第6話 クロード、神の声を聞く。
今回の作戦はうちのパーティだけじゃなくて、他のチームとの合同になる。
以前からケイトに仄めかされていた例の大型任務ってヤツだ。
ついにやってきた感がある。
僕たちもレジスタンスの任務とは別に空いた時間には冒険者ギルドでの仕事に精を出したりと、それなりに腕を磨いてきた。
そしてようやく、自分たちは使える人材だと他の連中に見せつけられる絶好の機会がやってきたのだ。
移動中に滞在した宿屋で各班合同の作戦会議をやったりして、気分も否応なく盛り上がっていく。
今回の作戦は古都イーギスから宰相の手の者たちを一斉に排除することだ。
ちなみに古都とあるが、別に古臭いとか廃墟の都といったものではない。
今の帝都が新都とも呼ばれるのに対して、初代皇帝が生まれ育った国の都を古都と呼んでいるらしい。
つまり古都イーギスは歴代皇帝の故郷ともいえる大事な都として扱われているとの話だ。
だから執政官も皇帝一族ゆかりの者がなるという。
現在は長兄殿下がその任についているとのこと。
当初の予定では夜明け頃、こちらの全軍到着を待って襲撃開始。
それまで小回りの利く遊撃部隊は周辺の監視を怠るな――とのことだったが。
一番乗りの僕たちが都の門にある詰所に到着したときにはすでに戦闘が始まっていた。
……どういうこと?
僕たちは顔を見合わせていたが、始まっているものは仕方ない。
しかも排除対象の帝国軍に対してたった一人だけで立ち向かうという無謀。
だが戦闘が終わっていない以上、まだやられていないということだ。
早速僕たちも参戦することにした。
「さぁ、こっちだ!」
僕が密集に向けて叫び注意を引き付けると同時に、先に詠唱していたルビーの魔法が炸裂する。
慌ててこちらに注意する敵兵にサファイアの断続的な矢が降り注ぐ。
見渡しても彼女の姿が見つからない。どうやら近くの木に登っているようだ。
相変わらず彼女の位置取りのセンスには凄いものがある。
そしてその間隙を縫って僕とトパーズが一気に距離を詰めた。
この辺りはいつも一緒に戦っている人間の阿吽の呼吸というヤツだ。
目で合図して僕は右から、彼は左から一気に突っ込む。
僕の渾身の一撃が入った――が、相手は苦悶の表情を浮かべながらも反撃してくる。
……強い。今までの相手とは全然違う。
考えてみれば初めて戦う帝国正規兵だ。
兵士の能力も装備も今まで相手にしてきた賊とは桁違いなのは当然。
反撃をきっちり盾で受け止め、装備の薄い部分を狙って確実に攻撃するとようやく倒れた。
さて……これは大変だ。
トパーズも簡単に行かないのかいつもより時間が掛っているようだ。
それに引き替え――。
密集がバラけてきて、ようやく一人で戦っていた男の姿が見えた。
相変わらずの一対多数でも関係なく、むしろ笑みすら浮かべている。
「オラ! この程度か? ちゃんと本気で来いよ!」
しかも何故か挑発して更に敵を呼び寄せる始末。
それにしてもあの男、滅茶苦茶強い。
しかも左手一本しか使っていない。
恵まれた体格の割に使っているのは細身の片手剣だ。
それを軽やかに振り回して相手の首を刎ね飛ばす。
後ろにも目があるのか、トパーズばりの蹴りで相手を地面に転がしていた。
こちらに気を配る余裕もあるようで、僕たちが苦戦しているとさり気ない援護が入った。
彼に助けられながらも、援軍が現れる前に何とか制圧完了することができた。
「パックさん! 何をやっているんですか!?」
「いやぁ、何とかなると思っていたが、次から次へとワラワラと湧いてきてな……」
戦闘終了後、トパーズが彼の胸元に掴み掛からん勢いで詰め寄っていた。
いつも声を荒げることのない彼が珍しく怒っていた。
苦笑いしながら頭を掻くパックと呼ばれた男。
「そもそも何故こんなところに?」
「神出鬼没が俺の信条だからな」
そんなことを言いながら二カッと少年のように笑う。
どうやらトパーズの知り合いらしい。また例の夜警仲間というヤツだろうか。
……? 義手か?
だけどそれを差し引いても凄かった。
彼は改めて僕たちに笑顔で用心棒のパックだと名乗った。
こちらも順番に自己紹介する。
「……で肝心の用心棒の仕事はどうしたんですか?」
「放ってきた。あっちは俺以外にも腕の立つ人間ぐらいいるから大丈夫だろ?」
トパーズに睨みつけられながらも、全く気を悪くしたような素振りをみせないパック。
親しいのか世間話のような感覚で話している。
「もしかして勝手に来たんですか?」
「とある女から、イーギスを頼むって言われちまってな。……まぁ、惚れた弱みってやつだ」
今度は照れたように笑うパック。
本当に表情豊かだ。
これにはトパーズも苦笑いだった。
「まぁ、なんだ。……この戦いは俺たちの試金石だ。絶対に下手を打つ訳にはいかねぇよ。何せ帝国中が注目しているからな」
――この人は偉い人だ。絶対にそうだ。
今のは明らかにレジスタンスを背負っている立場の言い方だった。
鈍いトパーズはただの夜警仲間ぐらいにしか思っていないだろうけど、間違いなくレジスタンスの中枢の人間だ。
絶対に敵に回したらいけない人間の一人だろう。
気をつけないと。
「おい! お前たち! 何勝手に動いているんだ!」
振り返ると一人の兵士が全速力で僕たちに走り寄ってくるのが見えた。
……よく見たら以前バトラーさん関係で絡んできた男だった。
またコイツか!
バトラーさんの私兵団も合同だから、いるんじゃないかなとは思っていたが、やっぱりいた。
そして例によって空気も読まずに怒鳴り散らす。
「ちゃんと作戦通りに動けよ!」
いきなりパックさんの胸倉を掴む男。
ホント、コイツはブレないなぁ。思わず苦笑が漏れる。
「まぁまぁ」
そして割って入るのもやはり以前と同じ男だった。
例の夜警仲間とやらだ。
みんなも不穏な空気に誘われるように集まってきた。
「よし! じゃあ、そろそろ始めるぞ!」
そんな重々しい空気を完全に無視してパックさんが声を張り上げ、勝手に号令をかける。
いきなりの闖入者の命令に何人かが非難の声を上げたが、彼は聞く耳を持たずに続ける。
「いいか! 少数部隊の冒険者組は外郭を掃除する! 俺もコイツらと動く!」
そういって僕の肩をバンバン叩く。
一発一発が結構重たい。
「街の中はゴールド卿の者たちとレジスタンスの混成軍で掃除しろ。……いいな!」
「勝手に決めるな!」
その声を上げたのはやっぱりアイツだった。
パックさんはそんな彼を心底面倒臭いと言いたげに睨みつける。
「ここはアンタらの庭なんだろ? 街の中は馴れた人間の方が動きやすいに決まってるだろうが。……それに自分たちのケツぐらい自分たちで拭けよ」
そう低くドスの効いた声で答える。
それでもまだ何か言おうするバカを押し留める例の男。
そんな彼にバカは縋るような声を上げた。
「ヴァイス将軍! こんな勝手を許してよろしいのですか?」
「わかったから、もういいから……」
間に入っていた男は将軍だったらしい。
やっぱりというか何というか。
ルビーが以前言っていたが、本当に色んなところに偉い人が混じっている。
将軍と呼ばれた彼は身元をバラされたことに苦笑をしているが、パックさんに異を唱える訳ではないらしい。
まだ言い募るバカを引き下がらせる。
「ではそのようにしましょう。……健闘を祈りますよ、パックさん」
ヴァイスさんは唇を少しだけ歪ませて思わせぶりにそう言うと、仲間の方に振り向き声を張り上げる。
「まぁ多少計画は狂ったが、要は我らの都からゴミを排除するというだけの簡単な話だ。……俺に続け!」
その号令と共に彼らは街に雪崩込んでいった。
「じゃあ、俺たちも行くか! ……そっちは右回りで頼むぞ!」
パックさんは残された別の遊撃部隊に指示を出してから、自身も走り出した。
僕たちも慌ててそれに付いていくのだった。
階段を全速力で駆け上がり、外郭に到達する。
高いところは苦手だけど、さすがにそんなことは言ってられない。
サファイアとルビーが突っ込んでくる敵に遠距離から仕掛け、後は接近戦で僕たちが仕上げるといういつものスタイル。
「こっちはまかせな!」
今回はそれにパックさんも加わった。
早くも彼女たちの呼吸を掴んだのか、僕たちと同じタイミングで飛び出す。
義手の彼は盾を持つことができない。かと言って、細身の剣で相手の攻撃を受けると破損しかねない。
だから最小限の動きで襲いかかる敵の斬撃を回避して、カウンターでケリをつける。
惚れ惚れするような戦い方、これこそ僕の考える理想的な動きだった。
そんな彼の動きを見取りながら、僕も敵兵に立ち向かう。
そんな視線に気付いていたのか、パックさんは笑顔を見せつつ次から次へと新しい動きを見せてくれた。
僕はそれをマネしながら実地訓練をするかのように帝国兵へと斬り込むのだった。
「いい腕だな。……だがもう少しこうだ」
彼が目の前の敵兵の首を刎ね飛ばしながら手本を見せてくれる。
学校で習ったような基礎的な動きではなく、より変則的で実践的な、修羅場を潜ってきた人間の動きだった。
こんなに楽しい訓練は生れて初めてだった。
外壁の回廊を快進撃を見せながらひた走る僕たちの耳に、突如地鳴りのような音が届いた。
何やら都の外が騒がしい。
「……来たか」
パックさんが足を止め、一服するように欄干に凭れた。
僕たちも同じように足を止めて外に目をやる。
だんだん明るくなってきた空の下、地平線の向こうから黒い集団が押し寄せて来るのが見えた。
もしかして……帝国軍の本隊か?
こちらの想定よりも数刻早い!
本隊が到着する前に街を掃除して門を完全に閉ざし、それを拒絶の意思表示として彼らを引き返させるというのが今回の作戦内容だった。
彼らも帝国軍人である以上閉ざされた門を破壊する訳にはいかない。
でもそれができないなら、僕たちは都に雪崩れ込んでくるであろう彼らと戦わなければならない。
……あの大軍と? 僕たちが? どうやって?
どう考えても多勢に無勢だ。
僕たちの困惑など関係なくこちらに近付いてくる帝国軍。
徐々に彼らが黒い塊から無数の人影に変わってくる。
どうすることもできずに、ただ見ているしかない僕たちの目の前でそれは起きた。
先導する騎馬隊の中心で轟音と共に巨大な火柱が上がったのだ。
それを合図に次々と爆音が響き、兵士たちの悲鳴が上がる。
高い位置で見ていた僕たちの視線の先で、明らかに進軍が乱れるのが見て取れた。
……一体何が起きた?
驚きのあまり皆が黙り込む中、ルビーだけが「凄い!」と声を上げた。
彼女の食い入るような反応を見る限り、あれは何かの爆発物ではなく魔法のようだ。……それもかなり上級の。
「……ホラ、あっちを見ろ」
パックさんがカッコ良く親指で差した方角の森から騎兵部隊が飛び出してくるのが見えた。
あんな近くにも隠れていたのか?
もうダメだろ!
そう思っていると、後から現れた方の軍勢は都に見向きもせず、混乱している帝国軍の側面に突っ込んで行った。
――そしてそのまま一気に突っ切る。
大きな悲鳴が起き混乱が加速する中、今度はそこに歩兵部隊が流れ込んでいった。
そしてそのまま大規模戦闘が始まる。
あの場に何人の兵士がいるのか想像もできない――それこそ千人以上の集団同士のぶつかり合いが眼下で行われていた。
いつの間にか街の中は静まり返っていた。
騒がしいのは都の外だけ。
初めて見る戦争、というより蹂躙とも言える光景をみんなが黙って見ていた。
圧倒的不利を悟ったのか帝国本隊が撤退を開始した。
あっと言う間だと思っていたが以外に時間は経っていたのだろう、いつの間にか空が明るくなっていた。
随分と長い間見入ってしまったようだ。
奇襲を成功させた援軍は彼らを追撃することもなく、その場でに留まった。
あくまでここの防衛に徹するつもりのらしい。
やがて彼らの姿が完全に見えなくなると、何度も何度も勝利の雄たけびを上げていた。
「……何ですかアレ?」
僕はやっとのことでその一言を絞り出した。
「そうだなぁ、ヒロインが用意した衣装付きのエキストラ数千人ってとこかねぇ。……しかしまた、きっちり間に合わせてきやがったな」
楽しそうに笑うパックさん。
もしかしなくても彼ら伏兵の存在を知っていたみたいだ。
あの大軍の情報は作戦会議でも出てこなかったのに……。
「……ケイトちゃんが言っていた、丁度お誂え向きの軍隊というやつですか?」
ルビーがパックさんに尋ねる。
彼女も何か聞かされていたのか?
「何だ? アイツそんなコト言ってたのか? まぁ、そんなトコロだな。……さぁ休憩は終わりだ! ウカウカしていると全部アッチに手柄を持って行かれちまうぞ」
外周は綺麗になった。後は街に残っている残兵を片付けるのみだ。
おそらくアチラの戦意は完全に喪失しているだろう。
僕たちはもう一度気合いを入れなおした。
あの戦争を受けてなお、抵抗できる兵士は僅かだった。
そして日が昇ったころ無事作戦が終了した。
これで古都イーギスから完全に宰相の手の者が排除された形だ。
「ふー。久し振りに遊んだなぁ。満足満足」
満面の笑みでパックさんが首をコキコキと鳴らした。
それが凄くサマになっている。
この人カッコ良すぎるだろう。
みんなが疲労困憊の中、それこそバトラーさんの私兵団がへたり込んでいるようなこの状況で、パックさん一人ピンピンしている。
「そろそろ、ポルトグランデに戻るとすっか。……さすがにあんまり空けていると叱られちまうからな」
笑いながらトパーズの肩を叩く。
今からポルトグランデまで帰るのか? 全く尋常な体力じゃない。
「じゃあな。クロード。……また遊ぼうぜ」
今度は僕の頭をくしゃりと乱暴に撫でまわす。
それがちょっと嬉しかった。
明らかに格上とわかる男に可愛がって貰っているという、子供だった頃を思い出させるような何とも言えない感覚。
「……ありがとうございました」
僕は丁寧に頭を下げた。
本当に短い時間だったけど、パックさんは僕にとって師匠のような兄貴分のような、そんな尊敬の対象になっていた。
僕の気持ちが伝わったのか、彼は照れたような笑顔を見せて軽く手を振り返してくれた。
そして去り際にルビーとサファイアの頭も軽く撫でる。
「ケイトのことをよろしくな」
そう言い残して、彼は颯爽とその場を後にするのだった。
彼女たちの頬が紅くなったのはきっと気のせいではないだろう。
本当にカッコよかった。あんな男になりたいと心からそう思えた。
『クロード、勇者クロードよ。……聞こえるか?』
パックさんを感慨深げに見送っていると、それに水を差すかのようにどこからか僕を呼ぶ声が聞こえた。
え? 誰? ……ていうか勇者?
懐かしい響きだ。
慌てて周りを見渡すが、誰も僕を呼んでいるような感じではない。
『我はお前の頭の中に直接話しかけている。……聞こえるなら返事しろ』
……聞こえているよ。
心の中で返事する。
『クロード! 聞こえるなら、ちゃんと返事しろ!』
声はしつこく返事をしろと繰り返す。
……もしかして声出さないといけないのか?
僕は仕方なく返事した。
「聞こえているよ」
いきなり大きな独り言を始めた僕をパーティのみんなが変な顔で見てくる。
……恥ずかしい。
関係ないとみんなに手を振る。
『いいか、あまり長くは話せないからしっかりと聞き留めよ』
「……っていうか、おまえは誰だよ?」
『我はマリスミラルダ。お前たち人間のいうところのマール神だ』
「……マール神!?」
いきなり神を名乗られても、正直なところどうすればいいのかわからない。
困惑する僕を余所に自称マール神は話を続けた。
「とにかく時間がないから黙って話を聞け!」
返事しろだとか、黙れとかどっちなんだよ。
マール神かどうかは俄かに信じられないが、とりあえず黙って聞いてやることにする。
『メイスに気をつけろ! 彼奴に好きにしてはならぬ!』
いきなりわからない! ……っていうか。
「……メイスって誰?」
黙れと言われたが、せめて正確な情報が欲しい。
思わず口を挟んでしまった。
『アリスのことだ、お前たちも何度か会っているあの小娘だ』
……アリスちゃん!?
『決して彼奴を野放しにしてはならぬ。この世界を彼奴の思い通りにさせてはならぬ。……可能であれば速やかに彼奴を殺せ!』
「アリスちゃんを殺す?」
『よいか、このまま善行を重ねて、レベルが上がれば我の声も届きやすくなろう。だから今はレジスタンスを敵に回さず、これまで通り任務をこなせ。……よいな? それではまた連絡する』
そう一方的に話し終わるとブツリと不快な音がしてそのまま静かになった。
何だよ神って?
……本当に神?
……マール……様?
ふと周りを見渡すとパーティのみんなだけではなく、周りの兵士たちも僕を変なモノをみるような目でこちらを見ていた。
その視線に耐えきれず、僕は逃げるようにその場を後にするのだった。




