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2周目は鬼畜プレイで  作者: わかやまみかん
8章 不協和音編
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第8話  領主ホルス、女王の怒りに同調する。


「穏便に、という話ではなかったのか!?」


「君のことは信用していたのだが、本当に残念だ」


 とある顔なじみの領主との会談の途中、私たちの元にヴァルグランで戦争開始との一報が飛び込んできた。

 一体どういうことなのか? と詰め寄られたところで、私自身も何がどうなったのか全く分からない。

 結局、先程の言葉を投げ捨てられ、屋敷を追い出されてしまったのだ。

 さらに好感触だった別の領主からも相次いで手紙が届き、今回の話は見送らせて欲しいとのこと。

 上手く進めた話も全て水泡に帰した。

 こちらの苦労を何だと思っているのか。

 挙句、私が今まで築いてきた信用まで地に堕ちてしまった。

 ロレントが好戦的だったことは気付いていたが、ここまで先を見通せない馬鹿だとまでは見抜けなかった。

 とにかく一旦戻って詳しい状況を知らなければ、まともに動くこともできない。



 急いでポルトグランデに舞い戻り、その足でテオドール殿の執務室に向かった。

 何が起きたのか問い詰めると、何故かロレントに好判断を誇られる始末。

 話を聞けば説得が失敗し、不本意ながらも戦争開始という流れだったらしい。

 説得とは名ばかりの脅迫をしておいて、よくもそんなことを。

 戦況は終始レジスタンス軍有利で進んでいるという。

 最新の報告では領都の包囲が完了し、籠城する領主に圧力を掛けているところだと。

 無責任に喜ぶロレントを見て、私の気分が落ち込んでいく。

 一時的な戦況よりも大事なことがあるだろうに。

 一度失った信用を取り戻すのに、どれだけの時間が掛かると思う?

 さらに憮然となった私の表情を見て取ったのか、横にいたテオドール殿が何度も頭を下げてきた。

 彼は私の気持ちを理解してくれているみたいだが……。


「……まだ情報が乱れ飛んでいる状況なのだ。近く女王も帝都から戻ると聞いている――」 


 彼女が戻り次第、今後の方針を決める会議を開くという。

 そのときまでに、この戦争の結果報告をまとめておくと、彼は申し訳なさそうに告げてきた。

 私としても、()()()()()()()()()()()()色々と情報を集めておきたかったので、その場は一旦引いておいた。

 



 あれから数日経ち、女王が帝都から帰還したとの連絡を受けた。

 ようやく報告会議が開かれるとのことになりそうだ。

 ――この会議の結果次第ではここを離れることも考えないといけない。

 私には領主として民を守る使命がある。

 ロゼッティアの安寧以上に大事なことは無い。

 そのことを改めて胸に刻み込み、大会議室へと向かった。 

 


 会議室に一歩踏み入ると、各陣営にはっきりと温度差が現われていた。

 活気づいているのはゴールド卿を中心とした上級貴族派。

 その輪に教会関係者が加わってにこやかに談笑している。

 オランド神官長はそんな彼らを諌めることなく、むしろ満足げな表情を見せていた。 

 クロード君一行も功労者として出席している模様で、ロレントの横で誇らしげに背筋を伸ばしていた。

 そのロレントは、といえば笑顔は見せているものの、先日会ったときのような浮かれ顔ではない。

 ――おそらく彼の元にも()()()()が入ってきているのだろう。

 


 対して通常ならばロレントの側にいるはずのテオドール殿が、少し離れた場所にいた。

 内心までは窺えないが表情は優れない。

 今日は横に奥方のクロエさんもいないかった。

 彼女は美しい顔を曇らせて、彼から一番遠い席――主君であるアリシア女王の隣に座っていた。

 これが彼女の何よりの意思表示だろう。

 彼女も私同様今回の件に納得していないのだ。 

 そして彼女の主であるアリシア女王は、冷ややかな目で盛り上がる一団を眺めていた。

 後ろに立っているのは軍人ではなく、街娘のような風貌の少女が二人。

 もちろんこの場に連れて来るぐらいだから、ただの娘である訳がない。

 鋭い視線で周りや人間関係などを観察していることから、彼女たちが例の女王直属の隠密部隊――所謂山猫と呼ばれる娘たちだと推測できた。

 私は女性ばかりの一団に軽く一礼をすると、彼女たちも同じように返してくれた。

 もはや頼みの綱は彼女たちだけだ。




 まずはテオドール殿からの経過説明があった。

 こちらに合流するよう、領主アランに書状を届けたが突っぱねられたとのこと。

 私たちが不在の中で緊急の会議が行われ、そこでロレントが戦争を提案。

 それを教会と長兄殿下派の貴族が支持したとのこと。

 そしてその戦いに勝利し、現在はヴァイス将軍率いる軍勢が王城を拠点にヴァルグランを押さえていると。

 領主夫妻と娘は死亡を確認され、たった一人残った息子を目下捜索中だと。



 そこから議題は何故か今回の反省ではなく、論功行賞へと進んでいった。

 上級貴族の面々が嬉々として自らの功を主張し始めた。

 負けじと教会も先に戦争を支持したのは自分たちだと分け前に群がろうとする。


「――マストヴァルの首を取ったのはヴァイス将軍だから、ヴァルグランは我らで治める」


「愚民共に誰が主人か分からせてやる」


「これで帝都へと道ができた。一気にいける!」


 などなど威勢のいい声が飛び交っていた。

 私はそんな声をどこか遠いところで聞いていた。



 呆れて言葉が出てこなかった。

 私の知っている世界の話ではなかった。

 ここは誇りある文明、華やかな文化が培われた帝国だったはず。

 東方3国は未開だの野蛮だの言われているが、彼らの方が余程理知的だ。

 少なくとも国境を接する我が領で、女王国の醜聞など耳にしなかった。

 そんな女王国の象徴ともいえるアリシア女王を窺い見ると、口を真一文字にして彼らを汚物をみるような目で睨んでいた。 

 

「……完全にこちらの大義を失ってしまいましたね。これではただの逆賊です」


 私の視線に気付いたのか、女王は無表情のままこちらを見ることもなく呟いた。

 私もそれに頷く。


「……いくら何でも酷過ぎる。彼らがこの状態ならば、もう誰も相手にしてくれないだろう。ちゃんと話を聞いてくれた領主もいたが、大抵は保留だった。……だが保留するということは少なくとも否定ではなかったはずなのに」


 すぐには判断できないとの返事だった。

 それでも彼らは私の言葉に理解を示してくれたのだ。

 根気よく話し合いを持てば――。 

 しかし全てが無駄になった。

 あの後も、続々と私の元へ賛同できないとの書状が届いた。

 あんな野蛮人と一緒に思われたくない、そういう意思表示だった。




「俺たちが悪いとでも言いたいのか? 確かに不手際はあったが、大した被害もなく無事にヴァルグランを抑えることができたんだ。間違いなく大勝利だろうよ!」


 そんな私たちの話し声が聞こえていたのか、ロレントが不機嫌そうな顔でこちらに視線を寄越した。

 さも祝いの席に水を差すなと言いたげに。

 その見当違いな振る舞いに、良識ある帝国貴族として何か言わねばと思うが、怒りが先立って上手く言葉にできない。

 それでも何か言おうとしたら、その前に女王が嫌悪感を露わにして立ち上がった。

 そして威厳を湛えた冷たい声で言い放つ。


「不手際? そんな言葉で済ませるつもりですか? 考えても見てください。領民から慕われ宰相からも信頼厚い領主。その方の城に多数で押し入って夫婦と娘を殺す。さらに城を奪い、そこにあった貴重品や宝物も奪い、街で狼藉を働いたと!」


 彼女は腰に差していた短剣を振り上げると、皆が注目する中、思いっきりそれを机に突き刺した。

 大きな音が響き、一瞬にして部屋が静まり返る。

 ――その話は私の元にも入ってきていた。

 本当に何という愚かなことをしてくれたのだ。


「……あの地に住まう領民はどう思うでしょうか?」


 女王の表情が悲しみで歪んだ。

 彼女も国を治めている者。

 私同様、民への慈しみの心を持っているはず。

 憎しみの心に取り憑かれてしまう領民の心を思うと、胸が張り裂けそうになるのもきっと同じだ。


 


「こちらの投降要請に従わなかったマストヴァルが悪いんだ。無駄な抵抗さえしなければ僕たちだってそこまでは――」


 息詰まる沈黙の中、空気の読めないクロードが声を上げた。


「黙れ! 冒険者の分際で政治を語るな!」


 怒りで頭に血が上った私は、気付けば立ち上がりそう叫んでいた。  

 クロードは何か不満そうな顔をしていたが、私が構わずに睨みつけると、気まずそうに顔を伏せた。

 彼らもその現場にいたというではないか。

 愛娘を助けようとしてくれたことには感謝するが、その一方でアラン殿の娘は殺しても構わないというのは、人としていかがなものか。

 領民は私たち為政者にとって血肉同然。

 彼らの痛みは私たちの痛み。

 彼らの憎しみは私たちの憎しみなのだ。

 そのことが分からない人間に、知った風な口を利かれるのは我慢ならない。



 女王は依然として立ち上がったまま、ロレントを睨み続けていた。


「……しかも『大した被害もなく』と? よくもまぁ臆面もなく言えたものですね! あちらの援軍が遅れたのはウチの山猫たちが帝国軍に対して遅延工作を行っていたからでしょう? もし彼女たちの仕事がなければ最悪全滅もあり得たのに! そのことを理解しているのですか?」


 彼女はそう言いながら、後ろに待機させていた少女たちを指差した。

 皆の視線も一斉に彼女たちに向かう。

 しかし当の彼女たちはそんな視線に物怖じせず、任務中だと言わんばかりに何食わぬ顔でロレントの様子を観察していた。

 少女二人の真っ直ぐな視線を受けて、ロレントは苦々しげに下を向いた。

 女王の工作が上手くいくことを前提に戦争を始めたと認めていた。

 彼女たちもこんな蛮行に利用されるのは我慢ならなかっただろうに。

 それでも二人はクロードのように喚きもせず、立場を弁えて無言を貫いていた。



 女王は深呼吸するとゆっくり周りを見渡した。

 その視線で部屋全体の温度が一気に下がったように感じられた。


「それなのに貴方たちは反省することもなく、功を主張し、領主アラン=マストヴァル殿の首を取ったのがヴァイス将軍だから、領主人事は長兄殿下派からなどと寝言までほざく始末」


 彼女はゴールド卿を睨みつけながら呟くように話す。

 先程のように声を張り上げなかったが、それでもよく通った。

 彼も例によって彼女からの突き刺さるような視線から逃げるように俯いた。 


「……挙句、『愚民共に誰が主人か分からせる』……と?」


 今度は彼の取り巻きに視線を移しながら、女王は更に低く凍えるような声を発する。

 怒りを通り越して完全に感情が消えていた。

 私の身体に今まで経験したことのない、震えが襲いかかる。

 年端もいかない彼女に()()を感じていた。  

 非難する側の私ですらこれなのだ。

 それを受ける側の気分たるや。

 

「主を決めるのは皇帝であり宰相であり、そして何よりもヴァルグランの民です」


 彼女はゆっくりと笑顔をつくる。

 だが目は全く笑っていない。

 もし目で人を殺せるならば、今頃この会議室は死人だらけになっているであろう、そんな殺意に満ちた目をしていた。

 

「……領主を殺した者が主だと自称するのは野蛮人のすることです。散々我ら女王国の人間を未開人扱いしておきながら、貴方たちはその程度ですか?」


 彼女に口答え出来る者などいない。

 完全にアリシア女王の独壇場だった。


「戦争のやり方も知らない。戦後処理の仕方も知らない。領地を治めるというのはどういう意味なのかも知らない。……ねぇ、貴方たちは一体何がしたいのです?」


 静まり返った広い会議室で一人、声を上げて笑う女王。

 老婆のように乾ききった声で。

 少女のように無垢な表情で。 

 ……尋常ではない怒りを湛えながら。



 彼女が娘の薬を携えて屋敷に現れたときは、幾分粗野な印象を受けた。

 だが今の彼女はどうだ? 

 満ち溢れる威厳と気品。そして絶対強者の覇気。

 女王という称号は彼女の為にあると言っても過言ではない。

 よくそれらを隠し通せていたものだと思う。

 女王だと知られる訳にはいかなかったとはいえ、本当に見事なものだ。


「……ッ、我々には我々のやり方があるのだ! 部外者は口出ししないで頂きたい!」


 気を取り直したゴールド卿が吠えた。

 そして慌てて彼に追従し口々に女王を罵る貴族たち。

 皆が無言でそれを見ていた。

 女王が持っていて彼らには無いモノ。

 それは人を束ねて導く為に絶対に必要なモノだ。

 期せずして彼らは自分たちでそれを証明して見せた。

 ――彼らは持っていない者だと。人の上に立つべき人間ではないと。

 それに気付いていないのは他ならぬ彼らだけだった。



 そんな醜い光景を溜め息交じりで眺めていた女王が、こちらに視線を寄越した。

 立ったままの姿勢だから、座っている私が見上げる形になる。

 まるで彼女の臣下になったかような気分だった。


「……もしホルス様のところでこのようなことが起こったらどう思います? 貴方だけでなく奥様も娘さんも殺されて、屋敷から金目の物を根こそぎ略奪され、代々の墓地まで暴かれて――」


 ……想像したくもない。

 その意味を込めて首を振る。


「おそらく領民最後の一人になるまでレジスタンスに抵抗するでしょうね。貴方たち一族が愛してしてきた美しいロゼッティアの地が荒廃するまで、血で血を洗う戦いが続くことでしょう」


 その光景は間違いなく地獄と呼ばれるモノだ。

 私は人知れず拳を握りしめた。

 女王はそんな私の表情を見て頷くと、再び上級貴族たちに視線をやった。


「……皆様は領主マストヴァルと彼の家族さえ殺せば全てが上手くいくと、本気でそう思っていたのですか?」


 女王のその問いに答えられる者は一人としていなかった。

 誰もそんなことまで考えていなかったのだ。

 そこに考えが至るならば、そもそもこんなバカなことはしていない。




「中立を維持していた領主たちもこの件を受けて、こちらに愛想を尽かせるでしょうね。彼らは矜持の高い元王族です。服従しないなら叩き潰すと宣言し、躊躇うことなくそれを実行に移す。……そんな光景を見せられて『怖いから服従します』なんて口が裂けても言いませんよ?」


 当然だ。私だってそんなことをされたら迷わず剣を取る。

 宰相に助けを求め、援軍が来るまで徹底抗戦する道を選ぶ。

 ……そして上手く撃退することが出来れば、皇帝と宰相に忠誠を誓うだろう。


「絶対に宰相はこの機会を逃しません。不安になっている領主たちを丁寧に拾い上げていくことでしょう。……ホルス様が説得に向かった領主の皆さんは、中立を保ってくれるかもしれませんが、それ以外の方々はほぼ全員敵に回してしまったと考えていいでしょう」


 彼らはようやく自らの失策を理解したのか、一様に表情を硬くしていた。

 ……本当に今更だ。



「宰相は今回の戦争でアラン=マストヴァルという大事な味方を失いました。何でも家族ぐるみで付き合いがあったらしいですね」


 そう聞いている。

 そのことを知っている者が頷いた。


「きっと宰相は本気になってヴァルグランを取り返しにくるでしょうね。他の領主たちも明日は我が身ですから迷わず軍勢を出してきます。……これから始まりますよ、大規模戦争が。……間違いなくね。先に手を出してしまったのはレジスタンスの方です。泣こうが喚こうがもう回避することはできません。……皆様も覚悟しておいてくださいね」


 女王は言いたいことは全て言ったのか、こちらを振り返ることなく部屋を出て行った。

 付きの者たちもすぐ後に続く。

 クロエさんも真正面にいるテオドール殿を見つめながら、優雅に立ち上がった。


「今回ばかりは私も陛下に付かせていただきます」


 彼女もそう言い残し、不機嫌そうな顔で部屋を後にした。 

 私も立ち上がり一礼すると、無言で部屋を飛び出す。

 こんな胸糞悪い部屋から一刻も早く出て行きたかった。




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