第5話 サファイア、ブチ切れる。
なんで私がこんな夜中に一人で尾行なんてしなきゃいけないんだろう。
トパーズが誰とイチャつこうが、そんなの私には全然関係ないのに。
しかも今頃はクロードとルビーは部屋で二人っきりだし。
……いいなぁ。
本当は私がクロードと二人っきりになりたかったのになぁ。
クロードが言うには前回二人を目撃した時には、声が聞こえるような距離までは近づけなかったと。
でも狩人スキルを持っている私なら気配も殺せるし、鋭い耳で聞こえるだろうからと。
……そりゃそうだけど、ねぇ?
「キミにしか頼めないんだよ。……ね? だからお願い」
彼にそう言われれば仕方ないと思ってしまう私は、世間一般ではきっと都合のいい女呼ばわりされるんだろうな。
……溜め息が漏れる。
惚れた弱みというヤツなのかも。
ホント世の中は理不尽にできている。
でもこんなこと思ったらセカイ中の女の人を敵に回しちゃうんだろうな。
私は勝ち組だからこれぐらい我慢しなきゃ。
あれだけカッコいい彼氏がいるんだから仕方ないよね……と少しだけ現実逃避。
クロードの笑顔を思い出したらちょっとだけ元気が出てきた。
だからこんなところが都合のいい女なんだって。
私は気を取り直してトパーズの姿を探しに、夜の街へと繰り出したのだった。
それにしても、ルビーもルビーだ。
あんなに落ち込んじゃってさ。ホントバカみたい。
そんな風になるぐらいだったら、私みたいにもっと積極的に動けばよかったのに。
私だって二人の為にあれだけ色々とお膳立てしてあげたんだから。
クロードと私が二人っきりだった時間と同じだけ彼女はトパーズと一緒に居られたはずなのに。
全部ムダになっちゃったし。……ホント何をビビっていたのだか。
ルビーは思っていた以上に意気地無しだ。
そんな風に心の中でさんざん文句を言いながらも、ちゃんと遠くからトパーズを監視している私は本当に偉いと思う。
帰ったらいっぱいクロードに褒めてもらわなきゃ。
視線の先には夜警仲間三人と巡回中のトパーズがいる。
結構楽しそうに話をしているようだ。
この前、絡んできたガラの悪い男たちとも知り合いみたいな感じだったし、寡黙な割にトパーズは意外と友達付き合いが得意なのかもしれない。
前にティナさんの宿屋で聖王国の崩壊を教えてくれた人とも仲良さそうだったし。
……それにしてもあのときのクロードも格好良かったなぁ。
あんな脅しにも全然物怖じせずにビシっと言ってくれた。
ホント惚れ直した。
……あぁ、クロードと二人っきりになりたかったなぁ。
少し悶々としながらも真面目に監視を続けていると、目の前の集まりにどこかで見たことがある気がする女性が歩み寄ってきた。
彼らに合流する頃にはその顔がはっきりと確認できる。
……やっぱりアリスちゃんだ!
彼女は夜警仲間の人たちの耳元で囁くと、コッソリと彼らの手に何かを渡した。
そしてトパーズと二人で別の方向へと歩き出したのだった。
「今度は俺も誘ってくださいよ」
そう声をかける兵士と「お前彼女持ちのくせに」と暴露する声が聞こえる。
アリスちゃんはそんな軽口を叩く彼らに笑顔で手を振って、トパーズを促しその場を立ち去るのだった。
……あ~あ、だから言わんこっちゃない。
これぐらい男には積極的に行かないとダメなの。
特にトパーズのような女の子とあまり接点のない男は今みたいに多少強引なぐらいじゃないと。
恋愛の基本だ。
まぁ正直なところ、アリスちゃん相手で勝ち目のある女の子なんていないと思うけど……。
私だってクロードを取り合ったらきっと負けてしまうかも。
ルビーじゃ完全敗北だよねぇ……。
私はそんなことを考えながら、二人の尾行を続けた。
彼らが入っていった公園は静かすぎるぐらい静かで、あまり近づかなくても話し声はよく聞こえた。
夜だから、ではない。
山の中でヌシのテリトリーに入ったときの感覚に似ている気がする。
目の前の彼ら以外の気配が全くと言ってもいいくらい感じられないのだ。
そんな多少の違和感の中で私は木陰に隠れて聞き耳を立てていた。
……のだけれど。
ただのデートかな、なんて簡単に考えていた私は本物の馬鹿だった。
呑気に『ルビーちゃん、またフラれちゃったね』なんて余裕かましていた自分のアタマを叩き割りたいぐらいだ。
クロードがあそこまで私に偵察を願うのには、ちゃんとそれだけの理由があったんだと改めて思い知った。
……勝手にルビーに嫉妬しちゃってゴメンネ、クロード。
私は甘い考えを捨てて目の前の二人に集中した。
いくら聞き耳を立てても、色気のある話なんてこれっぽっちも出てこない。
アリスちゃん、いやあの女は、やっぱりただの看板娘なんかじゃなかった。
商人? 貴族? それとも誰かの使い? ……全然わかんない。
それでもトパーズを勧誘していることだけは、はっきりと理解できた。
今までの酒場や武器屋で見た彼女とは全然違う話し方で、いかにもお姫様的な偉い人っていう感じがプンプンする。
トパーズも特に彼女の変わり様に困惑している感じではなかった。
その態度からこれまで何度か会っているのは、もう間違いなさそうだ。
彼女が評価しているのはトパーズだけで、残りの私たち三人には一切興味がないらしい。
……それがなんかムカついた。
あの女を見習おうなんて思っていた自分にも無性に腹が立つ。
聞くところによれば、どうやら他のレジスタンスの人間からもトパーズだけに接触があったみたいだ。
ただ会話の詳しい内容は正直なところ、私の上等なアタマでは荷が重いかもしれない。
悔しいけれどルビーなら分かるはずだ。
今の私にできることと言えば、目の前で交わされる会話を一言一句逃さずに聞き取ることだけだった。
話すべきことは全て話し終わったのか、アリスがベンチから立ち上がった。
そして座ったままのトパーズを残して、出口のあるこちらの方へと歩いてきた。
……今動けばバレる。じっとしていないと。
そう思って身を固くした次の瞬間、殺気と共に首元に冷たい何かが当てられた。
そこまで注意散漫だったとは思えないけれど、完全に虚を突かれた。
……ナイフ?
鳥肌が立ち、冷や汗が流れる。
「……動くな。声も出すな」
え? 意外と高い声だ。
女の子なの……?
私やルビーよりも若いというか、幼い声だった。
「……わかったから。動かないから殺さないで」
私が説得している間にも、アリスが近づいてきた。
こんなところで聞き耳を立てていたことを彼女だけには知られるわけにはいかない。
そのまま通り過ぎるように祈っていたのだが、願いも虚しく彼女は横を通った瞬間にこちらを睨みつける。
「盗み聴きは感心しないわね」
生まれて初めて受けた、私だけに向けられた絶対強者の殺気。
恐怖で息ができない。
体の震えが止まらない。
私の反応に満足したのか、彼女は口元だけに笑みを浮かべる。
「少しは身の程を知ったかしら、格下さん? ……行くわよ」
「はい」
アリスが私から視線を外してその場を立ち去ると、後ろの気配も一瞬にして消えた。
……今のは何だったの?
後ろの女の子の殺気も凄かったけど、アリスのそれは本当にヤバイ。
山の人間は絶対に相手にしてはいけないモノがあるということを子供の頃から徹底的に教え込まれる。
今のアリスは完全にソレだった。
私は彼らの気配が消えてからもしばらくその場を動くことができなかった。
気が付けば、トパーズはすでに先程のベンチにいなかった。
私が放心しているうちに彼も出て行ったらしい。
私もこんなところで油を売っている訳にもいかず、走って宿舎に戻った。
息を切らせて部屋の前に立つ。
早く二人にこのことを教えないと!
呼吸を整えてドアを開けようとしたら、部屋の中から変な物音がした。
……何かあったの!?
まさかあの女がもう何か仕掛けてきたの!?
私は気配を殺して中をこっそり覗くと、室内はランプの明かりもなく真っ暗だった。
深呼吸をして耳を澄ませると、ベッドの規則正しく軋む音。
そしてルビーの甘えるような艶っぽい声。
クロードの荒い息と呻くような声。
……さすがの私もコレが何なのか分からないほど馬鹿じゃなかった。
そこからはよく覚えていない。
何かを叫びながら、ベッドで抱き合う二人に蹴りを入れたことだけはうっすらと覚えている。
気が付いたとき、私はクロードに抱きしめられキスで口を塞がれていた。
「……いや!」
我に返った途端、息苦しさが襲いクロードを突き放す。
「離さない」
クロードが私をさらに強く抱きしめる。
……涙が止まらない。
私、あんなに怖い思いをしたのに。……殺されるかもしれない思いをしてたのに!
それなのに、何で二人であんなことをしてたの?
結局ルビーは私に謝りもせずに、どこかへ逃げてしまったみたいだし。
……もう最悪だ。
しゃくりあげながらも何とか呼吸を整える。
「……なんで私を裏切ったのよぉ?」
「そうじゃない。……ルビーがあまりにも落ち込んでいたから、慰めていたんだ。そうしたら、向こうから抱きついてきて……。そのまま何となく……」
……何となくって。何よそれ。
ルビーもルビーだ。
別にトパーズに面と向かって振られたわけじゃないのに、クロードの優しさに付け込んだりして。
簡単に股を開いて彼を奪うなんて。
私の気持ち、ちゃんと知っているくせに。
「僕はこんなことを言える立場じゃないのは判っているけど、ルビーを責めないで欲しい。僕だってその気になれば彼女を振り払うこともできたんだ。だけどそれをしなかったのは僕の責任だよ。……流されてしまった僕が悪いだけなんだ……」
クロードが私を抱きしめながらそんなことを言う。
何なのよ、そんなの聞きたくない!
「もしキミがルビーの立場だったとして、他の男の優しさに心が揺れてしまう、そんなことはないと言い切れるのかい?」
……知らないよ。
そんなの分かるわけないじゃん。なったこと無いんだから。
「……だからって。そんなのヒドイ。……少しは私の気持ちも考えてよぉ、ねぇ?」
涙がまた出てきた。
ルビーのコトなんて庇わなくてもいいじゃん。
寂しいからって、ヒトの男を寝取るような尻軽女を。
彼女が無理やり誘ってきたって言ってよ。
嘘でもいいから、そう言ってよ……。
「僕が本当に愛しているのはキミだけだよ。それだけは信じて?」
「……もうルビーが誘惑してきても絶対に相手にしないって約束して! お願いだから!」
「わかった。もう二度と誘いには乗らない! 絶対に! 約束する!」
その力強い返事に、思わず私の抵抗が止まる。
クロードもそれを感じたのかさらに私を強く抱きしめてきた。
そして耳元に唇を寄せてくる。
「ねぇ、サファイア。……『すべて』が終わったら僕と結婚して欲しいんだけど……どうかな?」
……え!?
いきなりでビックリした。
結婚って、あの結婚だよね。
愛する男女がするアレでいいんだよね。
「……ホントに? ホントに私でいいの? ……私と結婚しても何もいいことないよ?」
恐る恐る尋ねる。
ウソかもしれない。
私はただ騙されているだけなのかもしれない。
だって私はルビーのように頭は良くないし、財産もない。……顔だってそんなに良くない。
私は少しだけ勇気を出してクロードの目を見た。
「あぁ、僕はキミが欲しい。キミさえいれば何もいらないよ」
いつものあの澄んだ目だ。
ウソなんかついていない、本当のことを話してくれている目だ。
私の大好きなその目で優しく見つめてくれている。
優しい言葉で愛を囁いてくれている。
……夢みたいだ。嬉しい!
「……私をあなたのお嫁さんにして下さい!」
さっきと違う涙が零れてきた。
まだルビーに対して思うことはあるけれど、それがこのプロポーズに繋がっているのだとしたら、少しだけ、ほんの少しだけ許してあげてもいいかなと思える。
「愛しているよ。……サファイア」
クロードの甘い声に身震いする。
私たちは再びキスを交わし、抱き合ったままベッドに倒れこんだ。




