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籠の中の鳥達  作者: ARS
4/7

第四話 竜の巫女

ゴールデンウィークも終わり、世間では再び始まるいつもの日々に舞い戻る。


休みの後、という浮かれた日々を過ごす学生達はどこかいつもより喧騒が大きく感じられるだろう。


そんな時期に先住町にある、ある都立高にて新しい風が吹こうとしていた。


「さて、今日は転校生が来ることになっている。全員騒ぐなよ」


その風が吹く教室の担任である山口 隼斗はそう生徒に言い聞かせてその人を招く。


クラス全員の目に映るのはまずは一番目を引くのは紅く長い髪だった。そして、目もまた紅く光るように真っ直ぐと見据えている。

そして、その存在をそこまできてようやく周りは認識する。


いや、そう認識したのは一部だったかもしれない。


しかし、それだけ目の前にいる少女は刺激の強い存在だった。


「ほれ、自己紹介だ」

「あ、…すいません。…と、わ、私の名前はリエット=デレーグ…です。よろしくお願いします!」


少女は噛みながら…いや、言葉を必至に絞り出しながら自己紹介をする。

それを笑うものもいるが、その自己紹介に全員が真剣に聞いていた。


「まぁ、見ての通り海外から来た子だ。日本についてまだ不慣れだからしっかりと助けてあげるように…」


山口はそう言って考えるように生徒を見回す。その目にだれもが怯えたように目を逸らしていく。

それはよく山口が生徒に厄介事を押し付けるときの目をしていたに他ならなく、全員が気まずそうに一点を見つめていた。


「なるほど、いつものように快く俺の頼み事を受けてくれるのはお前か…姫川」


他人の機微に少々疎い皐月が選ばれるのはもう、すでに必然と言っても良かったのだ。



**


昼休み、皐月は例の転校生であるデレーグをもう一人の女子生徒と共に学校の案内をしていた。

そこで女子生徒は朝の様子を思い出して笑っていた。


「あはは、相変わらず姫川は貧乏くじを引くのね」

「言うな、今回はどちらかというと周りの視線が痛い」


皐月は人の機微を察することが出来ず、間も悪くいつも山口から面倒な雑用をよく押し付けられていた。


「あの…嫌でしたら…私の方は…構わないので」

「いや、嫌というわけではない。ただいつもと同じような光景だと再確認していただけだ…あそこが生徒会室だ。あそこには怖い人がいるから気を付けておけ」


デレーグの遠慮を軽く聞き流した皐月は何事もなく、案内していく。そして、生徒会室について軽く余計なことを言ってしまった。


「へぇ、面白い話をしているね姫川君。それで、誰が怖い人なのか一回話し合おっか」


皐月の額には一筋の汗が流れる。静かに開いた生徒会室のドア。そして、開けた主は腕を組み、皐月を見て笑っていた。


「あ、…あの、雛影さん…今のは」

「ダメ」


にっこりと笑って雛影は思いっきり書類の山を皐月に手渡す。「どうせ、職員室に行くでしょ?ついでによろしく」と言って雛影は生徒会室に戻っていくのだった。


「あぁ、面倒なことに…」

「うわぁ、生徒会長だ。私初めて見た」

「生徒…会長?」


そうやって目の前からいなくなった雛影に対して三者三様の反応を示す。

皐月はまた、雑用かよと。

女子生徒は憧れと敬意を。

デレーグは生徒会長という知らない言葉に疑問を…。


「…ん?」


皐月はわずかな困り顔に気がつく。


「生徒会長というのは、敢えていうなら学校の生徒代表みたいなものでな…」


皐月はそうやって説明していくとデレーグは理解の色を見せつつ頷いて見せる。

それを見た女子生徒は訝しげな表情を皐月に向ける。

皐月はそれに気がついて後ずさる。


「な、なんだよ」

「いや、姫川はどうしてこうも変なところは鋭いのかね」

「うん?なんの話だ?」


皐月は理解できずに首を傾げるがそうしてる間にも女子生徒はデレーグを案内していく。


「って、置いていくのかよ」


皐月はそう言って二人の後ろを着いていくのだった。


**


一方、その頃、ライノは学校の屋上で一人食事をとっていた。


金持ち学校とはいえでも、ライノの親は非公式な形で死に、保険金などは降りることはなく、『金糸雀』の支援によって何とか通える状態だった。


「なんか、久しぶりに落ち着いたような気がするな」


そう言って朝に用意された弁当をライノは食べていく。

元々、ライノは友人と呼べる存在などおらず、いつもぼーっとしていた日々を送っていた。


多少は話しかけてくる人も興味がないように普段から離して生活していた。それは、自分が吸血鬼という特殊な立場ということもあり遠慮していたというのもあるだろう。


「あら、リントさん。こんなところでお食事ですか?」


ライノが弁当の半分を食べ終えた頃、そんな声が掛かる。声に驚いて一瞬、ライノはビクッと肩を震わせ声のした屋上の扉を見る。


すると、そこには何処か見たことある面影の少女がいた。


「えー、すいません誰でしたっけ?」


記憶を探った結果の答えがそれだった。同じクラスなどを忘れるわけもなくライノは首を傾げる。

制服を見ると、一つ上のリボンを付けておりクラスの誰かというのは初めから無かった。


「はい、私の名前は陽鳥、この学校の生徒会長をしています」

「あ、あー、生徒会長ね。通りで…というか、何で私の名前を?」

「ふふ、本当に覚えはないんですか?」


ライノは見たことあるということに関しては納得できたが自身の名前を知られている点が府に落ちなかった。

しかし、反対に陽鳥は笑いながら本当に名前を知られる覚えはないのかと圧を感じる。

それはライノとしても何処かで感じたことあるものだった。


(あ、あれぇ?この感覚どこかで…いや、最近…)


その時、少しずつ点と点が線で繋がっていく。


この圧を…その雰囲気を…その姿を…この名前をライノは行き着く。


「な、何であなたがこの学校にいるんですか…空さん」

「あ、バレた?因みにこっちの名前は陽鳥 陸という名前だよ」

「真逆なんだね〜ってならないよ」


あまりにも軽い様子でこの学校に堂々といる雛影にライノは目眩がする。


「それで、向こうの学校の生徒会長が何でこの学校に?」

「うん?それはもちろん先住町は私の領域だからね」

「あー、聞き方が悪かったです。どうやってこちらにも?」


ライノが聞きたいのはひどく簡単なことだった。今、向こうの学校にも雛影がいることは皐月から来たメールの愚痴で分かっている。

にも、関わらず同時に二人の雛影が存在している。


「そのことね。そういえば言ってなかったね。私の特出したことを」


雛影はそう言って軽く体を動かす。すると、次の光景にライノは目を擦る。少しずつ雛影の体がブレていくのだ。いや、正確には分離に近いだろう。


少し時間が経つと完璧に雛影が二人になっていた。


「「これが私の能力…」」




「…あの、何か考える素振りをしてないで、言ってください」

「「いや、よくよく考えたらこの能力に名前なんてないんだよね」」


ライノは呆れたようにため息をする。そうしてる間に雛影は一人に戻り軽く咳払いをするといつもの調子に戻る。


「君に話したいことがあったんだよライノ」

「何ですか空さん」


彼女がよく関わっている真剣な雛影に倣って敬意をもってライノは接する。

しかし、次の言葉はライノの予想外…いや、最も痛い話だった。


それは…


「あなたは皐月を眷属にしたの?」

「…」


それを答えることは出来なかった。

質問にライノは目を逸らすだけ、しかし雛影はさらに近づき屋上の金網に手を突きライノを逃すまいと迫る。


「答えて、あなたの返答次第であの再生能力についての言及が変わってくるの」


雛影はそう言ってライノの目を見る。ライノは申し訳なさそうに首を振る。


「ごめん…分からないの」

「え?」


それは雛影にとって予想外の答えだった。


「逃げずに答えて分からないわけないでしょ!?別に皐月を眷属にしていたって処罰はないから」

「…本当に…分からないんです」


雛影はライノの目をしっかりと見る。


嘘ではないと分かる。しかし、吸血鬼が眷属を作る時、互いの了承が必要であり、眷属となったものはそれを主人として誓約を交わされる。


それが吸血鬼の眷属…契約と同じものであり、眷属に吸血鬼の性質を取り入れさせることから一種の魔装契約と同じ扱いだったりする。


「なら、一つだけ答えて…皐月の再生能力は吸血鬼由来のもの?」

「それは…はい、そうです」


その質問対して頷く。ライノは吸血鬼故に同じ吸血鬼由来の力に対してかなり敏感だったりする。

故にその質問は迷いがなく答えることができた。


「そう…いや、以前に、吸血鬼由来の能力を使ったところを見たことは?」

「見たことないです…眷属とかでもないはずです」


なるほどと雛影は考えつつ小さな声でぶつぶつと内容をまとめいく。


「となると、やっぱり何か…」

「あの、私からも質問いいですか?」

「なに?」

「あの、何で皐月に対してだけは、名前なんですか?」


雛影は黙る。

そう、確かに雛影は女性は下の名前で呼ぶことが多いが男の場合は基本的に名字で呼んでいた。しかし、皐月だけはそれが当てはまらなかった。

ライノはそれがひどく気になっていた。


「…あー、多分無意識かな?」

「…えっと、てことは…」

「あー、勘違いしないでね。彼に特別な感情は抱いていない。ただ、彼に対して負い目が私にとってはあるからね。そう、負い目が…」

「そ、それは…」


キーンコーンカーンコーン


と、チャイムが鳴る。

ライノは雛影の言う負い目が何か、大切なもののような気がしたが、そのチャイムと共に雛影は「教室に戻るから」と言って去っていってしまった。


彼女はただ、雛影が屋上から去り、扉が閉まるのを呆然と見つめていた。


「負い…目?」


ライノは何か大切なものを聞けなかったのではと頭を悩ませるのだった。その一方で雛影は…


「余計なことを言ったね。まぁ、いいか」


そう言って一人教室へ向かっていくのだった。



**


「あぁ!もう、何でこんなに汚いんですか!」


夕陽が差し込む放課後、皐月はある本屋でバイトをしていた。

そこは個人経営の古本屋であり、オーナーは一人の中年男性だった。


皐月の目の前に広がるものは簡単、入り口にまで広がる大量の本である。

整理もされておらずとてもではないが店として成立してるとはいえない状況だった。


「あぁ、姫川か…いいんだよ。どうせ人なんて来やしない」

「それでも最低限の外観がないと寄り付きませんよ」


皐月はそう言ってモップとバケツを持って掃除に出る。

本を整理し、床、窓を拭き外観をそれとなく整えていく。

そんな皐月に話しかける存在がいた。


「お、姫川バイト?精が出るね」

「おぉ、あー昼で一緒に案内したやつか」

「って、私の名前覚えてないの?」


それは同じクラスで今日、転校生を一緒に案内した女子生徒だった。後ろにはデレーグの姿が皐月から見える。


「転校生と一緒か?」

「まぁね、この町でも案内してあげようと思ってね」

「と言っても案内場所なんてそんなにないだろ」

「そうだね〜てか、姫川は掃除のバイトか何か?」

「古本屋…いや、ガラクタ店のバイトだよ。店長がテキトーだからこうして外観を整えてんだよ」


皐月は本の上に置かれてる大量のガラクタが目に入って思わずそう呟く。

それに対して女子生徒は興味深そうに店の中を覗く。


「そんなにいいものは無いぞ」

「そんなの見てみないと分かんないもんだよ。リエ、ここ寄っても大丈夫?」


デレーグは先程まで別の場所を見ていたようで呼ばれてビクッと肩を震わせるとようやく皐月の存在に気がつく。


「え、はい…大丈夫…です。あ、姫川さん……お仕事…ですか?」

「そんなとこだ。2名様ご案内〜」


適当に皐月は返事しつつ店の扉を開く。そして、だらけてる店長を起こしてしっかりとレジに座らせる。


「珍しいね。お客さん…それも…女の人だ」

「店長、一応お客様なので下心を隠してください」


何かいやらしい目つきで二人を舐め回すように見る店長に商品管理名簿で叩きながら掃除の続きをする。

そうしてると、女子生徒は


「あ、これ絶版した漫画じゃん!」

「ぜっぱん?…ってなんですか?」

「あー絶版というのはね理由とかがあって今は販売されてない本のことを言う…


バタッバタッバタっ


そうやって女子生徒が説明していく中、皐月は肩が本の山にぶつかり大量の本が崩れる。


「っぶね…すまんこっち来てないか?」

「だ、大丈夫だよ…にしてもなんか見たことない文字で書かれてるのばっかね」

「はい、大丈夫です」


二人は崩れてきた本を手に取って見ながらも答える。しかし、デレーグはある本を手に取り、止まる。


「……〜〜」

「リエ、なんか言った?」

「…〜あ、すいません…母国…語で話してました」

「それで、何話してたの?」

「いえ、この本のタイトル…」


デレーグが手に取ってる本は皐月達の知らない言語で書かれた本だった。しかし、そこで店長が1人別の反応を示していた。


「あ、この本ここにあったのか…悪いなこれは友人が昔見つけた本で非売品なんだ」

「…え、はい。〜〜〜…竜の…巫女…って読み方で合ってますか?」

「悪いな…他の下に転がってるならともかくこれだけは俺じゃ読めないんだ」


そう言って店長は立つと崩れた本の中のいくつかを手に取る。


「あちゃー、これもこんなところにあったのか。全くしっかりと管理しなきゃダメだな」

「ですので、いつも片付けてくださいと言ってるのですが…」


皐月の嫌味を無視して店長は話を続ける。


「まぁ、その本に興味があるなら貸し出すくらいはしてもいいぞ」

「いえ、内容は…知ってるので」

「そうか、ならいいか」


店長はそう言っていくつかの本を取るとレジの近くに積んでいく。そのどれもが違う言語で書かれた本だが、皐月達の見たこともないような形の文字で書かれていた。


「おじさんはそんな本をどこで手に入れたの?」

「さっきも言ったけど友人に収集家がいてねどこから持ってきたか俺に預けてたんだよ」

「へぇ、にしてもそんな訳の分からない字の殆どを読めるんだね」


女子生徒はそんなふうに談笑をしながらも時間が過ぎていく。

デレーグは日本語を学べるような本を手に取り買いつつ、皐月は店の掃除をしていく。

その過程にあるガラクタや本の山の整理にため息を吐きながらこなしていく。


そして、夜もふけ店じまいの時間になっていた。

デレーグと女子生徒はすでに帰っておりそれ以降客も来ずに皐月は使用人のように片付けを延々としていた。


「今日はこの辺りで失礼します。次は…いつでしたっけ?」

「うん?あー、来たい時に来ていいよ。基本テキトーだし」

「また、俺が二週間ほど休めばこの店、崩壊しますよ」

「いいんだよ。テキトーで」


どこか楽観的な店長に呆れつつも皐月は挨拶をして、帰ろうとする。しかし、ふとしたことで皐月は立ち止まる。


「そういえば一度も店長の名前を聞いたことないです」

「あー、そういえばそうだな。俺の名前なをてどうでもいいだろ?」

「いや、よくないですよ」

「全く…仕方ない。俺は『キセイ』だ…苗字だが、漢字は伏せとく」

「キセイ…店長ですか。では、お疲れ様です」


皐月はそう挨拶すると店から出るのだった。

そして、1人残ったキセイは大きくため息を吐く。


「全く、ここに来なきゃ良かったかもな」


1人そう呟く中で店のドアが開かれる。


「悪いがもう店じまい…いや、お前か」


目の前にいる男を見てキセイはそう言ってその男をしっかりと見る。


「いやぁ、まさか君がこんなところにいるなんて知らなかったなぁ。まぁ、そんな言及より前に挨拶が先か…」


男は軽薄そうにそう言ってニヤリと笑う。

そして、ゆっくりと口を開く。


「何十年ぶりだ?こんな外に出るなんてよ。後継者の気配でもあったのか?『失った勇者ロストブレイバー』」

「そっちこそ、そんな弱い力だったか?土戸 飛鳥」



**



現在、皐月が帰ってくるとアパートには気まずいような静かな雰囲気があった。


リビングで座ってるのは2人。


ライノとデレーグだった。


そして、ライノは今あることに悩みを費やしており、何か話しかけにくい雰囲気が存在しており、デレーグはライノに話しかけることができずにいた。


(皐月が吸血鬼の眷属になってないかしっかりと確かめろって…空はなんて難しいことを押し付けてくるの)


放課後に雛影に言われたことを反芻し、どうするべきか悩んでいた。彼女にとっては雛影の負い目というのも気になり、余計にライノを悩ませる問題だった。


そして、一方でデレーグはその状況で何をしていいのか分からずに戸惑っている。


(2人とも何してるんだ?)


皐月はそんな疑問を考えながらもリビングに入る。一番最初に気づいたのはデレーグだった。


「ヒメカワ…さん?」

「おう、転校生か。どうした?あたふたして」

「いえ、なんか話しかけにくくて」


デレーグの指差す先を見て皐月はため息をつく。


「おい、ライノ。何悩んでんだ」

「いたっ、え、って皐月!いつの間に…」

「何言ってんだ、さっきからいたよ。それじゃご飯作るから転校生…デレーグの案内を頼んだ」

「…あ、分かった」


咄嗟に返事をするライノは言いたいことを言えずにそのままデレーグを案内しにいく。


そして、皐月1人が残る。


その時、左手に付けている腕輪から声が聞こえる。


『いやぁ、相棒…今日は機嫌が優れなさそうじゃないか』

「優れないというよりかは…変なものが見えて疲れるんだよ」


皐月はそう言って手を払うようにするがそこにはなにもない。

しかし、腕輪からは理解したように軽く揺れると再び声が聞こえて来る。


『それは多分、相棒と同じような人工契約魔装の元使い手だろうな』

「なんだそれは?」

『なんだって要するに俺のような人工的に作られた契約魔装の元所有者要するに死人達の残留思念だな』

「はぁ?いや、幽霊みたいなものか?」


一瞬、何言ってんだと声を出すがすぐに違うと皐月は気がつく。彼はそれに似たものを見たことがある。


『厳密に言えばこの世に幽霊なんざいないさ。まぁ、言い得て妙だな。相棒が見てる幽霊ってのも謂わば何らかの思念や思入れの塊だ』

「よく分からないが、勝手な解釈だが、残ったのは魔力の残留が幽霊ってことでいいのか?」

『小難しい説明は苦手だし、その程度の認識でいいさ』


皐月はそれを聞いて目の前に映る人型を煩わしく思うのをやめる。多少の苛立ちを残してはいるが納得すると割り切るのが早いタイプの人間が故、気にすることをやめる。


皐月は考えるのをやめて料理に没頭していくのだった。



**



「ここがデレーグさんの部屋だよ」

「は、はい…ありがとうございます」



ライノはデレーグを部屋に案内をしていた。辿々しい返事に微笑を漏らしながらもライノはデレーグの荷物を入れるなどの手伝いをしていく。


「これをこっち側に押すと…」

「はぁ、なるほど…」


ライノはデレーグのここに来た経緯などを知ってるため、電化製品などの説明を丁寧に行っていく。

そして、


「皐月も含めてこの家はあなたの事情は知ってるから分からないことがあったら遠慮なく聞いてね」

「…え?」

「うん?」


突如、デレーグは目を見開く。それは皐月が事情を知るものとは思わなかったこともある。たが、それだけではなく、何も聞かされずにここに来た彼女は天涯孤独の身だと思い込んでいた。


「あ、…あ…〜〜〜〜〜」

「お、落ち着いて!落ち着いて!私は英語と日本語しか分からないから!」


いきなり慌てて母国語が出るデレーグをライノは必至に宥めようとする。



リエット=デレーグ


彼女は『VH』で保護された異界の人間ある。

ある事情からその世界に住むことができなくなり組織に保護されていたが環境がそこまでよくないため千莉の要請で金糸雀に預けられた少女であった。


「落ち着いた?」


少し時間が経ち、デレーグを落ち着いつきはじめ、ライノは色々と説明を始めていく。金糸雀について、デレーグの扱いについて。


「…えーと、要するに私は…ここで一般人として生きていけ…ということですか?」

「まぁ、拒否してもいいよ。何かするなら多少は金糸雀に通してもらわないと困るらしいけど」

「…なら…拒否…します」


途切れ途切れだが、ハッキリと…そして、確かな意思を持って放たれる言葉…それに僅かながらライノは気圧される。


「わたしには…やらなくてはならないことがあるので…」


頑張ってスラスラとデレーグはそう言う。ライノは今のデレーグの目を知っていた。


(父と…同じ…何かを背負う人の目…)


彼女が勝てないと思える目を見た。それは彼女の父そっくりの目…いや、普通に見れば一緒なんて思えるはずない…しかし、まるで鏡や写真を見せられたようにそっくりな目をライノは見た。


「…っ!わ、私からはどうこう言えないけど…まぁ、金糸雀上の方にそれは伝えとくよ」

「…ありがとう」


ライノは目を背ける。この目を合わせられる気がしなかったから、彼女は今、自分の問題から逃げてしまっている。そんな負い目が真っ直ぐと覚悟を決めた目を見れなくなっていた。


『おーい、ご飯が出来たから降りて来い!』


そんな皐月の声と共に彼女達は重苦しい空気が多少、緩和され夕食を取りに向かうのだった。



**



夜の学校の生徒会室。

そこは現在、金糸雀の会議場となっていた。


「俺は反対です。そんな訳の分からない魔法を多少無力化できる程度の一般人を組織に入れるなんて」


一人の男がそう言う。

彼は阿部 翔という名でこの学校の生徒会副会長にして、金糸雀での幹部候補である。

そこにいるのはその男と桃形、雛影の三人だけ…いや、生徒会室の外にはそれぞれの管轄の直属の部下が護衛として待機していた。


「おいおい、前々からある人材加入の反対は分かるけど今回のは無理なんじゃないか?」

「桃形!貴様、分かっているのか!?ここは金糸雀だ!ただの凡人が来ていい場所ではないんだぞ!」


桃形の言い分に対して阿部は捲し立てるように反論していく、それを聞いて桃形は『ダメだこりゃ』と言わんばかりに首を振る。


「忘れたとは言わせないぞ!この組織に入る最低基準を!特に戦闘科にこんな基準も満たしてないようなガキを入れる暇なんてないだろ!」


彼の意見は最もだった。

ライノは吸血鬼や魔装使いということもあり、基準を満たしているが皐月は実のところ契約魔装に頼ってるようにしか見えないのだ。


それならばその契約魔装を別の人間に明け渡して使った方が有用だと言える。


「雛影!お前も分かってるだろ?」

「いえ、分かりませんね」

「っっ!」



しかし、その前提が間違っていなければの話である。


「ど、どういうことだ?あれのどこが有用だというんだ?」

「阿部君…君は勇者を倒せるかい?」

「な、何を言ってるんだ?たしかにあいつが勇者を倒したのは称賛に値する。しかし、それはあくまで未熟な勇者だ!それなら…」


その瞬間、阿部の息が止まる。否、息ができないほどの圧迫感が襲ってきたのだ。

それは雛影からだった。

彼女は普段から想像つかないほど表情がなく、冷たい目で阿部を見ていた…いや、膝をつく阿部を見下ろしていた。


「阿部君聞こえなかったからもう一度言ってくれない?今、あなたは…あなた如きが勇者に勝てると口走らなかった?」

(な、なんだ?なんなんだ?どうして、どうして声が出ない!目の前にいるのは非戦闘員の雛影だぞ!!どうして…どうしてこんなに怖いんだ?)


桃形は今の状況に大きくため息を吐く。

そして、桃形は雛影を見ると残念そうに首を振る。


「どうやら、あなたは幹部候補すらおこがましいようね。残念ね。あなたは成長できると思って幹部候補にしておいたのに」


雛影はそう言うとある書類を阿部に渡す。


「あなたは今日から下っ端戦闘員よ。私達と同じ幹部としての権限は失う」


彼女がそう言うと二人…三人と雛影が出て来て阿部を拘束する。


「な、…なんだ!や、やめろ!な、なんで…なんで!」


そんな言葉を発しながら阿部は生徒会室の外へと連れてかれる。とびらが閉まってからも彼の叫びが虚しく響いてくる。


「はぁ、残念だった。彼は優秀だったから推薦してたのに…あれで満足しちゃうなんて」

「追い出しておいてそれを言うのかよ」

「桃形君も首を振ったじゃない」


二人は残念そうにそう言ってそれぞれ席に着く。


「んで、今日は何のために集めたんだ?」

「そうね…曲者が入り込んだみたいなので炙り出してもらおうかとね」



**



次の日となり、皐月は普段以上に寝不足な状態で朝起きていた。


「今日は火曜日か…ねみぃ」

『おいおい、相棒。なんか、やな雰囲気が漂ってるぜ』


皐月はその言葉で目を覚ます。そして、あることを思い出す。昨日、風呂に入る時に契約魔装の腕輪を外そうと試みたが外れなかったのだ。

故に常に左手に腕輪があり、なんとも違和感のある状態だった。


「んで、嫌な雰囲気ってなんだよ」

『あえて言うならアレだな。何か変なのが混ざってるって感じだ』


その言葉に皐月は警戒を強める。

彼はその言葉の真意はあまり掴めていない。しかし、皐月は知っている。昨日の夕方からこの辺りの空気が変わっていることに…。

そして、昨日と比べて明らかに幽霊が揺らいでいるのだ。


皐月は気にしながらも朝を作り、二人を呼ぶ。


「ふわぁ、おはよ。眠いよ…」


ライノは髪をボサボサにしながらリビングに入ってくる。


「ライノって朝が弱かったか?」

「まぁね…普段は早く起きるから、そうは見せてないけどね…」


眠そうにライノは答える。明らかに普段より滑舌が悪く皐月から見ても危ないように見えた。


そもそもが彼女は吸血鬼である。普段から見て取れないが太陽というものが苦手な種族であり、過去には太陽の光が少し当たるだけで灰になっていく存在だったのだ。

何ともなく、昼間の社会で生きているわけがないのだ。


「しかし、吸血鬼ってのは太陽が苦手じゃないのか?」

「…うーん?昔はね…吸血鬼がいると信じられていた頃は人間が太陽に縋っていたから本来何ともないはずの太陽が苦手になったって感じかな?聖水の類も一緒で今は効かないけどね」


寝ぼけながら答えているためか要領を得ずに皐月は何となく分かったような分かってないような状態でいる時。


『思い込みってやつだよ。幽霊と一緒だ。そういう願いが本来意味もない、あるはずの無いものに力を持たせる。吸血鬼にとって太陽というのはそう言う願いによって毒にされたものだぜ』


契約魔装からの要約によって皐月は理解に至る。


これは願いが原因である。


思い込みとも言い、白い紙が暗い中では幽霊に見える。そう言ったことの集まりが形作ったものが具現化し、結果吸血鬼は太陽が苦手となる。魔力の残滓が幽霊という形を持つ。


そう言った人々の些細な思い込みやそうであってほしいという願いが太陽にあるはずの無い神聖さを持たせ、吸血鬼を苦しめて来た。

しかし、最近ではそう言った考え方などが消えていったからか太陽が吸血鬼に対して効かなくなって来ているのだ。

まだ、若干は影響はあるが基本的に生活する事はできるようになっていた。


「吸血鬼ってのは大変なんだな」

「そうね、過去のどこの一族か知らない祖先様がやらかしたせいで世間体が良くないこともあるのよ」


ライノは軽い私怨を剥き出しにするがすぐにいつも通りとなりデレーグのサポートへと回る。


「なるほど…箸は…こう?」


必至に箸を持ってご飯を食べようとするデレーグを見て皐月はフォークやスプーンを勧めるが頑なにデレーグは拒否して頑張って完食するのだった。


それからは皐月の案内で学校に行き、いつものような日々になる…


そんな筈だった。


この場所は先住市から少し外れた場所にあるため、他の居住区と比べると人通りなどが少なく、狙われるなら絶好の位置と言えよう。



まず、三人が目撃したのは一人の男だった。


ライノと皐月はあまり見ない人だなと思いながらも気には止めずに素通りしようとした。しかし、それをする事はなかった。


男から放たれる殺気は無視できないものであり、特定の人物にその殺意は向けられていた。


「おっさん…そんなに殺気を撒き散らしてると危ない人だと思われるよ」


何となく皐月はそう忠告する。

しかし、その忠告は虚しく男は向けた人間に襲いかかる。


狙われたのはデレーグだった。

デレーグはギリギリのところで前に跳び振るわれる拳から逃げる。


そこでライノと皐月は動こうとするが一瞬の躊躇ができる。

何故なら、ここは人通りが少ないとは言えでもこの時間から人が来ることなんてよくあることだ。


「…走るぞ!」


皐月はそう言うと共にライノは動く。そこで遅れたデレーグを皐月が引っ張り全力で走る。


向かう方向は学校。


「人がいる場所では流石に動かないだろ」

「でも、もし…」

「その時は人が来ない場所で対処するぞ」


そう言って彼らは走り続けるが事態は嫌な方に向かっていた。男は変わらず殺意剥き出しで皐月達を追いかける。

デレーグは皐月達の言葉が早口ということもあり半分も事態を飲み込めずにいた。


「あ、あの、ど、どう言う状況…な、なんで走って…」


二人はそこでデレーグが話に追いつけてないことに気がつく。

説明しようにも既に次の場所へと動き出しており、どうしようもない。

ライノは雛影の方からデレーグの護衛を任され、皐月は千莉から守るようにお願いされている身…しかし、それの説明の時間もなく、襲われたとは言えいきなり連れ出してしまっている。


「えっと…学校はどうするんですか?」

「あれがいる状況で学校はいけないだろ」

「でも、私を…置いていけば…」

「あー、つべこべ言わずに行くぞ!」


皐月はそう言ってデレーグをより強く引っ張っていく。

デレーグは混乱したまま、引っ張られていく。




そうして、人通りの少ない廃倉庫に着きライノと皐月は待ち構えていた。


「皐月は魔装は展開できる?」

「…だそうだ。できるか?」

『充填はまだできてないな。相棒が戦い始めれば充填は早いがまだ出来ないな』


契約魔装は皐月の魔力を使って展開されるため、自由に魔力を扱うことのできない皐月が展開するには自然と発せられている魔力で展開するための魔力を貯める必要がある。


しかし、皐月の魔力の放出量は極端に少なく、魔装に魔力を溜め込むことが出来ていない。


「なら、刀はどうだ?」

『それなら、媒介だが能力そのものはないから出来るぜ』

「なら、頼む。ライノの方は?」

「こっちはもう展開できてる。まぁ、少し魔力が足りてないけど…」


二人は自身の武装をそれぞれに展開していた。

皐月は日本刀一本を腰に納刀しており、ライノは前回と比べるとドレスというよりも制服のままフリルやマントを付けたような姿になっていた。


ライノは人より鋭い五感によって先程の男が近付いてきてることを感じ取り、皐月に伝える。

徐々に近づいていてくる足音は一歩一歩に迷いがなく、真っ直ぐに皐月達のいる方へと向かってくる。


「あの…」

「どうした、デレーグ。あの男について知ってるのか?」

「…はい。少し話をしても…」


急に来たデレーグの頼みに皐月は悩ませる。知っている…それが安心材料となり得ない今、皐月の中で色んな考えが巡られていた。


「…分かった。ライノ、一旦待つぞ」

「オーケー、というかもうすぐ前に来てるよ」


二人は入り口を見る。すると、目の前にあるのは一つの人影、一目それを見ただけで皐月に緊張が走る。


(見るまで何で気付かなかった…)


ぱっと見はそこまで強そうに見えなかった男だが、今目の前にして皐月は初めて気がつく。

流れ出ている異様なオーラは周りの風景を歪ませ、腕で触れるものはねじれ曲り、折れる。


まるで、存在そのものが強力な力場を作ってるかのように。


(くそっ、これなら話す許可する前に応援要請をもっとしっかりとやっとくべきだった)


皐月の後悔は今更なものでデレーグが皐月達の前に出る。


『ーーーーー』

『ーー?ーーーー!!』


一言見るだけで明らかに友好的ではないことは確かに見えることが二人にも分かる。

話は平行線上なのかデレーグの必至な訴えかけも流すように男は吐き捨てると明らかに皐月達に殺意を向ける。


それに対して全員が息を飲む。


圧倒的な何かが目の前にある。


それを防ぐことはできない…


そう思わせる何かが皐月達の目の前に存在していた。


「すいません…どうやら、話は通じそうにないです」

「だよな…これで友好的の方が怖いよ」

「そうね、ただあれは何?」


ライノの問いかけにデレーグは目を逸らす。それだけが答えを語ってる。皐月達は理解して戦闘態勢に入る。


その瞬間、皐月の目の前に男がいた。


圧倒的な速さを誇るその足には強力な黒いオーラが纏わりついており、その足が皐月に迫っていた。

顔面を抉るような一撃は口内が爆発するような感覚と共にいくつもの骨砕ける音まで響く。それだけで皐月の意識は遠のく。


バランスが崩れ、皐月はその場で仰向けに倒れる。


(さっきまでとは違う!?)


ライノはここで初めて気がつく男に何か別のものがあると…しかし、それは何か分からない。


そこにあるのは男の存在ではなくその裏にある何か…それが男の力…。


顔の半分を覆う鎧のような鱗が現れ次はお前だとライノに目が向く。それだけで起きる恐怖は前回の勇者達の比ではなく、明らかな殺意が彼女の息を荒くさせる。


そして、動き出す。


次に動いたのは腕…しかしその、瞬間は目に見えることはない。ライノは反射的に構えた盾によって防ぐが、それを貫通し、持っていた左腕に大きな傷を作る。

一瞬で認識できたものは、ただ凶悪な五本の爪が空気をも引き裂くような勢いで盾を引きちぎり気がつけば腕を大きく引き裂き、割れていた。


しかし、その一撃の反動か男は硬直していた。


その瞬間、ライノは狙う。右腕に持たれた剣は盾によって受けたダメージを返す剣…受け切れてはいないと言えでも同レベルの威力を出すことはできる。


黒い剣が辺りを震わせる。


それは強大な波のよう揺らぐ…そして、それが一点へと集中して男の胸を貫く。



はずだった。


ベギッバギャバギ!


と割れるような音が響き渡る。


「嘘…でしょ…」


そして、ライノが見た光景はあり得ないものだった。

辺りに血は確かに噴出された。


それは効いた証拠とでも言えよう。


しかし、そんなのバカバカしくなるような光景だった。

目の前にいるのは平然と立つ男の姿…硬い硬い鎧のような鱗が胸あたりを重点的に纏っており、砕け、血が出たのはあくまで外側の弱い部分…それがまるで脱皮のように剥がれ落ちて行く光景だった。


ライノの出せる最大級の一撃はほぼ不発と言えるだろう。

まるで決定打にすらなっていない。


無駄と言わんばかりのその余裕が彼女の自信を叩き壊すのに拍車を掛けた。


膝から彼女は崩れ落ちる。


ライノは魔力も尽き、体は動かない。もう既に最高の一撃は不発で終わっている。

諦めというものが出来そうなその時…


「まだ…まだ終わってない!」


彼女は腕に思いっきり噛みつく。

噛みついた所から溢れ出る血が辺りに舞う。

そして、血が彼女に従うように踊る。血はやがて集まり一本の球のように凝縮される。


しかし、それを黙って男が見てるわけではない。


その工程の間に男は彼女の首を絞め上げていた。

抵抗をしながらもライノは舌を噛んででも血を制御することはやめない。


そして、それが起きる。



互いに目の前が真っ赤に染まる。


男は彼女を絞めていた右腕の感覚が消えて行く。目の前に染まる真っ赤なもの気を取られて一瞬の痛みすら忘れる。

目の前がはっきりした頃には二人は真っ赤な血に濡れ、下には血溜まりを作っていた。


「はぁはぁ、…はぁ…はぁ」


ライノは絞首から解放されたからなのかはたまた能力を使ったからなのか息を切らして空な目で座っていた。

そして、何よりも目を引くのは血溜まりの中で浮いている右腕だった。


そして、男はようやく理解をした。


自分の腕が真っ赤な血によって切断されたことに…。


動揺の声を漏らすがそれは現実であり必至に右腕を付けようと腕を当てる。しかし、それは叶わず怒りの表情に変わって行く。

その矛先はそれを引き起こしたライノへと…


ライノは既に許容以上の能力を使ったことから意識を保つのがやっとであり、反撃することは不可能だった。


男は残った拳を握る。


そして、一瞬のブレが起きる。

それは彼が今まで動いたのと同じ、圧倒的な速さによって震われる拳…のはずだった。


男の左腕はあるぬ折れ曲がり、反動で男はバランスを崩す。

そして、目の前にいるのは姫川 皐月だった。


彼は刀だけではなく、魔装を展開しており、更には今までにない程紅く瞳が妖しく煌めく。


「ここから先は俺が相手だ」


言葉が通じないことは皐月だって理解している。

しかし、彼もまた男と同じでキレていた。戦うことがもう出来ないライノに手出そうとしたらそれを彼は許すつもりはなかった。


その時、皐月はあり得ないものを目撃した。


瞬間的に再生して行く右腕と左腕…。


左腕と比べて右腕は遅いが先ほどと同じ状態にまで彼の体は戻っていた。


「一体…何が…」

『知るかよ!わかることは明らかにあれは人間の力じゃないといことだけだ!』

「見ればわかるだろ!」


皐月は再び刀を振るう。


しかし、先程と同じ。


斬れることはなく、打撃と同じで砕くことしかできない。

そんな時だった。


「鎧を剥いでください!」


そのデレーグの一言に皐月は動く。

次は斬るのではなく弾く、撫でる、いなすの得意の三拍子を使う。

それだけで男の鱗が剥がれる。

そして、鱗がないところに皐月は刀を振るう。


次は綺麗に入る。


まるで先程まで鈍を振るっていたかのような勢いで残った鱗ごと左腕を斬り飛ばす。


『なるほど、あれは魔力で成り立つ物質を霧散させようとする役割があるから刀が鈍になったわけか、相棒!こいつは思った以上に相性が悪いぜ』

「確かに…なら専門分野だ」


皐月は刀を投げ捨てる。そして、大きく息を吐く。


大地を砕く。


拳が男の鎧のような鱗がある顔面に直撃する。骨が砕けるような音がする。


砕けたのは皐月か男の鱗か…いや、それは両方であろう。

男の鱗は砕かれ、血が出できている。皐月の拳は変形して、大量の血が流れ出ている。


『同じ眷属だとジリ貧か』


突然聞こえてくる男の声…それに皐月は一瞬戸惑う。


「今、わかる言語で…」

『いや、俺が翻訳しただけだぜ相棒。ただ、龍語とはこれまた…』

「よく分からんが助かった」


皐月は考えることを辞める。思考機能の一部を削ぐ。

そして、構える。

何故か、既に変形した拳は治っており、本能のままに構えた型は明らかに人間に見えるようなものではなかった。

二人の姿が消える。


それと共に破裂音が鳴り響く。


鎧と血が飛び散る。


次の瞬間に見えたのは顔面を爪で抉られた皐月と蹴りによって一本の腕が消しとんだ男の姿だった。


(奴のほうが速い)


ただ本能的なもので皐月はそう考えると次に動く。

何度も血と鱗の破片が辺りに舞う。


皐月の体も男の体も傷付き、再生されていく。再生能力は僅かに皐月の方が早く、一撃の速さと威力は男のほうが何倍も高い。


しかし、一見互角に見えるこの戦いも次第に優劣が浮き彫りになっていく。


『相棒!魔力が急低下してるぞ!魔装の維持が』


その言葉に皐月は正常な思考能力を取り戻す。そして、自分の体を確認するよりも早く男の拳が迫ってくる。

咄嗟に腕で防ぐも鈍い破壊音が響き、確実に骨はいっているだろう。


そのまま皐月は後ろに飛んでいき、壁にぶつかり、意識が飛びそうになる。


(やべぇ…意識が…傷も治らなく…)


皐月の考えが段々と纏まらなくなってくる。頭が回らず体も既に言うこと聞いていない。

そして、男が皐月に迫ってくる。


そんなときだった。


一人の少女が皐月の前に立つ。


『あなたの目的は私でしょう?これ以上、彼らには手を出さないで』


それはデレーグだった。

彼女は恐怖とショックによって先程まで身を竦ませていたが、元の彼女の意思がこのままではダメだと立ちはだかっていた。


しかし男はそれを聞かずに近づいてくる。


『無視ですか…なら、こちらも』


デレーグはポケットから一つのアクセサリを取り出す。


『もう一度力を貸して!』


そう言うと手で握り締める。

すると、彼女の体からそのアクセサリへと魔力が流れ出す。

それは一般の人間にも見えるほどの高密度の魔力で辺りが僅かに照らされる。


男はそれを止めようと動き出す。しかし、その時には遅い。


半透明の竜が男を襲う。


青い、幻想的な竜が男を喰らおうとする。

それを受け止めるが魔力で出来てるとは言えでも質量が存在しており、押し出され地を離れていく。そして、離れたところを喰らおうと再び口を開く。


『偽物が…』


しかし、男の姿が僅かに変わる。先程までとは違い、コウモリに似た黒い翼を生やし、腕は先程より異形へと化し、巨大な爪が現れる。


『本物に勝てるとでも!』


引き裂かれる。


半透明の竜は幻かのようにブレると霧散していく。男は平然と空を静止してデレーグを見下ろす。


しかし、その恐ろしさは半透明の竜を壊したことにはない。


血が落ちる音が響く。


デレーグはその一撃で胸から腹へと大きく爪で引き裂かれていた。

そう、竜を壊すだけでは足りず彼女まで爪が届いていたのだ。


彼女の体は崩れ落ちる。


皐月や男と違いデレーグには再生するような力はなく意識を保ててるのが不思議なくらいだった。


『さぁ、もう終わりにしよう邪竜の巫女よ』

『…』


彼女は一言も発さない。

しかし、その目は死んでいない。

まるで怒るように男を睨む。


『あいつは…邪竜じゃない!』


魔力が辺りを焦がすように溢れ出る…いや、焦がしている。

彼女の魔力は熱へと変わり竜のブレスの如く、強烈な熱を男に放射する。


咄嗟に男はヒラリと避けるがその力は先程までとは違うものだった。


廃倉庫の天井を溶かす。


デレーグは一歩踏み出す…それだけで魔力が青い業火と化し、辺りを焦がす。


デレーグ…いや、リエット=デレーグは炎を纏う。姿を変えていき、そこには青い髪、体の一部には鱗があり、半透明ではあるものの爪が男と同じように生えていた。


青い炎が辺りを包む。

そして、その炎は男に向かっていく。


男は爆音を起こすと炎をかき消す。


だが、掻き消された炎の中からリエットが姿を現す。彼女の爪が男を鱗ごと引き裂く。


血と鱗が飛び散る。


それは先程とは違い両者のものではなく、男だけから溢れ出たものだった。


『擬似的とは言えでも眷属ではキツイか』


男はそう言うも諦めることなく、彼女に攻撃をしかける。黒い炎が男から放たれる。全てを砕くような破壊力を持って放たれる炎は溶かすのではなく、物を砕いていく。


リエットはそれを避け続け、青い炎で壁を作る。

それでは防げず黒い炎が貫通してくる。

しかし、黒い炎は思った以上の破壊はもたらさない。


『浄化の炎はあいつがいなくても使える』


リエットはそれを見て炎をより大きく動かして自身に纏わせる。

そして、半透明の爪で放つ。


それは先程の男がやったように…


男は舌打ちをしながらそれを避けるがそれは1発では終わらない。

どんどんと放たれる攻撃に男は翻弄されながらも黒い炎を放つ。そして、少しずつリエットに近づいていく。


そして、リエットにその爪が届く範囲に入り、爪が振るわれる。

しかし、それが届くことはなく青い炎が男を包む。それは男の鱗を剥いでいき男の腕を燃やしていく。


男が絶叫を上げる。


炎は男の腕を伝い全身へと伝わっていく。そして、全身へと回る頃には男体から鱗と翼はなく、元の男の体へと戻っていた。


『さぁ、これで決着よ』


リエットの爪が青い炎を吸い込んでいき、伸びる。そして、放たれる爪は男を確実に殺さんとする凶器になる。



男の体は引き裂かれる…



その筈だった。



しかし、男の体は巨大な黒い鎧によって守られる。

その鎧はデカく…鱗でできている。


そして、見上げるとそこにあるのは巨大な龍の顔だった。

そこでリエットは理解する。


あの、巨大な鎧は龍の一部であることに…。


そして、その鎧に見覚えがあった。


彼女は探す…目的の存在を…


『…見つけた…』


彼女は目を見開きその存在を見る。

リエットが開けた天井の穴に腰掛ける少女…姿を見れば黒いワンピースを着ており、裸足で足をプラプラさせていた。そして、空の光すら打ち消してしまうような長く真っ黒な髪が天井を覆う。

リエットが自分を見てることに気がついたのか彼女は口を開く。


『久しぶり…いや、こちらの言葉だと』

「久しぶりだね…邪竜の巫女さん」


まず、最初に話したのは龍語だった。しかし、すぐに訂正し日本語で話す。

その声は綺麗なもので不思議な魅力が存在していた。


「どうしたの?何も言わずに、私はあなたに会いたかったのよ」

「…私もです。黒竜の巫女」


リエットからは先程より静かに、そして強い炎が放たれていた。それは彼女を殺そう放たれたものであり、当の本人は面白そうに笑うだけである。


「まぁ、面白いけど…私はあなたを殺さないといけないの…クロ…お願い」


少女の軽いそんな言葉と共に黒竜がリエットを殺そうと爪が迫りくる。それは先程までの速さとは段違いであり、彼女が避ける術はない。


しかし、別の要因が無ければである。


黒い何かが爪を防ごうと現れる。それによる減速がされリエットは間一髪のところで攻撃範囲から逃げることができる。しかし、不利なことに変わりはなく碌に動けずにいた。


「おやおや、特殊な力を持った蝙蝠さんを飼ってるのかな?」


少女は何が起きたか把握していた。

その目にはライノが映っていた。

彼女は一人立ち上がり、なけなしの魔力を絞り出して援護したのだ。


「しかし、契約が悪いのか魔力が安定してないなぁ…そんなので私に歯向かうとか何様なのかな?」


その言葉と共に男が動き出す。

狙いはライノ…少女にとって邪魔でしかないライノを排除しようとしてるのだ。

しかし、そこにはある事を忘れてるとしか言いようがなかった。


黒い何かが男を吹き飛ばす。


「…何故だか分からないが体が軽い」


そこにいたのは皐月だった。

その体は明らかに人間とは異なっており、真っ赤に光る目、悪魔のような翼、そして、黒いエネルギーによって作られた天然の鎧。


『まさか…異形…か…だと』

「異形化?まぁ、いいか…何故だか分からないがライノを守らないとな」

「っっ!」


その言葉を聞いた時…一体ライノはどんな表情をしていただろう。

誰もそれを見ていなかった。

しかし、分かることは喜びではなかった。


絶望やそう言った類の何かがライノを襲う。


それを知らずに皐月は刀を構えて男と対峙する。


しかし、一人だけ全てを理解したような存在がいた。

少女はその様子を見て微笑ましそうに笑う。


『ふふ、あの件をこれなら受けてもいいかな…後々あれは厄介になりそうだし』


そう一人で呟くと次は大きな声で宣言するように言う。


『撤退するよ!このままだとクロだけの力じゃキツいしね』


少女がそう言うと男は無言のまま消えていき、龍もまた幻のように消えていく。


『待て!』


リエットは追いかけようとするも、既に少女の影も形もなく、ボロボロの三人は廃倉庫で取り残されるのだった。



**



三人の戦いが終わり、数時間後。

あるサイドに髪をまとめた金髪の少女が廃倉庫に向かっていた。

その服装は明らかに一般人に見え、見た目もまた中学生くらいの少女に見える。


そして、彼女が廃倉庫を開くと皐月、リエット、ライノの三人が気絶していた。


「全く、こんなところで寝てたら風邪ひくよ」


彼女はそう呟くと三人に近づくのだった。

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