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籠の中の鳥達  作者: ARS
3/7

第三話 勇者と英雄

ゴールデンウィークに存在する登校日。

憂鬱に思っていながらも嬉々として来るものもいる時期、姫川 皐月は陰鬱な様子で学校に来ていた。


(…昼、久々に弁当を作ったけど…)


周りに人はおらず一人寂しく弁当の白米を口に入れていた。そんな中でいつものように何となくクラスの話し声を聞く。


「えー、あんた彼氏できたの?」

「てことは休みは彼氏とデートかい?」

「え、いや、何で知って…」


と、いつも皐月が話を聞いている女子三人組はコロコロと話題を変えながらおしゃべりをしている。

おかげで色んな情報が皐月に入ってきており、学校生活にはある意味では困っていなかった。


「…そういえば、すまんが聞きたいことがある」


皐月はふと、思い出して女子三人に声をかける。


「うん?あー、姫川か。どうしたの?こいつの彼氏とか気になった?好きなの?」

「あ、いやそうじゃない。というか、おめでとう」

「え、あ、はい?」


彼氏ができた女子が戸惑いながら返事をする。皐月はとりあえず、間を見てから聞きたいことを話す。


「そういえば、転校生が来るって話をしてなかったか?」

「うん?してたっけ?」

「え、覚えてない」

「そもそもこの田舎に転校生ってくるの?」


と、三人は反応する。


「そ、そうか悪かった。気のせいか」

「まぁ、色々と話してるから漫画とかの話題の時に話してて勘違いさせちゃったかも、ごめんね」

「いや、こっちも勝手に盗み聞いてるから悪い」

「いーよいーよ、あんた姫川は全然他と馴染んでないから見てて心配だし」

「それに私達は大声で話してるしね」

「録でもない話しかしてないけど問題ないね」

「ありがとう?」


皐月はとりあえず、お礼を言いつつ弁当の続きを食べようとしたその時だった。髪を金髪に染めた男が皐月の前に立つ。


「よぉ!姫川だっけ?」

「えーと、あんたは?」

「俺は桃形ももがた まもる。守で結構だ。よろしく」

「お、おうよろしく」


皐月は差し出された手に応えるように握手をする。そして守は近くにあった椅子に座り購買で買ったであろうパン取り出して食べ始める。


「姫川は弁当なのか」

「あ、あぁ、久々にだけど…あと、こっちも皐月でいいぞ」

「オッケー、それで自分で?それとも親とか?」

「自分で」

「すごいな。お前ってひょっとして生活力ある?」

「まぁ、人並みには」


そんな何気ない話を二人はする。そうして、話してくうちに皐月は久々にこうして学校で人と話したと思いながら話を続けていく。


弁当が食べ終わる頃には昼休みの半分が過ぎていた。


「そうだった。皐月、お前を呼んでる人がいたぞ」

「え、そうなのか?誰だ?」


守の一言に皐月は誰かと考える。皐月にとって思い当たる人は一人、山口先生くらいしかいない。


「とりあえず、生徒会室に来いだと…あと、ついでにこれをその人に渡しといてくれ」

「え、あぁ分かった」


皐月はそうして封筒を渡される。それと共に守は鞄を持って教室から出て行く。


(えっと、早退か?)


皐月はそんな疑問を抱きながらも生徒会室に向かうのだった。



「入ってどうぞ」

「失礼します」


皐月はノックした返事に従い、生徒会室へと入る。そして、中にいたのは机に座って書類を見ている女子生徒だった。

座り方はあまり大胆ではなく、大人しく静かに座っているような印象。そして、長い茶色の髪、ストーレートで綺麗な髪は一部を片耳が見えるようにまとめたサイドテールが特徴的であり、背は少し皐月より低いくらいであろう。


「あの、呼び出しっていうのは?」

「あ、いや少し待って」

「え、はい」


女子生徒はそういうとにっこりと笑って後ろに座っている人を見る。そこにいるのは顔を引きつらせながらも真剣に机に向かい合ってる山口先生の姿が…。


(呼び出したのは先生かな?でも、生徒が…)


皐月がそう思っていると女子生徒が口を開く。


「先生?いつもいつも言ってますよね?専用機とは言えでも…いえ、専用機だからこそきっちりと使用許可の申請書を提出してください。私の書類仕事に影響が出るので事後報告ではなく、しっかりと使う前の事前報告を身につけてください」

「いや、分かってる…ほら出来た」

「いえ、不備があります…普段からちゃんと申請書を出していれば起きないような不備が」


そう言って怒りの表情を混ぜながら淡々と先生に言葉を紡いでいく。その所々にトゲがあり先生は半泣きである。


「それで、あなたが姫川皐月でいいのね?」

「え、あ、はい!」


皐月は先ほどのやり取りで少々気圧されており、思わず姿勢を正す。


「そんなに驚かなくていいのだけど…まぁ、いいわ。その封筒は桃形君からね」

「え、はい」


そう言って目の前の女子生徒に渡すと山口先生がペン机の上に置く。


「よし、出来だぞ…これでいいだろ?」

「ダメです。桃形君の申請書を見てもう一度見直してください…この辺りの責任者の一人が部下より書類ができなくてどうするですか?」

「殆ど上下関係はないだろ!あと、それ関係ない!」

「事実上はの話です。しかし、責任などは先生の仕事であるので事実上上司です」


そんなやり取りを皐月の前でしたのち、再び山口は泣きながら机と睨めっこし始める。


「えっと、これってどういう状況ですか?」

「あぁ、話してなかったね。私は金糸雀所属、雛影ひなかげ そら。一応秘書という役職についています」

「えっと、姫川皐月…金糸雀に所属してるはずだけど…役職は…」


皐月はそこで詰まる。自分の役職なんて一度も聞いたことがなく考えていた。


「大丈夫ですよ。役職はまだ決まってませんから」

「そ、そうなんですか」

「まぁ、まだ皐月は正式に金糸雀の所属になったわけじゃないよ」

「え?」


皐月は雛影の言葉に驚き、一瞬止まる。


「そ、それってどういう…」

「あ、不安にさせちゃったね。別に君が金糸雀所属じゃないと言いたいわけじゃないんだよ」


雛影はそう言うと再び提出される山口の書類を見て『ダメ』と呟きつつ予め出していたであろう書類を皐月に渡すように手に持つ。


「えっと…これは?」

「組織に所属するための正式な書類だよ。明日には提出するように。ある程度書類に纏めておかないと構成員でもないのに金糸雀を語られる可能性があるからね」


その説明を聞き皐月は書類を手に取り内容に目を通していく。皐月にはあまり馴染みはないのだが、しっかりとしていたもので契約書類と言う印象だった。


「えーと、一枚目はわかるんですが2枚目3枚目なんですか?」

「あ、それは学生や手に職を持つ人が申請する手当だね」

「へぇ、そんなのがあるのか…んですか」

「別に無理して敬語を必要はないよ。それに手当と言っても所詮は非合法組織。精々、住処の提供などくらいだよ」


金糸雀の表は基本的に不動産屋などと言った一般企業のようなものである。その中にある住まいを手当で組織の一員に無償提供をしているのである。


「難しい話をしてるところ悪いがこれでいいか?」


山口はようやく書き終えた書類を雛影に見せる。

ようやく、まともに書き終えた書類を見て雛影は頷くと山口はすぐに立ち上がり生徒会室から走り去っていくのだった。

それを皐月は茫然と眺めるだけだった。


「…えっと、どうしたんですか?」

「金糸雀としての仕事だよ。表では突然の出張で学校にはいないことになってるけど」

「大丈夫なんですか?都立ですよね」

「大丈夫だよ。一応、この国とのそう言った話はつけてるみたいで裏で手回しは出来てるから」


皐月は引きつった笑みでそれを聞く。要するにこの組織は最低でも日本政府などと言った上の方とよつながりがあると言うことである。

実際、皐月は地味にでかい規模になんとなく現実味がなく情報として入ってるかも怪しい状態だった。

しかし、皐月がそこに行き着くための情報は実は存在していた。


そもそもが金糸雀という組織は異界などの存在を確認していながら地球という規模でしか活動をしていない非常に珍しい立ち位置を持つ組織である。故に、地球での繋がりが強く政府などとの協力関係などが少なからずあることが予測できる。


「それで、今回の要件はこれだけですか?」

「あ、いや。まだある」


しかし、そんなことを理解できない皐月は話をなんとか逸らして用件を聞き出そうとする。

それを知ってか知らずか雛影は座っていた机から降りて先程まで山口の座っていた椅子に座る。


「とりあえず、落ち着いて話がしたいからそこの椅子にでも座って」

「は、はい」


皐月は促されるままに座ると目の前にある資料が渡される。その資料は分厚く皐月はうんざりしたような表情になる。


「まぁ、そんな顔をしないの。これは今までの金糸雀の活動が書かれてるだけだから別に読まなくていいよ」


雛影の言葉に僅かに安心する皐月は資料に軽く目を通していく。そこに書かれていることは皐月の予想ではおそらく山口や雛影がこの組織に入る以前のことまでもが事細かに書かれていた。


「それで、用事だけど…大丈夫?」

「はい、大丈夫です。あとで読んでみます」

「そっか、なら良かった。それで君は最近の悪魔の呪いはどう処理された知ってるかな?」


皐月はその質問にここ数日、空いた時間に読んでいた報告書を思い出す。


「確か、一時的とはいえ完全に存在が消えていたが…いや、だからこそ特に問題なく対処とかは後処理は殆ど無かったと聞いてます」

「まぁ、その程度だよね」


皐月の知る情報を聞いた雛影はそんなものかと呟く。

因みに皐月の知る情報を補足すると、その存在がいない状態が一時的に正常だった為、世界の修正力…要するにいない筈の状態をいる筈の状態への認識へと普通の人は変換されている。

そして、大抵の人は存在を完全に喰われる前にことを済ませたので死傷者は無し…のはずだった。


「実は一つだけあの事件で厄介な後処理があるのよ」


雛影はそう言うと一つの書類を取り出して皐月に手渡す。

皐月はなんとなくそれを手にとり内容を見る。


「これは…転校書類?」


それは酷く違和感だらけのものだった。細かい情報は書かれているのに大事な情報だけが抜け落ちている。

しかし、皐月はどこかこの違和感に対して既視感を感じていた。


「えーと、名前が無いのは書き忘れですか?」

「違うよ。これは悪魔の呪いでの数少ない犠牲者の書類。あなたは一人だけ知ってるはずだよ…悪魔によって存在を消された人間を」


そう、皐月は知っている。その存在を…忘れることのできないような意外と…いや、あっさりとし過ぎてむしろ恐怖が後に湧き上がってくるような光景…。


悪魔が現れた時に存在を喰われた実行犯は誰だったか?


(確か…どこかで名前を見た…そう、昨日…いや、一昨日に見た…筈だ)


そう、見た…そういう認識は皐月の中には存在している。しかし、考えれば考えようとして認識が薄れていく…そうして、考えていくうちにあの日の実行犯そのものと会ったことすら忘れてしまいそうな感覚が皐月に押し寄せてくる。


「どうやら、認識できたようね。書類とかちなみに今更書類を見直しても名前は出てこないから」


雛影のその言葉はなによりも刺さった。皐月がふと見直しても…初めから無かったように…認識していた筈の名前がどこにも存在していないのだから。


そこにあるのは違和感だらけの空白なのではなく、初めからそうだったように三人称が使われていた。


「まぁ、あくまで状況的推察だから本当にこの転校書類と報告書類の人物が同一人物とは限らないのだけどね」

「え?」


皐月は雛影の言葉に理解が遅れる。先程まで報告書類の三人称で書かれている誰かと空白の転校書類は同一人物という体で話されていた。

しかし、それに至る確信はあくまでも状況的証拠にしか過ぎない。


「そもそもが私達はどれだけ覚えていようとしても最大でそんな情報があった…程度の話なの。この転校書類だって、おそらく報告書類の相手と繋げて覚えていた私達はただの未完成の書類としか思えなかった」


結局は状況的証拠にしかならない。雛影は転校生の件を実は教室で皐月が持ち出すまで情報として残っていなかった。

しかし、皐月の知る転校生の情報を知り、彼女は生徒会の権限を利用して調べた。


その結果出てきたのはこの違和感だらけの空白を持った転校書類だと雛影は語る。

何に使われたのか分からない要らないものというイメージの方が強かったという。


「えーと、その時、いなかったはずでは…」

「あー、そういえば知らないんだっけ。この学校の4分の1の生徒は金糸雀の所属なの」


皐月は一瞬、言葉を失った。確かに自分の知らないところで金糸雀に所属している人は何人かいるだろうという予測は桃形の時からしていた。


しかし、皐月にとって学校内で4分の1も所属しているというのは予想外だった。


「普通は驚くよね。去年に説明した人も同じ表情していたよ」

「…あー、色々と誰が誰だか…」

「ごめんね。そこは言えないの。情報担当や隠密担当の人が多いから指令と戦闘の人はある程度の立場でしか教えられないの」


雛影の言うことに対して皐月は理解はする。

しかし、思い当たる節はなく、やはり悩むように首をひねる。


そもそもが、情報部などは基本的に一般人に紛れ込むためにも他の部署よりも組織とは遠い存在になっている。

しかし、情報網は他の情報部などと共有しており、巨大なネットワークを築いている。中には他の組織のスパイ染みたことをしている人もおり、他の部署との接触によりバレる可能性を下げるために基本的には書類上でも存在を隠されている。


「あー、そういえば土戸から聞いてるいるけど、新しい子が他にもいるって?」


話を逸らすように雛影はそう言うと皐月は首をひねる。いきなりと言うこともあり、話の内容をついて来れずに戸惑う。


「あー、ごめん脈絡がなかったね。ライノって名前だけなら知ってるけど今呼べる?」


皐月はそこで誰のことか思い至る。

昨日会ったライノのことを話していたのだ。


皐月はライノの学校について言い、呼び出せない旨を伝える。


「ふーん、あそこに通ってるのね。なら、確実に引き込みたいわね」

「…あ、あの」


雛影は別の方向を向き思案の表情を浮かべる頃、皐月はあることを気にしつつ呼びかけた。


「…、どうしたの?」


考え事をしてるからか雛影は返事が遅くなりながら皐月の方に向き直る。


「あ、あの…そろそろ昼休みが終わる時間なんですが」

「……あ」


皐月の言葉に雛影は自分は今学生という身分で昼休みだということを思い出す。

普段から生徒会の仕事という体で金糸雀での書類仕事をしていたが、今回は特殊ケースということもあり、失念していた。


「ごめん!後で他の用件は送るから教室に戻って大丈夫だよ」

「え、あぁ分かった」


少し焦り気味皐月を生徒会室から出すと雛影は、はぁっと息を吐く。


「…そうえば、聞き逃したな…」


雛影はそう言ってある書類に目を通す。


「…どこであなたは勇者や英雄と仲良くなったのかな?」


そこにある書類に書かれている姫川皐月の交友関係は分かる人には何か偶然ではスマしたくない片鱗を感じるのだった。


「そりゃぁ、劣等感を抱くはずだよね。そんな存在の庇護下に入ってきたんだから」



**


先住町には戦争の頃の影響か不明だが巨大な地下道が存在していた。それは市外に通じており、迷路のような場所だった。


現在では金糸雀という組織が隠蔽に動き表には存在しない場所とされている。


しかし、あくまで表から抹消されただけであり深く調べていくとこの地下道の存在は簡単に見つかってしまう。


ゆえに敵勢力にまず攻められる場所とされてもいるのだ。


そして現在、地下道のいくつものポイントで戦闘が起きていた。

いや、方角的に言うなら二方向から攻められていた。

多少の作戦による裏どりをされることなどもあるが、二つの勢力が一つのものを攻めている…おまけにその勢力が仲が悪く極力互いに干渉しないように攻めているため、攻められるポイントに限りが存在していた。


そして、現在『BB』の部隊長は東から攻め入っていた。


「ふん、強者が多かろうと所詮は少数勢力だ。念入りに囲ってつぶせ!」


数の優位をうまく使い攻め入る作戦によって現在、金糸雀の戦力を抑えていた。


しかし、金糸雀の方も援軍との戦力交代を行い人数は変わらなくても勢いが衰えることはない。


『ふー、アルデさん。俺は出なくていいかい?』

「い、いえ勇者様が出る幕ではまだないかと」


後方に築かれた拠点で安全に待機している勇者からの連絡にアルデと呼ばれた部隊長は少し怯えた様子で勇者が出ることを抑える。


『…全く、親父が死んでるから俺が事実上の勇者だろうけど…そこまで怯える存在ではないだろう?まだ子供だぞ』

「し、しかし勇者様には敬意を払わねば」


その言葉を聞き勇者は小さく面倒と呟くと「とにかく、頑張れよ」と言って通信が切られる。


(今回は勇者様の身内が手を出された件だしっかりとせねばな)


アルデはそう自分に言い聞かせて部隊に指示を送る。その際に指令官に報告をして、動きを確認しつつ動かしていく。


現状では膠着状態であるものの暫く続ければアルデ側が押し出すことは目に見えていた。


そこに金糸雀たるイレギュラーが存在しなければ。


光が辺りを照らし出す。破壊の権化がアルデの目の前にいる部下を吹き飛ばす。


そこには…


巨大な龍が降臨した。


そう言えるような銀色の龍の形を模したエネルギー体がアルデに迫りくる。


肌にかするように通り過ぎるその龍はとぐろを巻いて再びアルデに迫り来る。


(…なんだ…なんなんだ…あれは!)


アルデは戸惑いながらも伏せる。それによって髪をかするように通り過ぎていくその龍は目の前で半壊になった仲間たちを再び吹き飛ばす。


「くそっ…ここはもうダメだ!全員、撤退しろ!後ろは気を付けろ食われるぞ!」


僅かに残った隊長としての冷静さが撤退の指示を出すことに使われた。ここで戦えば死ぬという意識が強く逃げにしか選択肢がない故に全員それに従いいち早く逃げようとする。


しかし、そんな恐怖で動いたものは再び折り返してくる龍の形を模したものの犠牲者となる。

圧倒的な暴力を模したそれはそんな犠牲者達を無慈悲にも消し去る。圧倒的な破壊が僅かな犠牲者達を僅かな原型を残して葬り去る。


そして、それを見て腰を抜かして止まった者達も言われるまでもなく、犠牲者の一人へとなっていく。


残るのは撤退時のマニュアルをしっかり守って周りへの警戒を怠らずにその場から逃げようとしている者だけがこの場から逃れる術を持っていた。


そうして、撤退していく彼らのいた場所には二人の存在が残っていた。


『ふぅ、逃してよかったんですか?』

『あぁ、それが今の俺たちの役目だからな。あとは秘書ちゃんがどうにかしてくれるでしょ』

『あー、生徒会長が…ですか』


この二人の男はそう言いながら棒立ちしていた。

その姿はメタリックな鎧、要するにパワードスーツを纏っておりその顔立ちなどは見えない。しかし、二人とも装甲が厚かったり巨大なものではない鎧タイプの為、体のラインそのものは見える。

そして、二人にとっての敵が見えなくなった時点で銀色の龍の形は無くなり、ただ無音の空間が支配しているだけだった。


そして、その頃、雛影は昼休みも終わった学校の授業を受けながら今回の指揮を取っていた。


『二人ともおしゃべりはこの辺にしておいてください。今、あそこ(スパイ)から情報が入りました』

『そうか、なら行くしかねぇよな』


背の高い方の男がそう言って歩き出す。


『あー、待ってくださいよ土戸さん!』

『おい、いくら敵がいないとはいえでも本名を出すな桃形!』

『ブーメランって言葉知ってます!?』


そんな風に二人は少し話しながらその場を去っていくのだった。



**



一方、西の方では『VH』が攻め込んでいた。


圧倒的な練度と英雄による采配により、金糸雀は押されていた。

本隊同士のぶつかり合いは圧倒的な練度による連携を持つ『VH』と一騎当千の個人戦の強い『金糸雀』その戦いは一見、拮抗しているように見えるが金糸雀が個人個人の損耗が大きかった。


しかし、それを巻き返すことが起きる。


『VH』の全員が闇に飲まれる。いや、正確には暗視機能などが一斉に機能不良になったのだ。

そして、金糸雀の指揮官であるマスターからの報告と命令が飛ぶ。


『今、時間稼ぎに相手の機器の機能不全を起こしたがそんなに時間は足止めできない一旦引け!奴が来たぞ!』


その瞬間、暗闇の中で光が走る。それは、おおよそ人とは思えないほどの姿形をした何だった。


それは二つの直剣を振るい敵を薙ぎ倒す。しかし、装甲が厚いのか切ることは叶わずその光を放つなにかは剣を思いっきりぶつけて押し倒す形にしかならなかった。


『思った以上に…硬いな』


そう、ポツリと呟くのは山口だった。彼は現在、三十三機のパワードスーツの同時展開をしており、その姿形は素のパワードスーツが何だったか分からないくらいごついものとなっている。


光を放っている目、背中からは金属でできた翼付きの推進器付きの翼、腕には守るように幾重にも重ねられた鎧、持たれている武装は幾重にも重ねられた装甲の隙間にも隠されており、目に見えて使える大型武装はビット型魔力銃、肩から出ている大砲、などが挙げれる。また、マリオネットが数機、後ろの方で余分にある装甲と武装を持って控えていた。


『あれが…金糸雀の武装使い』


『VH』のある男は息を落ち着けながら機能を取り戻した機体で山口の姿をとらえる。


その後ろには既に体勢を立て直して別のパワードスーツに変えた金糸雀の戦闘員たちが待機していた。


一瞬の睨み合い。


それは戦場でいつ起きてもおかしくない瞬間…それは永遠のように長く思えてそして、張り裂けそうな緊張が辺りを包んでいた。


そして、それを壊したのは金糸雀の山口だった。


『全隊、突撃!』


それと共に狭い地下空間を飛び回るように動き出す金糸雀の部隊。限られた空間とはいえでも半径15メートル程は存在している半円の空間である。


大人数がぶつかり合うには充分な空間が存在している。

しかし、先程の同じぶつかり合い…だが、結果は違う。


山口という金糸雀での特異点が前線を圧倒的にまで変えていた。


山口の機体は前線に立ち、宙から高速で迫り敵を潰していく。まさに敵にとっては悪魔そのものである。


しかし、そんな圧倒的な戦況も長くは続かない。


『ふむ、ならばこちらも英雄として打って出ようではないか』


そう呟いて戦場の中心に現れる。その姿はまるで女神と形容したくなるような神聖に見えるような白い衣装を纏った少女の姿だった。


白い一枚の布が顔を隠し、僅かに透けて見える髪は黒い長髪、肩口を出すような白い服、白い羽衣、左腕には固定された小さな盾、右手には長柄槍が握られている。


『さて、一手…それで変えよう』


誰もが息を飲んでその少女に見惚れた瞬間、その声で金糸雀の全員が現実に引き戻される。


そして、実感することになる英雄というのは圧倒的な才と力の成り立つ理不尽だと言うことに。



バギッンッ!


轟音が辺りを支配する。その一撃は視認するのすらおこがましいと言えるような理不尽な暴力。それは山口へと向かい、機体の半分が半壊による安全セーフティーにより、展開が解除される。

見てみれば、英雄は山口の目の前にまで迫っており、ギリギリあたりはしなかったがパワードスーツの大半を抉るように槍が刺突されていた。


英雄が通ったであろう場所は摩擦で燃え盛る程の衝撃を与えており、爆発が起きたのではと疑問にさえ思うほど抉れていた。


たった、一手それだけで山口という男の戦力を半減させた。次なる展開に時間のかかる山口にはその一撃はとても重いものとなる。


そして、その光景を見た『VH』の戦闘員達は勢いに乗って攻め立てる。

金糸雀の陣営も先程の勢いで攻勢に出るのだが、動きがぎごちない。


英雄は宣言通り一手で戦局をひっくり返した。


圧倒的たる力を持ってそして、その後も指揮を務めてこれまでにない連携を見せていた。


山口はどうにかしようと二本の剣を振るい、目の前の敵を薙ぎ倒そうと動く。しかし、一人一人を相手にしてる訳ではない軍隊対個人。

彼ら一人一人で戦う金糸雀とは違い数での連携を何よりをも大切にしていた。


それは小規模でのことではない。


少なく見積もっても百はあるであろう軍勢が完璧な連携を取る、少人数ずつでの一人当たり何人で当たるとかの連携ではなく、一人相手に全員での連携を作り出していた。


戦いの際に一度剣を交えた相手が入れ替わり別の相手が割り込んでくる、そして、後ろ、前、左、右、上とその人の場に空けば入り込み、または2、3度引き付ければ別の相手に交代されている。


いくら、乱戦を得意とするものでも完璧な多対一を作り出されては打開するのも不可能に近い。このままでは数というものに押しつぶされて金糸雀が負けることが目に見えてきている。


何より、イレギュラーな英雄が攻撃を仕掛けるのがまた絶妙であり、尚且つ攻撃の要となっている山口を集中的に狙っていた。


『くそっ、このままじゃ…いや、まだだ!』


山口はマスターの指揮官としての才能に託すことにした。


金糸雀という組織というのはそもそもが元は二人の人間からできた。


最強の采配者と最強と呼ばれた戦闘員の二人だった。


故にこの二つは平等であり、戦闘と指揮その二つのエキスパートが存在している。

そして、マスターは指揮官としての適性がかなり高い存在…彼が取った行動は一つだった。


『…好きにやれ。目なら俺がやる』


という言葉だった。その言葉に山口は機械の鎧の中で笑みを作る。そして、それはすぐに実行された。


山口は次、次とパワードスーツを展開しつつ全開で推進器を起動させて敵に迫る。剣で突くといい場所がマスターから報告される。

これまでの俺達の見てきた映像から装甲の薄い部分を求めて切り飛ばす。

そして、英雄一人は違った。隙は少なく、山口達の動きにいち早く気がつく。


『なら、かたまれ!』


その言葉と共に敵のパワードスーツは少しずつ下がっていく。また、山口の方にいた敵は英雄以外が別の場所へと向かっていく。目の前の状況しか見えていない金糸雀の陣営は逃すまいと攻撃の手を緩めない。


山口もまた、自分の方に集中的に狙ってくる英雄相手に攻撃を仕掛ける。左の盾で受けを取られて槍でのカウンターが飛んでくるがその動きをしっかりと見極めて避ける。高度な戦術などなく、ここには純粋な技量と経験がものを言う戦いだった。


それだけ、山口と英雄の戦いに水を差す者はおらず。攻撃一手一手が重要になると互いに手を緩めることのない攻防一体の対決となる。

二つの剣で交互に守り、攻撃しと左で守れば右で攻撃し、右で守れば左で攻撃すると攻撃の手も守りも緩めることはないが相手もそれは同じことであり、山口の攻撃をいなしたり、防いだりと盾を柔軟に使いそのまま体当たりを仕掛けてきたりと奇抜な攻撃も英雄は行なってくる。


一撃一撃は弱い、しかし隙は互いに無い。


しかし、戦況はあっという間に変わっていた。


『バカッ、周りを見ろ!』


その言葉で山口は攻撃を止める。すると、後ろから迫ってくるのは味方の武器だった。


『っっな』


咄嗟のことだったが山口はそれを避けて反撃をしようと考えるが味方の攻撃であることに手が止まる。

それは敵に攻撃を避けられて勢い付いた攻撃が味方へと向かったものだったのだ。

しかし、それが隙となる。英雄はそれを好機と見て槍を薙ぐ。

咄嗟に避けの行動を取ろうとするも山口はそれが選択できなかった。このままだと、体勢を崩している味方に当たると考えた山口は剣で咄嗟に防ぐが、簡単に後ろ僅かに吹き飛ぶ。


(ヤベェ、思った以上に策士だぞこの英雄)


山口は息を整えながら再び英雄の方に剣を向ける。

マスターの対策指示は既に飛んでおり、半数の人間がパワードスーツを解除してコンパクトスーツで避けに徹して貰っている。

これは現在起きている密集状態による味方に攻撃を防ぐだだ。

半数が避けに徹することにより味方の密集で起きる味方攻撃を少しでも少なくしようという考えである。


最近、作られたものだがコンパクトスーツなら、攻撃力もあり無視しきれない存在の為、相手をする数はそんなに変わらないように調整されるようだ。


『思った以上に厄介な相手ですね…多重展開が可能な相手は』

『それはこっちのセリフだ!テメェの魔装は完全版じゃないんだろ?』

『ふふ、どうでしょう』


英雄は笑う。

魔装とはある一定の存在が使える魔力そのものを武装に変える魔力版のパワードスーツである。

マジックスーツとは違い魔法で動かすのではなく魔力で覆い作り出すものが魔装と呼ばれるものである。


そして、それを使える存在は希有な存在であり大抵の場合は英雄や勇者といった存在が使う強力な力の象徴である。


山口はそれに勝つ手段を考えながらも戦う。ほぼ、勝てないと言ってもいいレベルの敵。しかし、それをひっくり返す手段を山口は持っている。

それは多重展開をし続けることである。


パワードスーツはそもそもの原点は魔装の再現である。しかし、魔装とは違い特定の機能しか付けることが出来ず人によって違う性能を引き出すなんてことはできず、性能も劣化品だった。


しかし、専用機や多重展開を行うことによりそれを補うことに成功していた。


山口は二本の剣で英雄の槍のリーチを活かさせないように限界まで接近して戦っていた。

英雄はそれをやられたことがあるのか槍の根本を持ち、短剣のように攻撃をいなしていく。


そう言った焦りもあったのであろう山口は至近でビット銃を放ち攻撃を仕掛けていくがそれを避けられることにより距離を離してしまう。


慌てて距離を詰めようと踏み込む。


だが、彼は忘れていた。


ボォオッン!


暴風が吹き荒れる。否、槍が山口目掛けて迫ってきていた。


それは一瞬の出来事、死すら認識できないような速度で迫りくるそれを山口ははっきりと認識していた。


紙一重、首の皮一枚というスレスレのところにまで山口は剣で軌道をズラす。

しかし、そこで息を吐く暇もない。


英雄はすぐに槍を両手で操りスピードをそのまま薙ぐ。


山口はそれを何とか防いでいくものの、防いだ時には既に次の一撃が山口の命を刈り取ろうと振るわれる。


一振り一振りの速度が速すぎる故に一つ防ぐだけで反動で山口は体がぐらつくがそこを足で踏ん張りこらえる。そして、次の一撃も防ぐ為に二本の剣を動かす。


そして、百にも及ぶ連撃が山口を削っていく…それが行われたのは僅か1秒にも満たなく、山口のパワードスーツの装甲は既にボロボロになり始めていた。


(…これが…英雄ってやつかよ)


改めて山口は英雄という存在を再認識する。


圧倒的なる暴力を持つ理不尽な存在。それが英雄…一説によると運命なんてものを捻じ伏せる化け物と呼ばれていたりする。


『…起動…『全部飲み込め』』


山口の漏れ出した声がやけに響く、しかし何かをする前には英雄が迫ってきていた。再び行われる暴力とも呼べる槍での突きが迫る。


それは間違いなく山口を貫く…そのはずだった。



『専用機…金糸雀式『機械仕掛けの羽衣』』


山口の言葉、それは今、展開されたパワードスーツに力によって暴力は防がれる。

山口の目の前にあるのはひたすら分厚い大楯。


『…』


英雄は僅かに反応を示すもののすぐに槍を抜き、距離を取る。


『何これ?』


英雄は周りを見渡すような素振りでそう呟く。彼女の瞳に映るのは全く別の世界…不可視の魔力を見ることができる彼女には見えていた。


山口の展開したパワードスーツ『機械仕掛けの羽衣』の正体が…


パワードスーツを展開してから違和感だらけの山口の姿…それは先程まで展開されてしたパワードスーツの装甲が最低限になっておりスピード特化のパワードスーツに見える。


そして、山口が動き出す。


それは一歩踏み出すだけだった。


それだけで英雄の目の前にソードビットが現れる。咄嗟に反応した彼女は盾で防ぎ山口に近づく。

そして彼女は見た山口の持っていた武器が変わっていたのだ。魔力を凝縮して放つ銃が一気に多量のエネルギーを放出して英雄のいる方向一面を真っ白に染め上げる。


そして、残ったのは魔力銃の破壊痕だった。


しかし、一部は残っておりそこには英雄が立っていた。

その様相は先程とは違い体は無傷であるものの服はかなり損耗しており、羽衣は半壊していた。


『まさか、羽衣を使うことになるとは…』


英雄はそう呟く。それと共に服は元通りになる。そして、羽衣もまた修復されていく。


『認めよう…君は英雄わたしと相対することのできる存在だ』


その瞬間、英雄の姿が消える。否、消えたわけではない。反応や認識よりも速く英雄が動いているのだ。

地を蹴って抉り、壁を蹴っては抉る。通った場所は英雄の速度に付いて行けずに壊されていき、砂埃が辺りに立ち込めるがそんな中でも山口は正確に英雄の位置を把握していた。


再び剣を出して振るう…しかし、その瞬間には空気を蹴り英雄は上に回る。


天井を破壊して大きな瓦礫と共に英雄の槍が振るわれる。それを防ぐ…しかし、次の瞬間には英雄は懐に入り込み再び暴力と呼べる突きを放つ。


(ヤベェ、避けられねぇ)


山口は目の前に来る圧倒的な暴力に間に合わないことを認識した。そこに抵抗を意味など為さずただ、ゆっくりとした時間の中で走馬灯のように色んなことを考えながら長い長い槍が自分にぶつかる瞬間を待つ。


そして、胸に槍がぶつかる瞬間のことだった…


バギッンッ


槍が砕ける。そして、山口は気が付けば遠い場所で倒れていた…パワードスーツそのものは展開されたままでありゆっくりと体を起こした山口は周りを見て何が起きたのか確認をする。


そこには、槍を砕いた一人の男の後ろ姿があった。その者の持つ剣は限りなく刀に近く、その姿は汎用機のパワードスーツを纏っているようにも見える。山口はその男を知っている。


『大丈夫か?ここからは『私』も相手になろう』


倉松 外一は綺麗な構える姿勢を取り英雄を見据える。


『…刀…のように見えるけどこれはサーベル系の西洋系の刀…』


英雄は槍の砕け方を見てそう判断すると槍を捨てる。そして、手を広げようとした瞬間、一閃が彼女に向かって飛ぶ。


倉松の斬撃は一つでは終わらない、二…三と一瞬のうちで追い詰めるように行われる。

抜刀などの一撃は大抵は一線で終わる…しかし、彼の抜刀はその速度を残したまま行われている。


(…これは槍を新しく出す余裕がない)


英雄は避けながら思考する。彼女の武器は基本魔装と同じで魔力で作られている。故に砕けても次を用意することができる。しかし、基本自分で振るう槍はかなり硬さとスペックを誇る為、魔力で作るのに多少の集中力が必要となる。


普段なら他の仲間の助けを借りて時間を作るのだが、現在交戦で手一杯の仲間を呼びつけるわけにはいかない。更には今目の前にいる二人が自分でしか対処できないほどの手練れである故に足止めは仲間を死なすことを意味する。


(…八方塞がりか)


その考えに至ると共に英雄は動きを止める。二人は何で足を止めたのか気を止めるがこれ以上にないチャンス故に攻撃を仕掛けるしか無かった。


だが、彼ら二人は舐めていた。


いや、まだ発展途上の英雄故に二人が協力すれば勝つことは簡単のはずだった。


それは普通の英雄の話。


彼女は普通ではない。


英雄とはその才能を引き伸ばす為に幼い頃より先代である親に鍛えられる。


だが、彼女は違った。先代に当たる親などとうに死んでおり、もう片方の親は英雄として関わって欲しくないと育ててきた。


しかし、彼女はそれとは裏腹に英雄や勇者、それと並ぶ存在と切磋琢磨してきた。


二人の体が崩れる。


倉松のサーベルは英雄の手でいなされてそれを引っ張るように引かれる。

その先は山口の切っ先が存在する方向へと。


山口の動きは止まる。


その一瞬の静止、それが英雄にとっての好機。貫手を放ち山口の装甲を貫き腹を抉る。


一瞬のこと…ただ、予想外のことが二人の思考を止めていた。山口は自分の腹を抉られたことに一瞬気が付かなかった。


しかし、次の瞬間には英雄は再び槍を作り出していた。


二人はすぐに体勢を立て直して後ろへと下がる。しかし、山口は半歩下がりきれていない。


再び、槍の突きが山口に迫りくる。


(嘘だろ…英雄は特化してる筈だ…何で…こんなに成長してるんだよ)


迫りくる槍をどうにか避けようとする山口は再びその時間が長く感じた。逃げようとしても無理だというのはもうすでに分かっている。そして、英雄の予想外の強さに驚愕していた。


そもそも彼女は『戦乙女』と呼ばれる英雄だ。


その彼女が得意とするのは武器を使った乱戦。それが代々得意としてきた戦い。圧倒的な力を持たずに戦略と技量で百で万の兵をなぎ倒すことができる英雄である。


そんな彼女が仲間を頼らずに武器を使わずに戦う…いや、それ以前に圧倒的な一撃必殺のような槍による一撃を放つこと自体がありえない。


いや、別に絶対あり得ないという話ではない。将来的に見ればその術を覚えざる得ない。しかし、英雄はまだ初期の発展途上というほどで実践による自身の英雄としての才能を伸ばす筈である。


彼女戦い方は既に自身の才能から外れた戦い方をしているのだ。


そして、槍が山口に当たる…



バッァン!



音と衝撃が走る。地下の壁には穴が開く。その余波が英雄と山口二人を巻き込む。いや、それだけではない倉松や両部隊を巻き込んで吹き飛ばす。


それにより、山口は槍から逃れ一命を取り留める。


『な、何が…』


誰もが状況を確認しようとする瞬間、銀色の二尾の龍が壁に開いた穴から現れる。

それと共にパワードスーツを着込んだ何かが龍から逃げるように走り抜ける。


『ちっ、しつこいな!』


ある程度距離を離したところでパワードスーツを着込んだ存在は自分の持つ剣を掲げる。

その瞬間、辺りから光が漂い始める。


そして、振るわれるその剣は輝きを放ち光と共に激しい奔流となり、龍を飲み込む。


それは穴の奥にいる存在まで届こうとする。しかし、それは何か大きな壁によって阻まれる。


『チッ、厄介な奴らだ』


そこにいるのは桃形と土戸だった。

桃形は身の丈はある盾を構えて、土戸は銃を突きつけながらパワードスーツを持つ存在を見据えていた。

しかし、桃形の方はパワードスーツの端々から血が流れておりもうすでに満身創痍の状態だった。


『桃、お前はもう休め』

『いや、まだ盾は壊れない…まだいける!』

『仕方ないやつだ。勇者…お前はこれ以上覚醒する前に仕留める』


土戸は踏み込む。勇者と呼ばれたパワードスーツを着込んでる者に向かって銃を向ける。

そして、引いた引き金からは三尾の龍が現れる。

それに立ち向かうように勇者は剣を振るう。


**


ゆうひ差し掛かる生徒会室で雛影は一人書類仕事をしていた。


「ふぅ、何とか今日はどうにかなったみたいだね」


彼女はそう言って耳に付いていた小型のインカムを外すとゆっくりと伸びをする。


「会長!今日の仕事多過ぎですよ!」


そうしていると泣きながら入ってくる女子生徒がいた。彼女はここの生徒会の書記であり金糸雀などとは無関係の人間である。


「そうだね…確かに今日の仕事量は酷いね」

「ですよね!私、これは酷いと思うんです!何でこんなに生徒会に仕事を押し付けるんですか!?」

「まぁ、ここの生徒会はその分権限は多いんだ。バランスを取ってると思って諦めるしかないね」


雛影の言葉に書記はむーと頬を膨らませるがそれを無視して仕事をこなしいく。


「会長は大人ですね」

「そうでもないさ。私はまだまだ子供だよ。仕事と割り切れないことなんて沢山ある」


そう言って雛影は外を見る。そこにあるのはいつもと何ら変わらない日常。そこから見える風景だけでは今日の裏で大きな抗争があったなんて誰も思わないような平和そのもの。


「平穏に生きている人が時折憎く見えるくらいはね…」

「会長?」


雛影の雰囲気に何も知らない書記は首を傾げる。


「何でもないよ。私たちがこうして書類仕事をしているのにも関わらずのうのうと遊んでいる人がムカつく…ただそれだけの話だよ」

「あー、会長もたまってるんですね」

「多かれ少なかれは…ね」


そう呟く雛影は夕日もあったのかどこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。

そして、二人で微笑み合う。そして、書記はとうとうとあることを聞くことにした。


「会長…聞きたいことがあるんです」

「何かな?私に答えられる権限のあるものなら」

「はい、では聞きます」


いつになく真剣な表情の書記。

そして、切り出されるその言葉は…


「さっきからそこで半泣きで書類仕事をしてるこの人達は誰ですか?一人は別校の人ですよね?」


書記が指差すその先にいたのは皐月だった。そして、もう一人はライノだった。


「あー、ここにいる少年は姫川 皐月と言って新しい雑用…会計に任命しようと思っている。あともう一人はボランティアで親切に手伝ってくれている人だ」

「え、…あ、はい!そうですか!」


皐月とライノは何も言えない。

書記がどうして慌てたように取り繕うのかそれに対してツッコミを入れるほど強者ではない。

雛影はとてもいい笑顔で有無を言わせない雰囲気で先程から喋っているのだから。


もし、ここで皐月が会計を拒否しようものならどうなるのか分かったものではない。


「えっと、姫川さん?よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」


皐月はそう言うしかなかった。


「でも、そんなに書類ってありましたっけ?」

「え、あー、新しく任命されたのでそれに応じた書類もあるので実際の仕事はその半分くらいですよ」

「そうなんですか。ここの生徒会はいつも書類やら何やらが沢山くるので頑張ってくださいね」


皐月はそう言って誤魔化す。半分は正解だが殆どは本来生徒会長であるはずの雛影の仕事である。

因みに今雛影のしている仕事は全部、金糸雀に関係する書類である。


「では、そろそろ解散といこうか。他の役職が辞任して以来久々の人数だね」

「そうですね!では、お疲れ様でした!」


そう言って元気よく書記はカバンを持って生徒会室から出て行く。


「んじゃ、俺たちもこれで…」

「おや、どこに行くと言うのかね?」


皐月とライノは出ようとするが笑顔でニッコリと静止させられる。二人はもう書類仕事は嫌だと懇願するように首を振る。


「あー、大丈夫だよ。もう書類仕事じゃないから。金糸雀についてだ」


皐月とライノはその言葉を聞くと顔色を変えてドアの鍵を閉めて話を聞く姿勢になる。


「さて、今回抗争があったことは先程言ったと思うが」

「はい、『BB』と『VH』が攻めてきたんですよね」

「その通りだ。そして、攻め込まれた理由は保護対象である姫川皐月に手を出したこと」

「…え?」


皐月は予想外のことに言葉を詰まらせる。

なぜ、自分が保護対象になっているのか、そんな思考ばかりが皐月の頭の中に駆け巡る。


「えっと、要するに姫川皐月を向こうに明け渡せばいいとかですか?」

「ライノはいいところを突くね。でも、事はそんな簡単な話ではないんだよね。一度でも、こうして保護対象を手を出されてしまえばどうにかして報復をするなりしなければ組織としての面目が潰れてしまうからね」

「なら、どうすれば…」


正攻法ではどうにかできる状況ではない。既に抗争は始まっており一度始まれば止める事は難しい。


「だから、私達指揮をする者たちは考えたわけだよ。君に二つの組織と交渉してもらおうとね」


その時、沈黙が生徒会室を支配した。皐月は汗を一粒垂らしてどういうことか頭の中で整理する。

ライノは何故そういう結論に至ったのか頭を抱えている。


「てことで、ライノは魔装が使えたし皐月の護衛をよろしく頼むよ」

「だから、私も呼び出したのかぁ!」


横暴なる指揮官に対して嘆く二人の悲鳴が学校内に響き渡るのだった。



**


土戸は現在、自分の部屋で倒れていた。


「あーきつい…」


左肩に包帯で覆っておりそこからは血がかなり漏れ出ていた。

また、それと同じように右脚が縦にバッサリいかれたのかそこからも包帯越しに血が滲み出ていた。


「土戸さん、大丈夫なんですか?」

「うーん、これを世間一般で大丈夫とか言ったらそいつはもう頭がいってるな」

「軽口はまだ叩けてますね」

「皐月君が秘書ちゃんに似てきてる!」


皐月は心配して土戸に話しかけていたものの、不真面目な軽いノリ頭が痛くなってきていた。


「とりあえず、大丈夫そうですね」


そう言って皐月が去ろうとした時だった。


「んで、皐月君は秘書ちゃんに何言われたんだい?」

「…っっ」


何も答えられなかった。確かにこの前皐月はこの後のことをどうにかするために動くと言った。


しかし、しかしだ。


皐月は知らなかった勇者と英雄の恐ろしさというものを。

山口も腹に大きな傷を抱えて、目の前の土戸もボロボロだった。

そんな存在の前に立って自分は交渉を成し遂げられるのか…この二人を死なせないようにできるのか…そんな不安が皐月にはあった。


失敗すれば金糸雀に所属する人間の殆どは死んでしまうかもしれないそんな恐怖が皐月の中で引っかかっていた。


「まぁ、大方予想はできる。どうせ、交渉してこいとか言われたんだろ」

「…分かるんだな」

「まぁ、俺の昔の相方も似たようなこと言いそうだなぁと思っただけだよ」


土戸はそう言って起き上がる。


「まぁ、考えるといいさ。今回は痛み分けに持っていった。数日くらいの時間はあるさ」

「それって…」

「こうやってバカしてるけどこれでも金糸雀の戦闘要員だぜ。舐めんじゃねぇよ」


**



先住町に近い町に存在する『BB』支部では勇者がボロボロの状態で戻ってきていた。


「だ、大丈夫ですか勇者様!」

「…あぁ、引き際を間違えていたらこっちが死んでたな…」


勇者はそう呟いて仮眠室までいって横になる。


「八神、お前は生きてたか…」

「なんとか、と言ったところですよ隊長」


勇者は側近である八神を見て安心して大きく息を吐く。


「八神、今回は何人死んだ?」

「全く闘いがあるといつもそれだなぁ」

「…仕方ないだろ…俺はそんな人の死と近い場所に今までいなかったんだから」


勇者の言葉に八神は一瞬言葉に詰まる。八神は勇者と殆ど同じ年だが、勇者と違い殺伐とした世界で生きてきた。

故に思うところはあるのだろうが何も言わずに答える。


「今回は人数が少ないこともあって二百人中73人。金糸雀の銃使いで大半が持ってかれたな。まぁ、あの盾使いも隠れていたもののかなりの実力者だったがな」

「…そうか、俺がもっと強ければ」


八神は何も言わない。勇者というのが弱いのは八神から言わせればそうだ。事実、この抗争の前は八神の方が強かった。


しかし、勇者はピンチをくぐり抜ければくぐり抜けるほど強くなっていく。故に、現在は八神よりも勇者は強くなっている。


「大丈夫さ。今日、剣の顕現ができたじゃないか」

「いや、まだだ…まだ、魔装まで至っていない」


そう、勇者はまだまだ発展途上だった。

魔装の展開も出来なければ勇者の象徴たる武器の顕現すらつい最近までできていなかった。


しかし、彼は今回の戦いで剣の顕現にまで至っていた。


「俺は天才じゃなくてはいけないんだ…あいつが望む…天才でなくては」


勇者は再び手を掲げて握る。決意を固めるように…強く…強く。


「お前は天才だよ…勇者なんかじゃなくてもきっと…寝てるのか…」


八神はそう言うが勇者は眠っていた。無理もないことだろう勇者には既に深い深い傷があり常に体力を削っていた。先程まで意識があったこと自体が不思議なくらいの傷だったのだ。


「俺には分からないよ。そんなに人の命一つ一つを確認する気持ちが」


そして、八神は先程止めた気持ちを吐露するのだった。


**


一方、英雄は勇者よりは軽傷で近くの支部まで戻ってきていた。


「お帰りなさいませ、英雄様」

「ただいま、イズル君」


彼女を出迎える少年は金髪で身なりや見た目もかなり良く、見る人が見ればイケメンと称するであろう。


「おや、かなり傷だらけですけど大丈夫ですか?よかったら手当てをしますけど」

「遠慮しておく。私より部下の方に回して。下手すれば一撃が英雄と対等の相手の余波を受けて半分は重症、二十人ほど死者が出たわ」

「わかりました。けじめは付けたのですか?」

「痛み分けよ。あれとあそこで戦うのは分が悪すぎるし」


まるで英雄を落とそうとする様に発言していくイズルに対して英雄は躱しつつ自室へと戻っていく。


自室へと戻った英雄はまず部屋の隅々を確認していく。

そして…あるものを握り潰す。


「全く、どこにも私の気の休まる場所はないのね」


それは盗聴器や隠しカメラの類だった。この組織自体が彼女を無理やり従わせるために弱みを握ろうと仕掛けられていることを彼女は知っている。


「全く…こと争いと名のつくことに負けなしの英雄を舐めすぎじゃないの?」


そう言って最後の隠しカメラも握り潰す。

そして、彼女はうんざりした様子で大きくため息を吐く。最初のうちは簡単な場所だったのだが、最近では容赦なく彼女の私物の中に仕込み始める為、彼女もうんざりとしていた。


「…こんな組織、抜け出したいなぁ」


今、彼女に与えられている殆どは彼女を従わせる為のものでしかない。

彼女の持つ部隊も落ちこぼれ集団だったりするし、イズルという少年もまた英雄を虜にさせて従わせようというハニートラップだったりする。


もちろん、彼女の全てが敵というわけでもない。先代である彼女の母に付いていた人達は彼女のことを守ろうという動きを見せているのだが、この組織の現在トップクラスの権力を持っているのが彼女を利用しようとしてる者達である。


「いずれトップになれるとは言っても…ねぇ…まぁ、でもあれについてはここからじゃないと見つけ出せないんだ…我慢しないと」


そんな決意を込めて彼女は眠るのだった。



**



(一体、どれくらいの時間はいるだろう)


そんな疑問が皐月の中でよぎる。確実に一日は超えている。暗い、闇の中で自分のできることを一つ一つ確認していく。


「おいおい、逃げ回るだけじゃ勇者や英雄には勝てねぇぜ」


その瞬間、隠れていた障害物の隙間を縫うように魔力で構成された龍が皐月を喰らおうと迫りくる。


「やべっ」


皐月はそれを見てまず回避行動を取る。しかし、それを許さんと上からも龍は迫ってくる。

いや、上からだけなんて生優しいものではない。


四方八方、逃げ場はなく皐月を仕留めようと大量の龍が攻め立てる。


皐月もそれを指をくわえて見てるような真似はしない。パワードスーツを展開しようとキーとなる言葉を放つ。


「…またかよ!なんで出てこないんだ!」


しかし、パワードスーツは展開されない。皐月はもう既に10度近く展開のための言葉を発しているが一向に展開されることなく、走って逃げることになっている。


「皐月、伏せて!」


その言葉と共に皐月は身を屈めて待機する。すると、黒い鎧を纏ったライノが放つ黒い槍が龍達を貫く。それと共に龍は元の魔力に戻って霧散していく。


「わ、悪い。また、手間をかけさせちまって…」

「今は別にいいから次が来るよ」


次に来たのは山口が操っている五体のマリオネットだった。

そのマリオネットはそれぞれパワードスーツを着込んでいるかのように装着されており、機動力、攻撃力、防御力共にマリオネットとは思えないほどの性能を誇っている。


「気を付けろ…いつ消えるかは分からない」

「うん、それはさっき身をもって知った」


山口の操るマリオネット達は二人が言ったように消える…いや、正確には移動してしまう。それは山口の持つ専用機『機械仕掛けの羽衣』の能力である。


このパワードスーツは正確にはパワードスーツとは呼べず、ある機能に特化した一種の補助機能である。


多くのパワードスーツを同時展開する山口のパワードスーツは必然的に大きく膨れ上がってくる。しかし、このパワードスーツはその膨れ上がりを整理するものである。


自身の魔力によって構築された領域内に収納から顕現、操作など様々なことができる。


例えば…


ライノが剣を魔力で作り出してマリオネットを破壊しよう振るうがその場から姿を消す。そして、すぐに後ろに姿を現してライノの空いた背中に剣を振るおうする。


それを皐月が止める。マリオネットの重心を揺さぶるように体当たりをすると間近で銃を撃とうと引き金を引こうとする。


しかし、やはりと言うべきかすぐにマリオネットは消えて別の場所に現れる。それが、五体…。


(パワードスーツがない以上、この銃でどうにか潜り抜けるしかない)

(皐月が今、パワードスーツを展開できない以上護衛役を担う私がもっと強くならなきゃ)


二人はそれぞれの思惑を持って動き出す。


二人の考えは同じ…強くなるために。



そして、一方で山口と土戸の方は…


「うーん、これじゃ俺をタッチなんて無理な話だなぁ」

「そもそも、これ自体が拷問じゃないか?土戸」


二人は遠く離れた場所で佇みながら龍やらマリオネットやらを操っていた。


「それでも、こんな状況をどうにかできなきゃこの世界で生きてくなんて夢のまた夢なんだよなぁ」

「まぁ、言いたいことは分からなくもない」


二人は知っている今回の敵は勇者と英雄なんかよりも厄介なものなんて沢山あると言うことを…今の勇者や英雄というのはまだ甘い方である。そんな中でも厄介な二人が来たのだが、正直に言えば土戸や山口からしてみればある程度の経験を積んだ相手の方が厄介だと思っている。


「まぁ、そろそろ龍だけじゃ飽きただろうし『フェンリル』っと」


土戸の呟きと共に放たれる弾丸からは魔力が放たれ、それは狼の化け物へと変貌していく。


その姿はまさに神殺しの獣であるフェンリルのように。


「土戸の弾丸は一日十発じゃなかったのか?」

「何言ってるんだ?今の状態の魔力なら十発だが、魔力を別媒体に保存していないとは言ってないぞ」


そう言って土戸は箱の中に入っている弾丸を取り出してセットする。


「それなら、前回使ってくれよ…」

「いやぁ、一応使っていたけどな…でも、一気にそんなに持ち運べないんだよ」


そんな言い訳をしつつ土戸は次の弾丸放つ。


狙いは常に皐月に…


追い込むように…追い詰めるように…


「なんでそんなに姫川を執拗に狙うんだ?」

「お?それは簡単だ。あいつは勝負時は強い人間でな」


土戸は今までの皐月の戦闘記録を山口に見せる。とは言ってもそんなに無い戦闘記録だが、幼馴染との模擬戦も存在していた。


「…これがどうかしたのか?確かに所々すごいが…」

「よく見てみろ…洋館の時、あいつは何発銃を撃ってどのタイミングで当たったって書いてある」

「えーと、最初の数発は命中、そこからは基本的に当たらないが…あ…」


山口は気がついた。彼が銃を当てたタイミング…それは何故かタイミングとしてはバッチリであり、一番相手が無視できないタイミングで無視できない位置に命中している。


「偶然にしては出来すぎてるだろ。だから、俺はある仮説を建てた…あいつはここぞという勝負時…その時に強くなるんじゃ無いかとな」


山口は何も言わない。ただ、そうであって欲しいと願う。


「さて、数日は作ったこの時間の間にどこまでそれを引き出せるか…だな」

「あぁ、そうだな。俺も本気で姫川を狙うとしよう」


二人の狙いは今、皐月へと集中し始めた。それを抑えようとライノが動くが攻撃の手が緩むことは無く猛攻が皐月を攻め続けるのだった。


**


そうして、3日が経つ…。


皐月とライノの前に巻かれた包帯が投げ出されるように解かれ二人の姿が現れる。


「さてと、今日で終わりだ。お疲れさん」


土戸の言葉に崩れ落ちる二人。目の前にいる二人の怪我はなぜか完全に治っており傷痕一つ見つからない。


「土戸さん、山口先生!どうして怪我が治ってるんですか?」

「うん?あぁ、そのことか。魔法には回復魔法などが一応存在はする。まぁ、使える人間は本当に一部の人間で勇者や英雄でも使える人間はそうはいないがな」


そうして、土戸は皐月達の怪我に対してそれを実演してみせる。


「こうしたそんなに大きく無い怪我ならほら」


皐月達にはもうすでに傷はなく、体は万全な状態となっていた。


ただ…


「疲労とかは回復しないものなんですね…」

「いや、流石にそこまで治るのは…」


ライノの気づいた欠点。それは疲労回復や深い傷が治らないことだった。

皐月は流石にそこまでは治らないと思い反論をするが土戸の次の言葉に驚く。


「悪りぃな、そのレベルや骨折などの表面に止まらない傷を回復するには俺の魔力が足りちゃいねぇんだ」

「治るのかよ!」


皐月は改めて思う。


自分が思っている常識とは全く違う世界にもうすでにいるということに。


「にしても、二人ともかなり体力とかあって驚いたな。普通に途中で倒れると思っていたんだが」


山口はそう関心する。通常の新入りというのは体力作りからという人が多く皐月とライノは群を抜いて体力があった。

この期間の間ずっと徹夜でのしごきであり、二人は見事それを乗り切ったのだ。

二人は照れ臭そうに礼を言うとふと気づいたことを口に出していた。


「そういえば、俺達はこんなことをしていていいのか?」

「そうだよねぇ、交渉役である私達が土戸さん達が治るまで特訓してるなら…」


二人の心配はもっともだ。

向こうにも回復魔法が使えないものがいないとも限らない。そのため、そろそろ勇者も英雄も治って攻め込まれるのではないかという懸念があった。


「それなら、安心しろ。さっきも言った通り回復魔法を使えるのは限られている。そんな中でも保有している組織はうち含めて片手の指で数えられるレベルだ」

「それに言うなら確か英雄や勇者は基本的に自分の魔力を使った瞑想で傷を癒すが土戸が与えたあの傷なら明日からが本番だろう」


そう説明されて、本当に大丈夫なのか不安になる二人だが、今に今急いでもう先程までの訓練によって疲れた体が足を引っ張ることは容易に想像できる。


「「とりあえず、今日は休んでおきます」」


よって、二人はこの結論に至った。

土戸と山口は頷いて二人が去っていくの見守るのだった。

そして、二人の姿が扉の先へと見えなくなったタイミングで土戸が口を開く。


「山口…お前なら分かるか?皐月のパワードスーツに何が起きてるか分かるか?」

「急に真面目モードに入らないでください土戸さん」

「お前も急にへりくだるのはやめろ」


二人きりになり普段と違う態度となっていた。

話題は皐月の起動されなかったパワードスーツについてだった。


「でも、俺には分かりませんよ。最初はバッテリー不足に見えましたけど、何故かバッテリーは満タンっぽいし…」

「そうか、ならひょっとしたらアレなのかもな」

「何ですか?」

「あの機体について調べたんだが、本来の機体とは全く違うようでな、どうやら、あれは特殊な一品らしい」


山口は目を見開く。


土戸の言うこの特殊な一品というのは専用機とかそういったものではなく、完全なオリジナル品…。

要するに特殊な力を持つ何かあるということに他ならない。


「もし、そうなら…俺はあれを扱えるのだろうか…」


山口の過去…山口の能力を知る土戸は一瞥すると首を振る。


「無理だろうな…あれは人工で作られた契約魔装の一つだ…お前とは相性が悪すぎる」


**


皐月が家に帰る頃、空はまだ青く昼頃だった。

しかし、今から何処かに行くような余裕なんて皐月にはなく部屋で倒れ込んでいた。


ライノはお金が入ったこともあって生活必需品とCDを買いに行っていた。


「…弱い…俺は足手纏いだ」


皐月は今回の件でよく思い知ったことだった。

彼の持つ魔力を無効化または弾くことのできる特異体質は優位働くわけではなかったのだ。


彼の持つそれには限界が少なからず存在していた。


土戸が再現した勇者の能力の威力と同等の攻撃に対抗しようとしたが彼は弾くことすら至難であり、掠っただけで簡単に傷ができる程だった。


前回の悪魔との時は丁度悪魔の攻撃が無効化ギリギリ範囲だった為に効かなかったにしか過ぎなかったのだ。


(いや、違う。悪魔がもし圧縮した魔法を使えば勇者以上の力が出てた筈だ…)


そう、結局は運が良かったにしか過ぎない。

彼は運が良く悪魔と戦い生き残った。

簡単な話である。

そして、最後に皐月の気が滅入っているのにもう一つの理由があった。


(俺がこんなんで交渉役なんて務まるのか…碌にパワードスーツすら展開ができない俺が…)


そう、彼は今回何もできない守られるだけの存在だったのだ。


「いやだ…守られるだけは御免だ…もう、あんなことを…弱いままであんなことを…起こさないために…」


皐月はそう呟く…そうしていくうちに意識は暗闇の中に沈んでいき、気が付けば彼は眠っていたのだった。



一方でライノは一人である店の音楽コーナーで曲を選んでいた。


(…このままじゃ、私の実力不足で…)


そして、ライノもまた皐月と同じように悩んでいた。

ライノにとっては皐月の身体能力が自分より高いことやいざと言う時の対応力の差で差が存在するように見えていた。


更には…


『ライノ…お前の魔装はまだ未完成だ』


土戸に言われた言葉を思い出す。

魔装には完成は存在しない。

しかし、魔装と名乗るだけの基準は存在している。ライノの魔装はその基準をクリアしていない欠陥だらけの魔装なのだ。


(…魔装の、欠陥…)


そうして、悩みのドツボにハマった時だった。


「あの、まだ聞きますか?」


一人の少女がライノに話しかけていた。

最初は気が付かないライノだったが何度目かの呼びかけに反応を示す。


「す、すいません。ずっと使ってて」

「いえ、大丈夫ですよ。悩んでる時には音楽を聴いてリラックスするなんて自分もやりますし」


ライノと話してる少女は黒髪で少し背は平均より小さめの少女だった。雰囲気がなかったらぱっと見、ライノより年下に見えるほどに…。

しかし、その纏ってる雰囲気は明らかに同い年より上だと言うことをライノは感じ取っていた。


「では、私はこれで…」


と言ってライノは途中で話を切り上げて立ち去ろうとした時だった。少女はライノの腕を握り引き止める。


「待って…少し君とは話したいことがあるんだ」

「あ、あの…一体…私が何かしましたか?」


引き止める少女の纏う雰囲気は明らかに先程までの柔らかいものでは無く明らかに張り詰めような空気がライノの精神力を削っていく。


「ふふ、ライノ リント。君は魔装を完成させたいかい?」



**



次の日となり、皐月達は先住町に存在する支部ではなく、学校に集まっていた。


「えーと、何で学校なんですか?」

「というか、私はここの生徒じゃないし…」


目の前にいるのは山口と雛影、桃形、土戸の四人で皐月とライノの二人は当然のような疑問をぶつけていた。


「まぁ、まぁ。ここの方が色々と都合がいいのよ。私が二人を招集する理由も前回つくれてるし、桃形は部活もあるからね。この人はOBだしね」


雛影はそう言って微笑む。

なるほどと頷く反面、逆に怪しくないかと首をひねるが話を聞いていくと土戸が元生徒会長などの称号があることからまだ、無理な範囲でないことを知り皐月達は一応納得するのだった。


二人が納得したところで本作戦の指揮を務める雛影が話し始める。


「さて、二人には言っていたように今日、敵が攻め始めた」

「…」


二人は息を飲む。


その言葉を意味するのは実戦に出るということである。緊張で胸が鳴るのを押さえつけながらも話を聞いていく。


「まず、来た場所は前回と同じ地下。それと、旧市街地…いや、過疎地と言うべき場所かな」


そう言って雛影が差した場所は人通りも住む人も誰も使っていないような場所である。

長らく整備されてない場所ということもあり安全面が無く基本的には立ち入り禁止として扱われている。


「あれ、山方面から来ないんですね」

「確かに…私の元借り家の辺りは攻め込まれていないんですか?」

「無断宿泊者…まぁ、そこは私たちの管轄じゃないからね。報告だけは貰ってるけどそこはそこで大変みたいだね」


そう言ってある一定領域の部分をいくつか丸で囲う。


「この範囲は私たちの管轄じゃないし、突破されることも少ないから気にしなくていいよ」


その領域は基本的には雛影のような人達の管轄になかった。そこの管轄というのは基本的に森の中で暮らすような部隊として分かれており括りとしては同じでも別個の部隊として扱われることが多い場所だった。

その旨を皐月達に伝える。


「まぁ、私の方から言うとあれは本当に特殊部隊だから森の中にいる限り負けはないと思うよ」


雛影はそう言って話を切り上げると今回の皐月達の動きについての説明を始める。


「まず、姫川君とライノさんに勇者の説得を任せたい。できれば英雄もしたいところだけど、英雄相手だと危ないからね」

「てことは、俺達が英雄の管轄ってことでいいのか会長?」

「んー、桃形君は出来れば歩兵として戦ってもらいたいかな」

「えー、ここに呼び出されたことも考えると報告義務が存在しねぇか?」


桃形は自分が他の雑兵と一緒に戦いその中の戦況把握をさせられそうになってる察して文句を付ける。


「でも、桃形がこれは適任だぜ。あいつの盾の守りでも英雄には貫かれるし死なないし指揮官としての素養もあるのは桃形くらいしかいないしな」

「…いや…そうだな…」


土戸からの思わぬ押しに対して反論をしようとするが桃形は何か色々と思い巡らせた後に諦めたように頷く。


「てことで本人の了承も得られたし。桃形君は二つの戦場を行き来しつつ報告してね。いざとなれば一つ制圧してから別の場所に行くのはありだから」

「…ちょっと俺にはそんな馬鹿げたことは出来ないっす」


無茶な雛影の言い分に対して無理だと言うものの既に雛影と土戸は聞く耳を持たずに次の話へと移ろうとしていた。

それを見た山口ただ一人だけが同情する視線を送るのだった。


「最後に土戸さんと先生は英雄の足止めを頼みますね」

「了解した」

「まぁ、俺が役に立つか分からないがやってみる」


二人の反応は正反対であり土戸はしっかりと返事をして山口は自信なく返事をする。


「これで終わりでいいけど…姫川君のパワードスーツはどうにかできた?」

「…あー、まだどうにも…」

「そっか、ならライノさんはしっかりと皐月君を守ってね。では、桃形は今から出撃!英雄と勇者を目撃次第報告。それに合わせて残り四人の出撃を命じます」


最後に雛影は確認を終えた後、キリッとした声で全員に命令し大きな返事が辺りに響くのだった。



**



そして、数時間が経ち皐月は現在、過疎地に近い地下へ通ずる入り口の前で待機していた。

彼の持ち物には左手に嵌められている腕輪型のパワードスーツのデバイス、肩に掛けているのは倉松にもらった刀の入った布袋だった。


「…ふぅー」


大きく深呼吸をしながら皐月は靴や服を整えている。少しの不備が動きを阻害するためしっかりと整えながら皐月は待機する。


「緊張してる?」

「…してるよ。ライノはどうだ?」


その様子を見ていたライノは緊張を解せないかと思って話しかけるものの皐月の持つ雰囲気は変わることはない。


「私も少しは…悩んでることもあるから」

「戦闘の件か?」

「…うん」


皐月の中ではライノの悩みに辺りを付けていた。

正直、皐月の目から見るとライノの戦闘能力はあくまで能力値が高いだけでセンスと言った技術面が不足しているようにも見えた。

経験面では皐月も似たようなものだが根本からある知識面から足りていないと皐月は見ていた。


「今回は足手纏いになる俺を守る盤面だ。難しいと思う。出来るだけ合わせて動くから気を負わなくていい」

「…足手纏い?」

「うん?」


互いに首を傾げる。ライノは単純に皐月が足手纏いと思っていない故に。皐月はそこを疑問に持たれると思ってなかった故に。


お互いにジッと睨み合うがすぐに諦めてため息をつく。


「とりあえず、お互いにできる限りのことをやろう」

「それが一番だね」


互いにこの様子だと一歩も譲らない水掛け論になる気がして諦めるのだった。


そうして、止まった時。

兵戦

『二人して楽しんでるところ悪いけど過疎地の所に勇者が出現。位置はさっき渡した端末に送るから行って』

「わかった」

「わかりました」


皐月達はその地点に走って向かう。

その過程で様々な戦闘を目撃することになる。自身の陣営がどっちかあまり分かっていないが皐月達にとって意外な光景が映り込んでいた。


剣などの白兵戦をする場所もあれば魔法なのか物凄い荒れ狂った炎が舞う場所…銃撃戦などが交錯する場所、それら全てが入り乱れた場所と地獄絵図と言ってもいいよな色んな戦闘が行われていた。


「…思った以上に色んな戦いしてるんだな」

「近年の戦いだと銃撃戦が主流だと思ってたんだけどね」


皐月とライノは意外そうに呟くがそこに雛影からの反論が飛んでくる。


『魔法の影響で最近では対物ライフルも特定の条件を満たさないと使えないからあんまり銃撃戦は少ないんだよ』

「…へぇ、そうなのか」

「あー、なるほどね。魔装とかでもある魔力障壁って基本的に魔法以外の攻撃あまり通さないからね」


皐月の反応は薄く反対にライノはなるほどと納得したように説明する。


実際、パワードスーツが兵器の主流になってからは銃などではパワードスーツで展開される魔力障壁は貫通できずにあまり使われなくなっていた。


使う時は基本的に障壁の絶妙な隙間を狙ったりと技量面を重視したものが多く汎用的なものとして扱われなくなっていた。

反対に魔法障壁を破るための魔法銃も生まれたのだが、威力と使用魔力量のコストが合わない上に製作にも多量の資金がかかる為、基本的な魔法系の銃はただ魔力を放つだけの銃で留まっている。


この場合、汎用性より本人の資質で出る威力は変わるためコスト面は良くそこそこ強いとされ現在では主流となっている。


「俺には魔装とかよく分からないけどそういうものなのか」


皐月はそうポツリと呟くがその声は誰の耳に届くことはなかった。


そうしていくうちに遂に皐月達は勇者の目撃されたポイントに辿り着く。

皐月はパワードスーツの展開ができないため仮面とフードで自分の素性を隠し、ライノは魔装を展開しており素性ははっきりしない。


「あんたが勇者か?」


皐月の言葉はライノ達に向ける言葉と違い変声機を通してる為、声での判別がつけられなくなっている。


『あぁ、俺が勇者だ。今回も龍を放ってくるのが来ると思っていたのだが…』


汎用機の見た目に近いパワードスーツを纏った勇者の姿も声もまた判別はできなく目の前で大仰に振る舞う。

皐月は刀を布から出して、戦闘態勢を整える。


『今更、準備か?ルーキー』


しかし、布から取り出したところで目の前にまで勇者が迫ってきていた。皐月は咄嗟に抜刀して応戦する。


キッンッッ!


と甲高い音と共に銀色の破片が飛び散る。皐月の抜刀は今までになく疾く、勇者の剣を腹から切り裂いていた。


「…ふー…」


当の本人である皐月はゆっくりと呼吸をして身体のリズムを整えていく。


『なるほど…パワードスーツを持たないと思えば武術の達人というやつか…だが、甘い!』


勇者は一撃で引いていたが、皐月の刀を見てそう言うと勇者の持つ剣が元の形を取り戻していく。

そして、辺りにはそれに呼応するように作られていく光の玉が現れる。


「皐月!」


それを見てすぐに皐月の受け切れる魔力量だと気付いたライノが助けに入ろうとした瞬間、目の前に剣が刺さる。


ライノはその剣が投げられたであろう方を見るとそこには騎士風のパワードスーツで固められた男が立っていた。


「悪いが…君の相手は俺がしよう」


ライノは息を飲む。


(見ただけでわかるものだったの?…未熟な勇者と比べてこの人はいくつもの修羅場を潜ってる…)


ライノは疑問に思う今、自分が肌に感じている恐怖は確かなものなのか否か…しかし、それはもう既に関係のないもの。


相手は勇者ほど悠長に待ってくれない。


その瞬間には目の前に刺さっていた剣が消えて目の前には騎士風の男が迫ってきている。

ライノは咄嗟に黒い剣を作り出して守りに入るが、それを良しとしないように押し込まれてる。


ライノの体は簡単に吹き飛び、後ろへと飛ぶ。体勢を整えて次の攻撃を備えようとした時には次の攻撃が迫ってきていた。


轟音が鳴り響く。


ライノの体は魔装を展開していても一撃には耐えれず身体中が軋む感覚がある。しかし、しっかりとその二本の足で立っていた。


「おぉ、耐えれたのか?まだ、終わりじゃないぜ!」


その言葉と共に騎士風の男の足が迫りくる。それに対応出来ずにライノはバランスを崩し身体が傾く。


そして、次にライノが見た光景は…


目の前に迫ってくる大剣だった。


ギリギリで踏ん張り、バランスを整えようとしたところで飛んでくる攻撃を避けることも防ぐこともできない。出来たことはできるだけ魔装を重点的に厚くしてダメージを減らすことくらいだった。


ゴォンッ


と鈍器が硬いものにぶつかる音と共にライノは近くの廃ビルまで吹き飛んでいく。


「おいおい、こんなものかよ。弱すぎるぞ」


騎士風の男はそう言うとゆっくりと倒れてるライノの方へと歩いていく。そして、無造作に剣を振りかぶりそれを振り下ろす。


しかし、それはライノに当たることは無かった。


「…へっ、いいぜ。それを待ってた。もっと、長引かせてくれよ!」


魔力を無造作に放出して喜ぶ男の先にはわずかに完成に近づけていったライノの姿だった。


二つの影が交わる。それは暴力同士の争い。辺りに大きな影響を与えながらも二人はぶつかり合う。



一方で皐月と勇者の戦いは思った以上に拮抗していた。

辺りに舞う光の玉が剣となり皐月を襲うが、それをしっかりと把握して避けながら勇者にしっかりと刃を届かせようとしていた。


「シッ!」

『チッ!』


皐月は確実に貫ける。そんな自信がない限り基本的には全部峰打ちで剣と打ち合う。

しかし、刀は西洋風の剣と比べて丈夫さはなく余程のことがない限り皐月は長期戦はできずにいた。

反対に勇者は焦っていた。


(…まただ。また、速くなっている)


皐月の動きが何度か変化されているのだ。

勇者を倒すために必要な一手を導くためにひたすらひたすらに次の…次の…と皐月の攻撃手段が変わっていく。


疾く…速く…どんどんと変わっていく皐月の動きと連動するように剣速も速くなっていく。動きもまたそれに比例するように速くなっていき、勇者に追いつこうとしていた。


しかし、勇者を越すなんてことはできはしなかった。それより速く変わっていく。


勇者の剣から光が溢れ出す。


それが見ただけで皐月は魔力だと理解できるだけ見慣れ始めていた。

しかし、それは周りの魔力の光とは共鳴せずに放たれる。


「んなっ!」


咄嗟に刀を振るい魔力を斬るが皐月の許容範囲を超えていた為、かすっただけで大きく傷が開いていた。


『よく耐えたな…だが、次はどうだ?』


たった一度、まぐれで使えた一撃のはずだった。


しかし、勇者はそれすらも既に自分のものとしていた。


次はより大きな魔力の奔流を引き起こして、辺りの魔力まで共鳴させて…。


そして、放たれる。


魔力の塊で作られた暴力が皐月に迫りくる。


皐月の声は出ない…恐怖?…感動?


それがどんな感情なのか皐月にさえ分からなかった。ただ止まって見ていることしかできていなかった。


そこにあるのは余裕なんかではない。


初めから防ぐことなんて出来ない暴力が迫りくる。


(これを止めれば…止めれば?)


さっきみたいに斬っても防げる未来が皐月からは湧いてこない。

ただ、それを待つかのようにその暴力を傍観することしかできていなかった。


しかし、ここで終わるなんて皐月の中ではなかった。防げない避けれない…しかし、ほんの少し…可能性は存在していた。


皐月は引き延ばされた1秒でその解答を見つけ出す。そして、それを実行する。まず、したことは走ることだった。


前に…前に…迫りくる暴力に向かって走る。


そして、次にしたことは刀を振るうことだった。


斬るのではない…


ただ、いつものようにいなして、逸らして…ダメージを最小限にする。


一瞬のことだった。


皐月は逸らそうと刀を振るう。しかし、暴力の大きさ圧倒的であり、体中を傷つける。血が溢れ出て、熱いのか冷たいのかよく分からないほどの痛みが体を包む。

そして、暴力をいなす時には皐月の体は既に満身創痍だった。


「さぁ、これを防いだぞ…交渉の席に立ってもらうぞ!勇者‼︎」


皐月はそう叫んで走り出す。


勇者を交渉の席につかせるために…



**



そして、更に遠くの旧市街では英雄も現れていた。

それに対して出てきたのは土戸と山口だった。


二人は既にパワードスーツを展開しており、姿を隠している。

しかし、英雄の方は至って姿を隠す気のないように…普通の少女のように、どこかの学校の制服に槍と盾だけを展開して瓦礫のど真ん中で座って待っていた。


「…姿を現したか、守結 千莉」


土戸の言葉にふふっと笑う少女…守結 千莉は立ち上がり、槍を軽く素振りすると構えずに二人を見る。


「もう既に調べはついていたかな?」

「わざと調べを付けさせたくせに抜け抜けと」

「ふふっ、まぁ踊って貰ったってことで」


土戸と千莉の言い合いに山口は入ってくるどころかその雰囲気だけに呑まれて体を震わせる。


「山口…相手はかなりの曲者だ。この程度で呑まれるな」

「…分かっ…てるが、土戸の持ってる圧も大概なんだが…」

「仕方ねぇだろ。もう既に戦いは始まってるんだから」


バシッイィイィ!!


土戸の言葉と共に表として現れる。純粋に放出しただけの魔力のぶつかり合い。互いに拮抗して、圧を掛け合う。


「さてと、お喋りはこの辺にしようか…英雄!」

「そうだね…金糸雀の人達」


その瞬間、二人の姿が消えるように動き出す。

一瞬で作り出される英雄としての魔装は前までのとは違い、周りには槍、剣、銃、弓、籠手などと言った武器が舞い、千莉の攻撃、または意思のままに動き出し、山口と土戸を狙う。


土戸は銃の弾丸を六発しっかりと詰め込むと一発撃つ。


「どこを狙ってるの?」


千莉は避ける必要もなく通り過ぎる。そして、千莉の持つ槍が土戸を捉えようとした時、山口のマリオネットが迫ってきていた。


咄嗟にその場から離れた千莉は辺りに舞う槍を追撃用に土戸に向かって放ち続ける。


「ちっ!一本じゃねぇのかよ!」

「魔力が有ればいくらでも作れるよ」


余裕そうに互いに軽口を言う。土戸は全て避けて次弾を放ち、千莉は迫りくるマリオネットを放った槍でついでに撃退する。

しかし、山口が高速で千莉に迫りくる。


ギィイッンッ‼︎


二本の剣を千莉は同じように二本の剣を作り出して止める。


軍団


それが千莉『戦乙女ヴァルキリー』の真価。


複数の武器、戦闘、戦略、それらを一人で為す。


それが千莉の英雄としての本当の力。故に…


「ふふっ、遅すぎるよ」


気がつけば山口の後ろに千莉がいた。剣が振るわれる。山口は何とか防ぐがその時、気がつく。


そう、これは作り出された武器を元に出来た千莉の分身体だと…。


前回と同じ…



槍の暴力が山口の後ろから迫りくる。本物の千莉の究極の一撃が山口を…


「甘いぞ。前回と同じでやられるかよ」


その瞬間、山口の後ろの装甲が急展開され、魔力障壁が張られる。

それによって槍は阻まれ、装甲を貫く威力に至ら無かった。


それを見た千莉はすぐにその場からさがる。


「なるほど、前回とは違うわけか…」

「そう言うことだ」

「でも、甘いね」


山口はそれを言われて何も言えなくなる。これはあくまで守りを多少固めてるに過ぎない。今の調子で翻弄されれば本命を防げずに山口は負けることは目に見えている。


しかし…


「そこの人はいい加減に戦ってるフリはやめてよ。もう、いいでしょ?」


千莉は笑う。


土戸のしていたことはもう既に予測されていた。

ただの弾丸が千莉に当たったところでダメージにはならない。

しかし、それが別の意味が有れば話は別だ…


そう、千莉が言いたいことは…


「もう、隠し事は無しでお互いに本気でやろ」




笑う…誰が?


いや、二人が…山口はここでは場違いでしか無かった。

山口の役目は実際もう終わっている。


土戸が本気出すための時間稼ぎ。


「あぁ、そうだな…ここからが本番だ!」


土戸がそう言うと共に最後の一発をある場所に打ち込む。そして、そこから、魔法陣が生成され土戸はその中心に立つ存在だった。


「…展開、擬似魔装」


その言葉とともに半透明の魔装が土戸に展開される。

その姿は歪でパワードスーツの上にオーラのようなものとして纏っていた。そして、銃はその役割はそのままで黒い半透明の刃ができていた。


「なるほどね。パワードスーツを媒体として擬似的な魔装を作った…か」


千莉は今目の前で起きてることが何かとすぐに気づく…いや、気付くのだが、そこから先はわからない未知数の何かだった。


「相手にとっては不足はないってことね」

「そっちこそな」


二人はそう言って笑うと動き出す。


互いに山口の認識は範囲を超えた領域で戦いだす。一つ一つの攻撃の威力、移動する速さ…一つ一つが辺りを破壊する要因となるほど、二人の力は巨大なものだった。


「全く、俺も化け物レベルに至っていたと…思っていたんだがな…」


一人取り残された山口はポツリとそう呟いて二人の戦いを陰で見てるのだった。



**



決定的な何かが欠けていた。


そう、ライノは思わざる得なかった。


「どうした…魔装と言ってるがそんな半端なものじゃパワードスーツの方が優秀だな」


目の前の騎士のようなパワードスーツを纏う男はそう言ってライノを剣で吹き飛ばそうとする。

しかし、ライノはギリギリのところで黒い魔力を放って衝撃を和らげる。


(まだ…完成には至れない…なんで?)


ライノは必至に次…次と魔装を変質させていく。

しかし、どれもが半端なもので終わり男に勝つ道筋には至らない。


ー魔装は自分の意思で作られるもの…だから、思い描くしかない。強くあるための条件を


昨日の少女に言われた言葉を思い出す。しかし、ライノは一向にその強くあるための条件を見出せずにいた。


黒い魔力がただ纏わりついているだけでは魔装とは呼べない。


しかし、かと言ってそこから変えたところで彼女の魔装は完成しない。


「おいおい!どうした!さっきから防戦だけじゃねぇか!」


男はテンションが上がってきたのかさっきよりも遥かに速い速度で剣を振るいライノを襲う。


魔装の表層は一発で簡単に霧散して体に小さな傷ができていく。

反撃をしようと試みるがそれよりも早く次の攻撃が飛んでくる。


結局、男が言ったようにライノは今、守ることしかできないのだ。

しかし、守りだけは強く互いに拮抗した状態が続いていた。


そんな一方で皐月達の方はひたすら剣技同士の戦いが行われていた。


『避けるのだけは上手いな少年』

「勇者に褒めていただけるなんて光栄だな!」


皐月は必至に光の玉から生まれる光の剣を避けながら勇者に刀を振るう。しかし、上手く刀が入らなかったりと勇者にその刃が届くことはない。


二人の攻防は離れることはなく、常に近距離で行われていた。にも、関わらず金属音が殆どなく互いに一歩も譲らない攻防が繰り広げられていた。


(刀は衝撃の方向を間違えなければ思った以上に丈夫だ…でも、使い過ぎには注意しないとな…)


倉松に教わってから変化した皐月の剣技は刃の消耗を抑えるのではなく、一手の重みが変わり刃の損耗をあまり気にせずに戦っていた。


しかし、互いに決着は着かない。


光の奔流を再び放つ余裕は勇者にはある。しかし、次はおそらく避けられることを考えて下手に撃てずにいた。

互いに拮抗した状態で三時間は経過したところでそれを崩すものがあった。


「っっ!」


それをみた皐月は驚きで一瞬動きが止まる。その瞬間を狙われる。光の奔流と光の玉から生み出される剣が皐月を襲う。

咄嗟に右手を庇うように皐月は避けて右腕の負傷と致命傷は避ける。


皐月が見たものは周りにあり、皐月の額からは一筋の汗が垂れていた。


『まさか、一対一を本当に望むと?』


そう、そこにあったのは軍勢だった。

数はそう多くない。しかし、それだけで皐月とライノを倒すのは余裕と言えるような人数差である。


皐月とライノは状況に気付くと一歩退く。ここで相手に突っ込んでいっても軍勢に誘い出されて終わるというのは目に見えている。


「はぁ、ようやく来たか…正直俺だけだと厳しい相手だから助かる」

『お前ならいけるだろ?』

「それはないぜ勇者様よ」


そんな風に男と勇者が談笑してるが皐月達にはそれを聞くような余裕は残っていない。

目の前にいる軍勢に先程までようやく拮抗に持っていった相手…勝てる未来が思いつかなかった。


『さて、そろそろ終わりにしようか…全軍!』


それと共に構える後ろの軍隊。兵隊一人一人には銃と思われる装備があり一斉に撃たれれば抗う術は二人にはない。


『放てっ!』


勇者のその一言と共に一斉掃射される光の弾丸…その速度は認識するものではなく、皐月とライノの目には光の何かが飛んでくるのさえ認識できない。


そして、二人に弾丸が届く…その時。


「いっけぇ!」


その言葉と共に何か大きな壁のような半透明の何かが弾丸と皐月達の目の前に現れて二人に来る驚異の尽くを弾き飛ばす。


「…何が?」

「…た、助かったの?」


皐月とライノは呆然と目の前で弾丸が弾かれている光景を見ていた。

そんな時、二人の後ろから声がかかる。


「ボォーッとすんなよ。俺達が来たんだからよめ


そう言って後ろから出てきたのは盾を持った桃形だった。彼は他とは違いパワードスーツとは少し違った様相をしていた。上半分を覆い隠す甲冑と少し大きな鎧で体の殆どを包み隠していた。

その防具は何処か機械的な鎧であるパワードスーツとはかけ離れていた。


「その姿は…」

「んなこと気にしてる場合かよって言っても気になるよな。これはあれだ。魔装だよ魔装。まぁ、未完成だけどね」


桃形は皐月の疑問にそう答えると「あまり持たないし、勇者を相手してくれ」と言って盾を構える。

そして、「あー、限界!」と言って魔装を解除してすぐにパワードスーツの姿になるのだった。


「ほんと、燃費悪りぃよ魔装ってやつは…って、早く行けよ」

「いや、こんな銃弾の中でどう行けと!」

「そうだよ!これ蜂の巣になって死んじゃうよ!」

「あー、そっか。仕方ない範囲を変えるか丁度厄介な技をやりそうだから止めてくれよ」


桃形はそう言うと皐月とライノより後ろにまで下がる。すると、半透明な壁は半球状になり、皐月、ライノ、勇者、騎士風の男の四人を隔離した。


(全く…いきなり過ぎるだろ)


皐月はいきなりのことに理解は出来ないがやることはわかってる。勇者が丁度光の奔流の準備を始めたところだ。

皐月はそれを止めなくてはならない。


皐月は桃形の止めて欲しいことはそれだと理解して勇者に突っ込む。


「今度こそ…決着を着ける!」

『まだ、挑むか…無駄なことを』


それと共に放たれる光の奔流を皐月はどうにかして止める手段を考える…僅かな時間でそれと接触する。しかし、どうにかしなければならないと悩むが答えは出ない…その時。


黒い何かが地面を伝って光の奔流を飲み込もうと現れる。


それはライノから来ているものだった。


(私の強い条件…そう…)


黒い黒い魔力がライノから流れ出る。それは意思を持つように光の奔流を包み込み、押さえつける。


「…っっ!これでも…抑えられない…」

「いや、ライノ!充分だ!」


皐月は先程より体を低くする。


速く…疾く…黒い魔力に押さえ込まれている光の奔流へと向かう。


そして、刀を抜く。


「『重閃』乱舞」


一瞬にて無数に放たれる抜刀。それは魔力の奔流を細く刻み拡散させる。それは一つ一つが皐月の手でも打ち消せるレベルにまで…。


魔力の塊そのものを斬る。


皐月はそれをやったのだ。

普通なら魔力を使い、相殺などを行うが皐月が魔力硬直によって起きる症状の一つ魔力に触れるまたは打ち消す力によってそれを可能とした。


魔力そのものへの干渉。


「グッジョブ」


外にいた桃形はそう呟くと盾を構えて軍勢に対抗する。その後ろに構える金糸雀という組織の部隊を大量に率いて…。


『っ!防がれただと!』

「別に不思議なことじゃないだろ。一人ならこれは出来なかったが二人いれば…」


皐月は勇者と男同時に相手にするように立ち回る。驚愕してる勇者とは反対に焦って動いている男は咄嗟に皐月に攻撃を仕掛ける。


その時に目を外してしまう。


もう一人の相手であるライノに。


影と勘違いしてしまうような黒い魔力に足を取られる。勇者の方はギリギリでかわすが焦った男はそれでバランスを崩す。皐月はそれを見逃さない。


刀を最小の動きで振るう。それに対して男は足を取る魔力を振り解き、避ける。


刀を振るう皐月の後ろからは勇者の剣が迫る。


しかし、それは近くにまで来ていたライノの紅い剣によって防がれていた。

力は拮抗しており…いや、僅かにライノの方が押している状態で分の悪いことに気がついた勇者はすぐに退く。


『まさか、短期間で魔装を完成させるとはな…やっぱり俺って才能ないのかな?』

「おーい、バカ勇者?勝手に自暴自棄になってないで戦って?ねぇ」


ライノの姿をみて勇者は落ち込んでいた。

それを男が皐月達を挟んで注意していた。


そう、ライノは魔装を完成させたのだ。


顔そのものはフードとその影によって隠れているが赤と黒色をしたドレスのような形をしたワンピースとハイソックスにヒールと黒い手袋という組み合わせだった。


「お前のそれって趣味か?」

「え?いや、違うよ!なんか自然とこれが一番いいと思って…こんな姿に…」

「…ふーん」

「ちょっと待って!何か変な勘違いされてるような気がするような?」

「安心しろ勘違いするようなものはないから…とりあえずおめでとう」


皐月達は勇者達と同じようにちょっとした茶番を入れると同時に真剣に戻る。


辺りの空気が重くなる。


互いに無言になって相手の様子を見合う。


皐月とライノは背中合わせで皐月は勇者をライノは男を


勇者と男はそれぞれ二人を挟む形で構えていた。


そして、同時に動き出す。


ガァアッン‼︎


と続け様に何度もぶつかる音が鳴る。何度も相手を入れ替えて互いに互いを信頼して連携して戦う。


時には光の玉は二人を狙うが皐月はその玉を切り裂き、ライノはその魔力そのものを黒い魔力で呑み込み。


時には皐月は全力で刀を振るう。それをサポートするように黒い魔力が勇者達の行手を阻む。

しかし、勇者達は持ち前の魔力を活かしてそれを抜け出す。


時には男は全力で剣を振るいそのまま魔力を放つ。しかし、それは皐月がいなしてライノが反撃に剣を振るう。それを庇うように勇者がライノの剣を止める。


時にはライノの魔装から魔力が溢れ出しそれそのものが武器として襲いくるが勇者がそれを光の奔流で飛ばして、男がライノを狙う。しかし皐月がそれを読んで動く。


攻防一体の戦いが四人の中で行われていた。



**



龍が轟く。


それは半透明で魔力によって具現化したものであり、本物の龍ではない。しかし、それが支配者であるかのように千莉に襲いくる。


盾や羽衣で守るがしかし、その暇なんてない。すぐ目の前には土戸が迫ってきている。


土戸の持つ黒い刃が振るわれる。


それを咄嗟な判断で千莉は槍で防ぐ。そして、羽衣から槍を作り出して放つ。しかし、それを読んでいたと言わんばかり一匹の半透明の狼が放たれる前の槍を豪傑の腕で砕く。


「全部読み切られてる…」

「経験が違うんでね」


次に来る行動を尽くに千莉は潰されていた。

まるで、答えの存在する詰将棋みたいに徐々に徐々に千莉は追い詰められていた。


分身を作れば、一瞬で潰されて武器を大量に作り出して放出なりトラップなりと使えば先程のように砕かれる。


唯一の救いはギリギリ攻撃を防げるという点であろう。しかし、手数という意味では千莉はもうすでに負けていた。


(このままじゃ…)


状況を好転させようと博打を切ろうとした瞬間、認識の外から攻撃が飛んでくる。それは一切気にしていなかった存在からの攻撃。


山口からの攻撃だった。


「悪いな俺じゃ火力不足でな」


千莉の意識が暗転する。最後に千莉が見たのはパイルバンカーを抱えた山口の姿だった。






「…っったい。あぁ、この光景は負けたんだ…」


背中に強烈な痛みを感じながら千莉は目を覚ます。

目を覚ませば空は暗くなっており星が一番に目に入ることから自分は負けたんだと認識させられる。


「案外、取り乱さないんだな」

「そりゃあね。私の目的は実質達成してるしね」


土戸の疑問に千莉はそう言って微笑むと意外そうに山口は見ていた。


「不思議かな?私としては組織の面子だのどうだのはどうだっていいんだよ」

「そ、そうなのか?」

「うん、私の目的に一番近づけるから入っただけだし…」


そう言って千莉は立つ。背中の痛みはまだ残るようで多少さすりながら笑う。


「とりあえず、いい組織じゃん…金糸雀は」


千莉がそう言って瞬間、空気が変わる。


「な、なんだ?」

「あちゃー、やっぱり動くよね。今回は」


千莉がそう言って再び魔装を展開する。土戸はパワードスーツだけを展開して銃を構える。山口はもしもの場合に備えてパワードスーツは完全には解いてないため、すぐに戦闘準備を整える。


そして、出てきたのは大規模なパワードスーツを纏った部隊だった。

明らかに狙いは千莉ということが分かるほどにまで千莉を狙っていた。


「どうなってんだ?お前、何で英雄なのにこんなに命を狙われてんだ?」

「まぁ、私が英雄と気に入らない人が同じ組織にはいるってことかな?」

「本人が疑問形なんですか!?」


土戸の純粋な疑問に千莉は答えるがその答え方に山口はツッコミするもののよく考えればそんなものである。


次代の英雄ですと言われて子供を守れと言われても全員が全員納得できるものではない。

それに反発するものは必ず出てくるのである。


「まぁ、もう少し様子を見てくると思ってたよイヅル君」


千莉は確信したように笑ってそう言う。


「驚きましたね。いつからお気付きで?」

「最初から、私を気に入らないっていう表情などはしっかりと隠さなきゃダメだよ」

「へぇ、なら、これは気付けましたかな?」


ドガァアァッ


と爆発音が辺りに響く。それは皐月達の戦ってる方面であり、それに千莉が一番に気づく。


「なっ、あそこは…」

「ふふ、気付きましたか?どうやら、姫川 皐月…彼を特別視してる組織があるみたいでしてね。この機会に彼を殺そうとしてるんですよ」


三人には内容が理解できなかった。

しかし、何かやばいものがこの件の裏に潜んでいることだけは理解できた。


「チッ…俺には難しいことはわからんが…要するにあんたは殺していい敵なんだな」

「大丈夫ですよ…いえ、殺すのも勿体ない敵です」

「あの…二人ともなんか怖いんだが…いや、言わんとしてることは理解できるよ俺も同じだけど…」


山口一人、土戸と千莉の雰囲気について行けなかった。しかし、間違いなく分かることがある。


目の前にいる男。これには苦しめて聞き出さないことがあると…それだけは三人は一致した。


「この人数差で勝とうというのですか?千人という部隊で…すよ?」


イズルが何か言い終わる前にそれが起きた。千莉は分身作り出して半分を壊滅させる。

土戸の龍達が大軍を呑み込んでいく。

山口の二本の剣の乱舞が血の雨を作り出す。


部隊は無抵抗ではないが、無抵抗なのでは?と勘違いするほどに一瞬で全壊したのだった。


「あれ、思った以上に手応えないな?」

「そりゃあ、多分英雄に依存しすぎた組織だからだろ」

「あ、正解ですよ。全員が碌に働かないくせに私にばっかり当たってくるクズばっかり何で」


山口の疑問に二人は答えるが千莉の笑顔にどこか深い闇を感じずにいられなかった。


「せ、千の隊が…一瞬で?たった三人に?」


イズルは目の前に起きていたことが理解できずにただ、尻餅をついて怯えるだけだった。


「情けないですね。まぁ、いい気味です。でも、まだ本当の恐怖はこれからですよ。しっかりと全部話してくださいね」


千莉は笑って短剣を作り出すとイズルの手を地面に縫い付ける。

そして、笑顔を崩さずに次の短剣を出して満面の笑みになる。


そうして、一人の男の悲鳴が暫く辺りに響き渡るのだった。



**



「…何で…何で…私は…」


ライノは涙を流して地面に転がってる何かを守るように座っていた。

辺りは爆風や暴風が吹き荒れる。


それは無限に等しい剣が乱舞しており、一人の男を狙い続けてるに他ならない。


「よくもぉ!よくもぉおぉおぉ!」


それを引き起こしている勇者の言葉どこか要領を得ずにある一人の存在に向けて全てをぶつけていた。

しかし、勇者と同様に相手している存在も規格外そのものだった。


「ふははは!無駄だと何故わからん?所詮は最弱の勇者、貴様が俺を殺すことができるとでも?」


そして、その存在は一本の剣を振るう。それだけで勇者の光の剣は全て破壊される。

そうして、再び起きる暴風がライノに迫る。

それに対して逃げる事はしない。ライノは転がってる何かを庇うように屈む。


「何で…何で…皐月…死なないで」


そう、その転がってる何かは胸に風穴の空いた皐月だった。



何故、こうなったのかそれは少し前に戻る。



皐月とライノ、勇者と騎士風の男の戦いは終盤へと向かっていた。

皐月が段々と速く速くなっていき、勇者を傷付ける至っていた。そして、ライノの攻撃もまた慣れてきたのか速攻性が有し始めていた。


「はあぁあ!」

『っっ!』


皐月の一閃を防げずに勇者がようやく大きな傷を作る。それを庇うように男が前に出て皐月を攻撃しようとする。

しかし、それは間違いだった。


剣がいなされる。そこからは誘導されるようにバランスを崩して刀が迫る。なんとか男は体をズラすが大きな傷を負うことになる。


そこにライノの黒い魔力による追撃が来る。


『くそっ!』


勇者はそれを防ぐために光の玉を全力で巻き込み光の奔流を起こす。咄嗟に起こした光の奔流は自分を巻き込み、黒い影を自分ごと吹き飛ばす。


『はぁはぁ、キツいな』

「そうだな、相手の動きが明らかに良くなってる」


二人は通信でそう言って構える。反対に皐月とライノは勝てるという確信を持って更に攻めに行く。


しかし、その時だった。


バァアッリン


と半透明の壁が破られる。


誰もが動きを止める。次の瞬間に目に映るものは誰もが予想外のものだった。


胸から大剣の刃が生えた皐月の姿だった。

僅かに抵抗しようとしたのか、刀は半ばから折れており、口からは血が少しだけ出てきていた。


「おいおい、負けそうじゃないか『剣』の勇者よぉ」


そうして、現れたのは真っ赤な鎧を身に纏った男だった。

それは倒れた皐月から剣を引き抜いて止めを刺そうと剣を振りかぶる。


ライノが止める間もない突然の出来事。


そして、剣が振り下ろされる瞬間…。


『やめろぉおぉ!』


その瞬間、光の奔流とは違う何か絶対的なものが勇者から放たれる。それは皐月を殺そうとした男を吹き飛ばす。


「いてて、いきなり何すんだよ。テメェの手伝いをせっかくしてやってるのよぉ」

『…』


しかし、その者が振り向くと全員の知る勇者の姿はなかった。

そこにいるのは青をベースにしたコートを纏う男の姿だった。


「へぇ、いいね。落ちこぼれでも魔装は使えたか。でも、それで何ができると?」


挑発に対する返事はない。ただ、勇者は俯いてゆっくりと歩み出す。

それを見てつまらないと感じたのかその者は再び皐月を殺そうとする。

しかし、次は違った。


光の玉が辺りから出てくる。


『『剣のソードシード』』


光の玉一つ一つから無数の剣が放出される。それは全て皐月を殺そうとする男に向かっていく。男はそれを避けて笑う。


「おいおい、出来損ないの勇者様はこんなおままごとみたいな技を使うのか?」


そんな挑発をする。しかし、その瞬間には目の前に勇者がおり、剣を振るっていた。それをしっかりと受け切るが次に飛んでくる蹴りには対処できずに吹き飛ばされる。


「…てて、たく行儀が悪いやつだな」


しかし、平気そうにそう言って剣を構える。


「いいぜ暴走してる出来損ないに教えてやるよ。お前と俺では決定的な差があるってな」


そう言って戦いが始まる。


それは今までにない戦い。


勇者はひたすらに剣を生み出して放つ、そして、光の奔流を『剣の種』に誘発させていき、剣の雨を降らせていく。

それを一つ一つしっかりと対処していく存在はこの場において絶対的強者だとライノ達に理解させる。


「おい、ボーッとしてるな。そいつを運ぶぞ」

「え、あなたは…」


目の前には敵であるはずの騎士風のパワードスーツを纏った男が皐月を抱えていた。


「八神だ。とりあえずこいつを出来るだけ安全な場所に運ぶぞ」

「わ、分かった…私はライノ」


二人は皐月を出来るだけ安全な場所へと運ぶ。


物陰に隠れると二人は勇者達の様子を見る。

戦いはどんどんと激化していき、勇者はとうとう魔装の使い方をマスターしつつある領域にある。しかし、それでも相手は余裕そうに勇者の相手をしていた。


「ったく、親友をやられて切れやがるなあいつ」

「親友?」

「ん?あぁ、そうか知らないのか。この男と勇者…要するに裕人は幼馴染だそうだ」

「え?えぇぇ!」


いきなりの情報にライノは脳をパンクさせる。よくよく考えれば勇者はどこか自分たちに殺意などはなかったようにライノは感じていた。


実際そうであり、裕人は皐月だと初めから気付いた上で戦い、殺す気なんて最初から無かったのである。


「なら、何で私達、金糸雀を攻撃したの?」

「そりゃあ、大事な親友の所属する組織だからどんな組織か見極めたかったんだろ。今回は普段より気が病んでたから、私的事情に俺達を巻き込んだと思ってるらしいがな」


そう、裕人と千莉は最初から金糸雀を潰す気なんてなかった。金糸雀という組織がどういう組織か見極めるだけだったのである。土戸達はある程度そのことを察しており、皐月達に経験を積ませるためにこの戦いにしたのである。


しかし、現在何か別の勢力からの横入りがあり皐月はほぼ瀕死だった。


「とりあえず、こいつだが…正直もう助からないかもしれない」

「…え?」


八神の言葉にライノは信じられなかった。皐月はまだ僅かに息はある。

しかし、それは奇跡に近いものであり、正直言うなら今すぐに死んでもおかしくな状況である。


「ど、どうにかできないんですか?」

「正直、裕人が病みそうだからどうにかしたいが、俺ではどうにもできない」

「…嘘…そんな」


ライノは呆然とする。

その時、二人の戦いの余波が飛んでくる。


「くそっ、ライノと言ったな?お前は早く逃げろ!俺はバカな勇者の目を醒させないといけねぇ」


八神はそう言って二人の戦いの方へと向かう。

まっすぐに向かえば死ぬ事は分かってるため八神はどうにか隙を伺いつつ近づいていくのだった。


反対にライノは皐月の倒れてる姿を前に涙を流していた。


「…私が…私が守る…はずだった…のに…私が守らなきゃ…いけなかったのに…」


皐月の目は開く事はない。心臓の鼓動も徐々に徐々に少なくなっていく。1秒1秒伸びるたびに死んでしまうという恐怖がライノを苦しめる。



そして、皐月の心臓は止まった。



「…何で…何で…私は…」


ーこんなにも弱いの?


ライノの中には悲しみと自分への叱責しかなかった。


そして、皐月に死んで欲しくないと必死に守るようにすがる。


「何で…何で…皐月…死なないで」


その言葉が皐月に届くことはもう…ない。











**





暗い暗い闇の中。皐月は眠っていた…いや、それは正確な表現ではない。眺めていたというべきであろう。


ただただ、自分の生きてきた道のりを眺め続けていた。走馬灯のように。


皐月の意識はもうほぼなく、ただひたすら自分の生涯をリピートし続けるだけ…なぜ、自分が死んだのかも…そんなことを考えるような働く思考すら既にない。


ただ、自分の死を受け入れる自分だけがここにはいた。


「自分にはある意味相応しい末路だったのかもな」


皐月は意識中でそう呟く。


これまでの自分の生き方を思い出してく皐月にとって後悔なんて沢山あってそれをいくら考えても考え切れない生涯だった。


でも、彼にとって幾つかの約束を守れていなかった。


『皐月、私がいなくても誰かを守れる素敵な人でいてね。それが私の大好きな皐月だから』


ある炎の中の出来事を思い出す。


(結局、これは守れてたのかな?)


そして、もう一つ思い出す。


『お礼はいらないよ。それがお前の進む道だろ?敢えていうならもし、俺も同じような止まり方したなら今度はお前が俺を助けてくれ。昔みたいにさ…な』


中学3年の冬、自暴自棄だった皐月に裕人はそう言って手を差し伸べてきていた。大切なものを失い壊れたように狂った正義ばかりをぶつけていた皐月に裕人は手を差し伸べていたのだ。


(そうだ…この約束…まだ…いや、もういいか)


皐月は一瞬死にたくないと思う。しかし、もう変えようない事実に皐月は首を振る。今更、どうしようもないと。


そんな時だった。


声が聞こえた。


『皐月…死なないで』


その声にただ眺めるだけだった皐月が初めて目を見開いた。そして、気がつけば涙が流れていた。


死にたくないと…


『俺は生きていていいのか?』


あの日の言葉がリピートされる。


『才能も何もない!大切な人を守れやしない俺が…俺が…生きていて何の価値がある!』


あの日の皐月は壊れていた。大切なものだけを守れずに手を伸ばしても届かずに…。

目の前の幼馴染二人が羨ましかった。才能というものでいろんな事を解決してきたのだから。


『二人がいればいいじゃないか?俺じゃなくても…何で…何で俺には何にもないんだよ!あいつを守るだけの力が何で俺にはないんだよ!』


ただ、ひたすらに自分を虐め続けた日々。自分の弱さに押しつぶされて親友である裕人に当たっていた。


『皐月、聞け。俺は弱い人間だ』

『嘘だ!』


皐月は裕人の言葉を受け入れなかった。自分なんかよりもすごい存在であり、そんな存在の慰めなんて惨めになるだけだと思っていた。


『昔のお前は言った。何にもできない俺に…』


しかし、この言葉は今でも皐月は覚えていた。言った覚えは無くても裕人に言われたという記憶として。


『そんなこと言ったら俺こそ何もできない。だってお前はあんなにピンチに陥ってる人を助けんだぞってな。でも、俺から言わせれば違った。お前がその時誰よりも早く助けようと動いたから俺は動けたんだ!』


皐月はその言葉に勇気を貰った。誰かを助けようという意思…そこに間違いは無かったんだと気づかされた日。


そして…


『大切な人を失って悲しいかもしれない自分を見失うかもしれない…でも、それだけは見失うな!それが…それこそが本当に大切な人が悲しむものなんだから!』


(あぁ、そうだ…だから、俺は…今も見失わずに…)


皐月の中で一つの結論が出る。


そして、皐月は生きようという意志が強くなる。手を伸ばす。目を覚さない自分を目覚めさせようと…生きる術を探そうと…。


「俺は…まだ…今なんだ…今こそ…約束を果たす時なんだよ!」


皐月の中で何かが弾ける。


「なんだ?これは…記憶?」


それと共に皐月の意識は少しずつ浮上していく。ゆっくりと何かを実行するように…。



**



ドックン


心臓が鼓動を刻み始める。ライノはゆっくりと信じられないものを見たように起き上がる。そして、ライノはあることに気がつく。


「嘘…いや、それはダメ!」


皐月からある異常が起きていた。


体の傷が急速に再生していくのだ。


ライノはそれの原因が何か知っている。しかし、なぜそれが引き起こされたのか理解できない。だが、それを止めようとする。


何故なら、それは…皐月を拘束しかねない危険なものなのだから…。


それでも、それは止まらないライノは必至に抑えようとする。そうしていくうちにライノは安堵の表情に変わっていく。


それは、なんとかそれが完全な状態にならなかったからに他ならない。


「でも、これって皐月は…」


ゆっくりと皐月は目を開いていた。どこかボーッとしたような様子で彼はゆっくりと立ち上がる。

そして、今の状況を見るとため息を吐いてライノに問いかける。


「これはあのバカが暴れてるってことで合ってるか?」

「…え?あ、うん勇者は皐月が倒れて…」

「そうか、ならあれは裕人で合っていたのか」

「…気付いていたの?」

「まぁ、予想程度はな…」


皐月はそう言うと体を伸ばして歩き出す。その手にはもう既に折れた刀を持ち、どこか飄々としたように歩く。


「さてと、今こそ果たす時か…お前との約束を」


皐月は折れた刀を構える。そして、目の前で暴れる二つの存在をしっかりと捉える。二人とも互いに集中しており皐月のことなんて目に入っていない。


裕人と男の戦闘は激化しており、少しずつ…ほんの少しずつだが裕人が押し始めていた。

八神は少し離れたところでいつ入ろうか様子を伺っていた。

いや、伺うことすらままならない状況だった。


戦いの際に放たれる光の奔流や剣が流れ弾としてあちこちに飛んでいく。

それを避けるだけで必至な様子だった。


皐月はと言うと折れた刀でいなしつつ少しずつ二人の戦っている場所へと近づいていく。


「『これで決める』ぞ。折れた刀でも充分だろ?」


皐月がそう言うと左手にあったデバイスが反応する。まるで意思を持つように震えて応える。

そして、皐月がなんとなしに幾つかの言葉として応えていく。


「守るため…力を貸せ…」


そうして答えていくとやがてデバイスからの反応はなくなる。しかし、その代わりに声が聞こえた。


『いいぜ、資格はバッチリだ。あんたと契約してやるよ』


そんな声と共に皐月のデバイスから光が溢れ出る。それは電子的なものではなく魔力的な光であり、皐月の身体を包む。


それと共に男の動きが止まる。


「っな、魔装の反応だと…何故だ…何故貴様が生きてる…お前は俺が…確かに」


不可解なことを男は見ていた。確かに男は皐月に助からないレベルの傷を与えた。しかし、なのに、何故か傷はないように皐月の反応が存在していた。


そんな、驚きが仇となる。


無数の『剣の種』が自分を囲う。それは、共鳴するように男に向かって剣が作られる。針のように男の体を貫いていく…男は必至に抵抗して、致命的な傷を避けるがその次の攻撃が飛んできていた。

巨大な剣が裕人のいる場所から伸びていた。


それは軽く揺れた後に男に向かって飛んでいく。


「チッ、こんな相手に本気を出さなければならないとはなぁ!」


男の目の前が真っ赤に染まる。そして、起きたことは真っ赤な剣の召喚だった。それは裕人の作った巨大な剣を砕く。


「『ベルセルク』」


真っ赤に輝く剣は男の体まで真っ赤に浸食していく、そして、男は裕人…いや、皐月に向かっていく。

皐月は現在、デバイスから来る魔力の粒子に包まれており、身動きが取れない状態である。

男の速度は裕人などとは比べ物にならないくらい速く皐月を剣で貫く。


真っ赤な血が皐月から出る。再び次は背中から剣が生える。そして、勝ちを確信したように男は笑う。


しかし、それは間違いだった。


『おいおい、今の相棒にそれは無理がないか?』


その声と共に皐月が纏っていた魔力の粒子は消える。そこにいたのは着物型の魔装を展開した姫川 皐月の姿だった。


彼は少し後ろに退がり剣を引き抜くと胸に手を当てる。すると、少しずつ胸の傷が消えていく…。


「再生能力だと!?」


それを見た男は焦って皐月の再生するより前に終わらせようと剣を振りかぶる。次は一撃で仕留めるために…しかし、それをすることは出来なかった。


「抜刀『重閃』」


皐月の半ばから折れた刀は元どおりの刀に戻っており、男の剣を斬る。半ばから綺麗に刃を落とされた剣にはもう力はないのか男の赤い侵食が止まる。


「不思議な気分だな…同じ日に同じ人間に同じ場所を斬られるってのは」


皐月はそう言って刀を構える。男は気付く。この相手に普通の戦いは部が悪いと…。


「チッ、今回は見逃してやる」


男はそう言うと全速力で何処かへと消えていってしまう。皐月達は追うにも速度にはついて行けないので初めから諦めた状態で残った最後の一つの問題に対して対面していた。


裕人は未だに暴れている。いや、正確には正気を失っていると言うべきだろう。おとなしくはなっているが少しでも近づこうものなら殺される。


「さてと、あのバカ野郎が落ち着くのを待つのもいいがぶん殴るか」


(あの日のように)


皐月はふっと微笑む。そして、刀を構える。


『おいおい、相棒…さっきのやつと比べて相性悪そうだぜ』

「何だっていいよ。あいつが俺が死んだと勘違いして暴れてるってなら余計に殴ったほうがいい気がしたんだよ。そっちの方がまた同じ間違いをしないだろ?」

『よくわかんねぇな相棒よ』


皐月の持つ魔装は皐月の考えを理解できずに諦めの様子で言葉を言う。


『なら、一つアドバイスだ。あれはまた暴れ始めるぞ』


その瞬間、『剣の種』が辺りを包み始める。中心にいるのは無数の剣のドームの中で引きこもっている裕人。


「あー、あれは拗ねてるな」

「いや!拗ねてるってレベルじゃないじゃん!」


皐月の呟きにライノがツッコミを入れる。彼女は皐月が戦ってるのを見て逃げてはいけないと決意してここに立っていた。


「今度こそ、護衛として皐月を守ってみせる」

「助かる…でも、あれを突破するには攻撃力も人手も足りないな…まぁ、とりあえず突っ込んでみるか!」


皐月は魔装によって引き延ばされた身体能力を使い全力で走る。その速度は今までの皐月が経験したことのないような速さであり、魔装によって身体が保護されているのにも関わらず風が痛く感じていた。


そして、近づいていくる皐月を迎撃しようと放たれるのは無数の剣…


それを皐月は避けて、逸らしてと動くが…


ガアァッン‼︎


と言う衝撃が皐月に走る。慣れない速度に順応できずに廃ビルに頭から突っ込んだのだ。

運良くか悪くか壁を突き抜けて中に入った皐月は起き上がる。


「いてて…ってやべ!」


ぶつけた部分を押さえる皐月だが、その瞬間には目の前から大量の光の剣が飛んできていた。

皐月は必至に廃ビルの中を駆けて剣を避けていく。


「くっ、下をやられたら崩れちまう」


皐月はそう言うと柱には剣が当たらないように避けつつ上へ、上へと上がっていく。


「くそっ!てか、さっきから思ってたんだが、あの剣のキューブさっきから剣が減ってない上に浮かんでないか?」

『魔装クラスになれば誰だって空くらい飛べるさ』

「なんてテキトーな魔装だよ!いや、それなら俺も飛べるんだな?」

『あぁ、俺は強者を屠るために生まれた人工契約魔装だぜ飛べないわけないだろ?』

「いろいろと突っ込みたいがそれは後だ!」


皐月はそう言うと一直線に屋上へと向かっていく。そして、屋上へとたどり着くと四方八方から剣が飛んでくる。『剣の種』である光の玉からは光の剣が飛んできて、裕人の引きこもっている球体からは限りなく実剣に近い剣が飛んでくる。


皐月は全力で跳ぶ。


空中で姿勢を整え、飛んでくるものを避け、逸らし、斬る。


「おい、飛行機能はどうなってんだよ!」

『あぁ、そうか相棒は直接魔力を操れないんだっけ?なら無理だな』

「ふざけんなっ!」

『あぁ、分かったよなら、魔装の形を変えるから飛べる姿を想像しろよ相棒』

「できるだけ早く頼む!」


皐月は空中では姿勢制御ができずに小さな傷をいくつも作りながら耐えていた。

そんな時、黒い魔力が『剣の種』を呑み込んでいく。

ライノが再び魔装を展開して戦線に立ったのだ。

ライノは黒い翼を生やして皐月のいる元に迎えにいくが…


「大丈夫、皐月?」

「あぁ、大丈夫だ…って、まだか!」


丁度落ち始め、ライノからは間に合わない状況かつ、下はビルではなくそこから外れた瓦礫群だった。

皐月は絶望と共に死を覚悟するが…


『ギリギリだったな!』


その声と共に皐月の魔装から黒い羽が生える。それによって僅かな浮力を作り、落下の衝撃を抑える。


「相手の攻撃よりも魔装の機能で死ぬかと思った…」

『おいおい、相棒ひどいじゃないか使い方の悪い相棒が悪いだろ?』


そんな言い合いをしながらも皐月は裕人の様子を見る。次に起きるのは光の奔流だった。『剣の種』がその光に刺激されて剣の球の元へと集まっていく。


「くそっ、あれを止める手段がないな」

『相棒の能力じゃ攻撃力が足りなすぎだぜ』

「そもそもがそれなんだよなぁ」


皐月は刀から聞こえてくる声に同意しながらも落胆したような様子を見せる。


そもそもがどうにかするにも大量の剣の球の中に引きこもっている裕人に接触する手段が皐月には存在していなかった。


「皐月、大丈夫?怪我はない?」

「お、ライノか大丈夫だ。とりあえずあれをどうするかだな」


皐月はライノと合流すると剣の球を眺める。『剣の種』を常に放出し続け、時折あそこから実剣が飛んでくるため、注意が必要というものの…


「あれに突っ込む良い方法知らないか?」

「皐月はアホなの?何の策も無しにさっき突っ込んだの?」

「い、イエス」


ジーっとライノからの痛い視線が飛んでくる。皐月は目を逸らして誤魔化す。


「アホというのは同意だな。今の裕人相手に何も考えずに突っ込むのは完璧な愚策だ」


気がつけばすぐ近くの瓦礫の上に立っていた八神がそう言って皐月達に近づいて来ていた。


「えーと、あんたは?」

「八神だ。今だけは裕人をどうにかするために共同戦線を張ろうと思ってな」

「助かるけど…なんか策はある?」

「知らん、俺は便乗してるだけだしな」


八神の物言いに皐月は呆れるが確かにこの状況をどうにかする方法は皐月も思いつかない。

簡単な話で言うなら裕人を殴って正気にさせることが方法だが、それをするための手段が存在していなかった。


「八神って言ったか?お前ならあれは砕けないか?」

「できなくはないだろうが、俺一人だと表層程度だろう」

「私もあれをどうにか出来ても表層行けばいいかな?」


皐月は八神に聞くが、ライノも混ざって教えてくれる。


そうしてる間にも皐月達を狙って剣を放出される。

三人は避けるためにそれぞれ分かれて行動する。ライノは空の方へ逃げて、八神は地上で駆ける、皐月は低めの飛行で極力翻弄するように動く。


「とりあえず二人とも表層だけでもいいから頼んだ!それと…魔装…お前ならいけるか?」

『いや、まだ足りねぇな。奥の手を使ってもあれを二層崩した程度じゃダメだ』

「くそっ、不足してるのかよ…まだ…まだ届かないのかよ」


皐月の魔装の持つ奥の手を引き出しても裕人に届くことはできない。皐月はどうしようかと…必死に考える。


「その奥の手を…」

『無理だな、その奥の手を使うには時間が必要だし、近付いたところで変わるような奥手じゃねぇよ』


近づいて放つ…ということをしようと考えるが先に止められる。一体、その奥の手は皐月には分からないがこの状況を打破できる手段だということを考えていた。


しかし、それを使っても足りないのだ。


裕人には届くことはない。


皐月の目の前ではライノと八神が表層を削ろうと闘っていて、皐月はそれをどうにか出来ない。


そんな時だった。


「親友である私を頼ってくれないのは悲しいなぁ」


ふと、声が聞こえる。それは皐月のよく知る声であり、振り返るとそこには白い羽衣を纏った千莉の姿があった。


「なんで…ここに」

「私も様子見のつもりだったけどこれは放っておけないでしょ?」


千莉のその声と共に半透明の龍が空を駆ける。

その龍を皐月は知っている。


土戸が銃から何度も放つ瞬間を見てきたのだから…。


透明な何かが辺りを侵食する…そこからビット式のレーザー銃や固定銃などが展開されていく。

それを皐月は知っている。


山口の専用機によって取り出された武器群。


それが裕人の剣の球を壊そうと襲う。

しかし、放たれる剣と『剣の種』から出てくる光の剣が押し返そうと放たれる。光の奔流が辺りを包み込む。それは皐月に向けられたもの…。


破壊の光が皐月の目の前を照らす。


一瞬のことで対応できずに動けないままそれに呑まれようとしていた。


しかし、いくら待ってもその時は来ない。


なぜなら、千莉の持つ盾と桃形の持つ盾によって防がれたのだから…。


「一つ聞きたいことがあるの…その魔装の言う奥の手にはどれくらいの時間が掛かる?」

「…え、えっと…」

『十分だ…悪いがそれまでの間相棒は動けねぇぜ』

「わかった…なら、私が十分までには中層まで壊す…そうすればいけるでしょ?」

『そうだな、あとは相棒次第だ』


皐月は千莉と視線を合わせる。そこには出来る?という疑問が乗っていた。

しかし、皐月は笑うだけ…いや、それは幼馴染だからこそ分かる理解が存在していた。


「ここで止まれば俺じゃねぇよな…んじゃ、その奥の手というのを頼む」

『分かったぜ相棒…泣いても笑っても初めから最後の挑戦…それが奥の手だ。成功させろよ』


その言葉と共に刀が光出す。

それは皐月から何か吸い取るように…皐月の方から刀の方へと流れ出す。


それを見た千莉は…


「盾の君はここで守ってて私は前に出る」

「オッケーだ。出来ればこっちに飛ばないようにしてくれよ…盾が壊れたら俺までダメージがいくんだから」

「ふーん、君はそういう存在なんだね」


そんな軽口を言い合いながら千莉は前へと出る。その瞬間、守り壁がある場所から抜けるのを待っていたかのように剣が射出される。盾で千莉は防ごうとするがかなりの勢いがあった為か盾は砕ける…しかし千莉はそれを知ってか知らずか放たれた剣を逸らして誰にも被害のいかない方へと弾く。


「あ、壊れた」


千莉はそんな風に軽く呟きながら思いっきり体を落とす。

そして、蹴る。


地を駆け、目の前に迫りくる光の玉やそれから変わっていく光の剣の全部を目の前から排除するように弾いていく。

そんな時、目の前に剣の切っ先が映る。

千莉の頭は焦らず顔を逸らして槍を添える、それによって剣は逸れ、別の場所へと行く。


僅かに掠ったようで頬に傷を作るが気にせずに走って行く。しかし、それも長くは続かない。


剣の球から50メートルのところで千莉は足を止めた。

周りには先程よりも多い量の『剣の種』そして、より多角的に動く飛び交う実剣。


それによって行手を阻まれる。


千莉が防いで逸らしても剣は方向転換をして逃してくれる気配はない。


「射出使い捨ての『剣の種』操作と技量の実剣と言ったところね」


千莉はすぐに分析を済ますと実剣だけに意識を向ける。操作できる範囲は千莉が見た限りでは剣の球から50メートルほど、速度は千莉の全速力と同じほど。


(避け続けても表層を壊しに行くには時間がかかりそうね)


「おいおい、嬢ちゃん手が止まってるぜぃ」

「…あなたは…って、さっきから時折テンション変わるのは何ですか?」


いきなり現れて剣を一つ残らず魔力が篭った弾丸で撃ち落として行く土戸がニヤリと笑いながら千莉に話しかけていた。

先程まで共闘やら戦った相手だが、千莉は未だに時折変わる土戸のテンションなどを理解できずにいた。


「まぁ、多少は余裕があるってことだよ。暴走してる分結構動きは単純だからなぁ」


土戸はそう言って再び銃の引き金を引く。すると、一本の剣を弾く、砕けることはなく意味のないことに見えた。しかし、実際は違ったそれが起点となり、一本、一本とぶつかっていき最終的には十本以上の剣の軌道を変えた。


物によっては50メートル圏内から出て地面に刺さってるものもある。それはやがて実体を保つための魔力が切れ砕ける。


「うわぁ、この人一体何者なのか気になる…」


千莉はその様子を見て若干引きながら土戸について気になっていた。


だが、すぐにそんなことを考えてる場合ではないと考えて槍を構える。そして、分身を作り出して裕人に近づこうとする。


「くっ、やっぱり勇者の暴走は無理がある…か」


分身をしっかりと使い、槍や武器を上手く放つが手数や一撃の重さの違いによりすぐに分身はどんどんと減って行く。


本体である千莉自身も小さいながらも傷を作って行く。


「ふぅ、難しい…」


そんな時、ふとライノが目に映る。

千莉はフッと笑うとお節介をかけに行く。


「その魔装は完成してるけど安定してないね」

「ひゃっ!って、千莉さん!」

「ふふ、昨日ぶりだね」

「えっと、どうしてここに?」

「一言で言うなら英雄だからかな」


ライノは千莉の言葉に混乱する。本来今回の敵であるはずの英雄がなぜ自分の魔装のアドバイスをしてくれるのか…理解ができずに混乱する。


「乱れてる!乱れてる!落ち着いて、私は味方だから…今はあのバカに集中して」

「あ、はい」


千莉の言葉にライノは何故か落ち着きを取り戻していた。自然とある言葉のトーンが彼女を安心させていた。


「集中して、しっかりと明確に能力を意識させて…そうすれば魔装は答えてくれるから」

「わ、わかった」


千莉のアドバイスを聞いてライノはそれを実行する。

すると、すぐに変化が起きた。


ライノの魔装に変化はないものの武器が明確に作られて行く…。


(へぇ、結構才能の塊ね)


ライノはそれを見るとあとは大丈夫だと判断して剣の球を壊すために槍を構える。

一方ライノは明確なイメージを作っていた。


常に動きながらそれをすることは難しいことだが、ライノは必至にイメージする。


(私の魔装は影…抑制…なら)


明確なイメージを元にライノは剣と盾を作り出す。いや、それを剣と盾と呼べるか怪しかった。


剣に実体は無く、切り裂くのでは無く魔力によって破壊するという形を取っている鈍器に近い性能を持っていた。


また、盾も実体は無くそれによって普通は防ぐことは不可能な代物であった。しかし、その盾は動きを抑制し抑制した分のエネルギーを吸収するという役目を持っていた。

魔力を吸収すればそれを剣へと送る。


それがライノの武器の能力。


ライノはまずは辺りに漂う光の玉『剣の種』を盾で取り込んでいく。剣に送らず盾に収納し実剣を防ぐためにため込んでいく。


(これならあれを壊せる)


ライノは見据える剣の球を…。


また、一方で八神は一人早く剣の球の表層まで来ていた。そこでは攻撃が今までの比ではなく、表層そのものが剣故に周りは完全に敵だらけである。ゼロ距離で射出される無限の剣に対して全て一瞬の判断で弾く、避ける、防ぐを繰り返していた。


「表層を砕くひますらねぇな」


この様子に呆れながら八神は呟く。

実際、八神も行ってみたもののできるという確証は無かった。発展途上で自分より弱いとはいえでも仮にも勇者である。そう簡単にいくとは思えていなかった。


そんな時、剣の球に突っ込む存在がいた。それは全ての光の剣、実剣を防ぎとんでもない速度で飛行して剣の球に剣を突き立てていた。


「ちっ、全然壊れねぇじゃねぇか!土戸のやつに騙された!何が簡単に壊れるだ!」


それは山口だった。


八神はそんな山口を冷めた目で見ていた。どことなく残念な匂いがしたからに他ならない。

しかし、それを言わないことが優しさと堪えて八神は話しかける。


「こうして、剣を振っても無駄だ。高威力の大技でも使わない限り無理だぞ」

「そうか、まぁ、仮にも勇者の技だもんなそう簡単にはいかないか」


そんな言葉をかけていた。山口はふと冷静になり考える。山口の能力は汎用性などは群を抜いてるが威力などと言った振れ幅は小さく、高威力の攻撃などそんなに持っていないのだ。


「今の俺なら魔力銃でぶっ放すしかないか」


しかし、高威力のものが少ないためにそれに行き着くのも早かった。元々、火力面では頼る手札の少ないため、常に火力が必要な時に使うものは限られている。


故に山口は早い判断で魔力銃を取り出して引き金を引く。


轟音が鳴り響く。


魔力が極端に高い山口がかなりの量を込めて撃った魔力の弾丸は容易に剣の球の表層を削っていき、十分の一ほど削ることに成功していた。


「うわぁ」


それを見ていた八神は若干引いていた。それは山口に対してというよりも魔力銃の威力に対してだった。


先にも説明した通り魔力銃は使用者のこめる魔力によって威力の変わる銃である。山口が出した威力はおそろしく映るものだった。


(いや、表層を壊すとは言ったけどあの威力は普通に表層以上削れてるんだが…俺もあれくらいじゃないと表層壊したと言えない?)


そんな懸念も過ぎる。八神は仕方なく剣に魔力を込めていく。


「しゃぁねぇ!俺も全力でぶっ放すとしますかぁ!」


剣を振るう。


それだけで起きる衝撃が空気を震わせる。やがて、魔力と共に伝わる衝撃が近くにあった『剣の種』を壊していき、剣の球に達する。


ガリガリガリッ


と剣が砕けていく音が響き渡る。その破壊は山口ほどにないにしろ表層部分を削る。


しかし、剣出てきた球は次々と剣を増やしていき、元の大きさに戻ろうとする。八神は舌打ちをしながらも一度放とうとするが時間がない。


「さて、再生が始まる前にもう一撃!」


その時、再び轟音が鳴り響く。それは先程より強く剣の球を削っていく。

それを起こしたのは山口の第二射だった。


「ほら、そこのお前…早く次撃たないと削りきれないぞ」

「分かってるって。たく、ちょっと強いからって調子乗りやがって…」


八神は山口にそう言われて悪態を吐きながらも次の一撃を放つ。

そして、山口がそれに続いて第三射を放とうした瞬間だった。剣が迫ってくる。


どうやら、本能としては剣の球の再生よりも外敵要因の排除を優先させたようで山口と八神に剣が迫ってくる。


二人が次を打てない間に先程よりかは遅いが確実に剣の球が直っていく。それをどうにかしようとするが二人が集中する暇もない。


そんな時だった。


上から黒い光が見える。


「『解放リリース』」


その小さな声と共に轟音が響き渡る。

それは先程の山口のとは比にならないほどを破壊を起こして、剣の球を大きく削る。しかし、それでも中層に辿り着くほどの傷を作れていない。


そこに巨大な半透明の竜が迫りくる。


それは傷をも恐れず剣の球に向い、砕いていく。


それを迎撃しようと剣がどんどんと放たれるが実剣はすり抜け光の剣でしかダメージを負わず、剣の球を削っていく。


いや、先程の言葉に語弊があったであろう。


実剣はすり抜けるのではない、その構築に使われた魔力などが相殺され、砕ける、または操作権を失ったように落ちていく。


しかし、それも長くは続かず中層まであと少しというところで竜は許容ダメージを超えたようで消えていく。


そして、それは放たれる。


光の奔流が四人を包み込む。それは今までの比にならないような強大な波となり、すべてを飲み込む。

全員がそれぞれの手段で防御を取る。


土戸は弾丸を放ち、自分の部分だけでも穴を開けようと…ライノは盾を極力大きくして、出来るだけ受けるエネルギーを減らそうと、山口は目の前に大きな壁となる盾を取り出して防ごうと、八神は剣を振るい波に逆らおうと…


しかし、そんな抗いを無駄と言うように全員を等しく呑み込んでいく光は四人を遠くまで吹き飛ばす。


ビルに打ち付けられたものもいれば瓦礫と一緒に流されてたものも…抗いには成功しても大量の切り傷を作っているものもいた。


辺りに血がこびりつく。


血の匂いがやけに充満して四人はなんとか立ち上がる。

ここをどうにかするために、何かをしなくてはと武器を手に取る。


「うちの次期大将だが、まだ負けるわけにはいかなくてな…」


八神はプライドや助けたい、その気持ちによって立ち上がる。


「負けない…強くなるために…」


ライノは自分の弱さから逃げるために…誰かを守れない自分を足枷となる自分を良しとしないために。


「悪いが壊れたまま勇者だとこっちも迷惑なんだ」


土戸はこれからの付き合いなどを考えて…


「これは仕事だ…それにこれを放っておくわけにはいかないだろ」


山口は責任感とどこか遠くに重ねている何かから逃げ出さないために…。



彼らは立ち上がる。


次の一手に繋げるために。


剣の球の修復はまだ終わっていない。それなら。修復される前に砕けばいいと四人が構える。


その時だった。


「誰か忘れてない?」


その声と共に剣の球の高い…上空から流星が見えた。


否、それは千莉が落下してきているのだ。


それに対処しようと剣がいくつも放たれる。それは真っ直ぐ進んでいき、流星に刺さる。


しかし、それは何かを捨てるように散ったと思うと何事もないように真っ直ぐに剣の球に向かっていく。


何本も何本も飛んでくる。しかし、何故か減速も止まることない、ましてや千莉が傷を負う姿すら確認できない。


一線の光と見える彼女が確認できない、しかし、そこに確かに彼女が最初と同じように突っ込んでいることがわかる。


それは彼女が分身と共に突っ込んできているからである。彼女は分身を身代わりとして突っ込んでいったのだ。


ゴオォオォ!


そして、光が剣の球の削られた部分に直撃する。

それは今までに無い力となり、中層の半分程をごっそりと持っていく。


そして、丁度十分が経つ。


その瞬間、魔力の波が辺りを揺らす。


皐月が準備を完了したのだ。


しかし、知るものは疑問に思う魔力を操ることのできない皐月が何故魔力を放つことができたのかと…その答えは目の前にあった。


刀が吸い込んだ魔力を皐月へと再び戻しているのだ…魔法として…


「さぁ、届かせるぞ!裕人!」


皐月はそう言うと刀を構える。そして、突っ込む。その速度は誰もが目を疑うものだった。ただ、真っ直ぐ突っ込むだけ、ただそれだけのことが純粋な破壊そのものに誰もが肌で感じる。


ピリピリと放たれる皐月の魔力が肌を焦がすような感覚さえ八神とライノにはあった。


そう、目の前にいる存在はすぐ近くにいるようで何処か遠くに感じられるほどに決定的に違う何かが存在していた。


一方で皐月は突っ込んでいるはいいが自分でもその速度は予測していなかった故に目まぐるしく変わる景色に順応できずにいた。直感的に刀を振るう。それはどれもが正解だが、余裕はなくひたすらどんどんと大きくなっていく剣の球に突っ込むしかなかった。


しかし、さすがは勇者というべきか的確にその速度に付いていき剣が放たれていく。皐月はそれをギリギリのところでいなそうとするが体感している速度と実際に出ている速度が違いすぎていた。


いなすつもりの刀は万物を斬り裂き、衝撃だけで地面は抉れていく。


そして、あっという間に剣の球に接触する。


バギッンッ


という音共に振るわれた刀は衝撃で持ってして中層部分を抉る。


(来たはいいが…)

『安心しろ、恐らくここを壊し切れば勇者のいる深層に到達できるぜ』


削った量を見てどこも安心することができないと思いながらも皐月は刀を振るう。それは砕くために振るうのではなく、裕人を引き摺り出すために振るわれる。剣は一本一本が綺麗に引き剥がされていく、戻ろうと邪魔する皐月を切ろうと飛んでくるが皐月が放ってる魔力によって制御が失われていく。


「てか、なんで俺こんな地味な作業を?」

『おいおい、勇者の剣を一本折るのにどんだけ魔力消費してると思ってんだ?深層に行く前に魔力が尽きて死ぬぜ』


皐月は自分のやってることに疑問を思うがそう言われるととなにも言えずに押し黙るがすぐにあることに気が付き噛みつく。


「いや、それならわざわざみんなにここを削らせなくても…」

『さっきも言ったように全部削るのは最短ルートでやっても魔力が足りねぇよ』


皐月はとりあえずひたすらに剣を剥がす。皐月は知らないから気付いていないが、皐月の周りだけは剣の球が修復されないでいた。


それは皐月の魔力硬直障害の影響だった。彼は魔法を打ち消すまたは触れることができるそれによって彼の魔力に触れた剣は剣の球のような強い結びつきを持っていない限り簡単に無効化される。


しかし、魔力の消費が壊すよりも少ないとは言え、時間がかかる。皐月の魔力よりも体力の方が先に底つきそうになっていた。


「おい、武器を2つ目とか無いのか?」

『それは無理だな。俺は武器を媒体として契約する魔装だからよ』


皐月は内心舌打ちをしつつも作業は止めずに剣を剥いでいく。


そんな時、半透明の龍が…黒い閃光が…暴力と呼べる突風のような槍が…魔力による弾丸が…強力な剣撃が…


剣の球を削ろうと飛んでくる。


「さて、もう一仕事しようか」


土戸はそう言って擬似魔装を展開する。


「私は言ったよね?今度こそ護衛として果たすと」


ライノが黒い剣と盾を構えてそう呟く。


「これは皐月だけの戦いじゃない…一緒にやろう!いつものように」


千莉はそう微笑んで皐月の横に立つ。


「キツイなら先に言え…しっかりと支えるのが大人の役目だ」


山口はそう言いながら第二射を放つ。


「うちの問題なのに他組織ばかり頼る…なんて出来ねぇよなぁ!」


八神はそう言って笑いながら剣を振るう。

皐月はそれを見て思わず笑いがこみ上げてくる。中層からは中心部に近いためか剣の球の耐久力もかなり高いため、思った以上に削れはしない、しかし、皐月だけの時と比べて明らかに大きく、大きく削っていた。


「これなら…行けるか?」

『あぁ、少し時間があればいけるぜ』


その時、再び光の奔流が放たれる。それは滝のように上から下へと皐月達を呑み込もうと…しかし、それを良しとしない。


透明な壁が奔流を遮る。


「っっ…でも、前の時と比べて弱くなってないか?」


そう言いながら盾を構える少年がいた。


桃形が奔流を防いだのだ。


体の端々には血が流れており、一瞬、皐月は心配するが、それも一瞬…次の攻撃の準備ができたと魔装の方から聞き皐月は刀を構える。


皐月が準備してる間もずっと五人の攻撃は続き剣の球は削れており、皐月が貫く許容範囲にあと少しで入ろうとしていた。


『魔力回路循環…完了…魔術名『回路式肉体強化』』


魔装の言葉と共に皐月の体が動き出す。先程より速く、一歩跳ぶだけで想像以上に天に上がる。

そして、宙で地を蹴るように駆ける。


それに合わせて全員が動き出す。


「弾丸…指定。『天龍』」


土戸の弾丸が今までとは比べ物にならないほど強大な力を放つ龍となって剣の球に放たれる。


「『解放』『影槍』」


ライノが放つ黒い槍は伸びていき、その先は修正するように障害物を避けるように、狙いに行くように折れ曲がっていき、寸分違わず皐月と土戸が狙った部分に向かっていく。


「『十の戦』」


千莉の放つものは十の武器だった。


剣、槍、銃、拳、斧、弓、刀、棍、鎚、杖


それぞれが動き出し、剣の球に集中攻撃を始める。


「武装全開…23…一斉掃射!」


山口がやったことは簡単だった。沢山の銃を用意して、それを一点を狙って同時発射するということだった。


「放て!」


八神は剣を振るうそれによって起きる衝撃が剣の球に地を削りながら向かっていく。


それは同時に当たる…それによって、大きな穴ができる。しかし、中層のあと少しというところで破壊しきれずにいた。更には同時に放たれた一撃のせいで誰も次を放てずに修復されようとしていた。


しかし、それを皐月が許さない。


千莉と比べれば遅いかもしれない…土戸と比べれば暴力と言えないかもしれない。山口やライノと比べれば魔力がないかもしれない。


それでも、皐月は飛ぶように宙を何度も蹴り加速を続けまっすぐ剣の球へと刀を構えていく。


速度の乗った剣技が最後の層へとぶつかる。


ここで初めて剣の球の中層にヒビが…いや、深層の扉が開かれる。


皐月はその勢い乗ってもう一度離れて特攻する。


それはさらに速く…突き抜けるように…ビルなどにぶつかりながらも減速もせずにまっすぐと突っ切る。

そして、ぶつかる。



バッギッッ‼︎


と崩れるような音を響かせて皐月は深層へと入っていく。







それを眺めていた六人は安堵の表情で下がっていく。

ここまでくれば後はこれ以上の被害を増やさないようにと全員が距離を保って様子を見ていた。


「化け物ばっかかよ…」


ただ一人のその言葉…八神のその悪態は誰も聞くことはなかった。



**


皐月は深層に入って目撃したのは一つ広大な空間だった。


そこにあるのは神殿のような場所で無限にも思えるような屍とつるぎ


その中心でただ、佇む少年が皐月の目に入る。


目に生気はなく呪詛のように後悔の念を呟き続ける少年がいた。



「…裕人」


皐月は目の前いる少年の名を呼ぶ。しかし、反応は返ってこない。その代わりに来たのは一本の剣だった。

皐月はそれをなんとか弾くがたった、それだけのことで刀は欠ける。


『武装の修理…完了』


魔装は間髪入れずに皐月の持つ刀を修復する。

いや、正確には足りない部分を皐月の記憶を使って魔力で保管してるのだ。


「ふぅ…全く…少し前の俺そっくりだ」


そう呟きながら少年へと皐月は近づく。それを拒むように屍が動き出して皐月の命を刈り取ろうと剣が振るわれる。


『おいおい、魔力面はともかく…これは』


皐月は僅かに苦い表情を浮かべながら屍達と戦う。

魔力面は皐月には分からないが魔装の見たところによると、もの凄く少ないそうだ。しかし、剣技においては達人レベルであり、一人が相手でも皐月はきついのにも関わらず百以上の相手をしていた。


「くそっ、近づけない…」


皐月は近づこうとするが屍が邪魔で向かうことままならない。

焦ってどうにかしようにも突破口らしきものも皐月は見つけられずにいた。


『どうする相棒、最後に取っておいた魔力をここで使うか?』

「いや、それはもったいない!ここは俺の技量でどうにかする」


皐月はそう言って深呼吸をする。



(そうだ…ただ追い求めるだけでいい。どうしたら勝てるか…目の前にある可能性を…考えろ…どうすれば勝てるか)


訓練の時に言われた言葉を思い出す。ここぞと言う時の勝負強さが皐月は強いと言われた。


平均より少し上程度が上限にしろあるとあらゆるものの才能があると…。


皐月は追い求める…ただ、目の前にある自分の知らない剣技を…それを知って勝つために…。


屍を一つ…乗り越える。


そして、次…また、次…と時間を掛けながらも確実に一つ一つの屍を超えていく…先へ進んでいく。


技術を…いや、剣を奪っていく。


そして、組み合わせ別の剣技へと変えていく…


皐月はそうして、一人…最後に立っていた。


「さぁ、次は裕人…お前だ!」


皐月の瞳に宿る決意は消えずに刀を裕人に向けて見据える。


「今こそ、約束を…果たす時」


駆ける…地を蹴り、宙を蹴り、加速していく。


この空間そのものが魔力の塊であり皐月にとっては壁であり、天井であり、床だった。


地を蹴る…壁を蹴る、天井を蹴る。


そして、振るわれる刀の切っ先は裕人へと向かう。


しかし、その瞬間…虚な瞳と目が合う。その瞳を見た皐月は咄嗟に別の行動に移そうとするがその時には既に遅かった。


ガァッン‼︎


そんな音を立てて刀が折れる。何が起きたか…それは本人達が理解していた。

皐月の持つ刀は折れ、無防備な状態を晒していた。

そして、裕人は剣など持っていない…いや、正確には所持している。


裕人の魔装…その纏う衣そのものが剣であり、皐月の刀を防いだ裾には刃が生えてきていた。


「ちっ、あれが裕人魔装か」

『剣を内包した魔装…『内なる剣』と言ったところか?』

「そんな話はどうだっていい。やることは変わらずあいつをぶん殴って話を聞かせるだけだ!」


すぐさま修復された刀を振るう。次は魔装に魔力で補強してもらった上で挑む。次は折れることなく、防がれるだけで済んだ。しかし、すぐさま裕人はもう片方の手から剣を出し、振るう。


皐月は距離を取るが時既に遅く、腕からは僅かに血が流れる。


「あぁ、ならお前は一生勝てねぇよ」

『お、おい相棒痛みで気でも狂ったか?』

「いーや、違う今ので分かった」


皐月はそう言うと構える。切っ先は変わらず裕人に向いている。

敵とみなしたのか裕人は衣から剣を取り出して皐月に迫りくる。

一打目を防ぐ、すぐさまに放たれるもう一本の攻撃を受け流し、皐月は裕人の背後を取る。


刀が振るわれる…


しかし、皐月はすぐに止まり、下がる。衣の下から現れる剣が放たれたのだ。

そう、衣そのものが剣であるのならばその取り出し場所は腕からとは限らない、それこそ背後から出してもおかしくはないのだ。


「…動きは…はぁ…はぁ…単純なのに…はぁ…これはきついな」


見ると皐月は先ほどの攻撃が掠ったようで唇から血が垂れていた。

他にも頬や脇腹も傷ができており血が僅かに出ていた。


しかし、皐月には勝機が存在していた。


それは裕人の県議である。

その剣技は普段のような技量はなく、単純な素人剣そのものである。


「ここで決めるぞ!頼んだ!」


皐月のその合図と共に再び魔力が張り巡らされる。そして、再び皐月はあの圧倒的な身体能力を手にする。


「あぁ…あぁあぁあぁぁぁぁ!」


裕人が初めて言葉を発する。その言葉は狂ったように悲しみように…叫びとして現れる。


そして、剣が放たれる。


再び作られるのは光の玉を作る『剣の種』だった。それによって戦況が劇的に変わることはない。

皐月と裕人はぶつかり合う。


皐月はまだ速度に慣れず、技量を発揮できずにいた。裕人は暴走してるとは言えでも勇者のスペックを活かして強力な攻撃を何度も放ってくる。

しかし、それでも皐月は食らいついていた。


光の奔流が放たれれば魔力に頼らず斬ると言う手段でダメージを減らす。

剣の種が光の剣の形を取り放たれるのであれば一つも残さず切り裂いていく。


それでも高い身体スペックによって皐月は傷をつけられずにいた。


そんな時だった…僅かに裕人の動きが鈍る…


「……違う…ちがう!」


裕人は苦しむように頭を抱えて否定する。そして、より激しく攻撃を仕掛ける。皐月はその尽くを受け流していく。

しかし、先ほどよりも動きにキレがない。


「今なら…裕人!聞こえるか!」

「…あぁ!ちがう…ちがう!」


皐月が今なら声が届くと思い呼びかけるが、聞く耳は持たない…いや、持たないのではない。揺さぶられているのだ。


「よし、このまま…お前は本当にいいのか?失ってそのままで!」

「…あぁ…ぁあぁあ!」


そして、動きが止まる。

皐月もまた刀の構えを止める。


「約束を果たしに来た。お前が俺と同じことで苦しんでる時に手を貸せって言う約束を」


皐月はゆっくり…ゆっくりと言葉を紡いでいく。少しずつ、裕人の心に届くように。


「…あぁ…ぁ」

「失敗した、辛いことかもしれない…失ったことも…でも、俺は裕人が壊れることを望んでいない」

「…あ…」


裕人は皐月の声が届いたのかどんどんと落ち着いていく。


「それに…俺だって生きている…ほら、手を取ってくれ」


そして、手が伸ばされる。


そして、ゆっくりとした時間の中でその手が触れ…


パンっ


ることはなかった。


「…うるさい」


裕人の様子はまだ狂気を宿しており、正気ではなかった。

そして、大きな力の奔流が裕人から溢れ出す。


「うるさいうるさいうるさいうるさい!」


景色が崩壊していく…それはやがて真っ暗な世界へと変わっていき、裕人の前に一本の強大な力を宿した剣が現れる。


それに触れる。


それだけで魔力の奔流が辺りを支配する。

その魔力に当てられた皐月はその流れに逆らうことができずにそのままゆっくりと後ろへと押し出されていく。


『勇者の暴走がその程度で止まるわけないだろ?ここからが本番だ。気を引き締めろ』

「あぁ!もう、結局ぶん殴んなきゃいけないのかよ」


皐月は再び刀を構える。もう既に魔力は底を尽きており、もうあの強化は使えない。

おまけにあと少しで皐月の展開されている魔装が維持できなくなろうとしていた。


だから、皐月は最後の大博打を掛ける。


嵐が生まれる。


裕人の持つ魔力の奔流が巨大な流れを作り裕人を中心に光の嵐を構成していた。

触れるだけで人を切り裂く光の嵐は皐月を切り裂こうと少しずつ勢いを強めて皐月には迫ってきていた。


「…はぁあぁー…ふぅうぅうぅ」


皐月は一方、傷ができようとお構いなしに息をゆっくりと吸って、吐き出す。

皐月のできた傷は不思議と少しずつ治っていき、万全な状態で皐月は刀を構える。


「一刀…」


皐月はゆっくりゆっくりと光の嵐の中心…竜巻のできた場所へと歩み寄る。


そして、


「始めっ‼︎」


嵐を裂く…見えるのは一瞬の晴れ間…しかし、刀は折れる。もう既に刀を修復するような機能は皐月の魔装には残っていない。そして、目の前にはまだ奔流を起こす裕人…


万策尽きた


「いや、違うな…刃ならまだここにある!」


皐月は折れて飛んでいっていた切っ先を手で握る。それだけで握った手から血が出る。しかし、離さまいと強く握り、裕人に押し込むように振るわれる。


それは予想外のことだったのか裕人は対処できずに簡単に魔装を突破して裕人体を貫く。


「普段のお前なら2度目の手は通じねぇよ!でも、今のお前はこんな手にも引っかかるほどに弱い!それがお前の敗因だ裕人!」


そのまま皐月は刀から手を離すと手を思いっきり握りしめて動かなくなった裕人の顔面に思いっきり1発、拳を食らわせる。


ゴッっ!


と言う音を響かせて裕人は盛大に吹っ飛ぶ…それと共に裕人の維持していた剣の球が崩れていく…実体化していた剣も少しずつ消えていき、気がつけば皐月は瓦礫の山の中、一人立っていた。


近くに倒れている裕人の前で



**



翌日、皐月、千莉、裕人は三人でファミレスにいた。


「昨日はすまなかった!」

「いや、別に大丈夫だよ…約束だったしな」


裕人の謝罪に皐月は大丈夫と手を前にして言う。すると…


「えぇ、本当に迷惑しでしたね。あなたはもう少し自分の立場というものを理解すべきでは?勇者様」

「って、千莉何で挑発するようことを!?」


千莉の一言に皐月は驚く。

しかし、


「って言うか、お前もなぁもう少しやり方ってものがあっただろ!こっちだって皐月と戦うのは御免なんだよ!」

「でも、楽しんでたでしょ?私は皐月相手は嫌だしwin-winじゃない?」

「どこがwin-winだ!」


皐月は二人のやり取りとを見て気がつく。

それに気がつくと皐月はふと、笑いが込み上げてくる。


「ハハ…あははは!」

「って、皐月、腹を抱えて笑ってどうした?」

「あなたの滑稽さを見て笑ったんじゃないの?」

「あーいや、違う…何というか…二人とも最初から敵じゃなかったんだな」


皐月の言葉に二人は顔を見合わせる。そして、ふと考えたあと笑う。


「そんなわけないだろ…あはは」

「ふふ、そうだよ私が」

「俺が」


「「皐月の敵になる訳ないじゃん(だろ)」」


そう、変わらない。


皐月はそう思えた。自分が大切にするように二人もまた皐月という人間を大切にしている。

彼女達は初めから皐月という一人の人間しか心配していなかった。


そうして、幼馴染三人で今日また別れることを知りつつも名残惜しそうに笑い合うのだった。



**



「今日も書類…書類…忙しい。あぁ、もう一人くらい人材が欲しいわ」


雛影は今日もまた書類の山に埋もれながらそう呟く。

他の人達は殆ど戦闘に参加していた為今日は癒すのもあり休ませている。


それは雛影の裁量でもあり、ある意味では自業自得とも言えるものだった。


「しかし、まさか勇者と英雄からこんな提案が来るなんてね…一人はお見合いのつもりかしら…もう一人は…保護って感じね…両方ともスパイって感じはないのよね」


ある資料を見て雛影はため息を吐く。ただでさえ多い書類を増やすような提案は雛影としては断りたいが戦力増強にもなる為、ある意味ではありがたいので受けてしまったことを雛影は後悔しながら書類仕事を続けるのだった。


その時、ふと、手が止まる。


それは姫川皐月について書かれた書類で雛影はジッと見ていた。


「あ、思い出した。全く、何の因果かな。兄弟揃ってまぁ…」


雛影は思い出したことに笑うとすぐに興味が失せたように書類の確認を終えると机の奥にある別の書類を取り出すのだった。


そこに書かれたのは『姫川ヒメカワ 刹那セツナ』と言う男の名前だった。



**



夜、千莉は皐月に別れを告げ一週間ぶりの本部に戻ってきていた。


「へぇ、クドウさんはすごいんですね」


笑みを浮かべてそう言いながら酒を注ぐ。千莉は未成年なので飲まないが、気が良くなった男はベラベラと色々と話す。しかし、千莉から見るとまだ情報を隠していることが丸わかりだった。

しかし、それを表に出さないように少し躊躇いながらも色気を出すように動く。


「へへ、英雄様も色っぽくなったねぇ、で、どうよちょっと寄ってかないか?」


すると、機嫌が良くなり千莉を個室に誘おうとする。


千莉は内心拒否したい気持ちを押さえつけてついていく。

そして、部屋の中に入った瞬間…


「ぐっ」


クドウと呼ばれた男は千莉に思いっきり蹴飛ばされる。大きな音が鳴るがここは防音設備が無駄に整ってる為、誰かが来ることはない。


「テメェ、何のつもり…だ」


クドウが切れて立ち上がろうとするが何故かクドウの体が立つことはなかった。


「一つ、謝っておきます。あなたの下半身を切り落とさせてもらいました。楽に死にたいなら早く話してくださいね。あなたの息子さんのイズルさんと同じようにね」


千莉はそう言ってクドウを拷問するのだった。


「やっぱり…他組織の手が回ってたか…でも聞いたことないな『原典』ねぇ」


千莉は飛び散った血を拭いつつ情報を整理していく。


「『紅の騎士バーサーカ』もいたし嫌な予感がするなぁ」


千莉はこの先に不安を覚えながらも部屋を後にするのだった。

ここからは不定期になります。でき次第投稿予定

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