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AD2309

作者: 枝無つづく

-296:11:03:10:51


 何百年後には、地球は人間の住めない星になるらしい。

 目の前を山積みされて通り過ぎていく熱帯雨林の成れの果てを見ていれば、それが最近騒がしかったマヤ歴の終末論だの一昔前のノストラダムスだのよりも現実的な話だってことが実感として感じ取れる。


「まあ、俺たちの生きてる間は関係ないけどな」


 数百年後の人類滅亡よりも目先の飯の問題だ。

 自然保護団体が何を騒ごうが野生動物が絶滅しようが俺たちみたいな貧乏人にとっては重大なことじゃない。そんなことよりも自分と家族を食わせていかなきゃいけねえってのにそんな大義だの正義だのを気にしてられる方がどうかしてる。


 目の前に伐って売れば金になるもんが、少なくとも俺が生きてる間には取り切れないくらいには、いくらでもあるんだ。これを伐るなって話はねえよ。


「そんな先のことはお偉い政治家やらがどうにかするんだろうよ。こっちはせいぜい逮捕されないように気を付けながら仕事を……」


「おいっ! 後ろ!」


「あん?」


 後ろがどうし……







-244:04:21:05:44:00


 全く、国民のご機嫌取りというのは苦労が絶えん。

 次の選挙まで間がないとはいえ、こんなくだらないことのために時間を割かなければならないとは。


「排気ガスの規制条約について我が国は次回の国際会議でどのような立場をとるつもりですか!」

「前回の大幅オーバーについての糾弾が予想されますが前大統領との姿勢の違いをどう表明するおつもりですか?」

「地球温暖化と人口増加についての個人的な見解をお願いします!」


 ええい! マイクを向けながら迫ってくるなマスコミ共め!

 こっちは選挙の根回しに忙しいのだ!


「ここでの解答は控えさせていただく! 全ては専門家との入念な話し合いの後で表明するからそれまで待て!」


 環境問題や温暖化など知ったことか!

 暑ければクーラーでもつけていろ! そんなことは科学者にでも言え!

 こちらは無暗に子供を産みまくるお前らのために失業対策や教育機関の増設に忙しいのだ!

 こちらは常に政敵に揚げ足を取られぬように失言を避けながら国民の希望を叶える召使いのように振る舞うので手一杯だ!

 ろくに気が休まる時もない


「私はこれから人に会う用があるので失礼を……うっ……」


「どうされました? もしやご病気でも!」


「ええい、少し疲れているだけだ! いいからここをとお……せ……」


 あ……どうした……胸が……

 冗談ではない……この時期に体調不良などと騒がれたら、次の選挙に関わるだろう、が……







-198:11:20:21:02


 無能とはこいつのようなやつを言うのだろう。

 全く、自分が世界的財閥の中心近くにいることを自覚しろというのに。


「なんだこの計画書は! この時代に宇宙開発だと!? 時代錯誤にも程があるだろうが! こんなことをして何の利益になる!」


「利益ならどうにでもなるはずです! とにかく宇宙への大規模輸送手段をこの二十年の間に確立しなければ環境悪化に間に合わなくなります!」


「環境悪化がどうした! 緑の中に住みたければ無人島に別荘でも買え! 宇宙空間での実験や真空技術なら現在のステーションで事足りる! VRで誰でも手軽に疑似的な宇宙旅行ができるようになった時代に危険を伴う本物の宇宙になど行きたがるもの好きなど数が知れている! 恒久的な生活環境の確立などという大事業の採算が取れるわけがないだろうが!」


「それでもやらなければ環境が持ちません! 既に地球環境は限界値を超えてもはや崩壊は秒読みに……」


「そんなもの最低でも百年は先の話だろうが! そんなことよりももっと金になる計画を持ってこい! こんなものを提出するために技術部門での仕事をしてきたわけではなかろうが!」


 なんだその目は。

 儂は何も間違ったことはいっとらんぞ。

 社会の一員として、財閥の一員として利益を得るために日々働いている儂が、こんな『いつか来る滅亡』などというくだらぬものに囚われて財閥に大損をさせようとしている馬鹿にそんな目を向けられる道理などあるものか。


「さっさと研究室にでも帰ってもっとマシなものを……いや、いい。おい警備、こいつを外に連れて行け! こいつがなんと言ってもな!」


 もしそれで治らなければ今度は適当な理由を付けて解雇してやる。

 儂はそうやってこの地位に上り詰めた。逆らう馬鹿や邪魔者を退けてきた。それが儂の力だ。

 数百年後の人間がどうした。そいつらが儂に文句を言えるというのならやってみるがいい。


「さあ、職を失いたくなければ金になる企画を持ってこい。こいつは暴れるだろうが離すなよ。役に立たなければお前も……」


 お前も……あれ?

 警備のやつ、こんな顔だったか?


 パンッ


 ……今の、何の音だ?

 なんだか、胸が熱い気が……







-0:0:0:0:16:07


 右の頬が冷たい板のようなものに触れている。

 それを認識してすぐ、俺は自分が平らな床の上に倒れていることに気付いた。


「あ? ……ここ、どこだ?」


 痛むような気のせいのような気がする頭を押さえつつ立ち上がり、辺りを見回す。

 ここはどこかのショッピングモールか? うちの近所にあるやつよりもだいぶん小綺麗に見えるが。それに、家具や壁の照明なんかも見たことのない形だ。都会の店ってのはみんなこんなもんなのか?


 それに、他にも人間がいるが、そいつらの服装がなんか変だぞ。なんだその身体にピッタリした銀ギラ。都会ではそんなのが流行ってんのか……いや、さすがにねえよ。

 他のやつらも何故か今の今まで倒れていたみたいに立ち上がりながら周りを見回しているし、何かおかしなことになってることは間違いなさそうだ。


 そうだ、そもそもここが都会のショッピングモールだろうがそうでなかろうが、なんで俺はここにいるんだ?

 俺は確か材木の運び出しを監督してるときに……後ろの荷が崩れて、それで……


「本当になんでこんなところに……おわっ! 誰だてめえ!」


 すぐ近くにいたやつと目が合った……と思ったら、そいつも俺と全く同じタイミングで驚いたように飛びのいた。

 これは……鏡だ。鏡に映った俺だ。

 だが、そうだとしたら……


「なんだ、この顔……俺と似てるところはあるが……知らない顔だ」


 大けがをして整形手術をされた?

 いや、だったらここはなんだ。なんで俺はここにいる? なんで俺もこの変な服を着ている?

 いや、そもそもいまここにいる俺は……俺、なのか?


「ふざけるな! 大統領を誘拐してこんなババアの格好にするとは何事だ! こんなことをやらかした者はただじゃおかんぞ! テロリストは貴様か!?」


「こっちこそふざけるな! 大統領とかいつの時代の話だ!? 警備! さっさとこの馬鹿を黙らせろ! あの技術開発部の無能はどこに行ったのだ!?」


 騒いでいる年増女とジジイがいる。

 他にも度合いの違いはあっても混乱しているやつが多いらしい。

 だが、この状況を理解しているらしい奴はどこにもいない。


 一体、何が起きてやがるんだ……



『ゴホン、もしもこの放送を見ている人間がいたら、混乱しているかもしれないが落ち着いて聞いてほしい。これは国連から全世界へ向けた公式放送である。繰り返す、これは国連から全世界に向けた公式放送である』



 突然、モールの壁の至る所がテレビ画面みたいになって銀ギラ服を着た爺さんが映りやがった。

 その画面の右下には『0:15:42』というカウントダウンらしき数字が表示されていた。

 騒いでいたやつらも突然のことに黙って画面へと目を向ける。

 そして、画面の向こうの爺さんが語り始める。



『まず、この放送は事前に録画したものであるため今から国連に問い合わせを試みている者がいたとしてもそれは徒労に終わると前もって言っておく。私を含め、既に政府行政機関を含む全人類のほとんどは生命活動を停止しているはずである。これを聞いている諸君らは、何らかの理由で数分前に全世界に向けて発信された特殊な電磁波を受けなかったごく僅かな人間だろう。突然制止した乗用ユニットや何も知らずに眠りについた隣人を見て混乱を生んでしまったであろうとの考えにより、事情を説明するためにこの映像を用意した』



 全人類が絶命……って、なんのことだよ?

 見回す限り……へんな格好のやつばっかりだが、死んでる奴なんて一人もいないぜ?

 なんの悪ふざけだよ……



『まず初めに、謝っておこう。あなたたちの友人知人を絶命させたのは我々国連の極秘決議によって用意された安楽死のための特殊電波放送である。地球中のあらゆる電波設備から発された特殊な電波は人間の集団的無意識と呼ばれる領域に干渉し、意識を希釈させ魂が抜けるように苦痛なく死に至るものである。故に、彼らに不要な苦しみはなかったことを保証する』



 放送が俺たちの混乱も意に介すことなく続く。

 『国連が人類の安楽を実行した』なんて馬鹿な話を、大真面目に。



『この史上最大の大量殺戮には、然るべき理由がある。本来ならば、偶然にも生き残ってしまった者を安らかに眠らせるためにさらに放射を続けるべきだろうが、どうか許されるのなら懺悔として聞いてほしい。

 我々は、人類を救えなかった。これから来る大災害の中で苦しみながら絶滅するよりは苦痛と恐怖が少ないだろうという身勝手な配慮からこのような選択に至った我らを憎んでもらって構わない。


『数百年前から噂される通り、人類の発展とともに地球の環境は悪化の一途をたどり、大気中には温室効果を持つ多種の有害物質が放出された。そして、それを浄化しうる熱帯雨林やその他の生態系も開発されつくし、地球環境は加速度的に悪化していった。


『そうした中、我々は環境を少しでも改善するため可能な限りの策を講じてきた。だが、宇宙への進出による自然開発の停止は膨大なコストを支えるべき資金を用意できず今日この日までに達成されることはなく、その他の対策事業も加速する汚染物質の放出を止めるには至らなかった。


『だが、今日この日まで人間が生存できる環境が保たれたのは、その対策事業の一つとして用いられた特殊吸収物質の効果がある。この物質はかなりの低温環境下に限るが、超高効率で汚染物質を取り込み封じ込めることで人間の生存環境を保つのに有効な効果を発揮するものだった。


『我々はそれを、南極大陸に配置することでこれまで人類が放出した汚染物質を封じ込め、健康被害の増加や気温上昇にストップをかけることができた。あなたたちが今現在、清浄だと感じられる空気を吸っていられるのはこの事業の成果と言える。


『しかし、それも限度があった。その大規模な吸引物質の温度を保つ設備を製造する能力も時間も我々にはなく、冷却はほぼ南極の氷河に依存していた……だが、研究の結果、温暖化により南極においても平均気温が上昇し続け、もはや南極の氷河は低温を維持できるほど存在していない。そして、その最高温度を維持できる限界点を超えるのがこの2309年であることが判明した。


『限界点を超えれば封じ込められた汚染物質は一気に解放され、その温室効果によって連鎖的に南極に貯蔵された汚染物質が放出され、大気の有害化並びに大幅な気温の上昇、そしてそれに伴う前代未聞の異常気象が発生することになる。現在の技術ではそこからの文明的復興は不可能であり、またその環境下ではシェルターなどを用いたとしても恒久的な生活維持は不可能である。試算によれば、二年以内に全人類は絶滅することとなる。


『故に、我々は最後までこの危機を打破するために努力し続けることを誓い、しかしその限界点の二十分前までその目途が立たなければ……このように、混乱や苦痛を伴う終焉ではなく何も知らぬままに眠るように死に至る安楽死を実行することが国連で決議されたのだ。


『こんな形で謝罪をしようと受け入れられないことはわかっている! どんなに短くとも暗くとも、あなたたちの友人知人を、そして子供や孫たちの未来を勝手に奪ってしまったことを! だが、わかってほしい! 私たちが生まれた時には、百年前にはもう手遅れだったのだ! せめて三世紀前……環境問題が世界規模で意識され始めた二十一世紀初頭からその時代で可能な対策を始められていれば……違ったかもしれないが、それは既に過ぎたことなのだ。


『もしも叶うことなら……私は、私たちの先祖に問いかけたい。


『「なぜ、私たちのことをもっと気にかけてくれなかったのか」「私たちを……あなたたちの子や孫の未来を、案じてはくれなかったのか」と。


『……すまなかった。だが、私たちの先祖が私たちを見守ってくれているとしたら、私は本当に問い質したい。二百年前、三百年前に生まれることのできた彼らに。幸運にもまだ間に合うはずだった時代に生まれたはずの彼らに。一人で世界を変えることはできなかったとしても、その時代に生まれたというだけで誰でも私たちの英雄(ヒーロー)になれたはずのあなたたちが……どうして、見えていたはずの我々の絶望に、ガス室で秒読みを聞く我々の姿に、見て見ぬふりをしてしまったのかと。



 映像にノイズが混じり始めるが、画面右下のカウントダウンだけははっきりと変わらず表示され続ける。

 なんだよ……2309年って、なんだよ……


 鏡をもう一度見る。

 やっぱり、俺の記憶にある俺自身の顔じゃないが、どこかに見覚えがある……この瞳には、俺の妻の面影もある。

 まさか……


「ここは、三百年後の、俺の子孫の時代だっていうのか?」


 周りのやつらも慌て始める。

 さっきの言い争いをしていた二人も、こんなものは仮想現実だろうとか、そんなものはSFだとか、まるで時代の違う人間が自分の常識で言い争いをしているみたいに。

 他のやつらもそう、何語を話しているのかもわからないような言葉で喚いている者やどこかに祈るように手を合わせているやつもいる。


 もしも……もしも、本当に俺が三百年後の子孫の身体に何かの拍子に取り憑いてしまったんだとしたら。

 魂が抜けるように死んだこの時代の人類の中に、その先祖に当たるやつらが入っているのだとしたら。他にもいくらでもいたはずの先祖の中から、自然を食い物にして生きていた俺が『選ばれた』のだとしたら?


 そして、この数字。

 今の話が本当だとしたら……


「まさか、責任は自分で取れって意味か……? 『俺が生きている間は関係ない』なんて考えていたから、なのか?」


『コ…、……、フ…ウ…モ……』


 ノイズで完全に見えなくなったカウントダウン以外の部分が大きく変わる。

 映像として映し出されたのは……暗い闇の中に浮かぶ、青と茶色の球体。

 俺はこれを見たことがある。俺が見たものは茶色の部分の多くが緑だったが、その二つの輪郭線は見間違えるはずはない。

 それはどう見ても……



『コノ、オヤ、フコウモノ』



 画面からではなく頭の中に響くような女の声と同時に。

 最後の桁を刻んでいたカウントが、赤く染まった。



0:0:0:0:0:0 - TIME UP






 もしかしたら、タイムアップの瞬間にはあなたも立ち会うかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、コロナ関連と同じく、本当に必要だと考えて実行してはいないってだけの話なんだろうなぁ。そこは同意したい。 感染対策だって、握手と抱擁の文化のない国ということを忘れて他国の猿真似したり、…
2022/11/03 02:58 退会済み
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