23:50
「ねぇ、聞いてよー」
ドアを開けるなり情けない声を上げながら飛びついてきた京子を、しっかり抱き止める。まだ髪が乾ききっていない。ちゃんと乾かさなきゃ、朝セットするの大変だよ。セットにまで手が回らなくて、ポニーテールでごまかして出勤することになるよ。そう忠告してあげてるのに、"だって"を繰り返す駄々っ子ちゃんはそれどころじゃないみたい。
「今日、お客さんから"届いたネックレスのビジューが外れてた"ってクレームがあって、すぐに別の物をお送りしますって返したの。そしたら、"式は明日だから間に合わない。どうしてくれるんだ!"って怒鳴られてさ……」
あー、厄介そうなお客さんだなあ。私だったら、すぐに電話切りたくなる。でも、切ったら切ったで後が怖いから結局は聞いちゃうんだろうな。
「返金しますって言ってるのに、"お金の問題じゃない。お客様に対する誠意が感じられない。馬鹿にしてるのか!"って、ひとりで勝手に盛り上がって電話切っちゃったんだよね。向こうが切ったんだし、わざわざかけ直すのもアレだなってそのまま別の電話受けてたの。そしたらアイツまたかけてきて、"切れたらかけ直してこいよ!それが礼儀だろ"とかってブチ切れててさ……。いや、アンタが切ったんだろ。勝手すぎるっていうか、何この人?って。それで1時間もソイツに捕まって、課長にはどやされるし、お局には陰口たたかれてみんなに白い目で見られるしで最悪だったんだよ~!もう死にたい……もうやだあ…………」
震える背中をゆっくりと撫でる。よしよし、えらいえらい。がんばったね。本当によくがんばったね。それで今日は、帰り遅かったんだね。いろいろ考えちゃってたんだね。でも、京子はちゃんと家に帰ってきた。本当に偉い。私には、それができなかった。明日が来るのが怖くて、家に帰るのが怖かった。だから、尚更思う。明日に向き合える人は、本当に偉い。
引き出しからタオルを取り出し、ご自慢の形の良い頭に被せる。タオルの下から伸びた手が、スマホを掴んだ。画面いっぱいに、笑顔で写るふたり。慣れた親指が画面をアラーム設定に切りかえる。6:00ーーーーー。
おやすみ、京子。明日は、何度目のスヌーズで起きられるかな。
「え~!もーどうしよ!明日テストとかマジ死ぬ!ムリムリムリ!!!」とか言ってる人ほど成績上位な説。