第9話 執政官秘書ケイト、レジスタンス設立の経緯を語る。
どうやらクロードたちは使えそうだ。
……少しだけ安心した。
もしダメならどう処分しようか悩むところだった。
パパやロレントさんも彼らに興味を示していたので、一応あちらにも報告書を回しておいた。
試しに敢えて難易度高めの魔物討伐任務を与えてみたのだが、無事に達成してくれた。
不本意ではあるがアリシア女王の助言通りに彼らを持ち上げながら依頼すると、想像していた以上に気分良く仕事を引き受けてくれた。
何でも彼らは今まで報われない仕事をしてきたらしい。
……何故、一国の女王が有名でもないただの冒険者パーティのことをそこまで詳しく知っているのかという疑問が残るが、正直あまり彼女のことは考えたくない。
トパーズは前評判通りかなり優秀と言える。
これなら練兵も任せていいと思う。
ルビーとサファイアも申し分ない。
むしろ予想以上に使える人材だった。
クロードは話をしていて「……アレっ?」って思うこともあるが、それでも実力は十分だ。
あの女王の推薦した人間だというから、どれだけアクの強い人間なのかと心配していたけれど、今のところ普通の範疇に収まってくれている。
むしろ好素材だとさえ言える。
……ていうか、そもそもアリシア女王がアレなだけだ。
この前、ママが帰ってきたときに積もる話もあったので、久し振りにいろんなことを話した。
「そんなに怖がらないで、もっと女王陛下と仲良くしてみたら?」
ママはそんなことを言っていたが、あまりの無茶に紅茶を吹き出してしまった。
初対面で完全に弱みを握られた上に、パパやロレントさんを相手にあんな交渉を見せられようものなら、警戒するなと言う方が無理だ。
存在するのかも分からないおとぎ話の中に出てくる幻獣フェンリルを探し出して、それを捕獲して、そこから魔物の馴らし方を覚えて、ペットとして飼う方がまだ簡単だと思う。
アレと対等に付き合うには、パパたちのように立場的に釣り合う人間か、ママのように能力的に釣り合う人間にならないといけない。
対等を諦めるなら、残るのは絶対服従ぐらいだ。
――それを仲良くと呼べるならば、だけど。
どちらにしろ私には到底受け容れられない。
「ケイトちゃんの入れてくれる紅茶はいつも美味しいね」
ルビーが笑顔で褒めてくれた。
「聖王国でも紅茶はあったけど、こんなに美味しくなかったなぁ。……やっぱり本場は違うのかなぁ」
「……でもこの前、商業区のお店で飲んだときは、そうでもなかったけどね」
ルビーの言葉にサファイアが答える。
二人とも味が判かってくれているようで、ちょっと嬉しい。
実はこれはママが仕入れてきた茶葉を拝借したものだ。
いつもママはよく分からないルートで、知らないうちに買い付けては家で大量に保管している。
……考えてみればママもアレ呼ばわりされたところで、文句を言えない人間の一人だと思う。
そもそも娘の私ですらママの実家を知らない。教えてもくれない。
何度か自力で探ろうとしたけれど、上手くいかなかった。
パパもロレントさんも何か知っているだろうが、当然教えてくれるはずもない。
そんな話は置いといて、だ。
何でもルビーは最近こういった同年代の女の子同士で集まって、他愛のない話をするのがお気に入りらしい。
サファイアも恋愛話が好きらしく、楽しそうに話している。
最近は私もそこに加わることが増えた。
もしかしたらパパの話を真に受けて、友達が少なそうな私を誘ってくれたのかもしれない。
……確かに少ないけれども。それなりに楽しいけれども。
私も彼女たちと話すときは気楽に話せるし、この時間は大事にしたいとは思っている。
もちろん恋愛以外の話もする。
レジスタンスの動静も当然その話題の一つだ。
「……ねぇ、どうやってレジスタンスが出来たのか、っていうのは、聞いてもいいのかな?」
恐る恐るだけど、気になっていたらしく、サファイアが手を挙げて聞いてきた。
これは何気に一周まわって、誰にも聞けない類の話だ。
だけど、おそらく他国出身の彼女たちだけじゃなく、この国の人間でもイマイチ理解できていないことだと思う。そもそも隠されている組織だ。
……実はとても重要なコトなのだけれど。
「少し長くなるけど、これから予定は?」
二人は顔を見合せて首を振った。
「そもそも帝都で有力派閥の若手として頭角を現していた父が何故こんな南の果てに追い出されたのか、そこから話さないといけないわね」
今でこそ、このポルトグランデは帝国有数の繁栄都市だが、パパが赴任した頃は帝都から離れたただの港街の一つだった。
「父の一族は元々上級貴族で、昔から現宰相の一族でもあるアンダーソン家と権力闘争をしていたの。ただの対抗心とかじゃなく、ちゃんと納得できない部分があってのことよ。私たち一族は一貫して彼らの排除を主張し続けてきたわ」
宰相一族は歴代の皇帝から不可解な寵愛を受けていた。
……今でもそうだ。
断じて、これは逆恨みではない。
「一番の大きな要因は皇位継承に対する関与ね。過去には誰もが認める優秀な兄皇子を差し置いて、町娘に生ませた弟皇子を次期皇帝として擁立したこともあったらしいわ」
無茶にもほどがある。
何故そんなことを考えるのか。
二人も苦笑いだ。まぁ当然の反応だろう。
「当然貴族たちも大反対した。継承を見越した根回しも全て無駄になるのを恐れたのもあるだろうし。……でも当時の皇帝は宰相一族を全面支持したそうよ。結局貴族の主張を撥ね退けて弟が即位したのだけど、何の後ろ盾も無かったその皇帝は宰相一族の傀儡となったそうよ」
本当に滅茶苦茶だと思う。
「……現皇帝の即位のときもそうだったの」
それも父である前皇帝と二代続けてだったという。
前皇帝も兄を差し置いての即位だったらしい。
「前皇帝は上級貴族たちの信頼を回復するために、有力貴族の娘を正妃に迎えたりして懐柔策はとっていたんだけどね。……でも即位したのは彼女との間に生まれた二人の兄皇子ではなく、娘のような年齢の侍女に産ませた現皇帝だった。……それもかつて宰相の家で働いていた、云わば彼の息のかかった人間で、しかも夫も子供もいる女性だったらしいわ。嫁いだ経緯はどうであれ、夫である前皇帝のことを心の底から愛していた皇妃は完全に気を病んでしまい、失意のまま亡くなられたそうよ」
ルビーとサファイアが物凄く嫌なものを聞いてしまったという顔をした。
私も初めてこの話を聞いた時はきっとこんな顔をしていたのだろう。
二人も多感な年齢だから、きっとその気持ちを分かってくれたはずだ。
「完全に虚仮にされた貴族側は当然ながら猛反発したわ。帝国の歴史上で一番だったかもしれない。そもそも本当に皇帝の血を継いでいるのか、それすらもわからない、もしかしたら庭師である夫の子供かもしれないだろうって、そんな人間を次期皇帝に据えるなんて正気の沙汰ではない、と大荒れだったらしいわ」
二人が頷く。
「父はその中の急先鋒だった。……父の母、つまり私の祖母ね。彼女と皇妃は子供の頃からの知り合いで、家族ぐるみの付き合いがあったそうよ。だから父の一族と皇妃の一族が一緒になって激しい宰相一族批判を繰り返したらしいわ」
私は冷めてしまった紅茶を一口飲んで喉を潤す。
「……だけどそれが『幼い皇帝の不興』を買ってしまって、父は帝都から追い出されてしまった」
本当に幼い皇帝の意思なのか、それを宰相が言わせたのか。
もう今となっては本当にどうでもいい話だが。
二人も私の言わんとすることは受け取ってくれたようだ。
結局残りの一族もほとんどが閑職に飛ばされたという。
「でも父は帝国を大事に思う気持ちまでは失っていなかったわ。この地で精力的に仕事をこなして、さすがテオドール=ターナーとまで言われた。……娘の私が言うのも恥ずかしいけど」
帝都ではまだずっと主導権争いでバチバチやっていたらしいが、パパはそこから一線引いてポルトグランデで家族三人穏やかに暮らしていた。
……しかしその幸せもたった数年で終わることになってしまった。
「父には無二の親友がいたわ。彼とは立場が違ったせいで袂を分かつことになったけど、父がここに飛ばされてからも手紙のやり取り程度の繋がりは残っていたの。私の誕生日には差出人不明のプレゼントも届いた」
今でもそのプレゼントのぬいぐるみの数々は私の部屋にある。
「親衛隊長として、不安定な立場の皇帝を守るために命を捧げてきたその人が、よりによって皇帝暗殺未遂の疑いで投獄されて処刑されてしまったの。……名前は敢えて言わない。この国の人間なら誰もが知っている話だし、調べればわかることだから。……調べたいならお好きにどうぞ」
彼女たちは私に気を使ったのか二人して首を振った。
別にいいのに……。
「……父は涙を流して怒り狂ったわ」
あのときの両親の顔は一生忘れられないと思う。
私が遊んでいるときに庭先で死にかけていたロレントさんを見つけて、慌てて報告した時の顔も。
彼が一命を取り留めたときのあの嬉しそうな顔も……。
あの頃を思い出していたら、二人が心配そうに顔を覗き込んできた。
……優しいのね。あなたたちは。
「結局のところ、レジスタンス設立の動機は父の私憤に極めて近い義憤からなの。宰相ニール=アンダーソンの排除。現皇帝の廃位。そして長兄殿下の皇帝即位。開かれた議会の設立。……今でも議会はあるけど、一番大事な皇位継承が密室で、それも某一族の意のままに操られているような話にならない状況だからね。……後は平民の政治参加。それらがレジスタンスの願いね。……教会、貴族もそれに賛同してくれた」
……賛同というのは少し違うかも。
これはいわゆる野合というやつだ。
むしろ問題は『パーティ』の『後始末』になるのだが、まぁそれは別の話だ。
二人も今の説明で納得してくれたようだ。
彼女たちと解散して、私は仕事に戻った。
相変わらずやらなくてはいけないことが山程ある。
しばらく仕事に没頭していたのだが、ふと悪寒を感じて身体を捩じると、ちょうどロレントさんにお尻触られそうになっていたところだった。
「……最近反応が速くなったな」
彼が感心したように呟き、笑顔を見せる。
それだけで心がときめく。私だけが特別なのだ。
他の女性にはこんなことしないし、そもそも彼が私たちの前に現れるのは誰もいないときに限るのだ。
「……アイツ大丈夫か?」
「はい。今日はもう来客予定はありません」
「……少し話したいから、頼むわ」
いつものように人払いを頼まれる。
私がお茶とお菓子の準備をして、部屋に入ると二人とも真剣な顔で話をしているところだった。
いつものヘラヘラ顔もいいが、やっぱりこっちの方が数段格好いいと思う。
私が生まれる前にママと何かあったみたいだし、私の中にママを見ていることも知っているけど、そんなことは関係ない。
それに今、ママは女王のところにいるのだ。
邪魔が入らないから、安心して彼にアタックできるというものだ。
……よく考えたらあっちはあっちで安心できない組み合わせだけど。
こればっかりは女王国の皆さんがご愁傷様ということで。
――と、まぁそんな風に対岸の火事だと思っていた頃が懐かしい。
家に帰ると「おかえりなさい」と弾むような少女の声が聞こえた。
ここのところ毎日のことだ。
そして私はその声に毎回絶望するのだ。
玄関で出迎えてくれたのはアリシア女王陛下だった。
「……ただいま、です」
家の中から美味しそうな匂いがする。……ママの手料理だ。
……もう、何でこの二人がいるのかなぁ。
玄関で溜め息を漏らすのも毎日のことだ。
何か一日の疲れがドバッと出てきた感覚に襲われる。
目立ちたくないという女王に対して、ママがウチに来たらいいと勧めたらしい。
……イヤイヤ、勝手に行政府の中を歩き回っておいて、今更何をおっしゃるのやら。
ママもママで勝手にパパの部下を使って、ベジルの動向を探らせているし。
もう二人でやりたい放題だ。
しかも全部事後報告だ。
この前やっとあちらに帰ってくれたかと思ったら、また来てるし。
……もう本当に早く帰ってほしい。
「ご飯できてるよ~」
奥からママの声が聞こえてきた。
「……たべる~」
つい、いつものクセで返事をしてしまう。
「新しくできたお店のケーキ買ってきたの。後で一緒に食べましょう。……ケイトはケーキ大丈夫ですよね?」
女王が私の顔を覗き込む。
あの全てを見通しているかのような笑みを浮かべて。
「……いただきマスけど……」
……まぁ、いいか。