沈降、そして、再生。 その1
無事にログアウトし、布団から脱出する。
「…こんなに部屋のものって大きかったか?」
少し目線が低いような気がする。
「まぁ、さっさとコンビニに買いにいくか。」
財布を取得し鍵を閉め、小走りでマンションを下る。
今日はエレベーターが工事で動かない。
階段を駆け下り、入口に辿り着いた。
全く息が上がっていない。
細い道路を横切り、コンビニの弁当コーナーへ。
今日の昼飯はすぐに食べられる笊蕎麦にしよう。
「いらっしゃっ…せー…」
「これ一つだ。割り箸は必要ない」
「あっ…はい…」
…ギョッとした目でこっちを見てるが…この店員とはかなり顔を合わせているハズだよな…
代金を払い、釣り銭を貰って家へ帰る。
…手に持つのも面倒臭い…仕舞うか
手軽になったから、走る速度を上げて駆け上がる。
脚を使うのがもどかしいな…縮地を使うか
数分ぶりに帰ってきた我が家のドアの鍵を開け、袋を取り出して食卓へ座る。
折角だしテレビも付けておこう。
「本日発売された話題のゲームCABにて…」
おお、丁度CABの話題が出てるな。
蓋を開けて水をかけて…ダシもカップに注ぐ。
「正午よりログアウトしたプレイヤーの…」
…旨え…最近のコンビニの飯はより美味しくなったよな…
「身体能力、及び見た目などが…」
……いま聞き捨てならない言葉が
「現実世界でも引き継がれるという事案が発生しています。この事件に対し、発売会社のロードアンドダウンは、これが仕様であり、後日ゲーム内で詳細を発表するとしており…」
「…おい…おいおい…嘘だろ…」
手鏡を見ると…なんということでしょう。
そこにはプラチナヘアーの驚いた顔をしたショタが…
「H○ly sh○t!」
どうしてこうなった!?
ああクソ久しぶりに口調が荒れてやがる…きっとこれは最近勧められたアメリカ映画のせいだ…落ち着け…落ち着け…
「…すぅ……はぁ………」
通りで店員が変な目で見る訳だ…
「…で、テレビがさっきのが本当なら…」
…背中に木刀が出た。
「ステータスも確認できるし…で、装備やインベントリ操作も自由自在。」
まさにこれは…
「ゲームと同化、だな。」
不便ではないが、運営には一つ文句を言いたくなる。
「…まぁいい。食事を終わらせてリログしよう。」
笊蕎麦を食べ終え、ゴミを片付けてベットに寝転がり呟く。
「ログイン」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
再び降り立った部屋を飛び出し、サロンへと向かう。
「カナカム、かなり大変なことが起こった」
「…んー…?わかめんどうしたの…?」
ソファーでダラけきっているカナカムをきちんと座らせる。
見た目だけはいいからもっとしっかりすれば…
「…それでなに…?昼寝しようと思ってたのに…」
「簡単に説明するとだな、このゲームの世界が現実になった。」
「……わかめん…そんな冗談面白くないから…」
ジト目されてもな…事実なんだからどうしようもない。
「…信じられないなら、一回ログアウトして自分の姿を確認してこい」
「分かった…ログアウト」
カナカムが天に昇り、すぐ戻ってきた。
「疑ってごめん…本当に変わってた…」
「だろ?」
「…私これからどうすればいいのかな…」
膝をつき、涙を流して嗚咽を漏らすカナカム。
「落ち着け」
「無理よ!だって…私の家は大企業の…」
「待て、リアル割れは駄目だ」
「…分かった…」
こんな状況だからこそ、リアル割れは死に直結する可能性が高い。
「でも、サクヤが帰ってきたら今後の事も相談しなきゃ…」
「分かったから落ち着け。」
ソファーに腰を降ろさせ、涙を抑える。
…俺はともかく、カナカムのリアルはヤバそうだな。
上流階級の人だったら姿が変わるのは致命的だよな…なった事がないからよく分からないが。
「ぅぅ…ぐすっ…」
「…膝使うか?」
「…うん…」
膝枕とか初めてだけどな…ん?ドアが開く音…
「カナカム〜!私が帰ってきたわ……よ?」
「…あっ」
銀髪の森人がサロンに入り、硬直…いや、震えている。
それにカナカムも震えている。
「…あなた…誰?」
身体の奥底から恐怖が呼び起こされるような声が聞こえる。
「ぁ…そ…れは…」
駄目だ…声が出ない…
「サク…ヤ…これは…違…うの…」
「あらぁ…?何が違うのかしらぁ…?」
こいつが…サクヤ…!
どうみてもラスボスだろ…顔が愉悦してる時の人と同じなんだが…
「…その子に泣かされてたんじゃないの…?」
…少し圧が弱まった?
「ちがう…ってば…っ!」
必死にカナカムがそう叫べば、サクヤが少し考えるような仕草を見せた。
「…そう…解ったわ。それじゃ、説明してもらおうかしら?」
俺を押し付けるような圧は無くなった…いや、カナカムが局所的に浴びせられてるのか。
「あの…その…この子は…」
カナカムがたどたどしい説明を終えると、次はお前の番だと言わんばかりの目を向けてくる。
「…本当に、手は出してないのよね?」
これは…気を逸らせば殺される…っ!
「当たり前だ」
気力を振り絞って何事もないように返事をする。
これしか手はない。
「…ならいいわ。私も歓迎する。ようこそ、ラナウェイ・ファクトリーへ」
「お、おう…」
サクヤから急に圧が消えて笑顔になっている…さてはこいつも残念美人の一種か
場所を整え、俺とカナカムが座り、テーブルを挟んだ向かいにサクヤが座った。
「要するに、現実世界の私がこのゲームの私と同じになっているのね?」
サクヤはあんまり驚いてはいない…いや、実感がないのか?
「そうなのよ…それで、私はわかめんに慰めてもらってたの。別にやましいことなんてないから!」
カナカムがテーブルを叩いて訴える。
横で叫ぶのは耳が痛くなるからやめていただきたい。
「…前も言ったわよね?ムキになったら怪しいだけだって…」
「だ か ら!違うってば!」
「はいはいわかったわよ…で、ギルドへ招待はしたの?」
「…忘れてました」
…一応持ってきた麦茶を飲んでいたら話が進んでいた。
インベントリに入れておけばゲームの中でも現実でも取り出せるらしい。
「えっと…こうだったっけ…」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
カナカムから[ラナウェイ・ファクトリー]への招待が来ています。
承認しますか?
YES/NO
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
迷う事なく承認する。
「…さて、これで晴れて私達の仲間ね」
サクヤのその微笑み…これは残念美人のものじゃない…
「たくさんコキ使ってあげる…♪」
組織のボスクラスの妖艶な女性のものだ…!
しかもかなり凶悪なやつのな…
「あの…わかめん?サクヤは結構いい人だから…多分…落ち着いて…?ほら、サクヤもその笑い方やめて…怖いから…」
「…はいはい」
「はぁ…」
どっと疲れた…
「ともかく、私達はご飯を食べてくるから……わかめんは装備を作って来たらどう?私の分はもう倉庫に入れておいたから、自由に使ってくれていいよ♪」
普通にすればカナカムも美人だな…普通にしていれば。
「わかった…できれば二人の武器も作ろうか?」
「お願い!」
「私もお願いするわ。短剣、それか小太刀をお願いね。」
「了解。後の話は昼のおやつを食べながらするとしよう。」
「工房はこの屋敷の裏にあるから、好きに使ってくれて構わない!凄いもの作っちゃって!」
「当たり前だ、ギルマス」
「期待してるから!」
「いいからさっさと飯を食ってこい」
二人を外へ追いやり、裏口から屋敷の外へ。
周りを見ると、確かにログハウス的な建物が一つある。
かなり作りはしっかりとしていて、地下は倉庫になっている。
カナカムが言っていた倉庫はここのことだったのか…
鍛治の炉は家が燃えないように外に設置されていた。
練習がてら、簡単なトタン屋根だけでも作ってみようか。
薪を倉庫から取り出して、炉にくべる。
火は勝手についた。
こういったところはゲームなんだな。
鉄のインゴットを溶かし、薄い板になるように叩いていく。
…大きな鉄板が完成した。
作っておいてなんだが、屋根にするには少々重すぎる。
ここの屋根になりそうなものは見つけた時に買っておこう。
「それじゃ…メインクエストやるか」
再び炉でインゴットを溶かし、形を整えながら叩いていく。
イメージはよくある日本刀の形…ではなく、鞘と反りのある大きな剣。
本当の刀は色々な工程を踏まえて作るため、こんな貧相な設備で作るわけには行かない、という謎のプライドだ。
あくまでも太刀として作ったからか、武器カテゴリは太刀。
だが、見た目はただの大きい変な形の鉄の塊だ。
装備することはできたので、使う分には問題ない。
「…この調子で長槍と短剣も…」
「マズい…インゴットをかなり使いすぎたかもしれない…」
納得いく出来のものができず、試行錯誤を繰り返すこと一時間。
自分が取った分の鉄インゴットは、もう半分を切っていた。
目の前には失敗作の長槍と短剣の山が出来上がっている。
「一体どうしたものか…一応、初心者装備よりはかなり強いから…アルベルトで売り出してもらおう。」
困ったらカナカムに売り捌いてもらう。
これはうちのギルドで語り継ぐべき言葉だと思う。
「そうと決まれば…」
唯一の成功作とゴミの山をインベントリに入れ、サロンへと戻る。
「…あいつらβ時代からいたなら、これよりも強い装備があるんじゃないのか…?」
…いや、気にしないようにしよう。