第1話 ブラウン、決起集会に参加する。
磨き抜かれた廊下を躊躇いなくカツカツと靴音を鳴らし、姐さんは悠然と前を歩く。
その後ろを俺、レッド、パールの三人で付いていく形だ。
部屋に入れない――厳密にいえば入る資格のない者たちが、横目で俺たちを盗み見していた。
主に姐さんを……。
何せこの上なく目立つ格好だ。
彼女はいつもの貴族服ではなく、それよりも数段煌びやかなドレスを着ていた。
宝石もこれ見よがしにジャラジャラと、髪に耳に手首に足首に。
涼しげな視線で周りを見渡し、女王の風格でもって彼らを圧倒していく。
姐さんに言わせれば、もう戦いは始まっているとのことだ。
今日は我ら水の女王国がレジスタンスの協力者として正式に名乗りを上げる日だから、目にものを見せて差し上げましょう、と。
――レジスタンス内部の人間にも、どこからか御覧の帝都からのお客人にも。
そう楽しそうに笑っていた。
ドレスや宝石その他は全て姐さんの懐から出して揃えたものらしい。
国庫からは1ゴールドたりとも出していないという。
そんな金をどうやって作ったのかと聞けば、それとなくレッドの旦那が教えてくれた。
何でも彼は姐さんと一緒に補領と呼ばれる各地域を行脚して、そこに潜む不穏分子を片っ端から処理してきたと。
そして冒険者アリスとして領主たちに恩を売ってきたと。
ついでに目ぼしい宝や装備品の数々を戦利品を称して掻っ攫っていったらしい。
まるで野盗にでもなったような最悪な気分だったと零していた。
それを元野盗の俺の前で言うのかよ、とも思ったが。
さらに山奥に生息する魔獣を狩ってその素材も手に入れたとか。
それら戦利品の数々を山猫の面々にポルトグランデまで持って帰らせて、高く買い取ってもらえる店で金に換えていたらしい。
逞しいのは商魂だけじゃない。
姐さんは野宿にも全く抵抗がなく、適当に捕まえた獣を自分で捌いて焼き始め、何故か隠し持っていた塩を振って食べていたという。……目を輝かせながら。
レッドはやや抵抗があったが主君に勧められた以上断る訳にもいかず、思い切って食べてみたらメチャクチャ美味しかったと。
いつも冷静な彼がやけに興奮していた。
――それにしても何という逞しさ。一体どこの野生児だと思う。
姐さんならきっと何処ででも生きていけるだろう。
……ちなみにそれは俺たちが死ぬ思いでエリーズ防衛戦をやっていた頃の話だという。
全くどういう神経をしているのだか。
到着したのは大会議室と呼ばれている馬鹿広い部屋だった。
中央に大きい円卓があり、すでにほとんどの席は埋まっていた。
丁寧に頭を下げた女の人に誘導されて、俺たちも中に入った。
全員が一斉にこちらを見てくる。
その視線を受けて気後れしたのか、姐さんのすぐ後ろを歩いていたパールが一瞬立ち止まった。
この娘も普段着ているような動きやすい服ではない。
姐さんのお下がりの貴族女性が着るような綺麗な服を纏っている。
首やら手首やらに宝石も付けてもらっていた。
凄く恐縮していたが、やはりそこは女の子。
何だかんだ言いながらも喜んでいた。
今日は髪形も綺麗に整えられており、改めて見ると女としての素材は抜群だと思えた。
今はまだガキだが、将来はさぞかし数多くの野郎共を手玉にとることだろう。
姐さんはあらゆる感情の篭った視線を一身に浴びながらも、不敵な笑みを絶やさず案内された席に腰掛けた。
パールも困惑しながら周りを見渡し、姐さんの横に用意された席にちょこんと座る。
俺とレッドはその後ろに立ったままで控えた。
これからレジスタンスとそれに協力する者たちによる決起集会が始まるのだ。
ここにいる者たちはほとんど旧王族だったり貴族だったりする。
そこに何故か俺まで参加させられるという始末。
場違い感が半端ない。
正直俺もさっきすれ違ったヤツらと同じように部屋の外で待機していたいのだが……。
そんなことを考えながらも、一応周囲に気を配っておく。
普段は姐さんの側を離れないクロエさんが真正面の席に座っていた。
夫でありここの執政官でもあるテオドールさんの隣だ。
彼女がこちらを見て笑顔で頭を下げた。俺たちも頭を下げ返す。
いつも姐さん一番近くにいる彼女が一番遠い席にいるのが、何とも言えない不思議な感覚だった。
一応姐さんから参加する陣営の説明は受けているが、あくまで知っているのは名前だけだ。
この機会に彼らの顔をじっくりと拝んでおくことにする。
正面にいるのがレジスタンスのリーダーだというロレント。
今まで死んだふりをしていたそうだ。
その左にいるのがテオドールさんとクロエさん夫妻だ。
俺たちの左側に座っているのが、長兄殿下擁する上級貴族の面々。
彼らの真正面の席にいるのが、次兄殿下擁する教会関係者。
俺たちと教会の間に座っているのが補領と呼ばれる地域の領主たち。
各陣営にそれぞれ俺たちと同じように後ろに控えている人間がいるので、物凄い数の人間が円卓を囲んでいた。
そしてロレントと上級貴族との間に挟まれたところにいるのが、名もない冒険者四人組だ。
ある意味彼らが一番場違いだろう。
身の程を知っているのか彼らの表情も硬い。所在なさげにじっとしていた。
この存在感を主張すべき煌びやかな場で、彼らの装備は控えめに言っても貧乏臭い感じだった。
俺も普段は彼らと似たようなモンだが、パール同様今日は新調された軍服を着るように命令された。
同様にレッドも新品の鎧を着込んでいる。
お陰で彼らのように悪目立ちせずに済んで助かったとは思うのだが……。
「……どうしたのです?」
俺の異変に気がついたのか、パールが振り向いて小さい声で聞いてくる。
「いや、ちょっとこの服のせいで息苦しくてなぁ。何とかならんものかと……」
そういって首元に指を入れてまた出す。ちょっときついんだなコレが。
パールが納得したように頷く。だからと言って彼女に何ができる訳でもない。
「ほら、静かにしておけ」
レッドが俺の頭をコツいた。……人の苦労も知らないで。
だから同じように胸元に指を入れて説明してやる。
ヤツはそれぐらい我慢しろと言いたげに俺を睨みつけると、再び視線を前に向けた。
少しは俺に優しい言葉でも掛けろと脇腹を殴ると、鎧が周りにマヌケな音を響かせた。
「もう! 貴方たちは! さっきから一体何なのよ?」
姐さんも振り返った。笑顔だけど目がちょっと怒っている。
「……いや、その、少しこの服が合わなくてですね。……ボタンを外してもいいですかね?」
恐る恐る聞くと姐さんは溜め息を一つ。
「じゃあ一つだけね」
そういうと噴き出すように笑った。
俺たちがそんなやりとりをしている間も、冒険者パーティーのリーダーとして一人着席し、円卓に肘をついている男がじっとこちらを睨みつけていた。
姐さんに剣を突き付けたという例の身の程知らずだ。――確かクロードとか言ったか。
何でも神の声が聞こえると寝言をほざいた挙句、姐さんがセカイの敵だと喚き散らしたとか。
レッドからそれを聞かされた時は、不謹慎だが声をあげて笑ってしまった。
確かに姐さんなら世界を敵に回しかねないし、あながちハズレでも無いだろう。
思わずそう口走ってしまったら、次の瞬間パールがモノ凄い形相で鳩尾に拳を喰い込ませてきた。
姐さんのこと好きすぎるだろう、この小娘。
ちなみにレッドは殊勝にも沈黙を貫いていた。――顔の筋肉が小刻みに動いていたが。
下らないことを思い出している間に扉が閉められ、その前に屈強な兵士が立った。
やがて雑談が小さくなっていき、テオドールさんの咳払いでそれらが完全に静まる。
「……皆様、お集り頂き感謝しております」
彼が進行役をするつもりなのか、まず本人が自己紹介を始めそれから各陣営の人間に挨拶させた。
それが一通り終わればこれまでの経緯と置かれている状況を話し始める。
一応姐さんからそのあたりのことは何度も聞かされているので、軽く聞き流していたが。
どうせ他の人間もそんな感じだろう。
そもそも何の予備知識もない人間がここにいるはずがない。
これも含めて開会の挨拶のようなものだ。
レジスタンス側の勢力はというと、まずはテオドール夫妻とロレントそして彼らを支える中枢組織。
長兄と彼を担いでいる特に軍事力も財力もないが気位だけは妙に高い貴族たち。
さらに次兄である枢機卿を担いでいる教会。
ただ姐さんに言わせると、教会は貴族同様軍事力こそないものの、それなりに民衆に対して影響力を持っているから、使い方さえ間違わなければ十分戦力になるとか。
そして帝国補領の領主の一部。――あくまで一部だ。
彼らは気位と口だけの上級貴族たち違って自前の軍を持ち、元王族として資産も持っている。
何せ領地そのものが彼らの財産だ。
紙切れ一枚で赴任するだけの執政官とは訳が違う。
姐さんは彼ら領主をどれだけこちらへと引き入れることができるのかが、勝負のカギになると言っていた。
そして最後に我らが水の女王国だ。
いつの間にやら戦力としては一つ頭を抜けているという状況だとか。
俺たちからすれば、毎回必死こいて戦ってきただけなのだが。
ちなみに潜在的な財力もそこそこあるらしい。
……まぁレジスタンス側は完全な寄せ集めだ。
それに対して皇帝側はといえば、まず宰相が洒落にならないらしい。
評判は最悪だし財力も他の上級貴族よりも少ないが、指導力では帝国随一だとか。
目下最大の敵だが、姐さんは女王国に勧誘したいらしく、何気に彼を生け捕りにするのが女王国軍の裏任務だったりするのだ。……まだ内緒だがな。
コレを知っているのは俺とレッドとパールの三人だけだ。
つまりクロエさんにはまだ伝えていないし、伝える気もないということだ。
彼女には悪いが部外者だからな。そこはきっちりと割り切るしかない。
少し話は逸れたが、姐さんが欲しがるほどの彼を評価している補領の領主は意外に多いらしく、彼らが軒並みあちらに付けば戦力差は相当なものになってしまうらしい。
当然こちらが劣勢なのは言うまでもないな。
何より俺が気にしているのは、決起前から何かと足並みの乱れているこちらに対して、あちらは宰相を頂点とした陣形がすでに出来上がっているということだ。
この差は大きい。
テオドールさんの話が終わると、今度はロレントが立ち上がり発破をかけた。
「これから陣取り合戦だ! 帝都への道をキレイにしていこう。……まずはヴァルグランからだ!」
一応帝国の地図は頭に入れてある。
確かにここは取っておきたい領地だ。
ここを取ることができれば帝都までは小さい領しかなく、力を持っている補領を相手にすることなく一気に帝都の喉元を突き刺すことができるだろう。……悪くはない手だ。
だが、ヴァルグランは宰相派の筆頭ともいえるマストヴァル家が治める帝国有数の裕福な地だ。
領軍も強力だと聞いている。
おまけに広大な領地は山と川という自然の要塞に囲まれており、攻めにくい場所にある。
真正面から当たるのは賢明とは言い難い。
しかし、俺の考えなど知らないロレントが計画を話し出す。
色々とそれなりに言葉は飾っていたが、要は軍を領境まで出してから書状を出すという強引なやり方だった。
そして当然ながら姐さんが待ったをかけた。
「戦争は最後の手段です。それよりも私は引き続き他の領主たちの説得に動くべきだと考えます。彼らを刺激したくないので軍を動かすのは御遠慮して頂きたく思います」
言葉こそ丁寧だったが威厳という名の覇気を漂わせて、ぴしゃりとロレントの案を否定する。
「別に戦争する訳じゃない。そこは安心してくれていい。軍をチラつかせるだけだ。あくまで俺たちがやろうとしているのも説得だ」
ニヤニヤと笑うロレント。
……だからそれは説得じゃねぇよ。脅迫ってんだ。
こちらに賛同しないなら戦争になりますよってのは、矜持ある領主に対する交渉法としては最悪の部類だ。
「補領の説得は同じ補領の領主である私たちが主導でやりましょう。教会の援護があれば随分と楽になりますが、彼らと今まで色々あった上級貴族の方々や死んだとされていたロレント殿が出張っても何一ついいことはありません。……ましてや武力をちらつかせるのは、とても容認できません」
今度は領主のホルスさんが立ち上がり、棘を含んで反論した。
名指しされたロレントと上級貴族たちの顔が不機嫌に歪む。
さらに姐さんも続ける。
「それともう一つ。帝都にいる非主流派の人間にも声をかけておきたいですね。彼らは決して無視すべき人間ではないかと。特に軍関係の仕事に就いている貴族は宰相に対して不満が燻っていますから、当たってみる価値はあるかと」
非主流派なんて言葉自体はカッコいいが、要するに宰相に含むところがあるものの、レジスタンスに参加するのはちょっと……という、どっちつかずの上級貴族たちのことだ。
彼らは早く執政官など花形の役職に就きたいと願っているが、残念ながらそこには決まった枠しかない。
さらに実力至上主義の宰相の采配で、後から出てくる人間に追い越されていくこともしばしばだという。
俺に言わせれば軍職も大事な仕事なのだが、平時では閑職扱いされても文句を言えない部署だ。
そこを姐さんは狙い撃ちしたいと考えている訳だ。
これから戦争も視野に入ってくるから、今のうちに楔を打っておきたいらしい。
相変わらず悪辣というか。何というか。
クロエさんがウチに来てから姐さんがどんどん……。
いや、別にクロエさんが悪いとか、そういう訳ではないのだが。
……止めておこう。
これ以上余計な事を考えると精神衛生上よくないみたいだ。
「たとえ彼らを造反させることができなくても、足並みを乱すだけで十分意味があると考えます。……むしろ同じ上級貴族として皆様にはそちらへの工作をお願いしたいと思っていますが。……どうでしょうか?」
そう言って姐さんはこちらを睨みつける彼らに対して優雅に手を差し出す。
しかし彼らはそれに対して無言で拒否の姿勢を示すのだった。
「まどろっこしいな。パーっといこうぜ」
ロレントがそう言うと上級貴族たちがそれに乗っかる。
一方ホルスと教会は衝突の前にできるだけ相手の戦力を削ぐべきという姐さんに賛成する。
長兄派の貴族は女王国憎しという感じ、逆に教会は長兄派に一泡吹かせた姐さんのことを気に入ったのか。
結果としてロレントと長兄派閥に対して女王国と領主そして教会という構図が出来上がってしまった。
おかげで会議は平行線のまま一向に先へと進まない。
結局テオドールさんの仲裁の結果、各々勝手に動くことになった。
――まさかの丸投げだった。
流石に俺たちの国でこの結果は考えられないことだ。
ウチは良くも悪くも姐さんが引っ張っていく国だからな。
だが、これはテオドールさんが悪い訳ではない。
むしろ同情してしまう。
そもそも彼はリーダーの補佐でしかないのだ。
だからこの状況の原因は、リーダーを自称するロレントにその資質が備わっていないことにある。
これならばテオドールさんをリーダーにして、彼に権力を集中させた方がよっぽど上手くいっただろう。
なまじ彼に権力がないから、こんな感じでグダグダになってしまうのだ。
何故姐さんがテオドールさんを中心とした議会に帝国を治めさせるという案を捻り出したのか、今になってようやく分かった。
そうせざるを得なかった理由がここにあったのだ。
――ロレントは国を率いるに適さない。これが俺の下した判断だ。
まぁ、たかが野盗崩れの考えだがな。
結局ホルスさんたちは知り合いの領主を説得に、姐さんは帝都軍関係を調略することになった。
「あぁ、そっちはそっちで好きにすればいい、俺たちは宰相派補領のヴァルグランに圧力をかける。こっちはそんな地味なことはしない。せっかくの決起なんだ。派手に行かせてもらう」
そして険悪なままお開きだ。
僅か数刻でテオドールさんが疲れ切った顔をしていた。
その横でクロエさんと彼らの娘であるケイトが心配そうに見つめている。
俺もこんな部屋からさっさと退散しようと姐さんの後に続いたら、ロレントが例のクロードを呼び止めているのが目に入った。
ちょっとばかり気になったから聞き耳を立てる。
「……これは昔俺が使っていた剣だ。左手一本じゃ使えないからくれてやる。現役時代に下賜された魔法剣だ」
そう言って無造作にその一振りを彼に差し出した。
「……いいのですか!?」
「あぁ、あのとき遊んでくれた礼みたいなモンだ。それにコイツも部屋の片隅で埃を被るよりも戦場で血を浴びる方が本望だろうよ」
「……ありがたく頂きます!」
「頼りにしているぞ」
ロレントに肩を叩かれて感激しているクロード。
……なるほどね。こうやって忠誠を誓わせていくのだな。それなりに勉強になる。
姐さんとは随分と違うやり方だが、人それぞれだ。
それにしても姐さんにケンカを売った挙句、剣を折られたクロードに替わりの得物をくれてやるってことはこれを使って彼女を斬れってコトかい?
また思い切った宣戦布告だなと考えてしまう俺は、相当穿った見方をしているのだろうか。
少なくとも女王国の人間からすればいい気分ではない。
気を取り直して部屋を出ようとしたら、パールも殺気こそ隠していたものの険しい表情でその光景を見ていた。
俺はいつものように彼女の頭を乱暴に撫で回すと、彼女を引っ張りさっさとこの場を立ち去った。
……はてさて、どうなることやら。