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2周目は鬼畜プレイで  作者: わかやまみかん
5章 レジスタンス編
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第1話  ロレント、アリスと世間話をする。

 

 本当はこんなところに来ている場合じゃないだろうに。

 とは言え、呼びかけたのは俺の方なのだが。

 それにしても……何だコイツは?

 俺は目の前のアリスとのんびりお茶会のような何かをしながら、そんなことを考えていた。

 現在女王国は山岳国と一触即発の状態にある。

 それはこちらに入ってくるあらゆる方向からの連絡で明らかなことだ。

 一応彼女の説明では、相手の宣戦布告待ちと言っていたが。

 そんな緊迫した状況にも関らず、この娘の余裕っぷりと来たら……。

 すでに抜け目ない対策は打ってきたからこそ、だとは思う。

 それがわかるだけに小憎たらしい。

 彼女はやや気の抜けたような表情を見せながら、ケイトの淹れてくれた紅茶を飲み、街で売っていたという焼き菓子を頬張っていた。

 本当にこの胆力は末恐ろしいものがある。

 テオドールのやつに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい気分だ。


 

 そのテオドールは女王国と取り引きを始めてからというものの、ずっと頭を抱え込んでいた。

 何でも帝都にバレないよう慎重に貯め込んだ裏金を、女王国が湯水のように使っているらしい。

 先行投資は承知の上だったが、それでもかなりのものだという。

 大型船入港のための港湾整理など、予定になかった出費も嵩んでいるとかでブツクサと愚痴を漏らしていた。 

 だが気にすることは無い。

 このアリスという娘はキチンと倍にして返せる人間だと確信している。

 実際、彼女の参入で『パーティ』の準備は驚くほど順調に進んでいるのだ。

 特にこちら側では表立ってできない武器兵器製作などは全て女王国に任せてある。

 おかげで帝都に尻尾を見せなくて済むというのは大きい。

 さらに本国と比べて女王国民の人件費は割安なため、安価で製作できているのは嬉しい誤算といえた。

 もちろん女王国側も外貨を稼げるので両者共に美味しい思いをしている。



 それとは別件だが、先日補領ロゼッティアの領主ホルスから連絡があったらしい。

 医務官の融通がどうという話だったが、聞けばアリスが暗躍して上手く繋がりを持つことができたとか。

 ホルスは帝都を落とす為に必要な駒ではないが、敵に回られると背後を突かれてしまうことになりかねない厄介な存在だ。

 後顧の憂いを断つために、いずれ手を打たなければいけないと思っていたが、俺たちが猫撫で声で向こうに近付いても警戒されるのがオチだ。

 そんな状況で、まさがアリスの方から先に動いてくれるとは思わなかった。 

 正直『パーティ』の説明をする前にある程度あちらさんとの伝手を持つことができたのは大きい。

 テオドールも彼女の手腕に驚きを隠せないでいた。

 


 アリスに付けているクロエからも色々報告を受けている。

 『陛下は相変わらず危ない橋を渡りながら、その状況を楽しんでいる』と。

 クロエ自身もどうやらそれを一緒に楽しんでいるみたいだ。

 報告書を見る限り冷静なものだが、少し跳ねるような筆跡に彼女の心中が見え隠れしている。

 ……まぁクロエは俺が知る限りで一番の女だから、それぐらいでないと困る。

 正直テオドールの手に負えるような女ではない。

 アイツはクロエのことを貞淑な女だと思っているだろうが甘い。甘すぎる。

 彼女の本性は野心の塊だ。

 もし男に生まれていれば間違いなく宰相を目指していたはずだし、きっと俺はそんな彼女に膝を付いていたに違いない。

 しかしこの国において、女の身で頂点まで駆け上がるのは不可能に等しい。

 だからその夢を簡単に諦めて、結婚相手には優秀でありながら自分の本性には気付けない程度のお人好しを選び、淑女の仮面を被りながら好きなように過ごしていたのだ。

 ……胸に燻った想いを持ち続けながら。



 そんなクロエならば女王の役に立つと確信していたし、女王も彼女を信頼して側に置きたがることは目に見えていた。

 そしてあわよくば彼女の力でもって、女王を上手く操れるのではないかと密かに期待をした。

 だから、妻と離れたくないと渋るテオドールを説き伏せたのだ。

 ……まぁ結果はご覧の通りだ。

 女王に魅入られてしまった、といったところか。

 それでもよかった。

 少女の頃のあの才気あふれるクロエを知っている人間からすれば、退屈に過ごす彼女を見ているのは辛かった。

 アリスはクロエが昔やりたかったことをしている。

 世界を相手に自分の力だけでどこまでやれるのかという、乾坤一擲の大博打を楽しんでいる。

 そんなアリスを見てクロエの何かが動きだしてくれれば、それだけでよかった。

 似た者同士の二人ならきっと上手くやれると思っていた。

 クロエが充実した毎日を過ごせているならそれでいい。

 ちなみに今回はクロエも女王に同行して、こちらへと里帰りをしている。

 今頃は夫婦水入らずでイチャついていることだろう。


 

 前回の取引のときに決めたことの一つに、俺たち二人で会談の機会を積極的に持つという項目を作った。 

 これは俺が言い出したことだ。

 女王だとかレジスタンスだとかそういうのを抜きにして、ロレントとアリスでの意思疎通を図るのが目的だ。

 報告とはまた違った角度からの情報が欲しかったのだ。

 何よりアリスの口から。

 そして今回がその一回目なのだが、女王の仮面を外したアリスは予想以上に腹を割ってくれた。

 女王の立場では絶対言えない言葉も飛び出す。


「あぁ、そういえば皇帝の子供を妊娠したって話はちゃんと火消ししておきましたよ」


 相変わらず緊張感のない表情でお菓子を頬張りながらそんなことを言う。

 当然だな。シャレにならない。


「……訳のわからん陣営まで刺激するのは避けたいからな」


 俺も同じように頬張りながら返事する。

 ……旨いなコレ。


「そういやキャンベルってのは結局お咎めなしなのか?  ……コレどこで売ってるんだ?」


「まぁ、殺しても誰も得しませんから。むしろ彼は火神関係の重鎮ですから上手く使えるかと。それにこれから山岳国憎しやら名誉挽回やらで、いろいろと役に立つと思いますし。……噴水の広場から見える店です。あとは匂いで探して下さい」


 報告では四神教の信仰を認めたとあった。

 宗教に対していかなる制約も設けなかったらしい。

 帝国と違って寛容なところを見せつける狙いだろう。

 ……ってか匂いで探せって、犬じゃないんだから。

 まぁそこまで教えてくれたらわかるけどな。



「……そろそろあんたらの情報も帝都に届くぞ」


「あぁ、やっぱり教会が色々と工作しておいてくれたみたいですね。あちらの動きが鈍いなとは思っていましたが……」


 その一言で色々察してくれたみたいだ。

 この場合、帝都とは主に宰相一派のことを指す。

 

「……流石によく知っているな」


 帝国中に教会施設が存在し、それぞれが教会中枢組織と繋がっている。

 そんな彼らが女王国に関する情報を上手く封鎖、細工することで、帝都の人間の耳に入らないようにしていたのだ。

 もちろん善意ではない。

 彼らにも彼らの事情があって、それらを勘案した結果だ。


「一応帝国の権力抗争の全体図は頭に入っていますからね。……教会も少しは役に立つようですね。マール様に感謝を……」


 おどけた感じで祈りを捧げるアリス。


「あまり教会を刺激するようなマネはしてくれるなよ。敵に回すのは少ないに越したことはない。……それに言っておくけど俺もマール教徒だからな」


「アレ?……『まだ』マール教徒だったのですね?」


 そういって口元を上げ、挑発するように俺を見た。

 目だけは全く笑っていない。

 ……俺の過去まで知っているってか?

 ったく、油断しているつもりはなかったが、ちょっと気を抜いたらコレだ。

 コイツは恐ろしい娘なんだと、常に頭に叩き込んでおかなくてはならない。

 じゃないと、本当に喰われちまう。



 教会、上級貴族、そして俺たちレジスタンスが、いわゆる反皇帝派と呼ばれる存在だ。

 そして皇帝、宰相とそれに従う下級貴族たちが親皇帝派と呼ばれている。 

 上級下級と貴族には二種類あるが、これは家格の差ではなく所属の違いだ。

 かつて帝国の敵として戦った国の王侯貴族らのことを、上級貴族たちは蔑みも込めて下級貴族と呼んでいるにすぎない。

 下級といえども実力財力を兼ね備えた元王族だ。

 下手な上級貴族ならば束になっても敵わない。

 逆に下級貴族からは上級貴族は実力の伴わない口だけの存在だと陰口を叩かれている。

 そして宰相は実力主義を採用しているので、下級貴族を重用する傾向にある。

 そのせいで両者の溝は深くなる一方だ。

 ちなみに教会は表向きは中立を保っているものの、教会の権力を削ぐことに熱心な宰相に反発しており、こちら側の陣営に肩入れしている。


 

 それとは別にどちらとも結びつかず傍観している勢力も存在する。 

 今後は彼らを如何にしてこちら側へ引き入れるか、というのがカギとなってくる。

 帝都が動き出す前に手を打たなければならない。

 それこそ補領ロゼッティアでアリスがやったようなことをだ。


「そのためには手札欲しい。できるだけ小回りの利く人間が」


 軍隊として動ける人材は揃っているが、そういった目立つ存在ではなく、もっと個人の裁量で自由に任務をこなせる人材が決定的に不足している。


「……ギルドにも頼みにくいですしね」


 当然だ。

 身元も任務内容も明らかにできない依頼主なんて相手にできないだろう。

 たとえ回ってきたとしても、きっとロクな人間じゃない。

 だからといって行政府が依頼するわけにもいかない。

 それこそ足がつく。


「今から育てるしかないか……」


 思わず溜め息が出る。

 まだ決起まで時間はある。

 焦って全てを無駄にするよりはじっくり腰を据えていったほうがいいだろう。

 どうやらアリスが仲間に加わったことで、少しばかり逸っていたようだ。



 そんなことを考えていたので、俺はアリスが凄絶な笑みを浮かべていたのを見逃していたようだ。



「……たぶん私、心当たりがあります」


 たぶんって、お前……。

 俺はアリスの顔を見た。

 いつもよりも自信ありげな笑顔だ。


「……聞かせてくれるか?」


「えぇ、……彼らと初めて会ったのは聖王国でした」


 四人組でそこそこの実力がある冒険者パーティだという。

 少なくとも、ロゼッティアのギルドでは名前が知れているとのこと。

 あれから数日経ったから、そろそろ補領ベジルに入ったのではと。

 ベジルの冒険者ギルドかマール教会に聞けば、すぐに彼らの所在が分かるはずだと断言した。

 リーダーのクロードは聖騎士で正義感と功名心に溢れているらしい。

 大義を与えて上手く乗せれば扱いやすい人材だという。

 武道家のトパーズは実力が頭一つ抜けているらしい。

 プライドが高いのでパーティでの評価とは別に彼自身を評価すれば満足して参加するだろうとのこと。

 狩人のサファイアはクロードに付いていくだろうから、クロードさえその気にすればそれでいいらしい。

 女魔法使いのルビーは現実主義だから、レジスタンス入りに慎重だろうけど、結局自分以外の三人が入るならば、なし崩しに彼女も付いてくるだろうと。



 何故一国の女王が無名の冒険者パーティのことをそこまで詳しく知っているのか? 

 しかも、この国の表裏に精通した俺たちの知らない情報を、だ。

 おまけに細かい人物観察と勧誘の対策まで至れり尽くせりだ。

 ……恐ろしすぎるだろう。

 ケイトなんて、今日アリスの姿を見つけるなり、身構えた程だ。

 その小動物のようにおびえる姿が可哀想であり、可愛くもあった。

 だが、ケイトの危機管理能力はどうやら正しいようだ。

 本当に敵に回さなくてよかったと思う。


 


 

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