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2周目は鬼畜プレイで  作者: わかやまみかん
9章 帝国内戦編
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第2話  サファイア、アリスを逆恨みする。


 私たちは来る日も来る日も戦い続けた。 

 ヴァイス将軍指揮の下、冒険者パーティも遊撃部隊に捩じ込まれている。

 帝国正規兵と言ったって、私たち程戦い慣れている訳じゃない。

 領都マーディラに突入しようと仕掛けてくる相手部隊を、淡々と各個撃破していく。

 だけど数的不利だけはどうしようもなかった。

 私たちが戦っているうちに別の戦場で味方の軍が食い破られている。

 その穴を埋める為に私たちが派遣され、撃退したところでまた別の場所が……。

 そうやってジリジリと包囲が狭まっていった。

 これでも司令部の見立てでは予想以上の善戦らしい。

 現場で戦っている人間からすれば、そんなことは全く感じられないが。

 周りを見渡せば、負傷しても関係なく戦場に送り出される味方兵。

 魔力を欠乏し血の気を失った青い顔をしていても、うわ言のように回復魔法を唱え続ける救護要員。

 戦争開始僅か一月で、すでに末期状態だった。


 

 今日もお勤めを終え、私たちは身体を引きずる様にして宿舎に戻った。

 大門の横にある警備兵の詰所を遊撃部隊の宿舎として活用しているのだ。 

 一般兵よりも幾分レベルの高い私たち冒険者部隊はここで指令を受けて、随時戦場に投入させられていた。

 補修する時間もなく傷だらけになった武器や防具を外し、ようやく一息つく。

 内乱が始まってから毎日毎日こんな日が続いている。

 ゆっくり寝る時間もない。

 凶悪なモンスターを相手にするのとは違って、余程のことが無い限り生命の危機を感じることはない。

 それがせめてもの救いだとみんなは言うのだけど。

 それでも、ヒトを殺すというのはそれだけで精神的にダメージが来る。

 ……もうこんな生活イヤだなぁ。

 そんな余計なコトを考えたのがいけなかったのだろう。

 宿舎の中に慌ただしく伝令が飛び込んできた。

 

「また警備兵が民兵共に襲われたそうだ。すぐに出てくれ!」 


「また? 他のパーティじゃダメなのか? 僕たちも今戻ったところなんだぞ!」


 クロードが不機嫌さを露わにした顔で言い返した。

 最初の頃は元気だった彼も、ここ数日は疲れ果てていた。


「みんな出払っている。城からはすでに援護を出しているから、彼らと連携して事に当たってくれ! ……頼んだぞ!」


 そういって伝令は私たちに面倒事を押しつけると、振り返りもせずに走り去って行った。



 私たちは()からも絶え間なく攻撃を受けていた。

 ただ内側の民兵はそれほど脅威ではなかったので、初めのうちは素人に毛の生えたような警備兵でも何とか対応出来ていた。

 しかし民兵は相手が自分たちとそれ程変わらない実力の兵士だと分かった途端、外の攻勢に合わせて積極的に仕掛けてくるようになったのだ。

 だからといって内の援護の為に、外の帝国軍と戦っている軍隊を中に入れる訳にもいかない。

 そもそもそんな余裕もない。

 上層部は悩んだ末に私たちのような少数精鋭の遊撃部隊に対応させることを思いつき、更に貴重な休み時間が削られていったのだ。

 


 口々に文句を言いながらも、私たちは民兵が現れたという商業区画に向かった。

 一体彼らはどこから湧いて出てくるのか、まさに神出鬼没。

 おそらく彼ら地元の人間だけが知っている道があるのだろうけれど。

 狩人の本能としてはそういった通路はきっちりと探っておきたいところだが。


「……聞いたのはこの辺りだな。それではみんな頑張っていこう!」


 クロードがカラ元気で声を張り上げると、一人で駆け出した。

 民兵程度ならば、私もクロードも一人で何とでもなるから、基本的に単独での制圧となる。

 その方が効率的なのだ。

 ちなみに接近戦の苦手なルビーはトパーズと二人組で。

 ……これはまぁ仕方がない。


 

 市街戦は不意打ちが怖いので気配を探りながら動く。

 これは私の一番得意とするところだ。

 警戒しながら通りを進むと、姿は隠しているものの気配が丸出しの民兵数人を感知することができた。

 敢えて不用意を装い路地に入ると、予想通り建物の陰から民兵たちが飛び出してくる。

 こちらは一人だから何とかなると判断したのだろうけど、所詮は訓練されていない人間の攻撃。

 攻撃を回避して当て身を喰らわせる。

 そして後ろから続いてくる民兵を、足で拳で短剣の柄底で確実に沈めていった。

 流石に彼らは殺せない。

 だからクロードもトパーズも当て身で処理している。



 私は特に苦労することもなく、襲い掛かってくる彼らを全員叩き伏せた。

 警戒を緩めず辺りを探るが、どこにも隠れているような気配は感じられない。

 ようやく肩の力を抜くことが出来た。

 足元では民兵の一人が呻き声を上げながら、私のことを仇を見るかのような目で睨みつけていた。

 思わず気後れして目を逸らす。 

 ……一般人である彼らをこれ以上無理させる訳にはいかない。

 今ここで私が立ち去れば、きっと彼らも追いかけてこない。 

 彼らが戦う意思を示す前に立ち去ろうとした瞬間、少し離れたところから叫び声が聞こえた。

 そちらを振り返ると、レジスタンス兵が動けない民兵たちに剣を突き刺しているところだった。


「何を躊躇っているんだ! お前たちがこうやって見逃すから仲間たちの被害が減らないんだろう!?」


 私がその虐殺とも言える光景に立ちすくんでいる間も、彼は次々に地面に這いつくばったままの彼らを刺し殺していく。

 次々に起こる悲鳴。そして私たちを呪う罵声。

 それに耳を傾けることなく、無言のまま殺して回るレジスタンス兵。

 そして固まって動けない私の足元に蹲っている最後の民兵も――。

 瞬く間に血の臭いが路地に広がっていった。


「お前たちの気持ちも分かるが、これは戦争なんだ! 頼むからしっかりしてくれ!」


 そう言い残し彼は次の獲物を探すように走り去って行った。



 足元に大きな血溜まりが出来ていた。

 私たちの考えが甘いことぐらい承知の上だ。

 それでも、せめてヒトとしての道だけは外さないでおこうと、みんなでそう誓い合ったのだ。

 私はどれぐらいの時間、立ち尽くしていたのだろう。

 ふと気配を感じて顔を上げると、足を震わせてこちらを見ている少女がいた。

 建物に隠れきれていない、全くの素人だった。

 よく見ると剣を持つ手も震えている。

 彼女は私の顔と足元の血溜まりを何度も何度も交互に見つめる。 

 やがて彼女の表情が恐怖に歪んだ。

 ――それでもその少女は十分過ぎる程可愛らしかった。

 洗練された都会の中でも、決して可憐さを失わないその佇まい。

 私が昔、こうなりたいと夢見ていた街娘そのものだった。

 街のお店で一生懸命働いている私を見初める王子様。

 子供の頃から何度も何度も消費していた妄想の中から飛び出してきたような娘がそこにいた。



 思わず固まってしまう私に対して、彼女は可愛らしい顔に怒りを滲ませ叫び声を上げる。

 そして剣を振り上げ襲いかかってきた。

 慌てて短剣で受け止めるが、何故か身体が思うように動かない。

 ――ここにいる人たちは私が殺した訳じゃないの! お願いだから信じて!

 どうしてあなたはそんな顔で殺しに来るの? 

 可愛らしい顔をまるで鬼のような形相に変えて。

 何故か昔の私に今の自分の存在を否定されている感覚に襲われる。

 彼女は拙い動きながらも殺気をまとい、力任せに剣を打ち込んできた。

 私はそれを受け止めることしかできない。

 だけど息切れしてきたのか、徐々に攻勢が衰えてきた。

 私はスキに合わせて強引に当て身を食らわせると、脇目も振らずにその場を走って逃げた。


 

 闇雲に狭い路地を走り抜け、ようやく足を止める。

 ふと動けない彼女が他のレジスタンス兵にトドメを刺される可能性に思い当ったが、どうかそれまでに逃げていて欲しいと心の隅で願った。

 ……本当にやりきれない。

 何の為に戦っているのか分からなかった。

 こんなの冒険者の仕事じゃない。

 私たちは何故こんなにも彼らから恨まれてるているの?

 アリスがあの場でブチ撒けていたから、一応事情は知っている。

 確かにヒドいと思った。めちゃくちゃだと思った。

 人として完全に狂っていると思った。 

 アリスやホルスさんの怒りは当然だと思った。

 ――だけど、……だけど、私たちはそれに関わっていない。

 それなのに十把一絡げであの場所に居合わせたから悪者だと呼ばれるのが悲しかった。



 詰所に戻る気分にもなれず、だからといって街を歩き回るとまた彼らに出くわすかもしれない。

 だから私は公園で一休みしていた。

 ここは街の憩いの場だ。

 襲いかかってきた民兵たちも、平和な頃は家族や恋人たちとここで楽しいとき過ごしていたに違いない。

 きっと天気のいい日は子供たちも走り回って――。

 私はそんなことを考えるのも億劫になって、無心で青い空を見上げていた。

 鳥の鳴き声、そよ風、木々のざわめき。

 故郷でも帝国だろうが変わらずどこにでもある、そんなモノだけが私の心を慰めてくれた。

 これだけで何とか心の平衡を保てる気がする。

 ……山に帰りたいなぁ。

 この戦争が始まってから何度思ったことだろう。


「……敵?」


 不意に近づいてくる気配を感じた。

 こんな厳戒態勢の街で出歩く一般人などいない。

 姿勢を低くして木の陰に身を隠し、息を殺して様子を窺うと、現れたのはルビーとトパーズの二人だった。

 どうやらこちらには気づいていないようだ。

 ……もう! 驚かせないでよ!

 私がこんなにも落ち込んでいるのに、目の前の二人は脳天気な笑顔で見つめ合っていた。

 トパーズが思いついたように屈み込むと、荒れ放題の花壇から一輪摘む。

 そしてそれをルビーに押しつけた。


「……その、何を渡したらいいのか分からなくて、済まない」


 トパーズが困ったような顔をして謝っている。

 普段のあのカタブツ具合からは全く想像できない姿だった。

 ルビーはそんな彼をうっとりと見つめながら、嬉しそうにそれを受け取るのだった。



 ちょっと申し訳ないとは思うけれど、貧乏臭いプレゼントに鼻で笑ってしまった。

 トパーズらしいと言えばそうだけれど……。 

 戦うことしか知らない武道家に洗練されたモノを望むのは酷というものだろう。

 でもクロードだったらもっと気の利いた良い物を――。

 そう考えた瞬間寒気がした。

 ……あれ? 私、クロードから何か貰ったっけ?

 何も無いってことは……ないはず……だけど。

 何度もデートはしているから何かあるはず。

 でも、……せめて何か店で売っているモノ……。

 どれだけ記憶を呼び起こしても、無いものは無い。

 無かった。――無かった。

 デート中どうしてもクロードが、その……、男性として昂ってしまった時は、休憩用の宿や物陰で済ませちゃうことはあるけれど。

 ……でも、それは将来結婚を約束している二人だから自然なことだし。

 私が一生懸命頭の中で眠っているハズの()()()()()を探していると、不意に妹の「騙されているんじゃない?」という声が脳裏をよぎった。



 あの日以降、ポルトグランデのいたるところで女王国の人たちを見掛けた。

 みんな笑顔だった。

 その輪の中に妹を発見することもあった。

 元聖王国貴族らしき人や山岳国の僧兵たちと楽しそうにしていた。

 いい服を着せてもらって、大人たちに可愛い可愛いとチヤホヤされていた。

 わいわいと美味しそうにご飯を食べていることもあった。

 妹はいつもいつもいつもいつも楽しそうに笑っていた。



 それを見るたびに思った。

 何度も何度も同じことを思った。

 ――どうして? どうしてあなたは山で貧しい生活をしていないの?

 どうしてあなたは姉の私を差し置いて幸せを掴んでいるの? と。


 

 私は幸せになれるはずだった。

 貧しい山での暮らしに見切りをつけて、水の公国を飛び出した。

 冒険者になって仕事を一生懸命頑張って、生命の危機を何度も乗り越えて、それなりに名声を手に入れた。

 誰が見ても素敵でカッコいい男の人と婚約もした。

 私が描いていた幸せになる為の未来予想図はほぼ完璧に叶ったといってもいいはず。

 ――だけど今は、全然幸せじゃない!

 せっかく冒険者になったのにワクワクするような冒険も出来ない。

 それどころか毎日毎日何十人と罪のない人々を殺している。

 たくさんの人たちに恨まれている。

 クロードも全然私を大切にしてくれない。

 ……なんでだろう? ……私のドコがダメだったのだろう?



 ルビーとトパーズの耳障りな笑い声が聞こえた。

 ……ねぇルビー。

 どうしてあなたはそんな幸せそうな顔をしてるの?

 あなた、私に負けたんだよね?

 クロードに振られたから、仕方なくトパーズごときで妥協したんだよね?

 そんなあなたがどれだけ頑張っても、勝った私より幸せになれる訳ないんだよ?

 パーティの余り者同士でくっついたくせに、なんであなたは、そんな念願の恋が実ったかのような、満ち足りた乙女の顔をしているの? 

 トパーズだって初めての彼女だから浮かれているんだろうけど、その女はその気になれば他の男に簡単に股を開く女なんだからね?

 大切にする価値なんてこれっぽっちもない女なのに、あなたはその程度の女で満足しているの?

 ……ねぇ?



 ――ゆるさない!

 ルビーもトパーズも!

 私より幸せになんて、絶対にさせやしない!

 パールだって!

 山を出る勇気も無かった泣き虫のくせに、出て行った私よりも幸せになるなんて。

 じゃあ私は一体何の為に山を下りたの!?

 レッドさんも、他の公国出身の人間も、聖王国出身の人間も、山岳国出身の人間も、みんなみんなみんなみんな――負け犬のくせに!

 この私より幸せになるなんて絶対にゆるさない。



 何よりそんな負け犬たちに大きな顔をさせているあの女が一番ゆるせない。

 あの女さえいなければ! あの女さえ! 



 私はこれ以上彼らの甘い姿を見ていられなくなって、その場を立ち去ることにした。

 足元を見ると、トパーズがルビーに渡したような小さい花が風に揺れている。

 私はそれを感情に任せて思いっきり踏みつぶし、詰所へと戻っていった。 




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