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2周目は鬼畜プレイで  作者: わかやまみかん
6章 アリスへの疑惑編
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第4話  トパーズ、アリスに誘われる。


 何故こうなったのか正直わからないが、私はアリスと二人きりで夜の公園にいた。

 夜警任務中だが、本当に持ち場を離れても良かったのだろうか。

 ほんの少し前、見回りをしていた私たちの前に颯爽とアリスが現れたのだ。

 そして一緒に廻っていた兵士たちに、一言二言耳元で囁くと何かを握らせた。

 おそらく夜勤明けに一杯できるぐらいのお金だと思うが。

 口止め料を受け取った彼らは、私を快く送り出してくれたのだった。

 アリス自身こんなに目立つ行動を取ってしまっていいのだろうかとも思ったのだが、彼女に逆らうことはできず、夜の散歩のお供をすることになった。

 なにやら嬉しそうに笑顔で前を歩く彼女に付いて歩き、雑談する為この公園のベンチに腰掛けることになった、とまぁそういう感じだ。

 

 

 実は私としても早くアリスに会いたいと思っていた。

 恋愛感情だとか、そういったものは一切ない。

 ……おそらく。

 一刻も早くお礼を言わなければならないと、一日落ち着かなかったのだ。

 もちろん今晩すぐに会えるとは思っていなかった。

 このまま落ち着かない日々を過ごす覚悟もしていた。

 そういう意味ではツイているのかもしれない。


「先日頂いた手甲ですが、凄く役に立ってます。ありがとうございました。……特別製だったんですねアレ。……本当に良かったのでしょうか?」


 早速頂いた装備品のお礼をいう。

 家が買えるぐらいの金額だと聞いて心臓が止まるかと思った。

 少なくともあんなに気軽に貰えるような物ではなかった。

 思わず敬語になってしまうのも無理はないだろう。


「いいの、いいの。前にも試作品だって言ったよね。だから気にしないで。……ソレにちょっとオマケを付けただけだから」


 ……そのオマケが凄いのだ。

 彼女ような立場の人間にとっては大したことなくても、私たち庶民にとっては違うのだ。

 まぁ彼女がどういった立場なのかはイマイチ理解できていないのだが。


「……ですが、一介の冒険者には過ぎたものです」


 私がそう答えると彼女は少しだけ真顔になった。

 今までも何度か彼女はそんな表情を見せるときがあった。きっと何かを背負っている人間の顔なのだろう。


「貴方にはそれだけの価値があると思っているのよ。……そうね、先行投資のようなモノと思ってくれてもいいわ」


 むしろそちらの方が気が重かったりする。

 つまり彼女に対して、将来的に何かの形で返さなければいけないということだ。

 そんな私の表情から何かを察したのかクスリと笑声を零すアリス。


「別に今すぐ貴方をどうこうしようとは思っていないから安心して頂戴。……それとも誰かから『アリスには気をつけろ』とか言われちゃったりした?」


 今度は笑みを浮かべながら私の顔をじっと見つめるアリス。

 だが、よく見ると目は全然笑っていない。

 私から何らかの情報を得ようと、その機会を逃すまいとしているのが見て取れた。


「いえ、その、そこまでは……」


 思わず口ごもってしまう。

 如何にも何かを隠していると白状するような態度が面白かったのか、アリスは悪戯っぽく上目遣いで見つめてくる。

 コロコロと表情が変わっていくのが何とも言えず男心をくすぐる。


「……そこまでは、ね。……でも何か言われたんだ? ……ん?」


 白状しなさいと言いたげにアリスは顔を近づけてきた。

 ……恥ずかしい。でもちょっと嬉しい。

 凄くイイ匂いがする。

 気が付くと、彼女の眼光から先程の剣呑としたモノが消えていた。

 何かを楽しんでいるような雰囲気だ。

 女性に慣れていない私の反応が気に入ったかもしれない。

 それでも追求を止める気はないらしく、彼女は顔を近づけたままでじっと私の言葉を待っていた。 

 ついに私は沈黙に耐えきれず、全て話すことにした。

 



「えー、そのですね、……パックという男から貴女に近付き過ぎるなと警告されました」


「……パック?」


 アリスは少し考えるように視線を斜め上に逸らしていたが、思い当たる人物がいなかったのか、小さく溜め息をついた。

 だから私も彼についての情報を渡すことにした。

 手甲のせめてものお礼のつもりだ。

 これで貸し借り無しとはいくら何でも無理だろうが、少しは返せるだろう。


「……偉い人の用心棒をしているとか言っていましたが、おそらくレジスタンスで地位のある人間だと思います。貴女のこともよく知っているような口振りでした」


 それでもアリスは訝しげな顔をしていたが、風貌や口調、出逢い方などを話し始めるとハッと目を見開いた。


「……もしかして義手だった?」


「はい」


 ちゃんと伝わったようだ。最初にそう言えば良かったか。

 だが義手自体は戦場で働いてきた人間の中では珍しくもない。


「……あぁ、そう言えばそんな名前も使ってたわね」


 アリスは小さく低い声で吐き捨てるように言った。

 やはりパックは偽名だったか……。

 もしかすると二人はあまり仲が良くないかもしれない。

 彼の話で手合わせは何度かしたと言っていたが。

 ……まぁコレに関してはあまり踏み込まない方が身の為だろう。

 アリスはしばらく考え込んでいたが「なるほどねぇ」と呟いて笑顔に戻った。


「私からは彼に関して何とも言えないけれど、敵に回すのだけは止めておいた方がいいわ。あまり彼の身辺を探るのもお勧めできないわね。そのうち必ず彼の正体を知るときが来るから。……それまでは用心棒のパックとして付き合ったほうがいいんじゃないかな。きっと彼もそれを望んでいるわ」


 アリスもどこかで聞いたような事をいう。

 それにしてもレジスタンス(ここ)は名前やら身分やらを隠している人間が多すぎて困る。

 ……そもそも目の前にいるアリスも本名かどうか分からないし、まだ何者かも全く見当が付かない。

 



「どうして私みたいな人間の為にここまでしてくれるのですか?」


 やはりそれが気になるのだ。

 今の私にそれだけの価値を見出すことができない。

 アリス、バトラーさん、それにレジスタンスの中枢にいるであろうパック。

 そんな彼らがただの武人でしかない私を、何故そこまで買ってくれているのかが全く分からないのだ。


「……貴方はもっと自分自身の価値を知るべきだわ。確かにその山岳国民らしい謙遜は美徳だと思うし敬意に値するわ。だけど行き過ぎるとそれは卑下に繋がり、却って見苦しくなることもあるから気を付けなさい」


 アリスは毅然とした口調で私を叱りつける。

 修行をしていた頃を思い出して何だか背筋が伸びたような気がした。

 思い起こせば冒険者になって、このような一喝をされることなど無かった。

 それをしたのが年下の少女だというのが照れるが、素直に嬉しいと思えた。

 

「何故一介の冒険者にそこまでするのかというのは……ゴメンなさい、多くは話せないわね」


 そう言って少し考え込むアリス。

 しばらくの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。


「貴方が知っていていいのは、私にはそれなりに自由に使える金と技術があるということ。レジスタンスの一員ではないけれど協力者ではあること。貴方たち四人組が今後価値のある存在に化けることがあるのか、どうなのかを見極めているということね」


 彼女は私から視線を外し、夜空を見上げる。


「今のところ貴方以外の三人には価値を感じてないし、正直今後の望みも薄いわね。まだ判断するのは先の話だけれど。……私は貴方だけが欲しいわ」


 そう言って真剣な顔で私を見つめる。

 そこに甘い雰囲気の少女の姿はなかった。


「もし彼らに愛想を尽かせて、決別したくなったら私のところにいらっしゃい。歓迎するわ。……これでも私は主としては優秀なつもりよ」


 これは勧誘だ。

 アリスは私の実力を買ってくれているのだ。

 もちろん嬉しいが。……『私のところ』。

 ルビーが言っていた通り、ここでは色々な勢力が渦巻いているようだ。

 もちろん皇帝と宰相を倒すことが一番の目的だろうが、アリスも次を見定めて動き出しているのだ。



 皇帝を倒した後、私はどうするのか。

 これからも冒険者として旅を続けるのかそれとも……。 

 真剣に考え込む私を見て、アリスが噴き出すように笑った。


「だから今はまだ、余計なことは考えなくてもいいから。……宰相排除を最優先に動いているのは私たちも同じよ。……だけど『いつか』噛み合わないときがやってくる。そのとき貴方がどう動きたいのか決められるように、今のうちからキチンと自分の頭で状況を見極めておきなさいという話よ。組織の中で誰がどのような行動を取っているのか、自分に近い考え方の人間は誰なのか……」


 私の頭の中に抵抗なく入ってくる凛とした声。

 彼女は自分で考えろと言う。

 逆に何も考えずに流される人間は要らないということだ。

 考え抜けば、私が彼女を選ぶという自信もあるのだろう。

 何一つ後ろ暗いことはないと。


「……他ならぬこの私が、今夜、貴方だけを勧誘しに来た。……今はそれだけ覚えておいてくれたらいいわ」


 私はアリスの纏った覇気のような何かに圧されて、ただ頷くことしかできなかった。


「それじゃあね。……またお会いしましょう」


 そう言って彼女は颯爽とこの場を去って行った。


 

 私はしばらくその場を動けなかった。

 アリスに気圧されたというのもある。

 武人として少々情けない話だが。

 結局のところ今晩の話は彼女自身の口から、ケイトやパックの言葉のウラが取れたということだけだった。

 だが、彼女と行く先々で出会ったのは偶然では無かったということは新しい発見だ。

 おそらくマインズで我々の存在を知り、ロゼッティアでどれだけ成長したのか確認しにきたという感じだろう。

 そして今も使える人材かどうか査定していると。

 パックと初めて会ったとき、アリスに深入りするなと言っていた。

 それは嫉妬なのかそれとも忠告なのかと訊いた記憶がある。

 ライバルは少ないほうがいいと冗談めかしてはいたが、私たちが力をつけたら後者だと。

 ルビーのいう『この先』。アリスのいう『いつか』。

 その時、私はどう動くべきなのか。

 アリスの言うように自分の頭で見極めるしかなさそうだ。

 自分の意志でどうするか決める。

 私は心に誓った。



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