第1話 クロード、別に羨ましくなんかないと強がる。
ゴトゴトと馬車に揺られながら、僕たちは一路本拠地であるポルトグランデを目指していた。
今回の任務も僕たちが一番適任だというケイトの言葉通り、すんなりと達成して見せた。
レジスタンスでの仕事にはとてもやりがいを感じている。
ケイトの反応を見るに、僕たちは組織の中でも相当重用されているみたいだ。
まだ会ったことはないが、リーダーも僕たちに期待していると言ってくれたらしいし。
実力が正当に評価されるということが素直に嬉しい。
任務終了後の充実感を感じながら、心持ち優雅に肘を付いて外を眺める。
窓枠の外にゆっくりと流れるポルトグランデの景色は、今まで見たどんな絵画よりも美しいと思えた。
それらを悠然と眺めていると何か特別な身分になれたような気がするのだ。
……このまま実力を見せ続ければ、本当にそんな身分になれるかもしれない。
なんて、流石にそれは少しばかり気が早いか。
思わず一人笑いが零れる。
「……どうしたの?」
横に座っていたサファイアが僕の顔を覗き込んだ。
「……いや、帝国に来てよかったな、と思ってさ」
以前聖王国の酒場でサファイアに慰めてもらったことがあったっけ。
おそらくあの頃からずっと、彼女は僕のことを気に掛けてくれていたんだなと、改めてその想いを噛みしめる。
彼女も同じようにあの頃のことを思い出したのか、少し照れたように、だけど真っ直ぐ僕の目を見て「……そうだね」と呟いた。
昔のことをアレコレ思い出しているうちに停車場に着いたようで、馬がゆっくりと立ち止まった。
ケイトの待つ行政府に向かうため、意気揚々と馬車を降りる。
そんな僕たちの前に現れたのは、補領ベジルの田舎町で出会ったバトラーさんだった。
「これはこれは、嬉しいこともあるものだ! ……皆様お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」
バトラーさんは両手を拡げて僕たちとの再会を喜んでくれた。
そして僕たち全員としっかり目を合わせながらの握手をしてくれる。
相変わらずの力と心の籠ったいい握手だ。
僕たちも彼との再会に心が躍った。
「随分とご活躍のご様子ですね。いろいろ話に聞いていますよ。貴方たちをお誘いした人間として私も鼻が高こうございます」
そういって彼は会心の笑みを浮かべてくれた。
きっと僕たちのことを一番評価してくれているのは彼だと思う。
「バトラーさんこそお元気そうで何よりです。こちらに誘って頂いたこと、心から感謝しています」
「あぁ! それは本当によかったですね!」
彼は僕の返事に目を見開いて喜んでくれた。
「はい、毎日とてもやりがいを感じています」
それを聞いて、彼は嬉しそうに何度も何度も大きく頷いてくれた。
その姿に僕たちの心も温かくなる。
次にバトラーさんはトパーズに目を向けると、今度は彼の肩を軽く叩いた。
「トパーズ殿には練兵指導もお願いすることになったとか。評判もいいようですし、これからもどうぞよろしくお願いしますよ」
どうやら彼にも期待しているらしい。
嬉しそうに頭を下げるトパーズ。
よかったな。
「それでは皆様。私には行く所が御座いますので、これにて失礼させて頂きます」
そう言ってバトラーさんは前回同様丁寧に頭を下げて、待たせていた馬車に乗り込んだ。
僕たちが乗っていたものよりも小型だが、装飾の凝ったとても豪華なモノだった。
馬車はバトラーさんが乗り込んですぐに勢いよく走り去っていった。
お付きの兵士らしき者たちがそれを最敬礼して見送る。
僕たちも一礼して馬車を見送った。
……さて報告に行くか。
「……おい!」
僕たちが一歩踏み出すと、何故かさっきまで敬礼していた兵士たちがケンカ腰で凄んできた。
……正直訳が分からない。
気が付くと僕たちは明らかに敵意むき出しの兵士たちに囲まれていた。
サファイアとルビーが怯えたように二人寄り添っている。
そんな光景を見れば、流石に温厚な僕でも腹が立ってくるというもの。
「……僕たちに何か用事でも?」
暗に用が無いならさっさと失せろと伝える。
それに対して彼らは目つき鋭くこちらを睨みつけてきた。
「ゴールド卿に対してあの態度は何だ! あの御方は我が国有数の貴族。今でこそ当主の座は御子息に譲っておられるが、本来ならば冒険者ごときを相手されるようなお立場の方ではないのだ! そのような御方を捕まえて、寄りによって執事扱いとは! 何たる不届き! 貴様ら万死に値する行いだぞ!」
……知るかそんなこと!
ただ、このまま黙っている訳にもいかないので、僕は言い返した。
「バトラーさんが貴族で偉い方なのは僕たちだって存じ上げています。だけどバトラーさん自身がそう呼んで欲しいと仰られているし、そもそも僕たちはまだバトラーさん御本人の口から名前を伺っていないのです。その状況で、もし僕たちがバトラーさんのことをゴールド卿とお呼びしたとしても、それは絶対にバトラーさんの本意ではないと思うのですが?」
あまりにも腹が立ったので何度も『バトラーさん』って言ってやった。
ざまぁみろ!
一応丁寧な物言いだったので、問題は無いはずだ。
だが当然のごとく、彼らは凄い剣幕で怒鳴りつけてきた。
「……貴様、知った風なことを! そのような不遜な振る舞いが認められる訳がない!」
「あなたがバトラーさんに対してどう思っているかはお察しします。でもバトラーさんが本名を名乗らないのであれば、僕たちも彼のことはずっとバトラーさんと呼ぶべきだし、それが筋だと思う訳ですよ。……むしろ僕たちにバトラーさんの本名を伝えてしまったあなた方こそ、バトラーさんの気持ちを汲もうとしない訳で、それこそ不遜と言えるのではないでしょうか?」
彼らを順番に睨みつけてやる。
確かケイトもそんな風に言っていたと記憶している。
バトラーさんの稚気のようなものだと。
コイツがどれ程の者かは知らないが、少なくとも執政官の娘よりも立場が上ということはないはずだ。
顔を真っ赤にした兵士がまだ何か言おうとしていたが、その前にトパーズが間に入った。
向こうにも知り合いがいたのか、彼らで僕と絡んでくる兵士を引き離す。
「……ちゃんと言っておくから、な?」
そんな風にトパーズが相手をなだめているのが聞こえた。
……何だよそれ!?
まるで僕が悪いみたいじゃないか。
「……いいか、私は忠告したぞ!」
そう言い残し、彼は仲間に引きずられるようにして立ち去っていった。
「……言い過ぎじゃないのか?」
彼らの姿が見えなくなった頃、トパーズが僕に向かって口を開いた。
はぁっ!?
……だったらお前が僕の代わりに何か言えばよかっただろうが!
お前が一番バトラーさんと親しげに話していたくせに!
肩を叩かれてその気になっていたくせに!
僕はオマエのそういうところが本当に大嫌いだ!
誰の為に僕があそこまで言ったと思っているんだ、クソが!
僕はその思いを全てぶつけるように、トパーズを睨みつけた。
するとルビーがさり気なく間に入ってくる。
何だ? またコイツの肩を持つのか?
僕はルビーのことも睨みつけた。
「……アタシは別に気にしなくてもいいと思うけどね。……バトラーさんだって今は当主を隠居している身なんだし。ケイトちゃんの言うとおり、これは一介の冒険者を相手にした彼なりの遊びみたいなものだと思うよ。だからきっとアタシたちが礼を尽くして言葉少なげに立ち去ったりしたら、がっかりするんじゃないかなぁ」
どうやらルビーは僕の味方をしたようだ。
珍しいこともあるモンだ。
「結局あの人たちは、ただの冒険者であるアタシたちが側近である自分たちを差し置いて、バトラーさんと親しげに話していることに嫉妬していただけだよ。……バトラーさんってホラ、表立って名前が出ないように身分を偽ってまでレジスタンスに参加している訳でしょ。そんな彼が近くに置いているぐらいなんだから、あの人たちは相当な忠臣じゃないかなぁ」
ガラは悪かったが、きっとルビーの言う通りだろう。
しかし、バトラーさんも部下は選ぶべきだと思う。
周りが使い物にならない人間ばかりだから、僕たちに期待してしまうんだろうけど……。
「きっとここにはバトラーさん以外にも身分を隠した貴族や、その人に仕えている将軍みたいな人たちがたくさんいるはずよ。だから組織の中でも自分の方が上だとか、誰の側に付いているとか、そういったものがいっぱい渦巻いていると思うの。……『この先』のことを見越して他にもいろいろ駆け引きがあるだろうし」
……色々面倒臭そうだな。
しかしルビーはこういうときには、本当に役に立つよなぁ。
改めて彼女の有用性に気付かされる。
「……この先って?」
サファイアがルビーに尋ねた。
「……このレジスタンスの戦いに勝利した後のことよ。執政官のテオドールさん、教会そして上級貴族、今はそれらが結束しているけど、『目的が達成された後の帝国』で次は誰が主導権を握るのかっていう話。……その為にもう水面下で動き始めているんじゃないかな。これからもっとアタシたちに色々言ってくる人間がいると思う。今回みたいなのもそうだし、アタシたちの活躍次第では露骨に猫なで声で自分たちの派閥に誘ってくるような人たちも現れるはず」
「……なるほど。つまり自分たちの身を守りたいなら、近づいてくる人物には不用意に深入りするなということだな」
トパーズは何か思い当たるようなこともあるのか、しきりに頷いている。
「そうね。……そもそもバトラーさんだって、アタシたちを懐へ入れるつもりだろうし」
……将来的に使える駒として、ということか。
「少なくともアタシたちがそれを考えるのは、もっとここの勢力図が分かってからでいいと思う。今は余計なことは考えずに、誘ってくれたバトラーさんやここの執政官のテオドールさんを敵に回さないように頼まれた仕事をきっちりとこなしていけばいいと思う」
ルビーの言葉に全員で頷いた。
女性二人が寝静まった頃、僕は部屋をそっと抜け出し、ひっそりとした神殿で祈りを捧げていた。
深夜でも神殿の一部は解放されているのだ。
どうも最近祈らずには居られない。
これまでは祈りに来ると気分が楽になるという感じだったのに、今では数日間祈らない日が続くと気分が悪くなってくる感じだ。
本当は毎日でも通いたいが、ルビーとトパーズが変な目で見てくるのが厄介なのだ。
彼らは別の神を信じているからだろうけど。
武神キールみたいな化け物や火神のように国も守れない役立たずよりもマール様の方がずっと素晴らしいのに、絶対に彼らはそれを認めようとしないのだ。
せめてサファイアが一緒に祈ってくれれば彼らの視線を気にせずに済むのに、彼女はマール様に全く興味を示してくれない。
……本当に僕のことが好きなら、そこも合わせてくれるのが筋だろうと思うのだが。
そこが正直納得いかない。
祈り終えてようやく僕の心に平安が訪れた。
これでまたしばらくは頑張れそうだ。
晴れやかな気持ちで宿舎に戻ろうと夜道を深呼吸しながら歩いていると、トパーズを見かけた。
……あぁ、夜警か。
そういや、彼はこの夜警の件でも不満そうな顔つきをしていたっけ。
文句があればその場で言えばいいのに、後になってからグズグズと、面倒臭い。
確かに僕は夜警に出ることはできないけれど、魔力の回復のためには仕方ないことだろうに。
みんなの体力は僕の回復魔法で何とでもなるが、魔力だけは休まないとどうしようもない。
それとも高い薬を使えとでもいうのか?
少しは常識を持って考えてもらいたいものだ。
これだから筋肉バカは!
あぁ、また心に波が立ち始めた。……もう最悪だ。
今、顔を合わせれば、また自分は夜警任務をしているのにお前は出歩いて……みたいなことを言われそうなので遠回りすることにした。
気づかれる前に脇道に入ろうとしたら、ふと女性の声が聞こえたような気がした。
そちらの方向を見ると、細身の女性らしき影がトパーズに駆け寄るのが見えた。
……えっ!? なに? トパーズ、僕たちが知らない間に彼女作ったの? ナマイキじゃね?
それにしてもトパーズのくせに嬉しそうな顔しやがって。
折角だからアイツの彼女がどの程度のモンか見定めてやらないとな。
僕はそっと気付かれないように彼らの見える位置まで移動して、手頃な植え込みから顔を上げて彼らの方を覗き込むのだった。
月明かりに照らされて見えた女性は……あのアリスちゃんだった。
……はぁ!? ってなモンだ。
なんでお前ごときの顔でアリスちゃんと付き合えるの?
彼女は前回テオドールさんの部屋の前で見かけたとき同様、貴族が着るような綺麗な服を纏っていた。
酒場でのエプロンドレス姿も可愛かったけど、こちらも似合っているなと思ったのでしっかりと覚えていたのだ。
それなのに……何故? トパーズのくせに。
畜生、イライラする。
話し声こそ聞こえないが、親密な雰囲気は誰が見ても明らかだった。
夜警の度にこうして逢っていたのか?
嫌々任務に行く振りなんてしておいて、汚すぎるだろう! クソが!
こんなことなら、僕だって夜警ぐらいやったのに……。
そのままじっと彼らを観察していたら、アリスちゃんがトパーズに何か手渡すのが見えた。
……なんだ、あれ?
いつものトパーズらしからぬ嬉しそうな表情がやけに頭にこびり付いて離れない。
……あぁ、本当にムカつく。
僕はまだ話し込んでいる彼らに気づかれないようにその場を離れて、宿舎への道を歩いていた。
ケイトちゃんのあの言い方からすれば、彼女は大物中の大物のはず。
あれ程みんなに深入りするなって言っておきながら、オマエ自身はどっぷりじゃないか。
モノまで受け取っておいて。
……本当に最低野郎だ。
言っておくが、別にトパーズが羨ましい訳じゃない。
僕にだってサファイアという彼女候補がいる訳だし、不満があるわけじゃない。
確かにアリスはあの美貌だけでなく、身分も伝手も財力も持っているようだけど。
でも財力とかなら貴族の娘だったルビーも、そんなには負けていないはずだ。
トパーズのことなんて別に羨ましくない。
重要人物に不用意に近づいた挙句、金品を受け取ったことを問題にしているだけだ。
……ぜんぜんうらやましいとか、そんなんじゃない。




