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2周目は鬼畜プレイで  作者: わかやまみかん
7章 神の声編
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第9話  サファイア、アリスの正体を知る。


 ポルトグランデに帰ってきた。ようやくこれで日常が戻ってくる。

 私は人知れず小さく息を吐いた。

 イーギスで初めて戦争というものを目撃した。

 物凄い勢いで兵士たちが死んでいったのだ。……怖かった。

 私たちも命のやり取りこそ何度も経験しているが、あの規模で一度に数百人が簡単に死んで行く様はやはり驚愕だった。

 それも一方的な大虐殺と呼ぶべき代物。

 みんなも言葉を失っていた。

 ……だけど、その後それを上回る衝撃が待っていたのだ。


 

 気が付けばクロードが神(?)と会話をしていたのだ。

 いきなり。独り言を呟くように。

 周りのみんなはクロードがどうにかなったと思ったんじゃないかな。

 白状すると実は私も少しだけ思った。……チラッとだけ。

 結局その日は何も聞けずに終わったけれど、ポルトグランデに戻る馬車の中で話してくれた。

 決して多くは語らなかったけれど。

 クロード本人もまだよく分からないと言っていた。

 一つ確実なことは神に「アリスを殺せ」と言われたということだけ。

 それがマール神の願いだと。

 やっぱり、あれは聞き間違いじゃなかったんだ。

 トパーズとルビーは彼のことを変な顔で見ていたけれど、私だけは信じることにした。

 ……だって彼女だから。

 私が信じないと他に誰が信じるというのか。



 いつものように報告の為ケイトちゃんに会いに行くと、見るからに忙しそうな彼女の部下から会議室いるとの説明を受けた。今は大事な会議中なんだとか。そろそろ終わるはずだと。

 せっかくだからみんなでゾロゾロと指定された部屋に向かったのだが、その前ではすでに十人近くの人たちが集まっていた。

 彼らも会議が終わるのを待っているのだろうか。

 明らかに偉い人みたいな身なりや雰囲気を出している。

 だけどそんな人たちでも中に入れて貰えないということは、きっと部屋の中にいる人たちはもっともっと偉い人たちなのだろう。

 私たちはそこに近寄るのでさえ尻ごみしていたが、ふとその集団の中に知った顔があるのを発見した。

 ――公国でフォート公の近衛騎士をしていたレッドさん。

 以前会ったときのように直立不動で部屋の中にいるであろう主を待っていた。

 その姿はまさに忠犬というか何というか。そんな失礼なことを考えてしまう。

 でも本当に懐かしい。

 恐る恐る近づく私たちに気が付いたのか、彼は笑顔を見せてこちらに軽く片手を挙げた。


「お久し振りです、レッドさん。……でもどうしてここに?」


 小声でクロードが尋ねる。

 レッドさんには悪いが場違いにも程がある。

 確かに身なりは前より随分と良くなったけど……。


「……あぁ、今日は女王陛下の護衛でね」


 レッドさんも同じように小声で返事する。

 そういえば公国は水の女王国になっていたんだったけ。

 ……え? ……女王国!? って、でも皇帝の側室だから、アッチ側なのに……。あ、だけどあれは……。

 そんなことを私がグルグルと考えている間に、みんなは人目を避けて少し離れた場所に移動しようとしていた。

 私も一旦考えるのを止めて、駆け足でそれを追いかけることにした。



 

「……あれから公国はどうなったのですか?」


「驚くほど豊かになったよ。東方3国が女王国に統合されて、みんながそれぞれの得意分野で頑張っている」 


 ルビーの質問にレッドさんが生き生きと答えていた。

 あの時は何か陰がある感じだったが、今はその欠片もない。

 本当に晴れやかな笑顔だ。

 っていうか、ルビーは女王国の人がここにいることに疑問はないのだろうか?


「……全てアリシア女王陛下のおかげだよ」


 レッドさんが感慨深げに呟いた瞬間、会議室のドアが派手な音を立てて開いた。

 びっくりしてそちらを見るとバトラーさんが怒りを露わにしながら出てきたところだった。

 そのまま鼻息も荒く足早にこちらに向かってきた。

 部屋の外で待っていた貴族の風貌をした人たちも、オロオロしながらそれに続く。

 あまりの剣幕に私たちも挨拶のタイミング逃してしまい、黙って見送ることしかできなかった。

 あの状況でバトラーさんも私たちに執事ごっこをする余裕もなかっただろうし、仕方ない。


「……それでは私も行くよ」


 レッドさんは私たちに笑顔を見せながら部屋に入って行った。

 私たちも顔を見合わせ、ケイトちゃんに会うために部屋に入ることに。

 色々と疑問が山積みのままだが、取り敢えず全部後回しだ。

 落ち着いてからルビーに聞けば、ちゃんと教えてくれるだろう。



 どうやら会議は終了したらしく、今は軽い雑談をしているような感じだった。

 装飾されたいかにも高そうなテーブルを囲み、楽しそうに会話している集まりがある。

 そしてその中にいて目を引くのは一人の少女。

 ――アリス! 何でこんなところに?

 といった感じもなく、心のどこかで納得している自分がいた。

 やっぱり彼女が女王だったのだ。  

 さっき女王の護衛にと言っていた近衛騎士のレッドさんにも会ったし。

 ケイトちゃんが敬語を使い、レジスタンスでは客人待遇。

 考えてみれば、そんなの女王しかありえない。

 ……この前ルビーが見当はずれなことを言っていたけれど。



 アリスの横にはロゼッティアの領主ホルスさんがいた。 

 イーギスで一緒に戦ったパックさんやテオドールさん、もう一人優しそうなおじさんも彼女を囲んでいた。

 余裕の笑みを浮かべて美少女の雰囲気を全開にしたアリスが、偉い大人の男性四人を手玉に取っているようにも見える光景だった。

 何だか女としての格の違いを見せつけられている気がする。 

 それとは少し離れた所でケイトちゃんと綺麗な年上の女性が一緒に茶器の後片付けをしていた。

 クロードは何故かケイトちゃんの方には見向きもせず、早足で一直線にアリスへと近付いていった。

 ……途轍もなくイヤな予感がする。

 そして彼は有無も言わさず剣を抜き、彼女に対して切っ先を突きつけたのだ。


「おまえは何をしているのか分かっているのか!」


 パックさんを始めとした面々から口々に非難されるクロード。

 ちらりとケイトちゃんを窺ったら、彼女も愕然としていた。

 

「……やめろクロード!」


 トパーズも慌てて間に入った。

 それでもクロードはそれらの声を無視してアリスを睨みつける。


「……どうかされました?」


 しかし剣を突きつけられた当人であるアリスは全く取り乱さない。

 むしろ楽しそうでもあった。

 クロードに殺意を見せつけられ、周りでは怒号が飛び交うような状況でも、彼女は先程と変わらず余裕を見せ続ける。

 やっぱりあの時私に見せた殺気は伊達ではない。


「しらばっくれるな! お前はこのセカイをどうするつもりだ! マール神が僕に言ったんだ……お前はセカイの敵だと! お前の好きにさせてはならないと! お前を殺せと! ……僕には神の声が聞こえたんだ!」


 …………。

 一瞬にして部屋の中が静まり返った。

 ここでそれはダメ! 絶対にダメ! 

 トパーズとルビーがさり気なく一歩下がるのを視界の端で捕らえた。

 正直私も他人のフリをしたかった。

 だけど気力を振り絞ってその場に立ち続けた。

 ……だって婚約者だから。



 途轍もなく長い沈黙の後、アリスが弾けるように大声で笑い出した。

 看板娘のときの可愛らしい感じでもない。トパーズを勧誘していたときの優雅さとも違う。

 感情をむき出しにした爆笑だった。

 みんなもクロードの発言よりも、そんなアリスの変わり様に引いている気がした。


「……っ、何がおかしい!」


 その微妙な空気など一切気にせずクロードが全力で叫んだ。

 彼女は苦しそうに何度も肩で呼吸し、何とか息を整える。

 そして無理やり真顔を作ろうとするも失敗したような、少し愛嬌のある表情を浮かべて大きく深呼吸する。

 ……そのあざとい感じが鼻に付く。


「……オランド神官長はマール神の声が聞こえたことは御座いますか?」


 彼女は静かな声で、隣に座っていた優しそうなおじさんに話しかけた。

 神官長っていうぐらいだから、やっぱり偉い人なんだろう。――だってこの部屋にいたぐらいだし。

 いきなり話が飛んできたおじさんは目を白黒させながらもぎこちない笑みを浮かべる。


「残念ながらありませんな。……まだまだ未熟者ゆえ」


 そう答えると首をゆっくり横に振った。

 私も含めた部屋のみんなが黙ってその会話に耳を澄ませていた。

 そんな私たちをアリスは半笑いの表情でゆっくりと見渡した。


「……では、神の声が聞こえるという者をご覧になったことは?」


「直接お目に掛かるのは今回が初めてですな。人伝えに聞くことは、まぁ年に数回は。……木の芽時などによく」


 そう言うとおじさんも声を上げて笑いだした。

 意味はよく判らなかったが、クロードのことを馬鹿にしていることだけは十分伝わった。


「そういう者に限って、マール様に仕えてまだ数年という有様ですな。私など数十年マール様と共に生きておりますが……」


「ちなみに彼はマール様に仕えてほんの数か月ですわ」


「それはまた最短記録ですなぁ!」


 顔を見合わせると、二人で声を揃えて笑い出した。


「ふざけるなぁ!」


 クロードはさっきよりも大声で叫び、アリスに剣を突き付けたまま近付く。

 切っ先がアリスの白い首筋に触れそうになった。

 再び部屋に怒声が巻き起こる。

 その瞬間彼女は一転真顔になって、良く通る固い声で一言――。


「レッド!」


「はっ!」


 いつの間にか近付いていたレッドさんがおもむろに剣を抜くと一閃。

 赤い光が目の前を通り過ぎたかと思えば、すでにクロードの剣が真っ二つに折られていた。

 切っ先がクルクルと回転しながら床に落ちて、カランという高い音が部屋中に響く。

 無言でレッドさんが剣をしまい、何事もなかったかのように一礼すると再び部屋の隅に戻って待機した。

 みんながその光景を無言で見ていた。

 その姿はまるで物語から抜け出した、お姫様を守ろうとする騎士のようだった。




「……これはまたお見事ですな」


 神官長のオランドさんが感嘆の声を上げた。

 私も正直驚いた。

 レッドさんがこんなにも凄い人だったなんて知らなかった。

 もし私たちがあのとき、フォート公に対してキレて何かを仕掛けようとしたら、次の瞬間には首と胴が離れていたかもしれない。

 我慢しておいてよかった。


「私の護衛ですから当然ですわ。剣は我が国の名工の逸品ですし、魔装もそちらのクロエに任せました」


「……いやはや、それはうらやましいですな」


 そんな感じで二人は談笑を続けている。

 剣を折られたクロードは呆然とその場に突っ立っていた。

 私たちもどうすればいいのか分からずに周りに視線を向けるのだが、誰もこちらに視線を合わせてくれない。

 そんな状況を自覚できて、ようやく寒気が襲ってきた。

 ――女王や執政官のいる場で剣を抜き、一国の女王にそれを突き付けたら一体どんな罪になるのだろうか。

 絶対にただでは済まない。

 ケイトちゃんもテオドールさんも、みんなが無言でアリスの反応を窺っていた。

 全ては女王の心次第ということだろう。

 アリスは突き刺さるようなみんなの視線に、心底うんざりしたような顔で私たちを見渡すと、大きく溜め息を一つ。


「……今回は余興の一つということで、こちらが矛を収めましょう。――もういいから下がりなさいな」


 どうやら見逃してくれるみたいだ。

 こればかりはアリスに感謝しないと。


「いつか化けの皮を剥がしてやるからな!」


 だけど何故かクロードは捨て台詞を吐いて部屋を飛び出すのだった。

 アリスはこちらへの関心を失ったのか、本格的にホルスさんたちと話して込んでいる様子だった。

 私たちはアリスや他の人たちに一礼すると、ケイトに連れられて部屋を後にした。




「今回は見逃して貰えただけでも有難いと思いなさい。女王陛下に剣を向けておいて、余興で済ませてもらえたのは本当に大きい。……普通なら極刑も免れないところだったのよ!」


 逃げるように廊下に出てさっきレッドさんと話していた場所まで離れると、ケイトちゃんが初めて見せる真剣な面持ちで吐き捨てる。その怒りは本物だった。

 私たちは指揮系統でいえば、彼女の下に組み込まれている人間だ。部下だといってもいい。

 そんな私たちの無礼の責任は彼女に降りかかる。

 ケイトちゃんだって大物なのだ。――あの会議に参加できる程の。

 本来なら私たちが気安く話しかけられる立場の人間ではないはずだ。 

 それを認識して改めて恐縮する私たちの中で、たった一人クロードだけが不貞腐れていた。


「……アリスちゃんはやっぱり女王だったんだね?」


 ルビーがケイトちゃんに尋ねる。

 やっぱり? ……そう思っていたなら先に言ってくれればいいのに。

 私たちに見当違いな推理を聞かせておいて自分だけ何よ。

 何が()()()()()()()なんだか。大外れじゃない!


「そうね。……アリシア陛下も隠さなくてもいいと判断された御様子だったわね」


 ケイトが観念したように頷いた。


「イーギスで帝国軍相手に戦っていた軍というのはやっぱり女王軍なの?」


「そうよ。陛下に貸していただいたわ」


 そこまではさすがに知らなかった。……でもルビーはそれを知っていたんだ。


「あの中に凄腕の魔法使いがたくさんいたのだけど、やっぱり……」


「えぇ、聖王国の宮廷魔術師みたいね」


 ルビーは何やら納得したように何度も何度も頷いていた。



「……ねぇ、ホルスさんとアリス……アリシア女王って仲が良かったりするのかな?」


 私はさっきからずっと思っていた疑問を口に出した。

 えっ? とみんながこちらを見る。

 クロードも顔を上げた。

 ケイトちゃんもビックリしたような顔をして少しだけ考え込む。


「……仲が良いかどうかまでは流石に。でもホルス様を我々の仲間に引き入れてくれたのはアリシア女王陛下よ」


 やっぱり。二人は顔なじみだったんだ。

 何となくそんな感じだった。

 それなのにも関わらず、あの酒場では全然知らない振りをして娘さんの病気の話をしたんだ。

 ……じゃあ、もしかして私たちが山まで行って必死で戦っている間に薬を調達したのは――。

 みんなも私が何を聞きたかったのか判ったようだ。

 そして私と同じ考えにたどり着いたのか全員黙り込んでいた。


「……クロード?」


 無言で立ち去ろうとする彼に声をかけると何故か睨みつけられた。

 ……私、何か余計なコトしちゃったのかな?


「……何だよ?」


「あの、どこに行くの?」


 もし出かけるのなら私も一緒に……。


「……神殿」


 クロードはそう言い残し立ち去って行った。

 私は黙ってそれを見送ることしかできなかった。


 

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