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籠の中の鳥達  作者: ARS
5/7

第五話 古い記憶

ゆっくりとした寝息が部屋に響く。

真っ白な部屋に三つのベッドをそれぞれ離した形で置かれており、そこにはそれぞれ皐月、ライノ、リエットの三人が寝かされていた。


皐月は右腕を固定具で動けないようにされており、また左脚も動かないように吊るされていた。


ライノの方は特に大きな怪我はないようで吸血鬼の力で治り切らなかったであろう小さな傷の部分にガーゼや湿布などが貼られていた。


リエットに関しては酷く衰弱しており、点滴が打たれていた。


そんな中で皐月は一人、目を覚ましていた。


「っっ!ここは?」


痛みに悶えながらも皐月は首を動かす。少し動くと皐月の体の固定は至る所にあり首以外の殆どが動かせていなかった。


「あ、気がついた?」


皐月が体が動かないことに諦めた頃、そんな元気な声が部屋の中に響く。

皐月は首を動かしてその声の主を探す。


その声の主は丁度部屋に入ってきたところで三人の様子を見ていた。

その姿は白衣を着ており、長い金髪の髪はサイドにまとめていた。また、白い肌と碧眼は日本人のような顔立ちを打ち消して、どこか日本人離れした見た目をしていた。


「な…なんで…」

「はい、言いたいことはわかるけど少し黙ってて」


皐月が何か口走りそうになった瞬間、彼女は皐月に近付き、額に指を弾き、そのまま流れで小さい機器を皐月の首元に当てる。


「あー、よく持った方だなぁ。皐月ちゃん気を付けてねそろそろ激痛が来る頃だから」

「だからちゃん付けはやめろって…いっっ!!」


皐月が返事をする頃には遅く、彼女の言った通り激痛が来て皐月は体を強張らせていた。

痛みで皐月は碌に頭もまわらず歯を鳴らしながら痛みに耐えていた。


「あなたの言った通り皐月ちゃんは魔力の扱いができないのね」

『あぁ、そうだな。相棒は魔力操作が一切できないが無意識下で常に使用してるものもあるからな…』


彼女は皐月の左腕にある腕輪型のデバイスと話しながらメモを取っていく。

そうしてる間に皐月は痛みで気を失い、寝息が聞こえてくる。それを聞いた彼女は安心したようにため息を吐くと次はライノの眠るベッドに向かう。


「こっちは…まぁ、良くも悪くも吸血鬼らしい再生速度だね。一応、こっちも計測っとこ」


彼女はそう言うと皐月に当てたのと同じ機器を首元に当ててそれを見る。

それを興味深そうに眺めると笑みを漏らす。

そんな時、彼女に対して声がかかる。


「何がそんなに面白いのかな?」

「あらら、起きてたのか」

「変なものを首に当てられたら誰でも起きるよ」


ライノが目を開き威圧するように言った言葉に対して、少女は朗らかに笑う。

それに対して多少はライノは狼狽るがすぐに持ち直して言葉を続ける。


「あなたは誰?そして、ここはどこ」

「うーん、私?私は『BB』からこちらの所属になりました鶴城つるぎ 紫電しでん。気軽にしーちゃんでいいよ」

「へ?いや、鶴城?」


予想外な名前にライノは首を傾げる。前回の皐月の幼馴染である勇者、鶴城 裕人と同じ苗字であり動揺が隠せずにいた。

しかし、動揺の理由を知らない紫電は言葉を続ける。


「えーと、場所なら一柱市の金糸雀支部…どっちかというとビル?かな。まぁ、金糸雀の医療施設だよ」

「え、あー。そういえば…」


ライノは思い出したくない事のように場所を聞いて嫌な顔をする。

理由としては前回の勇者達の騒動の前の訓練所で連れて来られて訓練のトラウマの方が大きいのだった。


「それで、その鶴城さんは何でここに?」

「それは私がこう見えて医者だからです。まぁ、人より君たちのような少し人から外れた人専門だけどね」


そう言って笑う紫電に毒気を抜かれたライノは安心した様子で周りを見る。そこでしっかりと自分以外の人もしっかりと治療された様子を見る。


しかし、そんな安心もすぐに消える。


圧迫するような威圧が紫電から来る。


「まぁ、元気そうだから答えてもらうよ」

「え?な、何を?」


いきなりのことでライノは何も出来ずにいた。

否、初めから出来ることなんて多くは無かった。

何故なら、碌に体が動かずまた、魔力もほぼ尽きており反撃することはできない。

そして、当の紫電はライノの首元に指を当てていた。


それだけで何か末恐ろしい恐怖があった。


「まず、何故皐月ちゃんを眷属にしてることからかな?」

「けん、ぞく…」

「そ、眷属。あなたと皐月ちゃんとでは不完全ながらも眷属契約が結ばれているの。それについて言及してるの」


その問いに対してライノはいくつも思い当たる節はあった。しかし、それの一体何に対して言及をしようとしてるのか分からなかった。


「それの何について…聞きたいの?」

「そりゃあ勿論、何で皐月ちゃんを眷属にしてるのかってことだよ」

「それは…」


それに対してライノは答えることは出来なかった。

いや、答えは持ち合わせている。


しかし、その答えは納得を得られるものではない。


故の無言をライノは貫いていたが…痺れを切らした紫電が爪を立てて口を開く。


「答えて…私は知りたいの彼に何があったのかを…」


その言葉には何処か威圧はなかった。その目には何か確信めいたものを宿らせながらライノを見据えていた。


その目からだろうか…ライノは気がつけば答えていた。


「…分からない…でも、皐月が死にかけてから眷属の契約ができ始めた…と思う」


そう答えてライノは瞳を閉じる。それは納得いかない回答により問い詰める為に何かしてくるだろうと思い痛みなどに耐える準備をしていた。


しかし、それは来ない。


ただ、首に突きつけられていた指は離れ、紫電は顔に手を当てていた。

そして、ライノがそれに気がついたタイミングで口を開いた。


「なるほどね。要するにあなたの意思ではなく強制的に擬似契約を『結ばれた』わけか」

「え?うん。そ、そうだけど今ので…」


ライノは戸惑う。

理解されるわけない。納得されるわけ無い。


何故なら契約というのは互いに了承を得た上で条件を整えなければならない。

それを知っていればそんな曖昧な状態なんて起きるわけ無い…そして、お互いに知らない状態で契約なんて結べるわけがない。

しかし、契約は上位の方が一方的にすることも不可能では無いのもまた事実。


それなのに…


「それは辛かったね」


紫電はライノの心情を察したように慰めていた。

そんな一方、ライノはいきなりの事で状況に追いつかず心あらずな状態だった。


しかし…


「怖かったんだよね。眷属というのは主人を守ろうという強制がないわけでは無い。そして、それが皐月ちゃんを縛ってしまうのかもという恐怖が…そして、それが皐月ちゃんを苦してしまわないか…」

「…あっ」


ライノの中に言葉染み込んでくる。


そう、怖かったのだ。


自分が僅かに願ってしまったから皐月を眷属にしてしまったのではと…そして、それが皐月のこれから先を縛ってしまわないかと…。


現に皐月はライノを一番に守ろうとしていた。


そんな光景が怖かった。


皐月の意思とは関係なく無理矢理思いをねじ曲げてしまってないか…。


そこまで至り、ライノは自然と涙を流していた。


「いいんだよ。悪いのはあの馬鹿なんだから…あの馬鹿が変な意地張ってるから起きた事だし。あなたは助けたいと望んだだけで悪くない」


ライノは嗚咽を漏らしながら紫電にもたれかかる。

彼女の言葉全てがライノの不安を付いており、そして、それを肯定するものだった。まるで全部知ってるかのように…。


「私も悪かったの!あそこで守れたなら…」

「それでも変わらなかったよ。彼は君を救うためにきっとまた、同じことを繰り返す」

「でも!…でも!」


そうして、時間は過ぎていく。

ライノの不安を全部紫電は受け止める。まるで何かと重ねるように…。


**


夜となり、金糸雀の病室には月の光が差し込んでいた。三人は深く眠っており、早々に起きることはない状態だった。


そして、紫電はというと病室の窓のある端で座っていた。


「ふぅ、何とか…なったかな。にしても趣味悪くない?」


紫電はいつもどおりに明るい口調でドアの方に向かって語りかける。

すると、ドアが開き一人の少女と少年が入ってきていた。


「えーと、幹部の雛影さん…と盾の化身桃形だっけ?」

「えぇ、合ってますね。にしても私はともかくよく、桃形について知ってますね」

「まぁね。因みに二人の今私達に名乗ってる名が偽名ということも知ってるよ」


その一言に二人は驚かずに紫電の言葉に頷く。

それは彼女が金糸雀に入った理由に当たるものだった。


「まぁ、私としては皐月ちゃんに害をなす存在ではない限り動くことは無いから安心して」

「そうですね。私は利用はしますが害を及ぼすつもりは今はないです。利害も一致してますしね」

「俺の方も同じだ。いい奴だし、いい友人になれると思っている」


紫電はそれだけ聞くと満足そうに夜空を眺める。

そして、僅かに頬を緩める。


「それならいいや」

「それで…鶴城さん、あなたの目的は何ですか?」

「私の目的?…そうだなぁ…」


悩むように口元に指を当てながら紫電は皐月の方を見る。そして、優しい笑みを見せながらポツリと呟く。


「もう、皐月ちゃんに苦しい思いをさせない…ことかな」


その言葉の真意を読み取るように雛影は紫電を見る。桃形は居心地が悪そうにそっぽを向きながらも雛影の判断を伺う。


「…そうですか。なら、この書類でも提出しといてください。そっちの方が…」

「いいよ…私はまだ中学生だし、誤魔化すのは無しで」


雛影が渡そうとした学校の入学書類を紫電は拒否して、その代わりに…


「私はこっちの金持ち校の中等部くらいでいいよ」


そう言って彼女はライノの方を見るのだった。




**



ある暗い一室で一人の男が椅子に深く腰掛けていた。彼はついこの前に姫川皐月を殺しかけた男だった。

客人用に置かれたソファーとテーブルには三人ほど座っていた。


「ようやく、協力する気になってくれたのかな?」


男はソファーに座る一人にそう話しかける。

その存在は一人の少女だった。

黒く長い髪と、黒いワンピース…そして、なによりも目立つのは対比するように白い肌だった。

そう、彼女はリエットと対峙していた黒い竜を従える少女、黒竜の巫女だった。

そして、そのすぐ横には僅かに顔に鱗のような鎧がある、あの時の男もいた。


「いえ、まだ検討段階です。こちらとしても利害が合わない相手とは組みたくないので…そして、そちらにいる危なそうな男性は?」


そして、最後にいる男性に少女は疑問を持つように聞く。

見た目としては深くフードを被ったローブ姿で体はほとんど見えず静かに佇むだけの男だった。


「彼は今回の件で協力してくれる協力者だよ。前回もそうだが、彼等の協力がなければかの竜を封じるなんて出来なかったのでね」

「そうですか…その封印というのは?」

「あーそれなら」


そう言って男は立ち上がりフードを被った男からある結晶を受け取って少女に見せる。

中には反射で中はあまり見えないが赤い竜が丸まって眠ってるのが中心の方で薄らと見える。


「それは手中に置いて置きたい物なのでもらえませんか?」

「それは無理な話だ。こちらとしても竜という存在は重大なものでね。協力者ではない君にあげるわけにはいけない」

「そうですか…」


少女は男に言われて考える。

彼女としてはあの結晶は必要なものである。しかし、検討をしてるものの、協力すること自体、あまり必要なものではないのだ。

結果として彼女は自分の最終的な利を考える。



「いいでしょう。まずはそれぞれの目的を教えてください」

「俺達は魔法の素晴らしさを伝えるためだ」


フードの男がまずは答える。それに対して少女は僅かに顔をしかめるがすぐに取り繕う。


(まぁ、この世界では科学なるものが幅を利かせてるからこその組織なんだろうけど…どうしても狂信者のようにしか…)


そもそも、彼女は元々生きていた世界が違くていわゆる異界、俗に言うなら異世界で生きていた人間であり、そこでは科学ではなく魔法が発展した世界だった。

それ故に魔術主義は普通であり、わざわざ掲げる組織は何らかの危険性を孕んでいたのである。


しかし、そこの違いも知っているため、これだけで少女は判断しないように落ち着かせる。


「そして、私も一応言っておくと…竜の巫女の殺害。それが私の目的。それであなたは?」


少女は一応、目的を言うと最後残った男は笑う。


「俺達の目的は姫川皐月を殺すことだ」



**



次の日の朝となり、皐月達はいつものような時間に目覚めていた。


皐月は体を動かしながらも病室のベッドから降りて窓から入ってくる日光を一身に浴びる。

ライノはベッドにはすでに姿はなく、見えるのは寝相によって荒らされたであろうシワだらけの布団だった。

そして、ベッドの下には毛布と一緒に落ちて床で眠るライノの姿だった。


そんな中、リエットはというと


「ふわぁ…うーん…うん?〜〜(何これ!?)」


寝ぼけながらも自分の現状に気がつく。

点滴がまだ打たれており、これが何か外していいのか戸惑うように龍語で話し出す。


「あー、それは…」

「えっ?えっ?騒がしいけどどうしたの!?リエットちゃん落ち着いて!」


皐月が説明しようとするが、気がつけば入ってきていた紫電が何事かと慌てていた。


そんな中…


「…ライノは何で騒がしい中で熟睡できるんだ?」


と、皐月の言う通り気持ちよさそうにライノは眠っているのだった。




そして、少し時間が経ち普段とは違う食卓が存在していた。

皐月達は金糸雀の本社に存在する食堂で各々頼み

朝食を取っていた。

皐月は普段より量が多く、いくつかのセットを頼んでおり、ライノとリエットは一人前のセットを頼んでいた。


「そういえば…昨日の学校…」

「な、何で皐月はそんな不穏なこと言うのかな…?」


ポツリとつぶやいた皐月の言葉にライノは声を震わせながら現実逃避しようと耳を塞ぐ。

その一方でリエットは何か疑問に思うように首をひねる。


「そ、そうだ…転校せ…じゃなくてデレーグ、お前の調子はどうだ?」

「え、はい…なんか昨日より言葉が…」

「??」


何か考えるようにしながら紡ぐ言葉は昨日と比べて辿々しさはなくはっきりとしていた。


「早く朝食取り終らないと学校に遅れるよ」


そんな中、少量のご飯とおかずをお盆に乗せてやってきた紫電がそんな不穏なことを呟く。リエット以外はそれに反応して無言で食べ始める。


「まぁ、まだ時間はあるし急がなくてもいいけど…昨日の件なら心配はいらないよ」


そう言って少しずつ食べていく紫電。

それは、皐月達の件で報告をした時点で雛影に連絡が回っており、裏から手を回して無断欠席扱いにはなっていない。


しかし、


「なら良かった…」

「まぁ、急がせたところ悪いけど三人とも今日は欠席連絡入れさせてもらったから」


と軽く舌を出してそう言う。

その時、ライノと皐月の時間は止まった。


そして、先程の言葉が反芻される。


『早く朝食取り終わらないと学校に遅れるよ』


「紫電!テメェ!いつもいつも人を怒らせる天才だなぁ!」

「ちょっとその冗談はキツいよ…というか殴らせろ」


二人は完璧に切れていた。

皐月は大きな声で怒鳴り、ライノは拳を握りしめてニッコリと笑っていた。


当の本人はというと


「いやぁ、陰鬱な雰囲気の二人を弄りたくなっちゃって…ごめんね」


口では言ってるが一向に反省の色が見えないように手を合わせながら言う。それを見て皐月はいつもの事かとため息を吐く。

ライノは皐月の様子も見て毒気が抜かれたように拳を収める。


余談だが、組織としても彼等の休みという判断を下すしかなかった。

狙われたのはおそらくリエットだが、襲われたのは三人である。また、二人が敵を目撃している以上、狙われない保証はない。

更に言うなら、ライノは完治してるが皐月とリエットに至っては未だに傷が癒えてない部分が多い。


その結果、再び襲われるのなら味方の多いこの本部がいいと言う判断が下されたのだ。


「それでリエットちゃんは何か異常はない?」

「お、おい、いきなりそんな言葉をデレーグに言っても…」

「いえ、異常と言えば異常なんですが…言葉が…」

「へ?」


紫電は目を輝かせてメモを取る。皐月とライノはと言うと昨日まで辿々しく、途切れ途切れだった日本語がスラスラとはっきりと話すリエットに驚愕していた。


「上手くいってよかったよ。異界用に作った翻訳装置が機能してる証拠だね。ほら、この腕輪」


そう言ってリエットの左手にある腕輪を見せるように腕を持つ。


「これ…大丈夫なのか?」

「まぁ、千人くらいに協力してもらったけど特に異常はなし!でも、リエットちゃんみたいに地球外の人には使った事ないから怖さはあったけどね」


その腕輪は紫電の発明であり、登録されている他種族言語を翻訳することができるものである。

余談だが、これによって異界での交流を円滑に進める事ができていた。

皐月達はいくつか聞きたいことはあったが聞いても無駄だと悟り何も言わずに次へと話を進める。


「それで、俺達はここで何をしてればいい?」


そこで、皐月は紫電に聞いていた。明らかに紫電は新人だが、皐月達と比べると情報が入る立場であり、状況を知るものだと言うことはこれまでの話から皐月達は理解していた。


「うーん、特には無いけど皐月ちゃんは来てもらうよ。この契約魔装君に聞きたいこともあるし」

「あ、あぁ、分かった」

『え?あー、いきなり俺かよ」


紫電はそう言うと最後の一口を食べ朝食を取り終え「ごちそうさま」と言って食堂から去ってしまった。



**


朝食も終わり数十分が経った頃、皐月はある診察室で紫電と二人きりだった。


「んで、何で俺を呼んだんだ?」

「それについてはもう少しあとね。とりあえず、昨日はどこまで話を聞いていたのかな?」


その話に皐月はふと目を逸らして考える素振りを見せる。そして、口を開く。


「…何の話だ?」

「また、また〜、知らないフリしちゃって。実は聞いてたんでしょ?自分がライノちゃんの眷属になってるって」

「…」

「ほら、図星」


楽しそうに紫電はそう言う一方で皐月は気まずそうに無言を貫く。

そう、皐月は昨日の話を聞いていた。しかし、その上で何も言わないのは迷ってるからに他ならなかった。


「さて、本題に移るけど…皐月ちゃんには魔力の使い方について知ってもらいたいんだ」

「魔力の使い方…それってこの体質で使えるのか!?」


魔力硬直障害について皐月は送られた資料で詳細は把握していた。

魔力が凝り固まっていき、魔力を自由に扱うことも自然に発散されることもなく魔力が体内に溜まっていく症状である。

その結果、魔力が発散できずに体に不調を来たしいずれ死ぬ症状。


「まず言うなら皐月ちゃんは魔力硬直障害では無い。正確に言うなら魔力の圧縮硬化というもので魔法や魔力波から身を守る時に使われる技術だよ」


細かく言うなら、魔力硬直障害は体内で魔力が詰まりを起こした状態で無理に凝り固まって起きるものである。

その結果、魔力の圧縮硬化と同じ現象が引き起こされる。

要するに意図的に魔力の硬直を起こすか、体質的に起こすかの違いである。


そして、皐月の場合それは無意識にとはいえでも後者であり、実はある程度の魔力の自由があった。


「要するに皐月ちゃんは魔法を使うことができる。と言うことだよ」


皐月は息を飲む。


魔法…それは皐月にとって強力なものというイメージが強い。


例えばライノの魔装、土戸の龍、桃形のシールドなどと強力な力を持つ者が多くいた他ならない。


「デバイスの方に補助機能はないの?」

『うーん、さすがに魔力を使えない人間と契約する想定はなかったようで相棒の補助はできないな。デバイスの方で出力はできるが…』

「だそうだ」


皐月についた腕輪がそう答え、皐月が偉そうに返事を返すが紫電は悩ましそうに考える。

そもそもが魔力を使うという感覚そのものを掴むのが難しく普通ならそれだけで一年はかかるものである。


「うーん、難しいなぁ。皐月ちゃんは私と初めて会った時はいつか覚えてる?」

「いや、いきなりなんだよ」

「いいからいいから」


突然の話に皐月は困るが仕方ないと言った感じで記憶を探るように考えて答える。


「七年前の裕人の家で…いや…違う!?」

「んじゃ、その時の記憶をゆっくりと思い出してって」


皐月は頭を抱えながら考え込む。しかし、その時の記憶は引っかからない。しかし、どこか違う場所で…違うときに出会ったはずなのだ。


紫電はそれを興味深く見つつも時間を確認する。


そうして、時間だけが浪費していき五時間ほどが経った。


「私は一回出るね。やらなきゃいけないことあるし…あとで思い出したら教えてね」


そうやって紫電は笑う。その笑みはどこか含みがあり、何か皐月の中で不安になるようなそんな笑みだった。

しかし、皐月はそんなことを気にする余裕はなくひたすら思い出そうと記憶を探っていく。


(どこだ?いつの話だ?そうだ…親父に…いや、それ自体本当にあったことだったのか?…いや違う…でも…でも…何か大きな部屋の中…)


そんな曖昧な記憶だけが延々と出てくるだけだった。



**



皐月が一人で考えてる間、紫電はライノの元に来ていた。


「さて、君には魔装ではなく眷属についてやっていこうと思うよ!」

「い、いきなり来て人聞きの悪い単語出さないで!一応ここは他の人もいるんだから!」

「えー、だって吸血鬼などにとって眷属っていうのは大事なんだよ。眷属の強さが本人の強さってところもあるし」

「…」


紫電の言葉にライノは言い返せなかった。

ライノもそれを知ってるが故に眷属自体に反対は無かった。しかし、他人をあまり縛りたくないと言う矛盾した考えが邪魔して眷属を今まで一人として作ったことがなかった。


「まぁ、昨日話した通り皐月ちゃんを眷属にするしか君には道がないよ」

「いや、他にないの!?」

「当たり前じゃん。君は吸血鬼なんだから…それが宿命みたいなものだしね」


呆気なく逃げ場を紫電は潰していき、ライノを追い詰めていく。


「てことで、今から眷属についてやって行こうか」

「あー、拒否権はもうないのね」

「うん!」


そうして、ライノと紫電は休憩室の椅子で対面となり話すことになった。


「まず、眷属というのは主人を守るための存在である。その代わりに眷属には吸血鬼に由来した能力を使うことができるってことはわかってるね?」

「まぁ、皐月の再生能力がそれでしょ」

「そうそう、まぁ一つ一つ使うのに吸血鬼もだけど膨大な魔力が必要だけどね。そのデメリットも知ってるよね?」

「…うん」


沈黙の後の返事。

それもそのはずだろう。デメリットは滅多にないが魔力がないとすぐにデメリットを味わうことになる。

実のところ、魔力がなくても吸血鬼は能力を使うことができる。その代わりにとんでもない激痛と疲労、貧血、飢餓に襲われる。


それによって今日の皐月のご飯の量が増えていたのだ。


それだけ聞くとあまりキツイものではないと思われる。しかし、それは違う。身体中の栄養を使うため、血がなくなり死ぬことや、栄養失調で倒れてそのまま死ぬなんてよくある話である。


「そして、君に解放してもらいたいのは簡単。眷属の魔装または異形化の解放だよ」

「…魔装、異形化の解放?」

「まぁ、それだけ言っても分からないよね。簡単に言えば君の力の一部を皐月ちゃんに与えるんだよ」



**



あるショッピングモールで楽しそうに黒竜の巫女は服を見ていた。


「わー!これも可愛いなぁ。お、これとかもいいかも…この世界はやっぱりすごいなぁ」


そうやって楽しく服を選んでいるとその眷属である顔に鱗のような鎧がある男は口を開く。


「本当にいいんですか?巫女様」

「んー?なにが」

「あの者達と協力するという話です」


そう、彼女の意向によって昨日の夜、2人の男と協力関係を結ぶことになったのだ。


「あー、いいんじゃない?」

「そんな、てきとうな!」


男が憤慨するが少女は気にした様子もなく言葉を続ける。


「テキトーも何も…そもそも私達はアレに逆らう訳にはいけないんだよ。その場にいた男に勝ててもあの裏になにが潜んでるか分からないよ」

「は?」

「あれ?言ってなかったっけ?あの裏には何かある。目的を聞いた時笑えなかったもん」

「あの、アホな目的がですか?」


 少女は頷く。

 そして、その目には恐怖の色が浮かんでいた。


「あの奥にはそれを可能とする何かがいる。私達はそれに逆らうより様子見する方がいい」

「…承知しました」


 少女の判断に納得できないところもあった…しかし、男は誰よりもこの少女を信じている。故にその選択に理由があるのなら、それを尊重しようとする。


「そんじゃ、これ会計よろしく♪」

「えっ?」


 少女に渡された服とその値段を見る。そして、財布を見るとギリギリ足りる。しかし、それは今日の夜が粗末なものになるということであり…。


「あなたを信じようとした俺がバカでした」

「え、なんで?」

「お金の計算くらいはしてください!」

「だから、したじゃん」

「いつもいつも言ってるでしょう!ギリギリを責めると生活が大変だって!」


 男は本当に彼女を信じていいのか疑問に思うところだった。



**



 ピトンっと水のようなものが滴り落ちる音が響く暗い一室。

そこには何かに使うのか実験器具や儀式の道具などが転がっていた。空いた地面には魔法陣のような何かが描かれており、それは血のような赤いもので描かれていた。

 そんな部屋に1人の男がひっそりと本を読んでおり、邪魔されたくないのかドアの前にはいくつもの物が散乱しており、入ることが出来ないようになっていた。


 そして、普段通り変わらず男はボケっとしながら本を読んでいた。

ここに人は来ることはなく、ましてや男ですらこの部屋から出ることは滅多にない…いや、彼すらもここから出ることはできない。


そう、こんな風に破壊でもされない限り。


ドアが破壊される。鉄製だった硬い扉はひしゃげて部屋の奥へと飛んでいく。

そして、その奥から来るのは先日、皐月を殺そうとした男に他ならない。


「今日はなんのようだ?『紅の騎士』」

「ビジネスだよ。君にとっても悪くない」


『紅の騎士』と呼ばれた男はそう言って笑う。男もまた少しだけ口許を緩ませる。


「次はどんな吸血鬼だ?」

「話が早いね。流石は過去に三桁の吸血鬼を喰らっただけはある」


そう、この男は吸血鬼であると同時に吸血鬼を喰らい己の力を高める存在だった。


「御託は良い。俺はなにをすれば良い?」

「簡単だ。今回も吸血鬼だ…未熟だが強力な力を持つものだ」

「へぇ〜先日貰った贄より良いとは思えないが乗ったぜその話」

「なら、ここから出て良いぞ。結構日まではあまり動いて欲しくはないが多少暴れるくらいなら許してやる」


『紅の騎士』の言葉を聞き男は笑い外へと出る。

そして、一人残った『紅の騎士』は一人ほくそ笑む。


「思った以上に使いやすい駒だな。さて、俺は本命を殺す準備でもするか…待っていろよ反逆者『キセイ』」



**



ぼやけたような映像が流れる。

まるで古くなってすり切れたフィルム映像を見てるような夢を皐月は見ていた。


(ここは…どこ?)


見たことあるような無いような光景が広がっていた。

巨大な森と真っ白でシンプルな建物…そこには皐月とその父が歩いて向かってる姿が見える。


「お父さん…この先にはなにがあるの?」

「…お父さんの旧友だよ」

「きゅうゆう?」

「うん、最近は会ってないけど古いお友達」


小さい頃の皐月はそれで納得したのか建物の方を向き直す。


「ねぇ、お父さん…なんか怖い」

「…そうだな。ここは怖いな」

(なんだ?こんな記憶…無いぞ…知らない)


皐月は今見てる光景がどこか他人のような気がした。

いや、たしかに自分という感覚はある。

しかし…まるで他人から見た自分のような感覚…不自然で不思議な感覚。


「ねぇ、お父さん…どうして止まるの?早く行こ?」

「すまない…少し疲れてしまってな…先に行ってくれないか」

「…分かった」


納得したのかしてないのか小さい皐月は一人で建物へと入っていく。

そして、一人残された父は腰を抜かしたように座り込んでしまった。そして、悔しそうにそして責めるように涙を流し始める。


「すまない…すまない…お前にこんな業を背負わせるつもりなんて無かった…無かったんだ…でも…でも…アレはお前にしか…お願いだ…神様…皐月を皐月が帰って来れるようにしてくれ!」


後悔の声が聞こえてくる。

そして、皐月の頭が真っ白になり…少しずつ記憶が鮮明になっていく。


(行くな!その先は…その先は…)


次の瞬間なにを叫ぼうとしたのかさえ忘れてしまう。しかし、その先には明らかに皐月にとっての恐怖が眠っていることだけは確かだった。


そして、場面は切り替わり…小さい皐月は見えない…いや、皐月は小さい皐月の見てる光景を直に見ていた。


真っ白な部屋の中…数十人以上の子供がいた。


『おや…新しい供物かい?』 


何かの声が聞こえる。皐月は恐怖でなにも喋れずに膝から崩れ落ちていた。

しかし、意識はあり子供の様子を見る。誰もが楽しくなさそうに眠ってるだけ。そんな光景に本能的な恐怖さえあった。


「…ここは何?」


初めて動いた口がそれだった。


『ここは止まった世界…そして、異端児の捨て場』

「異端児?」

『見れば分かります…目の見えなく捨てられたもの…腕がなく捨てられたもの…体が弱く捨てられたもの…皆ここに捨てられた経緯は様々な子供がここで眠ってます』


皐月は様子を確認する。何かが言ったように何かしらの障害などを持った子供達が眠っていた。


『あなたはどうやら捨てられた訳ではないようですね…なら、何故ここに?』

「お父さんの旧友?に会いに?」


純粋な気持ちを皐月は言う。何かは一瞬止まるように話さなくなるがすぐに吹き出すように笑う。


『ふふ、ここから人を出すつもりですか?』

「うん、お父さんが外にいるからね」

『なら、貴方はなにを差し出しますか?』


子供ながら何かを考える。そして、笑う。


「分かんない。渡すものなんて無いし…だから〜〜とかどうかな?」


予想外の回答に沈黙が辺りを支配する。そして、次は本当の笑い声が聞こえて来る。


『はははは!ふははは!バカなのかな?いや、でも良いよ…ならやってみせるといい。全員にそれをできれば全ての人間を出す許可をしよう。しかし、もし、一人でもできなければ君は一生ここで眠ることになるだろう』


脅されるように入ったときとは比にならないような威圧感が来る。しかし、昔の皐月は臆することなく頷く。


「俺は〜〜さんみたいに誰かを助けられる人間になるんだ!」


(そうだ…俺は昔使えたんだ。魔法を…そして、この後、これより前の殆どの記憶を失った)

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