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2周目は鬼畜プレイで  作者: わかやまみかん
7章 神の声編
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第3話  宰相ニール、夢の中で前皇帝に詫びる。


 ……あぁ、これは夢だ。

 心が弱ったときに限ってこの夢を見る。

 そしてさらに落ち込むのだ。

 目の前にいるのは二人。

 一人は前皇帝陛下。そしてもう一人――まだ視野の狭い若造のくせに全てを背負った気になっていた当時の私だ。

 その二人が人払いされた陛下の私室で向かい合っている。

 当然のことながら、二人には私の姿など見えてはいない。

 嫌気がさして目を閉じようが背けようが、目の前の光景は決して消えることが無かった。

 観念して溜め息を一つ。

 私はこちらを一顧だにしない陛下に一礼すると、空いた席に腰を掛けた。

 ……これも毎回のことだった。



 

「どうしても、あと一人必要なのか? 息子はすでに二人いるのだぞ」


 前皇帝陛下がやりきれないように呟いた。

 やはりあの時の話だ。


「はい。お二人とも為政者としては及第点ですが、正当な跡継ぎとしての資格がございません」


 相変わらず温度のない声で、失礼なことを言ってのける若いニール。

 今の私から見ても生意気だと言わざるを得ない。

 この頃の私も潰されないように必死だったのだ。


「……資格、と? 皇帝になる為に血筋と能力以外に何か必要なものがあるとでも言うのか?」


 陛下の顔が不機嫌に歪んだ。

 当然だろう。大事な息子たちを、彼らよりもさらに年下の臣下でしかない若造に否定されようものなら。

 ニールはそんな陛下から目を逸らすことなく、おもむろに指差した。

 不遜にも皇帝陛下本人を。――正確には陛下の首筋を。

 陛下は驚いたように目を見開くと、自身の首にある痣に触れた。


「はい。それでございます。我が一族でもごく少数の者にのみ、それも口伝と古い文献でしか伝えられておりませんが、正当な後継ぎになられる方にはその紋章のような痣が必要なのです。――それこそが唯一無二の後継者たる証でございます」


 この話が不特定多数に漏れてしまうと不届き者がそれを利用して権力を握ろうとするかもしれない。

 もしくは正当な後継者を亡き者にしてしまうかもしれない。

 それを防ぐ為、我が一族はその秘密を必要な人間にしか伝えなかったのだ。

 当然当事者でもある皇帝にも……。

 だがこのときは、どうしてもそれを伝えなければならなかったのだ。 

 陛下は悲しそうに俯いた。

 一方のニールは……といえば相変わらずの無表情だ。

 しかし決して陛下から目を逸らそうとはしない。

 しばらく息詰まる沈黙が続いた。




「……皇帝とは一体何だ。痣の有無なのか? 為政者としての能力に意味はないのか? 兄君ではなく儂が皇帝に選ばれたのは、たったそれだけの理由だったのか?」


 陛下のその悲痛な表情には、『頼むから否定してくれ』という切なる願いがありありと浮かんでいた。

 長らく玉座に座り続け、人生の全てをこの国の安寧のために捧げてきた陛下。

 自身で知らないことがあれば、年若いニールにさえ頭を下げて教えを乞うた。

 美味しいものが手に入ると、陛下自ら人懐っこい笑みを湛えて私の執務室まで持ってきてくれた。

 女性に見間違われて困ると嘆いたら、翌日にはイタズラっぽい表情で正妃の着古したドレスを下賜された。

 この年になった今でも陛下との思い出は色鮮やかなままだ。


「……はい。その通りです」


 そんな私の心の拠り所を、目の前のニールは躊躇うことなく破壊した。


「……痣さえあればそれでいいのか? 皇帝とはその程度のモノなのか?」


 陛下が力なく呟いた。




「どうしても、その痣を持った皇子殿下が必要なのです。陛下」


 若いニールの声が静まり返った部屋に響いた。


「儂もいい加減歳なのだが。……妻も年齢的に難しかろう」


 誰の目から見ても明らかな政略結婚だったが、それでもお二人は仲睦まじく過ごされていた。

 二男二女にも恵まれた。


「――でしたら、若い側室をお迎えくださいませ」


 間髪入れず非情の宣言をするニール。

 当時の私もそれを伝えるのは心苦しかった。

 今なお、こうして胸が締め付けられる思いをしているのだ。

 だが、心を鬼にして言わなければならないこともある。

 むしろこれを伝えなければならない当時の私に同情してやりたい。 

 これを告げるのは目の前の若いニールではなく、前の世代のアンダーソン一族の仕事だったはず。

 敬愛する陛下の心を抉り続けているにも関わらず、無表情を貫いているニール。

 きちんと感情を殺せているお前は立派だと褒めてやりたいとさえ思う。


「その娘が子を為せる身体かどうかは――」 


 陛下はニールの発した言葉に相当衝撃を受けた御様子だったが、気を取り直し何かと理由をつけて足掻こうとする。

 ……その悲壮感漂う御姿を見るのが心苦しい。


「御心配には及びません。私の屋敷に手頃な侍女がおります。彼女はすでに二人の子をなしておりますので、どうぞご安心ください」 


「……次に生まれてくる子に痣があるとは限らない」


 しかしニールはその程度で引くような甘い男ではない。

 私が一番よく知っている。


「ならば何人でも産ませてくださいませ。別の手頃な侍女をご用意致しましょう」


 ニールのその余りに酷い返答を耳にして、陛下は自嘲気味に笑った。


「……まるで儂を馬か牛ように扱うのだな、お前は」


 あの寂しそうな顔は一生忘れないだろう。

 二十年以上経ってもはっきりと思い浮かべられるし、そもそもこの光景を何度も何度も夢に見ているのだ。――今日のように。

 当時の若い私にも人並みに感情ぐらいあったのだ。

 だがそれ以上にアンダーソン一族としてこの国を守る義務があった。

 絶対に譲れない。

 当時の私はこの国、そしてセカイを支えられるのは自分だけだと信じていた。

 ――たとえ全てを敵に回そうとも。


「どうか、よろしくお願い致します」


 頭を下げ続ける目の前のニールを苦悶の表情で睨みつけ、やがて陛下は大きく溜め息を吐いた。


「……他ならぬお前がそこまで言うのなら」


 目の前のニールは深々と頭を下げ続け、決して陛下からは表情が見えないようにしていた。



 その日以降も私は皇帝陛下の最側近であり続けたが、昔のように親しげに声を掛けて頂くことは一度もなかった。

 陛下自身他に誰も側に置こうとせず、娘より年若い侍女を孕ませたことを正妃やその一族にどれだけ非難されようとも、言い訳せずに一人でそれに耐え続けておられた。

 せめてあの時、もう少しだけでも陛下に寄り添った物言いは出来なかったのかと今でも悔やまれる。

 ただあの頃の私は目の前の課題に取り組むことで精一杯だったのだ。

 私自身、飛び交う怒号や陰日向で浴びせられる罵声に精神を擦り減らせていた。

 ――これは言い訳だ。

 あの瞬間に戻れることがあったとしても、やはり私は同じような言い方しかできないのだろう。

 そして同じように陛下を傷つけ、同じように陛下も私も罵声を浴びせられるのだろう。

 私に許されているのは夢の中でしか逢えない陛下に詫び続けることだけだった。



 翌年新しく迎えた側室が産んだ皇子殿下の脇腹に、前皇帝と同じ痣があったのは数人のみが知っている話だ。

 その後、水面下で醜く争っていた二人の皇子殿下を差し置いて、現在の皇帝陛下がその座を射止めた。

 帝位を目の前で掻っ攫われた長兄殿下は本領の執政官として古都イーギスに、次兄殿下は枢機卿として教会の中枢にいる。

 そして案の定ではあるが、レジスタンスに加担されているようだ。

 だから火種になる前に死を賜うよう、何度も申し上げ続けたのだが。

 それができないのは陛下の弱さと見るか優しさと見るか……。 



 気がつくと甥のフリッツに揺さぶられていた。


「叔父上! だから何度もお休みくださいと申し上げたはずです!」


 血相を変えたフリッツが私に噛みつくように言ってくる。


「あぁ、一段落したらな……」


「いつもそればかりではないですか!」


 寝起きの頭に彼の声が容赦なく響く。

 仕方なく身体を起こすと、目の前にそっと水が差し出された。

 それを一口飲むと、幾分頭がはっきりとしてくる。

 一息ついて視線を上げると、甥っ子が心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。



 女王国の情報は逐一入ってきている。

 ――すでに教会の妨害を受けないような情報伝達網は確保してある。

 山岳国の平定と戦後処理の状況。兵器の完成度。

 帝国騎兵隊と山岳国拳闘士を含む歩兵部隊そして東方魔術師、それらの混成軍の運用。

 全てが想像していた以上のものだった。

 数十年もの間訓練のみで戦争を経験していない我が国の軍隊と、この一年で何度も戦争をしている女王国軍。

 どちらが優れているかは一目瞭然だろう。

 未開国は脅威に非ずと見下している人間は、本質を直視しようとしない愚か者だ。

 すでに兵士たちの装備品は同等。

 兵種に至ってはあちらの方が豊富ときた。

 彼らがレジスタンスに肩入れしているというのは十分脅威だと言える。 



 女王国だけでも十分厄介なのにレジスタンスにはアイツがいる。

 彼女を敵に回すと考えるだけでも暗澹たる思いだ。


『本当にそれでよろしいのですかお兄様?』


 少年の頃、盤上で知を争っていたときの彼女の口癖だ。

 幼い声で私を精神的に追い詰めていくそのやり方が、彼女の愛らしい風貌に全くそぐわなかった。

 ただ実力は確かなもので、戦術面に関しては彼女の後塵を拝し続けた。

 彼女と対戦することで唯一得たものと言えば、悪辣な人間への耐性が付き、大抵の妨害工作なら片手間で回避できるようになったことぐらいだろうか。

 それだけは感謝せねばなるまい。


 

 フリッツの報告では女王国に呼応するように、レジスタンスの動きにも変化が見られたとのこと。

 珍しいことにテオドールがポルトグランデを離れたそうだ。

 どうやらロゼッティアに向かったらしい。

 私がホルスに文を送ったときには、すでにテオドールと縁ができていたとか。

 女王とアイツのどちらが手を回していたのかは判らないままだが、やはり情報の遅れが響いたらしい。

 現地で女王とテオドール夫妻が合流するという。

 女王国も今は人手が足りていない折、その状況で両者共に本拠地を空けてまで仕掛けてきた以上、ロゼッティアはあちらに絡め取られたと考えて間違いないだろう。



 こちらとしても、これ以上後手に回るわけにはいかない。

 常套手段ではあるが、テオドール夫妻が不在のレジスタンスを揺さぶるのみ。

 

「古都イーギスに派兵しておけ。あくまで名目はレジスタンスを名乗る不届き者から長兄殿下の身を守る為だ。少なくとも殿下は今の段階では、まだ中立を保っておきたいと考えるはず。――絶対に断れまい」


 だが、おそらく排除する為に動いてくるはず。

 長兄殿下は肝の太い方ではないから、喉元に敵対勢力が堂々と展開しているのを笑って見過ごせる訳がない。きっと意を汲んだゴールド卿あたりが何らかの動きを見せるだろう。

 この機会に誰がどのように動くのかを見極める。

 彼らの結束力、軍事力、人間関係その他諸々。

 情報を集めておくに越したことは無い。


「適当に戦ったら戻らせるように。無理をしてイーギスを守らなくても良い。――丁度いい実戦訓練だと考えろ。一度当たっておきたいだけだ」


「はい。そのように」


 フリッツが部屋を飛び出すのを見届けて、私は再び机に突っ伏した。


 


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