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籠の中の鳥達  作者: ARS
1/7

第一話 平凡

「ねぇねぇ、知ってる?」

「え?何?主語ないと分かんない」

「あんた、本当に空気読めないわね」

「二人とも何話してるの?もしかして転校生の話?」

「へぇ?転校生来るの?こんな学校に?」

「違う違う、私が言いたいのは転校生の話じゃなくて」

「え?転校生の話じゃないの?その子、どっかの西洋の留学生で金髪のイケメンなんだよ!イケメン!」

「あんた、やけに詳しいわね。んで、何を話したいの?」

「え?そりゃあ…」


『悪魔の呪い』



**


姫川ヒメカワ 皐月サツキ高校一年であり、一月近く前に入学式を終えた彼は未だ、友人も作らずに近くの女子の話を聞いていた。


(おいおい、悪魔の呪いって…オカルトチックな…。つーか、金髪の転校生の方が気になるんだが、って、もう話が変わってるし…どうしてそう話が飛ぶのかねー)


一人でそんなことを考えては皐月は寂しくなる。実際、自分もそう言ったところがあるのだがそれを突っ込むものは誰もいない。


(気まずくて幼馴染とは別の都立の低い学校に入ったはいいけどなぁ〜)


そんな後悔は先立たず。現在、昼休みにも関わらず。一人机に突っ伏していた。誰も皐月のことを気にする様子もなく楽しそうに談笑している姿が皐月の目に映る。


(気まずい、トイレ行こ)


皐月はトイレに行き、次の時間に向けて膀胱面をしっかりとすっきりさせようとした時にふと鏡を見る。


(そんなに声を掛け辛い見た目はしてないと思うのだが?)


確かに彼の見た目は客観的に見ればイケメンである。黒い髪で変に気取った様子もない。日本人らしく堀も少なく一つ一つのパーツが整っている。

髪型も多少の寝癖はあるものの基本的には短くてサッパリした印象である。


しかし、彼は纏っている雰囲気が些か問題であった。人より劣ってるとどこか考えているせいか見た目は明るく見えても雰囲気で暗い印象を与えていた。


(まぁ、いいか)


すぐに自分の容姿に興味を無くして軽くトイレを済ますと一人の男性教師と会う。


「お、姫川か。丁度いい少しこのプリントを理科準備室という名の実験室で引き籠もっている篠崎先生に届けてくれないか?」

「拒否権は?」

「あるとでも?」

「わかりました」


渋々と引き受ける皐月。彼は忌々しそうに先生を睨む。その男性教師の名は山口やまぐち 隼斗はやと。彼は至って平凡な見た目なのだが体育教師に見えるくらいに筋肉が締まっており細身でカッコいいと評判である。


(そういえば、女子の話では山口×松田(体育の男性教師)とかという話があったな)


ふと、皐月がそんなことを考えると背中に殺気が飛んできてチラリと見ると思いっきり睨んでいる山口先生がいて苦笑いしか出なかった。


そうして、理科の先生にプリントを届けた皐月はなんとなく教室にいる気分もなく屋上に向かう。

屋上は基本的に立ち入り禁止なのだが、扉そのものがあまり使われていないせいか頑丈に締まっている。


「さすがに屋上への出入りはできないか…」


屋上の踊り場に来たものの特に何もできずに皐月は座り込む。


「学校では一人でいて…話すこともなくて…実家から離れて…何というかこういう空間でないと、こんな声を発することができなくて辛いな」


独り言は寂しくも響かず、虚しさだけがただ増すばかりで皐月は自嘲気味に笑いを漏らす。

目の前にある現実から目を背けながら。


そうして気が付けば意識が遠くへと手放されていくのだった。



**



日も暮れる頃、放課後となり部活で残っていた生徒も既に下校し始めている時刻である。


理科室準備室という名の研究所である一人の女性がある実験を行なっていた。彼女の名は篠崎しのざき さえ。ある種有名な研究者であり、教師でありながら様々な分野において一目置かれている。ゆとり世代から離れた時期とは言え日本の教育が衰退していく中で生まれた『原石』と研究者達から呼ばれていた。どうして、そんな彼女が都立高校の先生をやっているかは学校の七不思議とされていたりもする。


「篠崎、検査の結果はどうだ?」


篠崎一人だった筈の研究室から声が聞こえる。これは男のものであり、研究に没頭していた篠崎は隠し持っていたナイフを持って振り向く。


「あら、山口さんでしたか。失礼しました。ノックも無しに話しかけてきたので不審者…または私の研究の邪魔をする愚か者かと思いましたわ」

「だからと言ってナイフを持つな…というか、ノックしても反応が無かったから入ってきたんだろ?」


山口の反論に篠崎は「あら?そうでしたのね」と言ってナイフを置く。そして、改めて山口の方を向いて「何のようでして?」と話を聞く姿勢となる。


「さっきも言っただろ?今日渡した資料の結果はどうだったんだ?」

「資料?あぁ、生徒持って来させたアレですか」


篠崎は思い至ったようでプリントを手に取ってその時に一緒に書いたレポートも取り出した。


「これまた面倒な結果になってましたわ。まぁ、レポートを見ていただければわかると思いますけど」


山口が黙って資料を見てる間にその結果を篠崎が話していく。


「なるほど、要するにこの町全体…いや、この町にいる人間全員に『悪魔の呪い』はかかっている訳だな?」

「えぇ、でも二人ほど例外はいるわ」

「例外だと?」

「一人はおそらくこの呪いを発動させた本人…もう一人は私達が手を出すに出せない…」


その言葉が言い切ると山口は頭を抱えるのだった。状況が状況故にとても不服そうな顔をしていた。



**



夕焼けの太陽の光が差し込む屋上の踊り場では皐月がその日の光をモロに受けている。

その眩しさに皐月の意識は覚醒していた。


「あぁ、やべ昼休みから寝ちまって午後の授業さぼっちまった」


小心者の皐月はそのことにひどく心が来たようで頭を抱えるのだが…彼を憂鬱にさせるものはそれだけでは無かった。


「昼間よりハッキリとしてるな」


皐月は窓から見える空を見てうんざりしたようにそう呟く。それと共なって陰鬱な表情となっていく。


「昔から幽霊みたいなのが見えるとかあったけど今回のはまた違うな」


皐月はそう言って窓の外を見る。そこに広がるのは雲一つない綺麗な夕焼け…しかし、皐月の目にはとてもだがそうは見えなかった。


「夢であることを願いたいな」


そう言って帰りに向けて教室に歩き出そうとした瞬間、大きな物音が聞こえる。

それは決して部活での片付けとかそう言ったものではなく、どこか切迫したように逃げるような音。


(何が…)


正義感からか興味からか皐月は様子を見るために走り出す。あと先の事など考えずに物音のする方へと向かっていく。そこは自分の教室だった。

中からは声が出ないのか小さく「助けて」などと声が聞こえて来る。

人間は恐怖に怯えてる時言うほど声が出ないのだが、その声の主は未だ声が出せただけ勇気があると言えよう。


(あぁ!もう!あいつみたいには出来ないけど!)


ある幼馴染を思い出しながら皐月はドアを開ける。

そこにあったものは凡そ理解の外にあると言ってもいいだろう。

しかし、そこには見たことのあるものもあった。


鎖…


それは皐月がここ数日間、よく人の周りに見るなと思ったもの。そして、彼はその伸びてる先を知っている。


「あんた、何者だ?」


皐月はなんとか声を出して尋ねる。そこには女子生徒の前に立つ黒い影があった。その影には翼のような黒い何かがあり、人を裂けそうなほど伸びた爪が印象的だった。


『おや、人か?おかしいな。人避けや鍵の魔法を掛けた筈なのだが?』


(魔法?何言ってんだこいつ?なんだかわかんねぇけどヤベェってことは確かだ)


皐月が混乱している間に黒い影の標的が変わったようで皐月に迫ってくる。咄嗟に逃げ出そうとするが、足は重たい。

さらに彼はある事柄に気がつく。女子生徒は腰が抜けているのか、もう既にへたり込んでおりここで皐月が逃げれば今度こそその女子生徒の方に向かうだろう。


(自分の命は優先だけど、この状況はなんとか…できるか?)


元より、皐月は善人気質が多少なりともあったせいか、逃げるよりも前に引き寄せることを念頭に置いていた。しかし、少しずつ後ろへ下がろうとするが体が思うように動かない。

まるで、縛られるように体が硬直しており動く気配がない。


(な、なんで…怖がってる場合かよ!)


皐月は歯軋りを鳴らすと深呼吸を始める。目の前の黒い影は幸いにも余裕そうにゆっくりと近づいて来ている。確かにそれが恐怖を増長させているが今の皐月には都合の良いことだった。


皐月は覚悟を決めると思いっきり舌を噛む。


「っっ!ってぇぇ!」


僅かに血が出る感覚を感じる。しかし、お陰で恐怖を振り払い足がさっきよりも軽くなったような気がした。

皐月はゆっくりとを後ろに一歩下がって黒い影の動きを見る。

しかし、黒い影は何故か驚いたように止まっていた。僅かに分かる目と思われる光がこちらを見開いたように見つめている。


(なんだ?さっきまでの余裕な様子がない。それにこの鎖…)


さっきとは反対に皐月には余裕があり黒い影の存在を観察することができた。そこで気になったのが首に繋がれた鎖だった。


これは先ほど言った見たことのある鎖と同じ見た目だが、一つ違う点がある。


「壊れるてる…いや、これは亡霊?」


その言葉を言った瞬間、黒い影の様子が変わった。


『違う…違う違う違う!私は生きている!私は死んでいない!わたしはこうして生きているんだ!ここにいるにはこうするしか無いんだ!』


そう自分に言い聞かせるように狂ったように叫ぶ。その声は不思議と反響せずにまるで心の中を覗くように直接響くような感覚だった。

やがて、目の前の黒い影は薄れていき霧のように消滅したのだった。


「…」


その様子を茫然と皐月は眺める事しかできずに気がつけば何もかもが終わっていた。まるで夢でも見ていたかのような感覚に皐月は現実か疑う。

しかし、疑っても仕方ないことで嫌に静かな空間に皐月はいた…その現実だけが今が現実だと突きつけていた。


「一体…何んだったんだ?」


茫然と漏らすその声に応えるものはいない。しかし、分かることならある。


「また、ハッキリになった?」


外の光景を見てそう思うと、先ほどまで襲われそうになっていた女子生徒のことを思い出す。皐月は教室に目を向けると違和感だらけの空間がそこには写っていた。


「さっきまで荒れてた教室が…戻ってる?」


茫然とさっきのは夢か幻なのかと疑う光景。いつものようにいつもと同じように並べられた椅子と机。人間関係やその人の思考がわかるように決して綺麗とは言えないが、それがより先ほどまでのことが夢だと疑わせる。


「あれ、姫川じゃん。どうしたの?あれか?昼休み中にどっかで寝てたら放課後でしたーとか?」

「え…あ、あぁ」


先程まで襲われていた女子生徒もいつも通りの様子で軽い調子でそんなことを言ってくる。まるで、先ほどまでのことがないように。


「な、なぁ、そういえばお前こそなんで教室に?運動部とかじゃ無かったか?」


皐月は一体何が起きたか理解しようと必死に頭を回転させて言葉を出す。そう、何故ここに来たのかいたのか…そう言ったことで先程までのことを知ろうとしてるのだ。


(きっと、さっきまでのは幻…だよな?)


しかし、この期待を裏切ってくる。


「…そういえば何でだっけ?なんか…やばいことあったような…多分、鞄でも忘れたんじゃね?」

「そ、そうか」


皐月は鳥肌が立っていた。いま、理解できないことが目の前で起きていた。それは目の前のクラスメイトが発した言葉にあった。


そして…


「まぁ、いいか。姫川はもう少し友達とか作れよいつも一人でいるし」

「あ、あぁ」


女子生徒はそう言って帰っていく。しかし、皐月にとってそれどころじゃ無かった。いま自分はどんな顔してるのかすら分からない。そんな事を真面目に考えてしまうほどにまで彼は現実逃避をしていた。


「おいおい、てことはさっきのって…」


皐月はもう一度窓の外を見る。全ての鎖が繋がる場所を…そして、空に浮かぶ巨大な扉を…。



**


とある酒場で山口 隼斗は一人酒を飲んでいた。

彼としては日本酒を行きたいのだが、現在は諸事情もあり上品なワインを飲んでいた。

絵面的にはとても絵になるような構図なのだが…。


(たく、上品なものはあんまり合わないな…つーか、飲むなら宅飲み一択だな、上品な飲み方だと味が感じねぇよ)


とか考えていた。

見た目はいいだけに時折入ってくるおばさま方に見られてるのだが、基本的にカウンター席はマスターの雰囲気から座り辛く山口一人しかいなかった。


「隣を失礼するぜい。っと、マスター度数低めの頼む。アルコール弱いんだわ」


金髪にグラサンを掛けたチャラい男がヘラヘラと山口の隣に座る。そこそこ常連なのかマスターは迷いなく通常よりアルコール度数を低くさせたカシスオレンジを出す。


「また、そんなものを飲んでるのか?」

「はは、こちとらアルコールがちょっと高いだけで倒れちまうからジュース感覚で飲めるようなもんがいいんだよ」


山口の皮肉に金髪の男が笑いながら応える。どうやら、アルコールに弱いのは本当みたいで既に顔が赤くなっていた。


「んで、今日はあんま来たくない酒場まで呼び出して何の用だい?」


金髪の男は顔を赤くしながらも真面目な顔を作って山口と対面する。山口もまたため息を吐き、篠崎から貰ったレポートを取り出す。


「ほう、確かに最近やけに疲れると思ったら…なるほど、呪いか」

「お前ならどうにか出来ないか?」


僅かな期待に縋るように山口は金髪の男に頼むが金髪の男は首を振る。


「悪いが、相性がちと悪すぎる。こちとら呪いとかそう言った類に弱いのなんの」

「それでも、お前の実力なら…」

「まぁ、ワンチいけるかも…とまで行くだろうけどねぇ〜」


金髪の男は酒を口に含みながら話す。どこか悔しさ匂わせながら。


「まぁ、ぶっちゃけ俺が万全なら楽勝っしょ。でも、無いもの強請りしても仕方ない…言っちゃえば未だ無駄死にしたくない訳よ」

「う…それだけ厳しい案件なのか」


実際、金髪の男は山口の持っていない情報を既に入手している。そこから推察していくと金髪の男にとってリスクでしかないのだ。


「まぁ、俺以外のアテがない訳でもないのだけどね〜」

「本当か!」


金髪の男の一言に山口は詰め寄る。今回の件は本当に危険であり、対処できる人材がいるのなら藁にだって縋りたいくらいだったりする。

しかし、金髪の男が言ったことは山口にとって厳しい事だった。


「正直、この報告書に書かれてる人材しかいないっしょ」

「いや、でもこいつは…」

「まぁ、圧力があって早々に使える手段ではないけど…本人意思なら話は別だしこれから先に賭けるしかないんだけどね〜」


無責任にしか思えないような一言が山口にのしかかる。自分達が介入しない苦しみに耐え、時の運に任せるしかないこの不安が拭えないのだった。



**



そんな中、皐月は町外れでアパート暮らしをしており、一人料理をして今日のことを考えていた。


「おや、皐月君いつもありがとうね」

「あ、坂本さんですか。いいですよ趣味ですから」


いかにも風来坊と言った感じの様子の男。坂本さかもと 大成たいせいが台所に入ってくる。このアパートは共同生活が前提であり、皐月が来る前は料理する人はいなかったそうだ。

その影響か皐月を含めて住人の生活サイクルがバラバラであり、こうして話すのも一週間ぶりだったりする。


「いやぁ、にしても君が来てから部屋から出てもご飯があると言う喜びを知ったよ」

「えっと、作家さんでしたっけ?」


皐月は料理をしながらも坂本さんと話を続ける。彼は現在作家業で稼いでおり、そこそこヒットしたそうで食い扶持は稼げている。しかし、反面見た目通りの放浪癖があり気が付けば締め切りを忘れてどこか行ってしまいギリギリで帰ってきて引き籠り書くという生活をしている。


「いやぁ〜学生さんか…いいね!」

「あはは、…そういえばここって先住町に入ってるんですか?」


ふと、坂本さんに鎖が付いていることに皐月が気付き聞いていた。


「そういえば…どうだろうねぇ〜今の住所的には入っていないけど昔の見方的にはここも入っているんじゃないのかな?」

「なるほどな…」

「それがどうかしたのかい?」

「いえ、何も」


(となると、この現象は旧先住町で起きてるのかな?)


皐月はそんなことを考えながらスープの味見をする。案外よく出来ており、自分で感嘆の声を漏らしていた。


「ふむ、今日のスープは期待しておこう」

「そういえばカレンダー見ると明日締め切りですけど大丈夫なんですか?」

「うぐっ!」


呑気な事を言ってる坂本さんに皐月はちょっと叩くとすぐに反応が返ってくる。どうやらお腹が減って匂いにつられて外に出てきたようだ。


「だ、大丈夫…ほ、本当の締め切りはあと一週間はあるから…」

「だからって、疎かにして良いものではないないのでは?」

「グハッ!…そ、そうだね…うん、、ご飯は取っといて…」


そう言い残して坂本は再び部屋へ籠るのだった。皐月は苦笑いしながらも手を止めることは無かった。


そうして、皐月は夕飯はいつも通りに一人で済ませて自分の部屋に戻ろうとした時だった。


「たーだいまだぜい!」


変なテンションで入ってくる金髪のグラサンを掛けた男が顔を赤くして帰ってきた。


「あー、土戸さん弱いのにまたお酒飲んで帰ってきたんですか?」

「お、皐月君じゃないかい!いやーまいったね。同僚に誘われたら飲まなきゃ行けないつらい道ってやつさ〜!」


フラフラな状態で会話をするがどうにも会話が成立してるようで噛み合わない。彼の名は土戸つちど 飛鳥あすか。なんの仕事をしてるか分からず普段から留守にしてることが多く。帰ってくる時は大抵の場合酔ってる時だけである。因みに今日以外で直近で帰宅したのが一月前だったりする。


「とりあえず、夕飯は冷蔵庫に冷やしてあるので適当に食べてください」

「おー、なんか悪いね〜俺たちゃぁ料理も作れん大人だしー気ぃも引けるわぁ」


皐月は相手にするのが疲れはじめて「では、先にお風呂をいただきます」とだけ言って自分の部屋に戻っていくのだった。


「いやぁ〜、こうも近いとキッツイわなぁ…ある意味山口よりツレェわぁ」


と一人残った土戸が呟くのは誰も聞いていなかった。



**



次の日となり皐月は清々しい朝の時間を過ごしていた。なんて言ったって実は今日からゴールデンウィークであり、陰鬱な気分の皐月にとって気分転換にちょうど良いのだ。


「いやぁ〜、天気もいいし今日はどうしようかな…あぁ…」


やはり、皐月の目には扉が映り現実に引き戻される。昨日に起きた黒い影…そして、予測されたその正体。そして、現在先住町の人間に付いている鎖。

どれもが陰鬱な気分にさせるに充分な程に嫌なことを連想させる。


「気分悪りぃ」


そう呟いた時だった。ブルルルとバイブ音が聞こえてくる。皐月はなんの音だと携帯をまず見ると幼馴染からの電話だった。

因みに皐月には幼馴染が二人おり、それぞれ男と女といる。

皐月が電話に出るとすぐに声が聞こえてくる。


『あ、皐月か?大丈夫か一人暮らししてるってお前の母親から聞いてビックリしたんだぞ!』

裕人ヒロト、いきなり大声で話しかけるな…ビックリするだろ?」

『いや、それもするさ海外留学していて帰ってきてみればお前がいないんだから』


幼馴染の友人からの心配の電話が来るとは思っていたが思った以上に早く日本に帰ってきていたようだ。というか、海外にゴールデンウィークは無いはずなのに何故?と言う疑問をよぎらせるが何も言わない。


『いま、なんで俺が日本にとか思ったろ?』

「よく分かったな、流石は親友」

『からかうな、こっちも意外で仕方ないんだからよ。海外だから交流があるのかと思えばなぜか日本人用の教室があってさ、その教室生には何故かゴールデンウィークがあるんだそうだ」

「なんかいまいち納得しかねるがまぁ、納得しておこう」

『んで、どうなんだ?一人暮らしの方は』

「そっちは大丈夫だよ。シェアハウスみたいな共同生活だし」


昨日の二人以外にもあと三人ほどいるはずだが、皐月は三人とも見たことないどころか名前すら知らないのだが、何となく似たような人が集まってるなと思っていた。


『そうか、ならよかった。あ、そうだ明日くらいにお前のところに遊びにきても大丈夫か?』

「え、あぁ…ちょっと待ってくれ」


(ってことはここに遊びに来るということだよな?迷惑か迷惑じゃないかでいえばシェアハウスだし少々迷惑が…いや、あの人達だしな)


皐月はそんな失礼なことを考えつつも色々と考えていた。カレンダーにある坂本の締め切りは今日であり、明日には多分放浪の旅が始まっているだろう。土戸はもうすでに家にいない。と住人について考えていき裕人の提案に頷くのだった。


『そうか、なら明日にそっち行くよ…あぁ!?あ、分かった。千莉もそっちに行くそうだ』

「うん?千莉も帰ってきていたのか」

『おう、そっちもゴールデンウィークで帰ってるってさ』


もう一人と幼馴染の少女が来るという話を聞いて二人とも別の場所に留学していたよなと皐月は考えるが口には出さない。お二人はお似合いだとか皐月は皐月で勝手に考えているので野暮なことは言わないのだ。


「んじゃ、楽しみにしてるよ」

『おう、またな』


そうやって切れる通話。そんな中で皐月は一つの覚悟を決めていた。


「全く、あいつらが来るからには無様な様子は見せられないな」


そう言ってさっきとは違う気持ちで皐月は扉を見る。昨日と比べて鎖が少なく、弱っているのか扉が少し開いていた。

一体何が起きているのかオカルト的なことなんかは皐月にはわからない。しかし、漫画やらライトノベルやらと似たような知識なんていくらでもある。


(予想通りなら…ここに…)


皐月は携帯であることについて調べる。『悪魔の呪い』について書かれていないかと必至に探す。見つけるニュースはどれも関係ないことばかり、しかし、そこにはある共通点が存在していた。


空白のアカウント


そして、不自然な空きのある写真。

これらの共通点はなんとなく予想できていた。ユーザーのプロフィールを見てもどれもがなんの情報も登録されていない。

そうして、少しずつ調べていくとようやく皐月の望んだ情報を見つける。


『先住町の悪魔』


という題材で出された先住町の歴史だった。


そこに書かれてある事を皐月は読み込んでいく。昔あった町の悪魔騒ぎ…そして、その封印。その悪魔は人間の存在を食らい力を付ける。


そう言ったことは載っているものの、詳しいことは書かれておらず概要程度しか把握できない。


「あとは歴史書…いや、時間がない…」


皐月は調べ物を終えると着替えて昨日の夕飯の残りを食べるとすぐに家を出る。


街中を走り、辺りを見回す。普段と比べると車の通りや人の行き交いが少なく、どう見ても異常だった。

しかし、よく考えてみれば最近は普段より教室でも人が減っていることに皐月は気付く。


「くそっ、なんで気づかなかったんだ!」


それも仕方ないことだろう、そもそもが存在が食われてもその穴を修正しようという働きがある。故に自然と人間はこれが普通だと思い込んでしまう。しかし、この町のように急激に人の人数が減るとそれは修正が効かなくなり不可思議な体験をしたものほどその違和感に気付き易くなる。


(どれだ…どこにいる…これでもまだ人数が多過ぎる)


解決の糸口を探るために皐月は人の多い場所に行く。しかし、目的のものはまだ見つからない。

皐月は今、関わった以上少しでもできる事を…と辺りを走る回る。


大通り、駅、裏路地、ファミレス、デパート、スーパーとおもいあたる場所に行き探す。


(くそっ、こんなに広いと見つけるのも大変だ…)


町一つの散策をするが一切見つからないし見えない。そうしている間にも一本、また一本と鎖が消えていくのがわかる。


太陽も真上に到達しようとしてる頃、皐月は焦りを隠せずにいた。少し人の少ない通りの壁に寄りかかって息を整える。


「はぁ、はぁ…くそっ、予想が間違ってたのか…」


皐月はそんな非現実的なものに対して近いしいことはなく、1人当てもなく探し回った結果体力が切れて気が付けばずるずると滑っていき、座り込んでいた。


「漫画とかの主人公ならこう言った時に事件に出会すというのに…現実はこうも厳しいものなのかよ」


皐月はそう言って昨日見た事を思い出す。

それは、隙間だらけのプリクラだった。昨日の女子生徒は鞄にプリクラを貼り付けており、そのプリクラは本来五人写ってるはずなのに、そこにはあの女子生徒ともう1人、たった2人しか写っていなかったのだ。


(そして、あの壊れた鎖は存在を吸収されたとして、あの黒い影は一時的に乗っ取られたとして…もし、悪魔を復活させようとする人間がいるなら…)


皐月は自分の予測を少しずつ見直していく。見直して、間違いがないか見直す。そして、自分のやる事を定めていく。


(俺と同じでこの鎖が付いてないと見るべきだ)


皐月はやる事をもう一度確認して立ち上がる。この町はあまり人が来ないため、早々に鎖がない人間はいない。それに、この町の圏内にいることにより、鎖が発生することはもう既に皐月は確認していた。しかし、未だに皐月自身なぜ、鎖が付いてないのか判断が付かなかった。

先程より息が整い、次に行く準備はできていた。そうして、再び鎖の有無を見分けようとした時のことだった。


「おい、ちょっと待て」


そうやって皐月の足を止める者がいた。それは男の声でどこか聞いたことのある声だった。

皐月が振り向くとそれは山口先生だった。


「先生、何してるんですか?」

「俺としてはお前が何してるんだ?さっきからうろちょろと走り回って」

「あはは…ちょっと体力付けようと思いましてね」

「そうか…俺はてっきりこれのことかと思ってな」

「なんのこっちゃ分からな…っっ!!」


山口はそう言って自然な動作で鎖に触れる。皐月は反応を間違えた。一般人には鎖は見えないのだ。


(しまった、まさか山口先生が…でも、鎖が…)


皐月は混乱しつつも警戒は緩めない。

山口も予想通りのようで少し口角を上げて皐月の反応を見ていた。


「やっぱり見えていたか…大丈夫だ。保証はできないが俺はお前の敵じゃない。正直に話せ」

「…どういう…意味ですか?」


皐月は警戒して詳しく聞こうとするが山口は大きくため息を吐く。


「俺は無駄な問答が嫌いだ。答えろ、お前は『悪魔の呪い』についてどこまで知っている」

「…噂程度なら」

「それは昔封印された悪魔の話も入ってるのか?」


皐月は頷く。山口は「なるほどな」と呟くと再び皐月に質問を投げかける。


「それで、お前は何をしていた?」

「…答える義理は?」

「ないが?無理矢理聞くことも可能だ」

「…なら一つ聞かせてくれ」


山口は皐月の言葉に無言を貫く。そして、仕方なしと言うように頷く。


「わかった、答えよう。そのかわり、しっかりと俺の質問に答えて貰うぞ」


山口の了承もあり、皐月は口を開く。


「あんたは何者なんだ?」


その質問に対して山口は口を噤む。しかし、答えると言った手前答えない訳にもいかずに山口は口を開く。


「詳しいことは言えないが、俺はこの呪いの件の解決を願っている1人だ。ここにいれば俺も死ぬからな」

「ありがとう…なら、こっちも答えよう」


皐月は自分が鎖のない人間を探していた事を話す。そして、自分の推測もあらかた話す。


「なるほどな、偶然でもここまで正解を導くとはな…それでお前は鎖がない人間を術者と予測したそうだが、ならお前は何者なんだ…」

「…分からない」


皐月は首を振る。実際、なぜ自分だけ鎖が付いてないのか分からなかった。実は自分が犯人なのではと疑われても仕方ないことを理解しており皐月は目を逸らす。


「意地悪言った。安心しろ、お前の推測は当たっている。それに多分お前は犯人じゃないから安心しろ」


山口はそう言って皐月をなだめる。不思議と皐月は安心して山口と向かい合っていた。


「山口先生…頼みたいことがあります」

「解決に向かうなら、よっぽどの無茶じゃなければ大丈夫だが」

「この町全部を見るためのものってありますか?」


皐月の一言は山口の予想を超えていた。


「おいおい、そんなものあったら…いや、あるな」

「本当ですか…なら」

「ダメだ」


しかし、山口は皐月のお願いを断った。山口は先までになく威圧的な雰囲気を放ち皐月を睨んでいた。


「な、なんで!無茶じゃ…」

「無茶だよ…お前は普通の一般人だ。そんな奴にそんなヒョイっとそんなもの見せるわけないだろ」

「…っっ!」


皐月は声が出なかった。それは自分の違いとじゃない。ある日の幼馴染とのやりとりを思い出す。


(また…かよ。なんだよ…普通って…なんなんだよ!)


皐月は拳を握る。結局はいつも1人だった。何にも取り柄なんかない自分はいつも幼馴染の足を引っ張って…いつも背中を追いかけて…


(あぁなりたいって願っても届かない)


皐月の追いかける二人の幼馴染の背中…。


「悪いがお前はいろんな人から普通に生きてほしいと願われてるんだ。お前がそんな普通から離れる必要はない」


(そうだ、これはこいつの問題じゃない。俺達のような奴が元々解決すべき問題だったのだ)


山口はそう言って、皐月に背を向ける。


「待てよ!」


喉が痛くなるほどに皐月は叫ぶ。大声で山口を引き止める。


「ふざけんな!俺が普通だからダメ!いい加減うんざりなんだよ!俺は…俺に目の前にある問題を無視しろって言うのかよ!」

「あぁ、そうだ。お前は解決する事を祈っておけばいい。絶対に解決する」


…違う


皐月は声にもならない声で呟く。


「そんなんじゃねぇよ…」

「もう、満足したか?お遊び気分でこれ以上首を突っ込む前に家にでも帰れ」

「嫌だ!」


キッパリとした拒絶。皐月は感情的になり息を切らす。


「あんたが何を知ってるか俺は知らない…でも、もう嫌なんだよ!目の前にある事を放っておき続けるのは我慢の限界なんだよ!」

「それは我儘という奴だ。お前が動くことによって迷惑が掛かったり悲しむものもいるんだぞ」

「わかってるよ!そんなこと…はなからな!」


皐月に山口の正論ばかりが刺さる。それでも皐月の思いは止まらない。


「なんだったらその迷惑だってなんだって自分の手で何とかしてやる!だから…お願いだ!」

「お前一人でそれが出来るとでも?」

「確かに俺一人の力に限界はある…でも、ここで引いたら俺は本当に何にも出来ない人間になっちまう…」


皐月と山口が睨み合う。皐月の意思は固く、とてもじゃないが山口としても断れる雰囲気じゃなかった。それにこれだけの決意を向けられて断るのも気が引けていた。


「はぁぁぁぁぁ〜」

「え?」


一気に力が抜けたような山口に皐月は驚くが変わり身は早く既にいつものような表情に戻っていた。


「ったく、ここで時間を食う方が無駄だ。仕方ない連れてってやるよ」

「ほ、本当か」


先程とのこともあり、皐月は敬語を忘れて嬉しそうに聞く。山口も渋々と言った様子で本人は不本意そうだった。


「だが、最後に覚悟を決めろ」


その一言に喜びの感情から皐月は引き締めて山口の目をしっかりと見る。


「ここから先は普通じゃない事だらけだし、責任などが伴ってくる。それと、さっき言ったかかる迷惑に関してはとことんお前には協力して貰う」

「わかっ…分かりました」


すぐに皐月は丁寧な口調に直して返事をすると山口は面倒くさそうに「付いて来い」と言って先導する。



**


皐月がしばらく歩くと表通りのある酒場に入って行った。


「先生、あの、俺未成年なんですけど」

「安心しろ、ここは未成年でも飲めるものはある。まぁ、今回は飲むためじゃないがな」


酒場の中はありふれた木材を吉兆としたデザインで少々、オレンジに光る明かり暗い雰囲気を感じさせた。


「山口さん子供はあんまり褒められ…」


酒場には人はおらず暇そうにグラスの一つ一つを磨いていたマスターが山口に叱責しようとした時、皐月と目が合う。


「山口さん、確か…にうちの組織はブラック企業さ。しかし、あんたこれはあんたも死ぬぞ」

「言うな、わかってるよ。つーか、俺はそんな物騒な目的でこいつを連れてきたわけではない…いや、物騒ではあるな」


皐月は雰囲気になれずに話を聞くだけ聞いていた。


(うん?どういう意味だ。俺くらいの歳は入れてはいけないとか…)


皐月は何故だろうと二人の話について考えていた。気になることがあるとすぐに考える皐月の悪い癖である。


「モニタールームとだけ言えば分かるか?」

「え、あれを起動させるんですか?いいですけど、時折変なのが映るもんで山口さんもあいつらみたいに性癖が歪まないでくださいね」

「一体、何が写っていたんだよ」

(一体何を見れば性癖が歪むんだよ!)


山口も皐月も似たような事を考えていたが具体的な想像は避けようとしていた。世の中は広く、露出狂やホモなどの中にはなりふり構わない変態がいるのである。

それだけマスターから聞き齧ったせいで二人は余計に想像をしないようにしてしまう。


「まぁ、いいさ。こっちも離れるから店の標識をclosedに変えてくんないか」

「あ、はい」

「助かるな姫川、流石いつも俺に雑用押し付けられてるだけはある」

「おまえ、教師になって何してんだ?」


二人のやり取りを見たマスターは学校での山口がちゃんとできているのか不安になるのだった。

そうして、店の裏に入り、隠してある地下に進むとそこには強固な扉があり…


「あ、酒造室だったわ間違えた」

「「通りで酒の匂いが強いわけだ」」


二人してどんどんと近づく酒の匂いに不思議に思いながらも進んでいたためこれで一つ謎が解けた。

マスターは先程とは反対の道のりを進み、酒の匂いがなくなった頃に強固な扉があり…


「お、ここだな合ってた…久々に使うからな癖で酒造室に行っても仕方ないな」

(いや、なんで酒造室がモニタールームと同じくらい強固な扉を使ってんの!?)


二人の疑問は尽きなかったがモニタールームに入りやる事をやろうと目の前のモニターを見つめる。


「そういえば、姫川」

「なんですか?」

「このモニタールームは先住町の様子を逐一に分かるが魔力の感知などは不可能だ。どうやって探す気だ?」


純粋な疑問。実際、皐月の見ている鎖や扉は魔力への視認能力の高い人くらいしか見ることができなく、カメラではそれを捉える事はできないのである。


「確かに、それは予定通りです。それであの、なんかデータを共有できるパソコンとかないですか?」

「それなら、あそこに置いてある奴を使ってくれネットには繋がっていないから情報漏洩の心配もない」

「ありがとうございます」


マスターに勧められたパソコンの前に皐月は座ると現在の町の映像データをリアルタイムで送られてくるように設定する。


「おまえ、機械系得意なのか?」

「あー、それは友人の兄に捕まったハッカーがいましてね。その人に昔、叩き込まれたんですよ」


山口は意外そうな声を出すが皐月としてはあまり思い出したくない事であり、少々自嘲気味に笑ってしまう。


「んで、ここからどうするんだ?」

「えーと、予想では開けば出来るはず」

「おい、なんだそのアバウトな…」


その瞬間、映った映像はモニターから映っているものとは違っていた。

住人一人一人に鎖が付いている映像がしっかりと流れていた。


「ど、どういう事だ?」


思わず、山口は皐月を問い詰めるがマスターが乱暴はいかんと止めに入ってもらい場は荒れずに済む。


「えーと、これは心霊写真と似たような感じで感じられる人間が使えば映るかなという仮説を元にやってみたけど…」

「なるほどな、理屈はわからんがとりあえずは犯人特定の手段が見つかったじゃないか」


マスターが嬉しそうにそう言うがふと、皐月はある疑問を抱いた。


「あれ、二人とも鎖は見えないの?」


その疑問に対して二人は頷いた。話を聞いてみると基本的には呪いの類というのは繋がりがあるから、それによって掛かった者を特定しやすいのだが、基本的にはその繋がりを見ることは出来ない。故に皐月の鎖が見えることはとても貴重なのである。


「…な、なんか色々と怖いな…」

「何がだ?」

「あー、いや利用しようとする人がいそうで…」


山口は皐月の心情を理解した。彼もまた特殊な事情がある人間に他ならない。故に皐月の気持ちをある程度理解していた。

しかし、反対に皐月は知らない。

本当に利用されそうになった時に恐怖を…故に山口の理解と皐月の感情は多少のすれ違いがあるのだが、これはまた別の話。


「大丈夫だ。俺は仲間であり教師だ。お前の力を利用するのなら俺がぶっ飛ばすさ」


山口はそうやって笑い皐月の肩に手を乗せる。


「ありがとう、ならこっちもしっかりしないとな」


皐月は気を引き締める為に深く深呼吸をするとパソコンの画面を穴が開くくらい見る。

すると、皐月は小さな声で呟きながら画面をどんどんと切り替えていく。


「いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない」


カメラの数は先住町だけでも百台以上導入されている。故に見る数も膨大で画面の小さいパソコンでしか鎖の有無を確認できない為、同時に複数箇所を確認することは出来ない。

その為、皐月は出来るだけ早く何度も映像を順番にループして確認し続ける。


その間、山口は自分にできることはないと考え犯人を見つけた時の為に気力を温存していた。マスターはそんな二人の存在が気づかれないように酒場を開き辺りの情報を探っていた。


画面の光しかない暗闇の中、何時間もずっと皐月は画面と向き合いカチカチとマウスをクリックして映像を確認し続ける。入れ違いにならないように何度もループの順番を変えながら、ひたすら確認作業を続ける。


時には人が黒い影になる瞬間を目撃して飛び出したいのを我慢して歯軋りをして…、襲われている人を見ては体を止めるために唇を噛む。

しかし、何度確認しても鎖の無い人物は見当たらない。


何時間も何時間も繰り返しては「いない」とだけ譫言のように繰り返す。


(見つからない、一体、何時間掛かった…いい加減に頭が狂いそうだ)


そうやって無駄な事を考えてる間も手を止めないが明らかに最初に比べて確認スピードが落ちてきていた。

目は疲れ、眠気が襲い、倦怠感がどんどんと皐月に押し寄せてくる。


「いい加減休んだらどうだね、かれこれ10時間ほど続けてるのだが?」


店が終わったのかマスターが入ってきて皐月に休憩を勧めるが…


「ダメです、まだ見つけてません…あとマスターも酒場は?」

「大丈夫ですよ。今日は元々明日からの為に早く閉める日でしたので」


一向に止めようとする気配の無い皐月を無理矢理にでも止めようかとマスターは考える。しかし、そんなマスターの気を知らず皐月はまた一回、また一回と監視を続ける。先程よりスピードは落ちており、とてもじゃないが任せられる雰囲気では無い。


(流石にこれ以上の無理は…)

「分かってます…」


マスターの心情を察したかのような皐月の一言はマスターを止めた。元より彼は情報を集める為に感情を相手に見せることが少ない。

そんな彼が皐月に察せられると言うことは余程、彼が皐月の無茶に動揺していたことに他ならない。


「自分もまだまだか…でもこっちだって心配なんだよ。まだ若いお前が無理して倒れんのは御免でね」

「そうだな…そうだよな…でも、今だけは無茶をさせて下さい」


皐月は懇願しながらも作業を止めない必死にかぶり付くように見ながらも反射的に答えていく。


「なら聞くが何がそんなにお前を焚きつける」


マスターはそれが気になって仕方なかった。まだ若い。それに彼には鎖はない。見て見ぬふりをすることだってできた。それに皐月はこの町には来たばかりで友達もいない。交友関係はほとんど会わないアパートの人達くらいだ。


「…はは、何で…だろうな。わかんねぇ…分からないよ。でも、でもさ…目の前に苦しんでる人がいて、目の前で悲しむことも出来ずに終わる人を見るのって辛くないか?」

「確かに…辛いだろうな。でも、お前が関わる理由じゃないだろ?」


皐月は手を止める。頭が朦朧として今にも倒れそうな状況で画面を見続ける。そして、「…つぎ」と言ってまたクリックする。


「…はぁ…はぁ…確かにな…理由じゃないかもな…俺はこの街から逃げて何も知らずに引きこもる方が幸せだった…」


そう言って皐月は自嘲気味に笑う。カチカチとクリック音がやけに鮮明に聞こえてくる。マスターは「なら何故」と呟きていた。


「…はは…ハハハ…何で…か。理由なんているか!」


気がつけば皐月は叫んでいた。興奮からかさっきより皐月の目は冴えている。


「俺は…普通が嫌だった。成績は良くても運動が出来てもどこか俺はあいつらとは相入れなかった」


皐月の先にあるのは幼馴染の二人の背中。


「確かに一人はスポーツは出来ないバカだった。確かにもう一人はテストの成績は良くなかった」


でも二人は違った。


「一人は臨機応変な身体能力で様々な人を助けた!一人は先を見通すような天才で新しい道を切り開いた!」


皐月はひたすらクリックして画面を見る。それは最初の時のような早さがあった。マスターは気圧され言葉が出てこない。


「そんな二人を見て…何もできない天才(凡人)がいた」


皐月は世間一般から見れば天才だった。成績優秀、運動神経抜群と天は二物を与えずと言う言葉を否定するような存在だった。

しかし、本当の天才とは違う。あくまで皐月は凡人の中の天才…井の中の蛙と言ったところだ。

天才とは自らの手で何かを成し遂げ切り開く者を指す。


「だから俺はあの二人の見ている世界を知る為に自分の成績よりうんと下の学校に行って本当の才能を知りたかった!もっと先を見て見たかった!でも…」


皐月は届かなかったのだ。クラスでも孤立して一人いつも悩んでいた。


「悪いか!高等な理由なんてありはしない自己満足だ!それでも…」


皐月は見据える。二人の背中を…二人の見ている先を…。


「ここで逃げたらそれこそ何もできない愚者バカになっちまう。それに、あの二人に合わせる顔がない」


皐月はハッキリと言い放つ。その言葉はマスターにとっても理由たりえるものだった。


「まぁ、結局はあいつらを真似ることしか出来ないんだけどな」


皐月はそう言っていつの間にか止まっていた手を動かし始める。

マスターはその姿を見てもう少しだけ様子を見ようと壁にもたれ掛かる。


「…いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない…いや、見つけた!」


皐月は大きな声で言う。そして、すぐにマスターにどこの映像か言い、監視を頼む。その慌しい様子に山口はゆっくりと目を開き、どういう状況か周りを見ていた。


「どうした?」

「とうとうと坊主が見つけやがったぜ」


山口はマスターに質問をすると画面から目を離さずに答えが返ってくる。

皐月は多少疲れを癒す為にマスターに入れてもらったコーヒーをゆっくりと飲んでいる。


「さてと、てことは俺は出撃した方がいいか」


山口は少し体を伸ばしてほぐす。バキバキと体が鳴るが気にせずに伸ばしていき、それが終わると準備を始める。


「あ、俺も…」


皐月は付いて行くと言おうするがその言葉は出ずにその場で倒れてしまう。


「眠ったか…マスター…ひょっとして」

「あぁ、ちょっと睡眠薬を盛らせてもらった」


山口はマスターがあっけらかんという状態に顔を引きつらせつつもインカムを付けて確認をして行く。


「あぁ、そういえばパワードスーツは整備中だったな」

「なら、汎用機を持っていけ」

「そうするわ」


山口達はそうしたやり取りをした後にマスターはモニタールームに残り、山口は外に出るのだった。



**



「おっと、人がいないな」


山口が外に出ると普段のこの時間は人が結構いるのだが、誰一人としていない。おそらく、存在を吸収されたのだろうと山口は考える。


「全く、運がいいのか悪いのか…まあ、良しとしよう」


山口はそう言って先ほど取り付けた腕輪のスイッチを動かす。


「汎用機アストラル式h102番『起きろ』」


誰もいない事を確認した山口は前口上を口にし人起動ワードを口にする。すると、腕輪は分解され光の粒子が舞う。それはやがて山口の身体中を覆い尽くして形が収束して行く。


「よし、行くか」


形が完全に定まった、その姿は近代的な鎧だった。山口は軽く手をグーパーしながらその場を走り去って行く。

インカムから届くマスターの指示に従いながら目的地へと赴いて行く。


余談だが、汎用機アストラル式h102番とは

裏で作られた魔法と科学の力を利用した機能性鎧である。

性能としては非常に隠密性が優れており、戦闘能力も101番と比べて上がっているというタレ込みで様々な組織が使っているパワードスーツである。


「目標を補足、現在は人通りがあるとので…いや、ビルの中に入って行ったな…追いかける許可を」

『許可しよう。しかし、ビルの中は俺達の監視外だ気を付けろよ』

「わぁってる」


そんなやり取りをしながら山口は同じようにビルの中に入って行く。パワードスーツは普通に歩くより静かに稼働しビルの中へと入って行く。走っても足音は立たず色彩調整によってビルの中に溶け込むように変色する。


(見つけた…しかし、階段をただ登ってるだけだな)


山口はそんな疑問を抱きながらも階段を登りながら尾行して行く。気付かれている様子もなく、簡単に追いかけることができていた。


そして、ビルの屋上に辿り着き尾行対象は街を一望するように立っていた。


(ここに何が?)


山口は屋上に見つからないように途中の窓から侵入して対象を見張る。


「あぁ、素晴らしいな。あの扉がこんなにも近くにある。そうは思わないかい?気付いてるからいい加減に出てきなよ」


山口の尾行対象だった人は山口がいるであろう方を向く。ローブのフードを深く被っており顔の判断が付かないが声からして男のものだった。


「…」


山口は何の反応の示さずにただじっと隠れて見張る。無駄だと分かっていてもブラフの可能性も捨て切れない為に動けなかった。


「全く、どうして分からないのかな…『火球』」


その瞬間、デカい炎の丸い塊が山口の場所に迫ってくる。咄嗟に山口はその場から離れて男の前に姿を現す。


『なぜ分かった』


山口の言葉は正体がバレないようにしてる為か変声されており機械音声で話されていた。


「簡単だよ…自分の歩いた後ろはいつも警戒していてね」


その瞬間、山口は悟る。自分の尾行がバレたカラクリを…。


『なるほど『影の追跡者シャドウ トレース』か』

「お、正解!まぁ、封印を解こうとしてるわけだから狭い道に入ったらこれを使うのは当然だよね」


『影の追跡者』とは、尾行を警戒するために作られた魔法であり歩いた際に自身の魔力を隠蔽して残して、そこを踏んで追跡する者を炙り出す魔法である。

しかし、この魔法にも欠点はあり隠蔽が下手だとこの魔法を封じた上での追跡を受けたり、あくまで自分が歩いた周辺にしか設置できない為、広い場所での使用が難しいなどと色んな欠点が存在していた。

しかし、彼が使った場所はビルという限られた狭い空間であり、道一本分残すくらいなら熟練者なら軽々とできる。

山口は失敗したと心の中でぼやくが今ので犯人という確信を得て心を整える。男を殺したり、戦闘不能にすれば再封印ができるのだ。


『なら、こちらの意図はわかるだろう?』

「不本意ながらね」


その瞬間、山口の姿が消える。隠密特化のパワードスーツの効力である。暗殺などの完全犯罪にも使われるレベルであるが流石に魔法対策はされていない。故に一撃で仕留めに行く。


男の後ろに山口は現れて小刀を突き立てる。しかし、男の反応は早くすぐさま避けて反撃をしてくる。


山口の中で予想通りであるものの、内心は舌打ちをしていた。この一撃で決めることが一番楽だったのだ。


「流石はアストラル式のパワードスーツだね。隠密基の癖に対人戦用機能を沢山備えてるね」


男は称賛するが、有名すぎる機体が故にどうやら欠点についてはバレバレのようであった。


(くそ、魔力を張り巡らせやがってこれじゃステルスが使えない)


このパワードスーツはカモフラージュだけではなくステルス機能も搭載している。しかし、そのステルス機能は他人の自然魔力放出領域に入ることによって解除されてしまう。その欠点は多量の魔力を浴びることによって起きるものであり、対処法は既に確立していた。


『チッ、ならばこれしかないか』

「おや、次は何を見せてくれるのかな?」


男は楽しそうに余裕を持って笑う。山口はそれを好機として鎧の下に隠れた首輪のスイッチを入れる。


『汎用機アストラル式k105番『仕事だ』』


キーワードを唱えて同じようにパワードスーツを展開する。しかし、一つ違う点がある。山口の力で元のパワードスーツの上から補助パーツのように新しいパワードスーツが展開されていくのだ。

そして、一本の騎士剣が最後に生成されて山口はそれを構える。


『さて、後悔しても遅いぞ』

「わぉ、パワードスーツの同時展開か。汎用機とは言えでもそれをできるのは俺の知る限りじゃ一つの手で収まっちまうな」


これが山口の持つ普通とは違う点。パワードスーツの同時展開である。そもそもがパワードスーツの同時展開は不可能とされており、互いのパーツが邪魔し合って最終的には安全装置によって両方とも解除されてしまうのだ。それが引き起こされずに同時展開できるのは世界的に見ても十人もいれば多いというレベルである。


そして、山口の姿が消える。否、たしかに先程のステルスと同じだがそれに使われた速さが違う。動くだけで風を引き起こして男に迫る。


男に迫りくる剣撃。先程までとは違いスピード重視の一撃であり、さらには隠密性まで兼ね備えてるが為に間合いが測れずに男は避け切ることはできなかった。

しかし、それでもローブの布一枚分程度しか切れておらず男の力量の高さが伺える。


『ふぅ、久々に使うから調節が難しいな』


山口はそう言うと次はもっと速く、連続で斬撃を繰り出す。男はそれに対してローブを翻して山口の進路を塞ぐ。しかし、山口の連撃でローブを吹き飛ばし、その先にいるはずの男に剣を突き立てる。


しかし、そこに男はおらず少し離れた柵の上に男は立っていた。ローブを失ったその男の素顔は金髪碧眼であり、体は薄い装甲で覆われていた。


『なるほど、やけに動けるなと思ったら『コンパクトスーツ』か』


コンパクトスーツとは、服の下でも違和感なく装着できるように作られた代物で、普通のパワードスーツと比べると性能は劣るが展開も簡単で隠れて装着できると言う点から重宝されていたりしている。


「おやおや、そんなクソみたいなものと一緒にしないでくれ」

『なに?』


山口がそれを何かと聞き終わる前に再び火球が飛んでくる。それは先ほどより大きく速い。


(やばっ、考えている暇ないな)


山口はすぐに火球を避けて男と距離を縮めようとするが…しかし、先程まではスーツの力を制限していたようで近づくよりも前に離れて魔法を放たれる。


水の刃、電撃を放ったりと男は多種多様の魔法を放つ。


(近づけねぇ!いや、そもそもが魔導師タイプなんて今時流行らねぇよ!)


山口は内心そう文句言いながらも相手に近付こうとする。ステルス機能は使った瞬間に解除させられるので保護色などで自身の存在を誤魔化そうとする。

アストラル式k105番は速度重視の剣士を想定して作られている為、推進装置やその動きを安定する為のマントなどを持っているものの、直線的な動きになりやすい為に使えないでいた。


「あははは、すごいやはり、魔法こそ最高だ!科学なんて邪道に染めた人間などすべて…」


その瞬間、男は腕に鋭い痛みを感じる。咄嗟にその場を離れるがその時には既に遅く、男の右腕は持っていかれていた。


「いつの間に…なぜ、たしかにあそこに…」


男はそう言って目を見開くがそれを無視して山口は剣を振るう。しかし、その攻撃は爆発によって止められることになる。


「くそっ、まさか…」


男はしっかりと距離を取ると先程まで山口がいたはずを場所を見る。そこにいるのは騎士風の姿をした機械人形だった。


「まさか、あの機械人形は三つ目のパワードスーツと言うのか?」

『ご明察、でもこれ以上は言えんな…今の切り札だから』


そうして、山口は剣を構えて突撃する。それと共に機械人形も動き始めて男に攻撃する。山口一人で行われているためか完璧な連携により男の魔法を上手く誘導して、追い詰めいく。

彼の三つ目のパワードスーツは『汎用機ケヴィン式魔術型機体名『マリオネット』』と呼ばられるパワードスーツであり、汎用機と名乗っているもののケヴィン式は基本的にピーキーなものが多く、近遠両刀であるものの基本的スペックは殆ど機械人形に持ってかれている上に使い辛い糸が武器だったりする。山口は糸を使うことは殆どないが汎用機の中でも普段から他の機体と合わせてよく使っている。


(三つも同時展開…まさか…こいつは)


三つの同時展開できる人間は今のところ山口以外に片手で数えるほどしか確認されていなかった。

さらに言えば今この瞬間にこの場に現れることができるのなんて山口くらいしかいない。故に男は山口について特定を始めていた。

しかし、力量差がデカくて男がそう簡単に勝てる相手ではない。


(魔術至上派の過激派か…おそらく目的は科学という存在の排除と言ったところか…そして、あのコンパクトスーツはおそらく最近開発されたと噂の魔道スーツかな?)


反対に山口も同じように断片的な情報から男について考察していく。お互いに持ってる情報から推察しているのだが、互いに正解を引き当てていた。


「くそっ、ならこれならどうだ!」


男は光の塊を放出する。それは熱のエネルギーの塊であり、一瞬で機械人形の腕を持っていく。

しかし、反動が大きいのか隙が大きくできて山口は推進装置を作動させる。そして、ステルスと保護色による先程と同じ見えない突撃を行う。


「くそっ、まだだぁ!」


その瞬間、きょだいな炎の花が咲く。それは中心だけではなく、花弁もが巨大な炎を放出して山口の進路を塞ぐ。

しかし、山口は止まらない。


『汎用機アストラル式k103番『暴れるぞ!』』


その瞬間、巨大な大剣が手のなかで生成される。細部がゴツくなり明らかに重さが増す。しかし、その質量と大剣の剣圧によって暴風が吹き荒れる。


炎の花は簡単に吹き飛ばされる。


「な、四つ目だと!」


汎用機アストラル式k103番はk105番と違い、スピード型剣士ではなく、基本的に重量が高い物を使った重戦士型であり、破壊力の面ではかなり高い機体である。反面、機動力がトップクラスに低く基本的に乱戦時にしか使われない程に扱いの難しい代物である。


そして、山口の剣が男を貫こうとした瞬間、山口の体が動かなくなる。


(な、一体…いや、これは…でもまだ早い)


それは魔力枯渇によって起きる現象であり、所有者の魔力で動くパワードスーツが動かなくなったのである。


危険と判断した機会が展開したパワードスーツを自動的に解除する。


「…うそだろ…魔力が…」

「ふふ、あははは!ようやく限界が来たか!」


男は知っていたようで高笑いをしながら喜び叫ぶ。


「なにが起きたか知りたいか?簡単だ。君は何のためにここに来た?」

「それは…再封印を…まさか…」

「ようやく、気付いた?そう、君はここは悪魔の封印から解放する扉のすぐ近く」


男が天を指差す。すると、最初にビルの屋上に来た時には見えなかった鎖が巻きついた扉が現れていた。それは山口の目に見えるほどハッキリと。


「そういうことか…封印に近づくほど魔力を奪われるということかよ」

「そう、正解!四つも同時展開したから魔力がどんだけあるかと一瞬不安になったけど、流石に負担はバカにならなかったみたいだね」


男はそう言って高笑いをする。



**



「くそっ、なんて事だ!どうする?」


マスターは山口の今の状況がカメラによって見えており、必至に応援を要請しているのだが…。


『落ち着けマスター!あんたが焦ったら現場の俺達にも迷惑がかかる!』

「わかってる!」


金髪のグラサン掛けた男が通信に応答してるが、彼は今現在、必至に山口のところに向かおうとしていた。

しかし、封印が解けかかってるせいで下級の悪魔達が邪魔をしてきていた。


『とりあえず、落ち着いて他の応援を…チッ、ウゼェ!』


グラサンをかけた男も余裕がなくなり、通信を切る。マスターは言われた通りに応援を要請するが今日中には無理である。さらには他の場所で動いてることもあり、許可は下りない。

一度落ち着く為にコーヒーを口にするが普段よりも苦味が増しているような気さえしていた。


「一回、落ち着け…どうにかして…」


そう言いながらマスターは辺りを見渡す。その時、あることに気付く。


「あれ、坊主は?」


その後、カメラに映った映像は正に奇跡とも言ってよかった。



**



何もできない山口に男の凝縮された火球が放たれる。山口の体は動くがパワードスーツの補助なしで避けるには難題な速度で迫りくる火球をただ受け入れるしかなかった。


(くそ、最初から負担なんて気にせずにやっとけばよかった)


山口の同時展開は体に馴染ませてから次を行わないと体に負担がかかる為、時間をかけないといけないのである。しかし、負担を気にしなければいくらでも同時展開出来るのである。

そんな後悔先立たずと言えるようなことを考えて目を閉じる瞬間。


「うぐっ!」


山口の服が引っ張られる。

そのまま、投げ飛ばされるように移動させられて思わず声を漏らしていた。


「ふぅ、危なかった」

「一体…ってお前…」

「先生、危機一髪だな」


そう言って山口に笑い掛けるのは皐月だった。


「お前、さっき…」

「はい、大丈夫ですよ。昔からそう言った薬には耐性があるんで」


皐月は呆気なくそう曰うと男の方を向く。すると、あれ?と首を傾げる。


「まぁ、いいや」


皐月はすぐに疑問を取り除くと敵と認識して雰囲気を変えて男を見据える。


「待て、俺もやる」

「でも先生は…」

「大丈夫だ魔力がなくなった程度じゃ終わりはしねぇよ」


山口がそう言うと銃を取り出す。皐月は軽く横目それを見ると「そうですか」とだけ言ってすぐに元場所を見る。


「ふむ、どうやら邪魔が入ったようだけど、よく見たらただの一般人じゃないか。魔力も感じ取れないほどしか放出していないし」


舐めたように男はそう言うと次は炎の塊を純粋に放出してきた。

皐月はそれを見てスゥッと深呼吸をする。そして、再び見据えると山口の襟を掴んで動き出す。


「なっ!バカな!あれを避けるだと」


皐月は驚異的な身体能力によって、不規則に散る炎の塊を避ける。途中の安全地帯に山口を置くと次は近づくように避ける。


「くそっ、来るな!」


男はそう言って炎を放出するが山口が「俺を忘れてもらっては困るな」と言って銃を発砲する。


「ぐっ、小癪な!」


そう言うと再び炎の花を咲かせる。

その花弁一つ一つから炎が放出され、山口と皐月に迫る。


「邪魔だ!」


皐月はそう叫ぶと炎を全て避けて炎の花の中心に突っ込む。


「馬鹿め!中心からはもっと強い炎を放つのだよ」


男のその言葉と共に炎が…放たれることは無かった。炎の花は皐月が殴ることにより、吹き飛び、枯れたのだ。


「な、魔法に触れるだと!」

「うるせぇよ」


その瞬間には皐月は男の目の前にまで迫っており、顔面に一発グーパンチを入れる。


「ガハッ!」


そう悲鳴が聞こえるとそれきり男の声は静かになる。皐月と山口は勝ったと安堵し扉を次は見る。

しかし、その時にはもう遅いと気付いてしまった。


扉が開き切っていたのだ。


鎖は確かにまだ残っている。しかし、扉が開き切っている。要するに完全体でないにしろ、悪魔が外に現れていることに他ならない。

皐月はもちろん、そんな知識はないが外にある威圧にその結論に至っていた。


「ふむ、これが私を復活しようとした男か」


気がつけば倒れた男のすぐそばに長い黒髪の男がいた。髭があり、悪魔のような翼を生やしていた。


「うそ…だろ。もう、復活してるなんて」

「おや、君達が邪魔をしているのかな?安心したまえ私はまだ完全には復活していない。故に先ほどから吸っている贄が食えないのも残念なのだがな」


悪魔はそう言うと男に触れる。その瞬間、男は悪魔に吸収されるように消えていく。

皐月は反射的にやばいと思い動くが時はすでに遅く、悪魔が吸収を終えて皐月の攻撃を避けていた。


「ふむ、野蛮なものだな。しかし、まだ私の復活には生贄が足りない。貴様も贄としてやろう」


その瞬間、閃光が皐月に迫る。皐月は逃げようとするが不思議と動かない。


「危ねぇ!」

「先生!」


そこに遮るものがあった。それは山口が皐月を庇うように立ちはだかり、閃光を受ける。


「はぁ、はぁ…やっぱり大丈夫だったか」

「先生…それ、大丈夫じゃない」


閃光が収まると、山口は透けていた。

それを見た悪魔は面白そうに見ていた。


「なるほど、確かに儀式の贄は儀式が完成するまでは私に存在が吸われることはない…しかし、それは儀式の場に先急ぐことになるのだがな」


愉快そうに笑う悪魔。

山口はどんどんと体が透けていく。


「皐月、安心しろ…策なしに行ったわけじゃない。魔力がなくなった俺は悪魔相手に足手纏いだ…」

「それでも、あんたは死ぬんだぞ!」

「大丈夫だ…儀式を完遂させなければ俺含めて消えた奴らを救うことは出来る」


山口の言葉に皐月は「本当だな?」と聞き返す。山口は本当だと言って笑う。


「そうだ…このインカムで指示を聞け」

「分かった」


そうやって皐月がインカムをもらった瞬間、山口の姿は完全に消える。


「ふははは!素晴らしい!人間とは素晴らしいものだ。故に知りたい…その存在を…さぁ、貴様も我が存在の一片に!」

「うるせぇよ」


皐月は先程より一段と冷たい目をしていた。インカムでのマスターの指示では1時間持たせれば助っ人が封印を施すことが出来ると言われていた。

しかし、彼は悪魔とインカムの言葉、両方に言った。


「身の程を知らないようだな…多少、遊んでやる」


そう言って、魔法が放たれる。それは先ほどの男と同じ炎の花。しかし、その威力は段違いであり、それによってビルの屋上は火の海に…ならなかった。


炎は掻き消される。


皐月の拳によって…。


「素晴らしい…今まで私の魔法を止めたのは英雄と呼ばれる者達しか居なかった…素晴らしいぞ!」


悪魔はそう楽しそう叫ぶと、どんどんと魔法を放つ。皐月はその魔法の全てを真っ向からぶち壊し、弾き、掻き消す。


(そうか、さっきからの感覚が分かってきた)


皐月は理解する。なぜ、先程の閃光に反応しなかったのか…そう、そこに恐怖が無かったのだ。本能的に皐月にとってはこの攻撃は危険なものでは無いと判断していたのだ。


「流石に魔法は部が悪いか、ならば『魔導錬成』剣でどうだ?」


悪魔はビルの屋上に降り立ちそう言い放つ。

まるで余裕そうな状態で剣を軽く素振りする。

それだけでも分かる高い技量…しかし、皐月は突っ込む。


「ふっ、生身で挑むとは馬鹿め」


カンッ


と剣の腹を殴られて、剣は弾かれる。その光景に悪魔は唖然としていた。

それもそのはず、悪魔と人間では基本的身体スペックだけではなく、体感速度も違う。故に、悪魔の男の放つ剣は恐ろしく速いものなのだ。

しかし、皐月はそれを弾いた。


「やっぱりそうだ」


皐月はそう呟く。悪魔はそれに激昂する。


「舐めるなぁ!」


先程より速い一撃が皐月を捉えた…筈だった。横薙ぎに振るわれた剣は身を屈められて避けられただけではなく剣の腹を再び殴られてその反動で悪魔のバランスが崩れる。


「裕人の剣の方が何倍も速くて怖い」


皐月はそう言うと懐に入り込んで悪魔の胸部に両手での平手を行う。

悪魔は体に走る衝撃に耐えられずに体がわずかに地面から離れて地に伏せる。

すぐに悪魔は立ち上がり叫び出す。


「バカな!バカなバカな!こんなことがあり得るわけが無い。この私が、勇者でも英雄でも無いガキにここまでの傷を負わせられるなんて…あり得るわけが無い!」


皐月はその言葉になんの反応を示さずに悪魔に近づく。


「舐めるなよ!貴様の存在を欠片も残さずに喰らってやる!」


閃光が再び放たれる。しかし、皐月は落ち着いていた。その一瞬のうちに放たれた皐月の拳は閃光をガラスのように崩す。


「脆い…」


皐月はそう呟いて構える。

しかし、皐月は自分から攻めることは決してしなかった。迫りはするものの基本的にカウンターで攻め、有効打を与えているだけだった。

悪魔はそれに気付かずにそれから皐月と攻防を繰り返す。


実は皐月には悪魔を倒すだけの決定打が無い。その理由は皐月の体質にあった。先程の戦いの中でマスターが推測して聞かされたもの、『抗魔体質』と呼ばれる体質である。

この体質は普通の人と違い魔力を使うことができ無い代わりにその魔力が体の中で守るように固まっており、大抵の魔法に耐性を持つまたは物質のように壊すことができる体質なのだ。

先程から皐月が魔法を弾くのは物質のように弾いたり、壊したりしてるだけである。だから、教室での黒い影の魔法の全てを無効化することができたのだ。


しかし、魔力を使うことができないが故に悪魔を封印することも殺すための決定打を打つこともできない。悪魔という存在を弱らせることが関の山である。


「くそっ、何故だ!何故魔法も何も効かない」


悪魔は戸惑う、皐月には魔力に関係するものは効かずに傷も早々には負わない。そんなことは悪魔は知らずに魔法を放ち続ける。

やがて、悪魔は儀式の為の存在吸収の余裕が無くなっていき、全力で魔法を放つ。


町一つ、壊すような魔法も皐月の前では無力であり、一つ残らず壊す。


「いい加減に…死に晒せ!」


悪魔がそう叫んで巨大な魔法を放とうとした瞬間だった。光の鎖が悪魔に伸びる。


「ふぅ、丁度…一時間か」


そう、これは再封印の魔法である。光の鎖は扉から出てきており、悪魔をその扉の中へと引き込もうと引っ張っていた。


「何故だ!封印の予兆なんて無かった!」

「いや、あったんだなぁこれが」


そう叫ぶ悪魔に答えるように軽い調子の声が聞こえてくる。その声は皐月が聞いたことあるものであり、その主を皐月は見る。


すこし、髪のはねた金髪でサングラスを掛けたどこか胡散臭そうな男。

土戸がそこには立っていた。


「いやぁ、ナイスだよ皐月君、お陰で俺がバレずに封印魔法を発動できた」

「土戸さん!いや、何で…は野暮な話かぁ〜」


皐月は何となく推測ができてしまい、なんとも言えない表情となる。


「さて、籠の中の鳥である金糸雀に反抗される気分はどうかな?アクマさん」

「貴様ぁ!この程度の封印でこの私が…」

「いや、出来るね。君は凡人について舐め過ぎだからね〜どうせ、俺一人どうとでもなるとか考えたっしょ」


そう、先程まで土戸は下級悪魔達に邪魔をされていたのだが、皐月が悪魔の気を引いたおかげで悪魔は下級悪魔の存在を喰らって戦っていたのだ。


「さぁ、再封印を始めようか」


その瞬間、ビルに巨大な魔法陣が現れる…いや、ビルだけじゃ無い街全体に魔法陣の光が現れる。


「まさか、同じ手段で封じられるとは学習能力のない悪魔だ」


土戸はそう言うと魔法陣を起動する。この時、この町で一番高い場所はこのビルであり、街を一望できた。そして、皐月はそれを見たのだ。


町の構造そのものが綺麗な閃光を放つ光景を…


「そう言うことか!まさか、まさか、町そのものが私を封印する為の魔法陣だったのかぁ!」

「もう遅いって…だからじゃあな」


土戸がそう言うと悪魔は扉の中へと入っていき、扉が閉まる。それと共に扉が消えて光が町に降り注いだ。


その綺麗な光の雨に皐月は見惚れていた。


「生きてる…ってことは封印できたってことか」


気が付けば山口がそう呟いて立っており、皐月は安心していた。

そんな光の雨が降り注ぐ中、土戸が皐月に近づいて言う。


「皐月君はうちの組織に入るのかい?」

「え、はい。そのつもりですけど」

「そうかい」


土戸はそう言って笑うとサングラスを外し手を広げてこう叫ぶ。


「ようこそ、金糸雀へ!」


そう、凡人であるはずの皐月の物語はまだ、始まったばかりなのだ。

次は27の予定です

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