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2周目は鬼畜プレイで  作者: わかやまみかん
6章 アリスへの疑惑編
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第7話  クロエ、動揺を隠す。


 陛下が明日の昼にもポルトグランデを発つと言われたので、最後にもう一度会談を設けた。

 陛下、ロレント、テオそして私の四人で例によって完全防諜の会議室に集まる。

 娘はお茶を出してすぐに退散してしまった。

 事情をよく知る人間の一人なのだからこの部屋に残ればいいのに、こちらを見ることもなかった。

 相変わらず陛下のことが苦手みたい。

 家ではちゃんと仲良くしていたのに。


「そろそろ山岳国を仕留めるんだろう? 一気にやらないとな。……軍を貸すから好きに使ってくれ」


 ロレントがお茶を飲みながら笑顔で告げた。


「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて……」


 陛下も同じく笑みを浮かべる。


「しばらくこっちには顔を出せそうにないな」 


「……そうですね。今度こちらにお邪魔するときは、あちらを平定して色々と落ち着かせてからになるでしょうね」


 ロレントの言葉に陛下は数秒の間、天井を向いて考えを巡らせてから返事をした。

 きっと頭の中で戦後計画の一部を引っぱり出していたのだと思う。


「……と、言うことはトパーズとの逢引きもしばらくお預けってわけだ」 


「そんな言い方は少々オヤジ臭いぞ」


 テオが渋い顔で窘めるのだが、いつの間にかロレントは真顔に戻っていた。



 おそらく陛下はトパーズを含めて、男のことをそんな目では見ていない。

 彼女の周りにはいろんな男がいるけれど、その全ての男が彼女の踏み台となっている。

 私の言動で淑女の振る舞いを学んでいるのも、結局はそれに繋がっているのだ。

 あのマインズの武器職人も陛下に対してその気になっているようだが、今頃はあの試作品を元に僧兵部隊のための拳装具を大量に作らされていることだろう。

 陛下は自身が美少女なのを自覚しているだけにタチが悪いといえる。 

 魅力を最大限に利用するため、肌を見せることも厭わない。 

 私からすれば、そこまで徹底して『女』を利用できるところがおぞましく、だけど同時に素敵だと思う。 



「……これは忠告だが、あまり余計なことはしないで頂きたい」


 ロレントが一転して固い声で牽制する。


「……何のことでしょう?」


 一方、陛下は少し体を横に揺らしながら笑顔を見せている。


「結束を乱すようなマネはするなと言っているんだ。……あの夜トパーズと何を話していたんだ? わざわざ人払いまでして」


「内緒ですよ。……だって逢引きですもの」


 陛下が先程のロレントの言葉を引き合いに出して、コロコロとまるで少女のように楽しそうに笑う。

 もちろん外見は少女なのだから間違いはない。

 しかし、ここにいる私たちからすれば、異質そのものと言えた。

 この件に関しては娘経由で報告を受けている。

 テオの擁する諜報員が探ろうにも、十人以上の山猫部隊に阻まれて近づくことすらできなかったという。 

 女王陛下の安全を守るためという名目がある山猫と争うのは、レジスタンスとしては賢明でないから泣く泣く引き揚げたという。

 娘からは、それとなく聞いてくれと頼まれたのだけど……。



 陛下は稀によく理解できない一手を打つことがある。

 たとえばロゼッティアの件がそうだ。

 あの山岳国が南征を続けている状況で、ブラウンや部下たちにそれらの対応を任せて、彼女自身は急いで領都ガーランドへと向かった。

 あの時は全く意味がわからなかったが、その後の経過をみれば考えうる限り最高の一手になっていた。

 今回のトパーズの件もそうなのだろうか?

 自分で彼らをレジスタンスに紹介しておいて、その後トパーズだけに接触する。

 レジスタンスの人間は徹底的に排除したのに、敢えて彼の仲間には聞き耳を立てさせる。

 それらに何か隠された意味があるのだろうか。

 ロレントもそれが気味悪くて仕方がないのだろう。



 笑顔ではぐらかす陛下にしびれを切らせたロレントが、不機嫌そうな雰囲気で眉間に皺を寄せた。

 ……これは良くない展開だ。

 彼の一番悪い部分が出てきた。


「せっかく皆がまとまって、戦力も整ってきたんだ。お前一人のせいで全てが、この年月が無駄になるようならば俺はお前をここで斬る覚悟があると、そう言っているんだが?」


 ロレントが立ちあがる。

 警告のつもりだろうけど、陛下にこれは逆効果だ。

 彼女はそういう干渉を極端に嫌う。

 陛下は私と一緒で、自分の行く手を阻むものは全て敵と認識する類の人間なのだ。

 ここで私が何か言わなければと口を開く前に、陛下がクスリと笑った。


「何がおかしい!」


 叫ぶロレント。


「落ち着くんだ!」


 テオも叫びロレントを窘める。

 私がこの場を収めないといけない。

 そう思って立ち上がろうとしたら、陛下に袖を掴まれた。

 彼女の方を見ると、安心しなさいと言いたげな笑顔をこちらに向けている。

 そして小さく咳払いしてロレントを見つめた。


「……これは他言無用でお願いしますね」


 陛下の表情から先程までの余裕の笑みが消えた。

 ロレントもテオも一瞬で変わった空気に緊張の表情を浮かべて、座りなおした。


 

 しかし陛下はそこから何も言わず、しばらくの間黙り込んだ。

 私たちはそれに対して慌てず、ただひたすら次の言葉を待つ。

 今までの経験から、彼女が考え込み吟味した後には、必ず大事な話が待っていることを知っているからだ。

 そしてようやく彼女が口を開いた。


「……皆さんは『パーティ』が終わった後のことをどう考えておられますか?」


 今度は私たちが沈黙する番だった。

 誰も答えられる訳がない。

 そもそも私、テオ、ロレントの三人ですら完全に一致しているとは言い難いのだ。

 そんなことは全て後回しにしてきた。

 私もずっとレジスタンスを裏から支えてきたが、頭の中でどうしたいという理想こそあるが、それを誰かと共有しようとしなかった。

 それを今、この場で陛下が突き付けてくる。


「レジスタンスの理念通りに宰相を排除して、皇帝を廃位して、長兄殿下を即位させて……皆さんはそんな未来を本当に想像出来ているのでしょうか? その未来で帝国がその国民が皆さんが本当に幸せになっていると、明確に」


 全員無言だ。

 それが何よりも雄弁に物語る。

 組織のリーダーであるロレント自身からして、そんな未来を描いているとは到底思えないのだ。

 おそらく次兄殿下を擁している教会も黙っていないだろう。

 所詮あれは号令のようなものでしかないのだ。

 一旦結束する為だけの。


「……はっきり申し上げます。私はそんな未来を描いていませんし、価値も見出せません」


 今ここで陛下が言葉を発した。

 誰もが思っていながらも、決して口にしようとしなかった言葉を。

 この完全に防諜対策を為された部屋の中で他言無用と言いながらも、おそらく公言した最初の人間だろう。 


「女王国としてはテオドールさんを中心とした議会での統治を求めます。……現皇帝の廃位は望んでいません。排除するのは宰相のみです」


 それを聞いてロレントの顔が強張った。

 当然だろう。

 彼は自分が新しい皇帝に即位するつもりだったのだから……。

 陛下の言葉は彼からすれば裏切りに等しい。


「……何故、皇帝は残すのだ?」


 擦れた声でテオが尋ねる。

 彼もきっと、そのつもりだったのだろう。

 ロレントを皇帝にして自分が補佐する。

 経緯はどうあれど、最終的な目標はそこだったはずだ。


「一つは余計な争いを排除するためです。……宰相を排除してレジスタンスが議会を運営する形になれば、上手く回るのではないかと。ロレントさんも今仰いましたよね。『結束を乱すな』『せっかく皆がまとまって』と。丁度良いではありませんか? レジスタンスで結束して国を動かせば、何の問題もありませんよ。皇帝をわざわざ排除せずとも、お飾りで。今もそんな感じでしょう? 国家運営は『結束して』皆さんで行えばいいのでは? ……女王国としても、また最初から関係を作り直さなくてもいいですし」


 陛下の口から歌うようにスラスラと言葉が紡ぎ出される。

 ロレントはその間じっと黙り込んでいた。

 彼からすれば先程の言葉を逆手に取られた形だ。



「そしてもう一つですが……、もしかしたら、私たちにはまだ知らされていないことがあるんじゃないかな、と思いまして」


 陛下はそんな凍りついた空気などお構いなしに続ける。

 私たちはただ息を殺して彼女の話に耳を傾ける。


「……歴代皇帝と宰相一族だけが知っている、何か特別な『皇位継承条件』があるのでは、と」


 ……冷汗が背中を伝った。 

 陛下は鋭い目つきで私たちの顔を見渡す。

 たった少しの反応をも見逃すまいと。

 ……私は上手く動揺を隠せているのだろうか。


「……宰相一族はそれを頑なに守っているだけなのではないかな、と」


 ロレントが誰にも、それこそ夫のテオでさえ気取られないように、こちらに視線を寄こした。


「……今までの不可解な皇位継承には、何か重要な秘密があったのでは? 貴族や教会を敵に回してでもそれを……なんて、私の妄想ですけれどね」


 そう言って陛下は再びいつもの笑顔に戻った。


「少なくとも、皇帝の廃位は慎重にすべきだと思いますよ。……それではお先に失礼しますね」


 すっと立ち上がると彼女はこちらを見ることなく、部屋を後にした。


「……君も一緒に行かなくてもいいのか?」


 テオが聞いてくる。

 私は考え込んでいるロレントにちらりと視線を寄越しながらも、すぐに陛下の後を追った。




 王宮に戻ると陛下は精力的に動き出した。

 瞬く間に山岳国遠征の軍を編成させ、必要な物資の手配を進める。

 その合間にも山猫の娘たちから報告を受けていた。

 陛下の私室で彼女たちの報告会が始まる。

 久し振りに会う陛下にパールもマイカも笑顔で話している。

 私からすれば皆、娘のような年齢の子たちだ。 

 おじさんばかりのレジスタンスと違って、ここは華やいでいて微笑ましい限りだ。

 ケイトもこの中に入ればきっと楽しいと思うのに。

 ……まぁ、会話内容は少々血生臭いアレな感じだけれど。 

 この国には私が遠い昔に諦めた世界があった。

 本当は私も陛下のようになりたかった。

 私にもテオやロレントと一緒にこんな風に笑いあって、何かの為に人生を懸けて全力疾走できる未来があったのかしら?

 そう思いながら彼女たちの輪に加わった。

 


 陛下の想定通り、ことは上手く運んでいるようだ。

 山岳国の民衆の中に不満が燻ってきた。

 各地に潜伏している破戒僧たちが草の根で分断工作に勤しんでくれたお陰だ。

 私好みの策だが、これも陛下が思いついたことだ。

 そのとき彼女はじっと私を見つめていた。

 厳密にいえば、私を通して頭の中身を。

 彼女は私から学ぼうとする姿勢を隠そうともしない。

 事あるごとに、私から何かを吸収しようとしている。

 その貪欲さが頼もしい。

 ケイトが陛下を恐れているのは、きっとそういう所だと思う。

 でもそれこそが、あの子に足りない部分だ。

 本当は娘にそうなって欲しかった。

 私を踏み台にして大きな世界へと羽ばたいて欲しかった。

 だけど夫に似たせいか、慎重で優しい人間に育った。

 それはそれで可愛いのだけれど。



 娘のことを思い出すと、少しは心が落ち着いてきた。

 だけどまだ晴れることはない。

 紅茶を淹れ直して戻ると、陛下が山猫の皆と声をあげて楽しそうに笑っていた。

 彼女はあの笑顔の奥に、一体何を秘めているのだろうか。

 今はそれが少しだけ恐ろしいと思えた。



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