んでくる。

それは皐月の脇から腹を抉り、痛みで苦悶の表情を浮かべる。


『相棒!無茶だ!前回の傷は見た目では癒えているがまだ治ってない!』

「…黙っとけ…これは引けないやつだ」


デバイスが言った通り、皐月の傷はまだ癒えていない。そもそもが吸血鬼という存在が魔力で肉体を補完してる為、自然治癒というのが起きない。


要するに皐月は傷を癒すのに魔力を使わずに、昨日はずっと魔法の練習をしていた。故に…魔力がもうすでに底をついている。無理して使えば再び激痛が走るだろう。


「姫川さん!私も…」

「いや、デレーグは今ここにいる強い人を呼んでくれ」

「でも…」

「いいから行け!」

「…はい」


リエットは部屋を出て行き、そこには禍々しい存在と皐月の二人きりの空間ができる。


『舐められたものだな…お喋りをしながら俺の攻撃を避けるとは…』

「バカ言え…お前…呼びに行かせるために手加減しただろ…何が目的か知らんがな」

『それだけ分かってるなら逃げればよかった…なぁ?』


その瞬間…皐月は軽口を叩く余裕もなくなる。奥底から込み上げてくる寒気が皐月を襲う。

足が震え、腕は力が入らず…呼吸もままならない…。


魔力?力?


いや、そもそもが違う。


皐月と目の前の存在の隔たりはそんなものではない…圧倒的な存在の違いが二人のいる次元を変えていた。


「なぁ…お前が圧倒的な何かを倒すための魔装なら…勝てるか?あれに」


皐月は気付けばデバイスにそう聞いていた…しかし、答えが返ってくる前にそれが始まった。


黒い何かがうねる…それは翼だった。

黒い黒い翼が禍々しい破壊の象徴のように部屋を突き抜け、ビルを破壊していく。


皐月は…


その恐ろしさに動けずにいた…


ただ、恐怖が終わるのを待つように震えるように動けなかった。


そして、それは迫りくる…。黒い魔力の塊が放たれる…それは一つではない…いくつも百…二百…いや、千を超えるだろう魔力の塊が皐月を殺さんと迫りくる…。


皐月は死を悟る…その瞬間だった。


『相棒…答えを言おう…俺と本当の契約を結べばそれは叶う。だから早くしろ!条件を満たせ!』


その言葉に皐月は何か分からずにいた。しかし、一つわかる事がある…


彼と話していて何かが足りないという事である。


それが分からないでいた。

しかし、それだけ聞くと思わず皐月は笑いがこみ上げていた。

黒い塊が迫る…もう既に僅かな時間しか無い。


そんな中で皐月の時間が引き延ばされる。


生き残る術を…目の前の存在に勝つ活路を…


走馬灯のように駆け巡る。


いつかのように…また、いつものように…


(それでいい…)


何かが呟いたような気がした。

その言葉に皐月は反応はしない…ただ、それに身を任せるように皐月は答えを握る。


ただ、呟く…


明覚ミョウカク


その瞬間、皐月は魔力の塊によって押しつぶされた。その破壊力は貫通ではなく、破壊にあり大きな破壊音と突風…そして、削れたコンクリートの煙が巻き起こる。


「呆気ないものだったな…さて、一応は眷属だ…喰らえばそこそこの力にはなるだろう」


そう言って禍々しい化け物は煙の中心に向かう…その時、今までにない殺気を覚える…それは皐月がいた場所から。


咄嗟に飛び退くがその一閃を避け切ることができずに首の皮が切れる。


(ば…バカな…異形化で装甲化した肉体だぞ)


ありえぬ事態に動揺を隠せずに一歩引く…。


そのタイミングだった。


禍々しい化け物の後ろから半透明の龍が迫ってきていた。それに気がつくと化け物の手は先程まであった人間の手では無くなり、黒い大きな爪の生えた手となる。


半透明の龍をその手で鷲掴みにして潰す。


しかし、その破壊と共に何かがこの場所まで上がってくる。

化け物の目に映るのは丸くて黒い穴…。


「終わりだ」


その一言が放たれると共に破裂音が響き渡る。


それは先程破られた壁から登ってきた土戸 飛鳥が撃ったものであり、咄嗟に反応できなかった化け物は間近で現れる半透明の龍に対応できなかった。


その龍は化け物を飲み込み、床に穴を空けていく。


「この程度でやられるやつでは…ないが」


土戸は疲れを表に出しながらそう言うとその場でへたり込む。


「大丈夫か?皐月…皐月?」


そして、土煙が消えて皐月の方に向く。

しかし、そこにいるのは魔装を付けた姫川皐月…それだけ、いや違う。


『誰だ…相棒じゃねぇな』


契約魔装のデバイスの声と共に土戸と動く。皐月に銃を構える。


今目に見える者は完璧に皐月である。契約魔装のデバイス否、明覚の魔装を身に纏い刀を抜いた状態で立っていた。


しかし、そこには違和感が存在していた。


皐月とは違って魔力が溢れ出てるのだ。


「おやおや、お二人とも怖い顔をしないでください。俺…いや、分かりやすく…私が泣きますよ」


その表情もまた皐月とは違い張り詰めた様子はなく穏やかなものであり、不思議な安心感が存在していた。


「あんたは何者だ?なぜ、皐月の体を使ってる」

「…」


皐月である筈のものは表情を変えずに返事をしない。しかし、少し…また、少しと経つ時間が土戸達にとってとても長く感じられた。


「ふふ、私はただ彼への報酬を与えに来ただけだよ。過去に交わした報酬を…ね」


そう言うと共に皐月は意識を失い倒れる。

土戸はすぐに受け止めて様子を見る。


「戻ったな…」

『いつも通りに…な』


その様子は呆れるほど気持ちよく眠っており、どこか普段から見え隠れする陰の顔が戻っていた。



**



一方、土戸の弾丸によって地下まで落とされた禍々しい化け物は囲まれていた。


「さて、あれはいい実践に…とか言える相手じゃなさそうだね…てことで私は非戦闘員なんで」

「って、紫電!」


紫電は離れた場所で観察をしようと離れる。それをライノが止めようとするが機敏な動きを捉えることはできずにライノとリエットが残った。


「見つけた…吸血鬼を!」

「どうやら、私狙いみたいだけど…逃げるなら逃げた方がいいと思うよ」

「ライノさんこそ逃げないと殺されるような雰囲気ですよ」


二人は軽口を叩き合いながらも警戒する…しかし、目の前の相手は明らかにこれ以上待ってくれる雰囲気もない。二人は互いに魔装と異形化を展開する。


しかし、ライノの魔装は今までとは違い異形化も入り混じった姿をしており、溢れ出てくる魔力は明らかに今までのものとは違った。


それを見た化け物はニヤリと三日月のように口を開き笑う。

そして、気がつけば二人の目の前から消える。


否、速すぎたのだ。


二人の目からしてみると化け物は速く目に追い切れるスピードではない。

化け物はそれを相手の認識速度を見極めるために二人の正面から攻める。


しかし、それは許されない。


二人は動くことはできない、しかし一人だけこの状況を把握できるものがこの場にいた。


紫電である。


彼女は一人隠れて見てる最中、二人が死ぬような状況にならないように援護していた。

それを知らない化け物はまず最初…壁にぶつかる。

それは、紫電が張った障壁であり簡単には砕けない。


そこで初めて二人が化け物を認識する。


紫電は素早く障壁を消し、ライノとリエットが攻撃に移行する。

ライノは自身の魔力で竜巻を作り上げる。リエットは竜の爪の衝撃波によって辺りを抉る。


それは化け物の翼を一対ずつ引きちぎる。


それによって化け物は明らかに機動力が落ちる。


「同族の性能というのは嫌というほど教えられたからね」

「翼を持つ鬼は翼を奪うのが定石です」


二人の連携によりさらにも一対が砕ける。

化け物はすぐに次の翼を作ろうとするが、その時間が足りない。


いや、それだけではなかった。紫電の妨害が効いており下手な動きすらできていない。


この化け物は化け物にあらず、狩るものではなく、狩られる側のように罠などが巧妙に敷かれていた。

化け物も安直に罠に掛かるようなことをしない。


彼も分かっているのだ。これは自分を殺すに足りえる罠であることを。


「流石に分が悪いか…」


化け物は警戒を最大にして動きを止める。そして一度考える。


(吸血鬼そのものはそこまでではない…しかし、残り二人が厄介だ…)


ライノ自身は戦闘慣れなどはしてないため彼女を倒すだけなら彼も時間を掛けないだろう。しかし、リエットと紫電が問題だった。


リエットはやけに戦闘慣れしており、本人の持つ能力はそこまで高くはないが確実に嫌な位置を突いてくる。

そして、紫電は慣れすぎている。一撃一撃が重く明らかに歴戦の戦士のそれだった。


(逃げるにしては隙が小さ過ぎる…上に行くことは想定されてるだろう…なら)

「なりふり構わなければ良いだけだ」


その瞬間、化け物の魔力が目に見えて膨れ上がる。黒い翼が再生される。

それを止めようと三人は動くが、意味のないものだった。三人の目の前が真っ赤に染まり紅い紅い世界が目の前を染め上げていた。


「これは…」

「鬼さんの領域を作られちゃったか…」


ライノが困惑してる中、リエットはそう呟く。

そう、これは化け物である彼が起こしたことであり、真っ赤に染め上げたところから黒い黒い人影が現れる。


厄介な力に三人は舌打ちをする。紫電は安全な場所は無いと悟ると二人のもとに行く。


「これは…対策しないとキツイタイプの吸血鬼だねぇ」

「紫電さん…それよりも、この領域から逃げた方が…」

「二人は理解してるみたいだけど…これ何か分かるの?」


二人はライノの質問に見合わせてポツリと答える。


「これは相手の有利な空間にされたってこと…」

「要するにこの部屋そのものが彼の能力といっても過言では無いということです」


ライノは何となくでイメージを掴むと冷や汗を流して周りの様子を見る。


「これって…どうにかできるの?」

「するしか、ないです」

「方法は無いわけではないよ!」


そうして、話す時間も無くなっていく。化け物の準備は完了して無数の影がライノ達を囲んでいた。そして、化け物は正確にライノを狙って黒い魔力を放つ。


ライノは盾を構えて魔力を防ぐ。


その間に影は動き出す。

リエットと紫電は影を倒すことに専念するがその間のライノは無防備であり、ライノの位置から離れることが出来ずにいた。


そして、盾で防いでいるライノは歯を鳴らしていた。


(なにこれ…吸収しきれない?)


黒い盾の軋む音が聞こえる。防ぎようのない魔力が徐々に盾の崩壊を招く。

それはライノに直接攻撃がいくことを意味しており、少しずつ体に傷ができていく。


二人はそれを見て助けようとするが、影もまた強力でありとても片手間に手助けできるような状況ではなかった。


ライノは一歩も動くこともできずに、ただ盾が壊れるのを待つことしかできない。抑えるだけで必死であり逸らすなんて不可能。


「もう、無理…」


そう呟いた時だった。


破壊音が響く…それと共に地下の天井が崩れライノに迫る黒い魔力を遮る。その一瞬をライノは見逃すことは無かった。すぐに射線から逃げるように跳び、最大限に吸収したものを剣に移し振るう。


それは全くおなじ黒い魔力の塊となり、正確に化け物に迫る。


「っな!一体なにが…」


化け物の方はなにが起きたのかと戸惑う。

その間に迫る黒い魔力に気付けずに黒い魔力の塊に飲まれる。


「グァァァァァ!」


醜い叫び声が辺りに響く。そして、化け物はその苦しみに耐えられずに膝が地につく。


「今!領域テリトリー相手には領域で対抗するしか…ないよね!」


紫電が短剣を地面に突き刺す。

そして、突き刺した場所から真っ赤な領域が消えていき…


「これで…領域は消える…そうすれば」


しかし、赤い領域は消えることはなかった。


「…え、嘘…」


紫電はそれを信じられないように呆然と化け物を見つめる。

だが、すぐに理由の究明などを急ぐ。


「今のは危なかった…気を抜きすぎて領域を完全に取られるところだったよ。その短剣は恐らく領域の類を破壊するものだな」


図星を突かれて紫電は唇を噛むが…それを気にした様子もなく化け物は黒い翼を大きく広げる。


それを見て…紫電はある一つの答えと感情を抱いていた。

答えは一つ。

化け物が壊されきる前に治したこと。


しかし、感情は否定的なものではなかった。

悔しさは確かに存在する。それでも恐怖や絶望なんてものはない。


紫電は笑う。


「どうして貴方はこんな時ばかりに来るのかな?皐月ちゃん」


その瞬間化け物の後ろから黒い影が現れる。

それは姫川 皐月であり、彼は一本の剣を化け物に振るう。


(あなたの敗因は純粋な強さとかではない…天井が崩れた時に誰か来てないか想定してなかったこと)


「くっ、しゃらくせぇ!」


黒い翼が皐月に迫る…だが、皐月の身に付けていた魔装が剣へと変わり全ての翼を弾き返す。


「っな!」


咄嗟のことで動けない化け物は一歩後ろにたじろぐがすぐに立て直して拳を握りしめる。

それよりも早く皐月の剣が化け物の腕を切る。


刀と違い剣であり、抉るように切り裂いた傷は大きく化け物とは言えでもすぐに再生することはない。


「姫川さん!」


その言葉が聞こえる。それだけで皐月はうなずき少しだけ距離を取る。化け物もその距離ならやりやすいと踏み再生を優先させた黒い翼で襲い掛かる瞬間…化け物の耳に届いていなかったのだ。


その声が…


リエットの放つ魔力波が化け物を飲み込む。


「がっあぁあぁ!」


絶叫と共に轟音が鳴り響く。巨大な魔力の光が赤い領域をも吹き飛ばして化け物を捕らえる。


その魔力は巨大な熱を持ち、壁、地面、天井が赤く融解していく。


皐月はそれを見てなんとも言えない表情となり、紫電はこれで勝ったかと様子を見る。ライノは一先ずはと少し休息を取り様子を伺う。


しかし、この魔力波を起こしているリエットの殺気が消えることはない。絶えなく魔力波を放ち、確実に化け物の命をとりにいっていた。


やがて、魔力が尽きリエットは膝をつく。


そして、その中心には再生を続ける人影が存在していた。しかし、それは先ほどまでのような異形な姿はなく普通の人のような形容となっていた。


「あはは!最高だ!最高に不愉快だ!まさか、眷属如きに不意を突かれるとはな!そして、竜の娘にここまでの手傷を負わされて異形化も維持できねぇ。テメェらの名前を聞いてやろう」


確実に追い詰められているはずの男は笑いながらも青筋を立てながら皐月達に問いかける。


「あんた…状況を分かってるのか?」

『いや、相棒…違うぜ…確かに弱くなったかもしれねぇが…雰囲気的にさっきよりあいつ強いぞ』


「なんだよ…案外分かってる奴もいるじゃないか…」


契約魔装『明覚』の言葉に男は笑うと軽く地面を踏みしめる。それだけで地面が割れそのヒビは天井までに到達する。


この場にいた全員が硬直する…ブワッと流れ出る汗、急激に来た本能的に勝てないと悟らされる恐怖。


誰もが声を失う。


僅かに時間が止まったように無音の時が流れる。


そして、その無音を切り裂いたのは男の声だった。


「もう一度名前を聞いておこう」


それは皐月、リエット、紫電の三人に放たれた言葉だった。

心身共に押しつぶされそうな圧迫感の中、皐月だけが口を開いた。


「姫川…皐月…だ」

「そうか、他は言う気もなさそうだが…まぁ、いい。姫川皐月、今日はお前に免じて引いてやるよ」


男はそう言うとその場から消えていくのだった。

そして、緊張の糸が切れたからか皐月、リエット、ライノの三人は意識を失うのだった。



**



その日の夜。


前と同じように三人は金糸雀の医療施設にてお世話になっていた。皐月とリエットは魔力の消耗が激しく熟睡しており、唯一ライノだけは起きて窓の外を見ていた。


「眠れないのかな?」

「…紫電さんか」

「しーちゃんで良いって言ったのに」

「流石にそれは…」


紫電の言葉にライノは困りつつ、どうしようか悩んでいた。


「悩み事?」

「…やはり分かりますか?」

「うん、分かるよ全く相手にされてなかったもんね」


図星を突かれてライノは俯いてため息を吐く。そして、皐月とリエットを一瞥してから…。


「私はこの中で多分一番足を引っ張ってる。そして、一番弱い」

「そればっかりは経験だよ」

「でも!私はついこの前まで一般人だった皐月よりも弱い!」


ライノの不安はこれだった。


ほぼ同期である皐月に置いていかれる感覚…そして、皐月を眷属にしてるのにも関わらず主人である自分が弱いと言う劣等感。


「私は魔装も異形化も使えるようになってきた!でも、それでも皐月には突き放されてる!」

「…」


紫電はなにも言わない。


ただ、ライノの言葉を聞き続けることに徹していた。


「追いつけるビジョンが思い浮かばない…足を引っ張らないように強くなれるとは思えない…同じ吸血鬼相手でもあそこまでの差が存在する」


だんだんとライノの言動が崩れていく。ただひたすら怖いと言う思いが彼女の口を動かし続ける。


皐月に追いつけない


同じ吸血鬼相手に追いつけるとは思えない


手も足も出なかった


見向きもされなかった


様々な思いが彼女から溢れ出てくる中、紫電は彼女の言葉一つ一つを真剣に受け止めて聞いていた。


そして、ライノの思いが止まった時紫電が口を開いた。


「私も色々と言いたいけど一つだけ勘違いを修正しとこうかな」


ライノは俯いたまま耳を傾ける。紫電はそれを知ってか知らずか言葉を続ける。


「皐月ちゃんは確かに凡人だよ…そして、才能もほとんど無い。それでも私は…皐月ちゃんを一般人とは呼べない」

「へ?」


予想外な言葉だった。


「皐月が一般人じゃない?」

「そうだよ…彼は普通だけど普通じゃない。だって…」


ライノはそれが何か知りたかった。それを知れば皐月に近付けることができるような気がした。それを知れば手が届くような気がした。


「救世主にだってなれる存在なんだよ」


わけが…分からなかった。


救世主になれる存在…それそのものが曖昧すぎる。それが一体なんなのか不明瞭である。


「一体何を証拠に…」

「彼の記憶…」


何故とライノは聞こうとする。しかし、その答えはすぐに返ってくる。

たった一言で理解ができなかった。しかし、すぐに次の言葉が出てくる。


「彼の持っていた記憶にその答えは存在する…そして、その記憶は私達が持っているんだよ。それが、証拠」


その言葉はライノ理解を超えていた。

支離滅裂に聞こえるその解答に彼女は悩ませる。


(紫電が言うことが本当なら皐月の中に一体何があると言うの?)



**


皐月達を襲った男は一人ある一室に戻っていた。


「おや、『紅の騎士』じゃねぇか連日で来るなんて珍しいな」

「昨日解放したばかりだからな様子見だ。んで、その傷ってことは…どうだった?」


英雄の言葉に男は楽しそうに笑う。


「吸血鬼本人は拍子抜けだったが良い収穫があったぜ。眷属の姫川皐月と言う男は楽しめそうだ」

「姫川…皐月と言ったか?」

「あーん?どうした、手を出しちゃいけない相手だったか?」

「いや、そうでもないな。むしろ殺してくれた方がこっちの仕事が減る」


男はそうかと言って笑うと近くにあった本を手に取り読み始める。


それを見た英雄は意外そうだった。


「君は乱暴者のイメージがあったが意外と違うのかもな」

「そりゃぁどうも。俺もこれくらいしか趣味となるものが無かっただけだしな」


男の言葉を聞き英雄は静かに去っていくのだった。

そして、一人残った男はポツリと呟く。


「乱暴者…ねぇ。どこから道を外したんだか」


一種の後悔のような感情が何故か男から出てくるのだった。

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