監視者マール、メイスの野望を知る。
ついにメイスが東方3国を制した。
これで彼奴の予定通り、一大勢力を築くことになった訳である。
本来ならば勇者の通過点であり育成の場でしかない東方諸国を束ね、帝国に対して圧力を掛けるというのは敵ながらあっぱれと言える。
そう、敵だ。
この度彼奴は敵だと判明したのだ。
愚かにも馬脚を露したのだ。
油断など前回の彼奴には考えられないことだったが、勝利を前にして相当気が緩んだらしい。
所詮人形、神の目を誤魔化そうなどできるものか。
一つメイスが思い違いをしていたことがある。
確かに彼奴が知っているように我は人間の心の裡まで見通すことはできない。
だが、盤上にいる全ての人間を監視することができるのだ。
つまり密室であれ、風呂場での独り言であれ、全ての言動を把握することができるのだ。
勿論把握できるとは言え、全てを聞いているわけではない。
流石に我もそこまで手隙ではない。
刻一刻と変化している盤上に注意を払わなければならないからだ。
だが重要な人間の言動は常に監視対象となる。
勇者たるクロードやその仲間。
レジスタンスの面々。宰相とその側近。
何よりメイスとその取り巻き共。彼らだけは絶対に目を離さない。
離してはならない。
当然のことながら、我はメイスの野望の一端を聞き逃さなかった。
ポルトグランデで彼奴は言った。
安定の為という口実で皇帝を殺さないと。
その場では口にしなかったが、それは魔王復活を阻むということと同義だ。
さらに山岳国で彼奴は仄めかした。
いずれこの大陸の頂点に立つと。
明言は避けたがそれでも意欲を示した。
つまり彼奴の目的は、皇帝を生かし魔王の復活させず、この大陸の頂点に君臨するということらしい。
勇者の役目を放棄するばかりか、魔王復活すら阻もうとは。
我を敵に回すとはいい度胸だ。
そもそも『調整役』である彼女があちらに渡ったことが、彼奴を調子に乗せているようだ。
メイスも彼女の本当の役割までは知らなかったのだろうが、知らないなりに上手く扱っているようだ。
彼女はレジスタンスを正確に動かす為に用意されていた駒だった。
きちんと組織させ、決して暴走させず、時が来れば蜂起するための。
彼女は自分にそんな役目を課せられているとは想像だにしていないだろう。
あくまで装置として存在しているだけで、拘束力はない。
だから今回のようなことも起こるのだ。
これは盲点だったと言わざるを得ない。
今のところ彼奴の思い通りにことは進んでいる。
だが、それもここまでだ。
もう好きにははさせぬ。
彼奴がこの段階で目的を口にするという、慢心ゆえの失態を犯したおかげで十分に対策することができるのだ。
不本意ではあるが、本当に助かった。
クロードもそろそろ我の声を聞くことができるはず。
その時が来たら確実にこのことを伝えないといけない。
「メイスを速やかに排除せよ」と。
クロードは順調に勇者としての道を歩んでくれている。
多少の遅れこそあるものの、特に気にする程のことでもあるまい。
これならば間もなく我の声も届くことだろう。
クロードを作るにあたり、我への祈りによる多幸感を付与しておいたのが功を奏したようだ。
結果的に神殿へと足繁く通うようになり、無理やりではあるが声を受け止める器として成長させることができた。
己の先見に狂いがなかったと心の底から自賛したい。
勇者としての名声は無いに等しいが、神の声さえ届くならば後は何とでも取り返せる。
要は魔王さえ倒すことができればそれでいいのだ。
予想外のことが頻発しているものの、状況としてはそれ程悪くないと言える。
むしろこれからの展開が楽しみとさえ思えてきた。
戦局は中盤に差し掛かった。
ここからの数手で盤面は一気に変化することだろう。
我はそれらの一手一手を眺めながら、ゆっくりと思考を巡らせるとしよう。